第2話 美人の夢



昇進して、辺境とはいえ街のギルドの受付長に抜擢された俺は、今日もひたすら冒険者の相手をする。

普段の死んだ魚のような眼を見開いて輝かせ、営業スマイルを振りまいてはひたすら敬語で相槌を打つ。私生活での友人でも、仕事となれば丁寧な対応を取るのが礼儀である。

受付の中では一番上の立場であるが、基本的にはほかの人たちとやることは変わりない。駆け出し冒険者にギルドの仕組みを説明し、既存の冒険者には仕事を斡旋する。

冒険者の名簿作成に、そのほかの事務作業。この街では極端に忙しいと言うわけではないが、暇を持て余す時間がないほどには働いているだろう。


「サトーさん、こっちの書類の確認お願いします」

「ああ。ちょっと待ってて」


ギルドの受付と言えば綺麗なお姉さん。これはもう外してはいけない常識なのかもしれない。実際、前の職場では受付の大半が美人な女性ぞろいだった。

しかし、この街の受付は全員が男性だ。今俺に書類チェックを頼んできた子は、女性用の制服に身を包み、白みがかった髪の毛をおさげにして肩にかけ、おしとやかで透き通るような声を特徴に持つ。

名前はルーン・ストーリスト。

女性に付ける名前であるが、最初に言った通りこの子も『男』である。

なんで男が女性用の制服を着ているのか?

就職の際、書類に乗っていた写真を見た担当者が「この書類間違ってるぞ。男じゃなくて、女で訂正しておくからな」と独断で修正。

その結果届いたのが女性用制服だそうだ。その後何度も修正願いを出しているそうだけど、書類を見ているだけの担当者はその都度『女』に修正をかけている。

はた迷惑な話だ。

だがしかし、この子の女性用制服の着こなしは完璧で、むしろ男性用を着ている方が違和感が出るレベル。

職場の人間及び冒険者各員は「これでいいじゃん」と言っている。

もちろん俺も含めてのことだ。

結果として、ルーンは職場における紅一点と言う立場に置かれていた。

――まあ男なんだけども。

ちなみにいうと、出会って間もなくの頃、ルーンとともに共同浴場に行ったことがある。

もちろん男湯に入った。あたたかな湯に赤く染まったルーンの裸体に興奮してしまったが、視線を落とせばそれは冷めた。

ちゃんと立派なモノがついていたのである。

自分のと見比べて少し涙が出たのは今となってはいい思い出だ。


「ああ、司祭様の護衛任務の件か…………ここの表記だけ直しておいて。その他は大丈夫だからそのまま提出しておいて」

「分かりましたサトーさん」


ただ書類を受け取るだけなのになんというまぶしい笑顔をする子なのだろう。本当に男であることが惜しい人間だ。いや、むしろ男でも良いのかもしれないと、そんな葛藤に襲われるのは贅沢な悩みなのだろうか。

