第7話 マッチポンプ
そして日付は変わり翌日、本日の受付の仕事はお休みで、パプカの調査のため城壁で囲まれた街の外にやってきていた。
空は快晴、見渡す限りの平原でポカポカ陽気。汗が体を駆け巡り、さわやかな空気が肺を圧迫。
胃からこみ上げる朝ご飯をおしとどめ、俺は魔物に追われて全速力で逃走中。
「ぎゃあああああああ!!」
「やああああああああ!!」
後方にはハイウルフの群れ、隣には同じく逃走中のパプカの姿があった。加えて言うとハイウルフの群れの後方に、別の人間の影がある。
ゴルフリート・マグダウェル。
例のパプカの父親だ。
【
ランクも世界に6人しかいないオリハルコンの持ち主である。
顎髭を蓄えた堀の深い顔つきに2メートル近い身長。
右肩に装飾の凝った鎧を身に着けて、それ以外はかなりの軽装。
身の丈ほどもある巨大な戦斧を肩に乗せ、なぜか左上半身にはなんの装備も付けずに乳首丸出しの変態だ。
そんなオッサンがなぜ魔物の群れの後方に居て、俺とパプカを追いかけているのかと言うと、
「パプカ~! お前のために魔物を連れてきてやったぞー! 喜んでくれー!」
「ちょ、お父さん! 確かに魔物をおびき寄せてくださいと言いましたが、なんでよりによってこんな大規模な群れなんですか! 程度があるでしょう程度が!!」
今回の依頼は町から離れた土地における魔物の間引きだ。
しかし、なぜか今日に限ってなかなか魔物に遭遇することはなかった。
そのため、娘に同行してきたゴルフリートから魔物を引き寄せてくれるとの申し出があったのだ。
彼自身が戦うわけでないため、その程度ならと許可を出したのが運の尽き。
引っ張ってきたのは総計50匹にも及ぶハイウルフの大軍勢。
ランクに照らすならシルバーでも対処できる魔物であるが、この規模となるとゴールドでさえ死人を出すほどの脅威度だ。
そう、ゴルフリートというおっさんは手加減と言うものを知らないのである。
「え、何!? これじゃ物足りないって!? わかった、お父さん張り切っちゃうぞ! スキル発動! 【波及する狂宴】!!」
「「ちがーう!!」」
スキル【波及する狂宴】
モンスターに対して【狂乱】を付与するスキル。
攻撃力が上昇し、攻撃的になる効果を持つ。
通常は魔法などを使ってくるモンスターに付与し、魔法での攻撃を防ぐ目的をもつのだが、それを物理系のハイウルフ相手に与えてしまうと完全に逆効果。
攻撃力が上がり、目が血走ったハイウルフの群れがスピードを上げて俺とパプカへと襲い掛かる。
「ぱ、パプカ! お前まで逃げてんじゃねぇよ! 言っておくが俺を戦力として期待するなよ!? 転んで頭を打つだけで死ぬ自信があるぞ俺は!!」
「おお、やっと敬語が外れましたかサトー。普段のその傍若無人な喋り方の方が私は好きですよ?」
「言ってる場合か!! いいから早く戦いやがれ! そして俺を無事に家に帰してくれ!!」
「群れを成すモンスターは苦手なんですが、言ってる場合じゃありませんね。よく見ていてくださいサトー。そして中央にちゃんと報告してください、我が雄姿を!」
走るのをやめて杖を構えるパプカ。魔力を高めて体から青白く光を放ち、杖の先端を地面へと突き刺した。
パプカの正面の地面が二つ分かれて盛り上がり、徐々に人間のような形に形成されてゆく。
人型になった土に対して手を掲げ、パプカは呪文を詠唱した。
「豊穣なる大地より生まれし土くれよ、我が名のもとに命を与え錬成する! セイクリッドゴーレム!!」
出来上がった二つのゴーレムはパプカの指示でハイウルフの群れへと突撃。ちぎっては投げちぎっては投げの大活躍を見せた。