本日の書類仕事を終わらせると、時刻は正午に差し掛かっていた。実は俺にとって、ここからが仕事の本番である。

受付長の仕事は大きく分けて三つ。

提出書類の最終確認、冒険者の仕事斡旋、そして冒険者からの相談窓口である。

相談窓口は、簡単に言うと冒険者の愚痴を聞く場所だ。やれ報酬が少ないだの、危険手当をつけろだの、受付がむさくるしいだの。

そんなことを俺に言われても困ると言う、クレームを受ける場所なのだ。

ストレスで胃に穴が開いてしまいそうな仕事内容。上がった給料分では到底釣り合わない仕事である。

話を聞くと、受付長に昇進した人間の4割はストレスから仕事を辞めてしまうそうだ。残りの6割も死に物狂いで働いてさっさと昇進する人間が多いらしい。

と言ってもこの街は昇進枠が少ない片田舎。しばらくは胃の薬と付き合っていくしかないのが現状だった。


「あー、いやだ。あの席に座りたくない。なんでよりによってギルドの一番奥側に窓口を用意してるんだ? じめじめして余計に鬱になるんだよあそこ」

「あはは……一応プライバシーなことを聞いてしまうお仕事ですからね、できるだけ人目につかない場所にってことらしいです」

「だったらせめて個室くらい用意すればいいのに……っと、もう行かないとダメか。じゃ、後は頼んだぞルーン。何かあったら呼びに来てくれ」

「はい。頑張ってくださいね」


握った両手を胸の前にかざしてルーンは俺を励ましてくれた。可愛い。癒される。しかし男である。



冒険者ギルドの仕組みは、基本的に度の街でも酒場のような場所だ。

L字のカウンターのような受付があり、一片では任務のやり取りが、一片では食事と酒のやり取りが行われる。夜には受付も含めて完全に酒場となる仕組みだ。

そして俺が働く相談窓口はそのちょうど真ん中。L字の角に存在する。

酒場カウンターからの酒臭さと、受付カウンターからの冒険者の汗臭さが入交り、風通しが悪いため数日前のにおいが立ち込める場所。そこが相談窓口だ。

おまけに危険な仕事をあっけらかんとこなすたくましい冒険者たち。

そんな無駄にポジティブな連中の中から、ネガティブで陰湿で、加えて言うなら問題ばかり起こす輩が俺のもとにやってくる。

この街に来て初日、相談窓口に座った瞬間。俺は自分の昇進が左遷であることに気が付いて絶望したものだ。


「サトー! ちゃんと聞いてるのか!?」

「あー、はい。聞いてますよ、ジュリアスさん」


目の前には女性の姿。赤いくせ毛が後ろに一本束ねられ、革製の鎧に身を包み、新品同様の剣を腰に携えた、涙目の美人がいた。

なぜ涙目か? それは次の彼女のセリフが原因だ。


「わたしは剣聖ソードマスターになりたいんだ!」

「またですか」


なぜ彼女のセリフが分かったのかと言うと、本日で彼女の来店数は100を飛んでいるからである。

週に5回ほどやってくる彼女の相談事は、すべて同じ内容なのだった。

剣聖ソードマスター

ジョブと言うシステムの中の、剣を用いる最上級職。

冒険者の中でも憧れる者は多く、これになりたいがために冒険者になったという人間も少なくない。

そして目の前の美女もその例にもれずに冒険者になった口らしい。

ジュリアス・フロイライン、22歳独身。いわゆる残念美人である。


「何度も言うようですが、あなたは剣聖ソードマスターにはなれません。今だって最下級職の剣士ソードマンにすらなれてないじゃないですか」

「いやだいやだ! わたしは剣聖ソードマスターになりたいんだ! 子供の頃からの夢だったんだ! うわーん!!」


泣きながら突っ伏した美女を前に、俺がどんな心境か分かるだろうか。

もちろんあきれ果てている。

美女が子供のように駄々をこねるのは、なかなかシュールな光景だ。

俺が彼女に剣聖ソードマスターになれないと断言するのには理由がある。簡単に言うと、ジョブというこの世界のシステムが原因なのである。

ステータスやスキル、適正と言ったゲームのような要素が可視化できる世界観。

ジョブもそれらに大きく左右されるものらしい。

特定のステータスが足りなかったり、スキルや適正が無ければ、どうあがいても特定のジョブにはなれないのである。

例えば、目の前の美女は剣聖ソードマスターを目指しているらしいが、そもそも剣士の適性がない。ステータスは力と防が圧倒的に足りない。剣士系のスキルはただの一つも持ってはいない。

目指すところと現実に齟齬がありすぎるのだ。いくら努力したところで、このシステムが世界を支配している以上、彼女が剣聖ソードマスターになることはないだろう。


「大体なんなんだ! 剣士の適正が無ければ剣を装備できないって! 剣を振ったら明後日の方向にすっぽ抜けて飛んでいくんだ! おかげでモンスターに一太刀を浴びせる事すらできない!」


だから彼女の剣はいつも新品同様なのである。


「その文句はこの世界を作った女神様にでも言ってください。私どもギルドに言われても対応に困ります」

「そこはほら! 女神さまを奉ってる首都の大神殿の大神官様とかに、女神様へ直談判してもらうとかあるだろう!?」

「私のような地方公務員にそんな伝手はありませんし、あったとしても鼻で笑われるだけかと思います」


思うどころか確信をもってそう言えるがな。いや、むしろ鼻で笑われる程度ならマシなのか? 下手をしなくとも異端審問にかけられて首をくくられる可能性だってありそうだ。


その後、延々とジュリアスの愚痴を聞き続ける事3時間。

よくもまあ毎日来ているにもかかわらず愚痴る内容が尽きないものだ。9割がた昨日聞いたものと同じものだが、それを同じ人間に毎日飽きもせず聞かせに来る根気がすごい。

このジュリアス・フロイラインと言う美女。実は才能がないわけではない。

前述のモノローグと言ってることが違うかもしれないが、矛盾ではない。

才能は才能でも、剣士のものではなく「盗賊」の才能が彼女には備わっているのだ。

それはもう、そっち方面にスキルやステータスを振り分けたなら、その時点で勇者パーティに即加入できると言うほどの規格外の才能だ。

ギルドの登録書を初めて見たときはこれは何の冗談だと首をひねったものだ。

なんでこの女は人生を棒に振ってんだろうと、才能や適性と言ったものが皆無の俺からすれば怒りすら込みあがる内容だった。

おまけに本部から「とっとと盗賊に転職させて魔王に突撃させろ」とのお達しすら来ている始末。


「ですから、盗賊のスキルを身に着けてはいかがですかと何度も提案しているでしょう。短剣程度なら装備できるようになりますよ?」

「短剣じゃ嫌なんだ! 長剣が良いんだ! それも身の丈を超すほどのバスターソードだ! 幼い頃に読んでた絵本に載ってたようなカッコいい奴を装備したいんだ!」

「でもそんなの、あなたの腕力じゃ持てないでしょ」

「うわーん!!」


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