すごくファンタジーな光景に感動を覚えつつ、すさまじい魔力とゴーレムの迫力にや少しビビってしまう。
しかし、それほどの威力を持つゴーレムであってもすべてのハイウルフを相手にするには手が足りない。
数匹がゴーレムの攻撃をかわして俺たちのもとに駆けてきた。
「む、さすがに全部は防げませんか……宙を舞う塵芥よ我が魔力の元に集え、
再度の呪文詠唱。
空中にある埃や塵がすさまじい勢いで終結し、パプカの両脇に巨大な二本の籠手として現れた。
パプカの胴の倍はあろうかと言う巨大な腕は、パプカの動きと連動してハイウルフの牙を防ぎ、一筋の傷を受けることなく殴り飛ばした。
「見ましたかサトー! これが前衛職、【
「おいよそ見すんな! 前、前!!」
「へっ?」
これ見よがしに出現させた腕を自慢するパプカの不意を突き、ハイウルフが一匹飛びついた。
小柄な体がその力に耐えられるわけもなく、あっさりと押し倒されてしまった。
運よくと言っていいのか、杖がうまい具合にハイウルフの口に挟まり、何とか噛み付かれることだけは避けられたようだ。
「ま、待ってください狼さん! 私みたいな貧相なロリっ子なんて食べてもほとんど皮と骨ですよ! 食べるならそう、そこにいるデスクワークしかしていない貧弱でたるんだ肉体を持つサトーなんかいかがでしょう! きっとぜい肉だらけでおいしいはずです!」
「おぃ! 何さり気に生贄にささげようとしてくれてんだ! いいからちょっとじっとしてろ!」
パプカの発言に救出意欲が削がれはしたが、そんなことを言っている場合じゃない。
俺はさび付いて抜けなくなった剣を鞘ごと腰から引き抜いて、そのままハイウルフの背中へと振り下ろした。
カンッ!
なぜか金属に金属が当たる高音があたりに響いた。
その結果として、ハイウルフは俺の一撃をものともせず「何食事の邪魔してくれてんだ」と言う怒りのまなざしを俺へと向けた。
そして俺は事務職として知識だけは豊富なモンスターの情報を思い出す。
ハイウルフ。
その強固な毛皮の硬度は鉄と同程度であり、駆け出し冒険者程度の武器や攻撃力ではびくともしない。
加えてその牙は鉄をへし折るほどの力があり、駆け出し冒険者の死因の大半がこのモンスターの群れに食い散らかされることである。
「ぎゃあああああああ!! ごめんなさーい!!」
目標を俺へと変えたハイウルフは、よだれをまき散らしながら俺の背中を追ってきた。
「か弱い乙女を救うために自ら囮になるとは……輝いてますよ。見直しました、サトー!」
「だから言ってる場合か! いいから助け……たす……助けてくださいお願いします!!」
「あの、サトー。大変言いにくいのですが、狼臭いのでちょっと離れてもらっても良いですか?」
「お前だって十分臭いからお互い様だ」
最後の一匹を仕留めると、長かった全力のマラソンにようやく終止符が打たれた。狼のよだれと抜け毛にまみれた体にうんざりしつつ、暴れる肺と心臓を深呼吸で整える。
「はぁはぁ……本格的な冒険がこれほど大変なものだとは――――あ、そうだ。この辺りの脅威度判定に修正加えておかないと。えーっとメモ帳はどこに……」
「ああん? 命からがら逃げ伸びて初めにすることがそれか? これだから公務員は。社畜まっしぐらだぞサトー」
「社畜って傍から見てるとキモイですね。控えめに言ってドン引きです」
こいつら好き勝手言ってくれやがる。
そもそも土地の脅威度判定はこいつらのような冒険者が持ってくる報告を元に作成される物であって、それに不備があるということは冒険者の怠慢に他ならないんだぞ。
「今の私に対する暴言は聞かなかったことにしましょう。そもそも、この辺りにハイウルフのあれほどの群れが出現するとは報告を受けていません。皆さんの報告が間違っていたのでは?」
「いえ、サトー。ハイウルフの群れはここ数年、近辺で目撃されたことはありません。今日はたまたま運が悪かっただけだと思います」
「あれほどの規模になると出来上がるのに数年単位の時間がかかるしな。大方よその土地から移動してきたやつらだろう」
うん、直接現場にいる冒険者たちの証言だ。ある程度は信用できるだろう。
と言うかこの証言を信用しないと冒険者ギルドなんて仕組み、端から崩壊してるはずだしな。
「ところでお父さん、さっきのは何ですか? 今日はサトーと言うお荷物が居るので手加減してくださいと言ったはずなんですが」
「わ、悪かったよパプカ。手を出しちゃいけないって聞いたから、せめて膳立てだけでもと思ったんだが……何なら手っ取り早く、お父さんが中央に乗り込んで疑ってる連中ぶっ飛ばしてくるぞ。あっという間に解決だな!」
「やめてください恥ずかしい」
親馬鹿ゴルフリート。
いや、馬鹿親と言った方が正しいな。モンスターペアレントかこのオッサン。
「つーかなんだ、サトー? てめぇうちの可愛い娘の実力、ちゃんと上に報告してんだろうな、ああ? テキトーな仕事してんじゃねぇぞこの野郎」
「私の仕事を疑うのはやめていただきたい。元はと言えばパプカさんの容姿が問題なのであって私は関係ありません。そっちこそちゃんとご飯食べさせているんですか? いつまで経ってもあちこち成長しないのは栄養不足だからではないですか?」
「ばっかお前、このちっこいのが可愛いんだろうが! あと飯のことなら心配すんな。うちの食費は4割俺で後はパプカで消費されてんだよ」
「二人とも、地味にわたしの精神にダメージが入ってるのでやめてください」
――話を戻そう。
今回の調査兼依頼はこの土地のモンスターの間引き。
もちろんプラチナランクの仕事であるため、その難易度はかなり高い。
間引きするモンスターは数じゃなくて質。脅威度が高くともランクとしてはシルバーのハイウルフを何匹討伐したとしても調査対象としては不適格だ。
最低でもゴールドランクのモンスターを数匹。
プラチナランクなら1匹でこの仕事は終了する。
――それまで俺の体が耐えられればの話だが。
「なあパプカ、もう一回! もう一回だけチャンスをくれ! 今度こそちゃんとしたモンスターを引っ張って見せるから!」
「はぁ……仕方ありませんね。今度はさっきみたいな群れは困りますよ? あと、最低でもゴールド以上の少ないモンスターを連れてきてください。そうでないと、わたしはともかくサトーが死にます」
「別にこいつがどうなろうが知ったこっちゃねぇが……大丈夫だ! 今度はちゃんとそれなりのモンスターを連れてきてやる! 待っててくれよ愛しの娘ー!」
楽しそうに走り去るゴルフリート。
この親父、娘にはダダ甘だな。
――しかしあれだ、すごく嫌な予感がするのは気のせいだろうか?
数分後、その嫌な予感とやらは的中した。フラグ回収が早過ぎである。
手を振りながら走ってやってくるゴルフリートの姿が遠目に見えた。
その周囲にはモンスターの姿はない。
だがふいに辺り一面が影に覆われた。
空は雲一つない晴天、不穏に感じた俺は視線を上に向ける。
そこには巨大な翼を生やし、体には無数の真っ赤なうろこ。牙も爪も非常に長く、その瞳はキラリと光る宝石のような輝きを放っている
「おーい! 連れてきたぞー! それなりのドラゴン!」
「「ふざけんな!!」」
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