第3話 聖剣オタク
疲れた。
さすがに相談所を独占されるわけにはいかないので、あの後ジュリアスにはお引き取り願い、次の相談者へと移った。まあどれもこれも平凡な悩みだった。
依頼の難度が高すぎるとか、賃金が安すぎるとか、受付に女を増やせとか。
最後のは俺も納得だけど、ルーンがいるだろ。それで満足しとけよコノヤロー。
ともかく、いちゃもんに近い相談が多いものの、ジュリアスの長話以外は大体そう大変なものではない。
まったく、彼女が居なければどれほど楽な仕事なのだろうか。この程度のストレスで辞めていった4割の職員たちに「バカめ」と言ってやりたい。
だが問題のジュリアス・フロイライン。あれだけで体力の8割は持っていかれた。これが毎日続くんだぞ? たまった物じゃない。死ぬわ。だから前言は撤回しておこう。
だけどこれからはプライベートタイム。俺はギルドの夜の姿の酒場、その二階にある宿泊施設の一室を生活用に借りている。
夜はまあ騒がしい場所だが、酒場の営業時間内は俺も酒場を利用しているから問題ない。
仕事が終わって飯を食い、風呂に入ってから酒を飲む。
仕事がある日は大体このサイクルだ。
異世界に来てまでやることではないが、非常に健康的で充実した人生だと思ってる。
制服から私服に着替えていざ出陣。俺は勢いよくドアを開いた。
「ギャン!」
女性の叫びが聞こえた。それも俺の目の前で、真っ赤な髪を持ったジュリアス・フロイラインのようないでたちをした女性から発せられたものだった。
…………と言うか本人だった。
まさかと思うが、勤務時間外にまで相談をしに来たのではあるまいな。
……いや、そんなことはないか。ここは冒険者もよく使う宿泊施設だし、たまたまジュリアスが近くの部屋を借りたと言うだけのことだろう。
「あ、あの……実は相談があって」
相談だった。
「ドアの前に立ってると危ないですよ? 気を付けてくださいね。じゃ、僕はこれで」
「ちょ、ちょっと待ってくれサトー! 後生だから話を……」
「サトー? 人違いじゃないですか? 僕の名前はママルカルドルフセルリシアンナノカミタロウ18世と言います」
「誰だそれ!? 絶対に適当に考えただろその名前! もう一度言ってみろ!」
「ママルカルドルフセルリシアンナノカミタロウ18世です」
良し噛まずに言えた。
「ぐぬぬ……た、頼むサトー。もうほかに行くところがないんだ」
今度は泣き落としに来たかこの女。ホント勘弁してもらいたい。俺は仕事とプライベートははっきりと分けるタイプなんだ。仕事で唯一胃腸を攻撃してくる危険人物を、私生活の中でまで受け入れることは断固遠慮願いたい。
「だから人違いです。行くところがないなら明日にでもギルドを尋ねてみればよいのでは? 仕事の斡旋ならそこでしてもらえるでしょう。それなら宿泊費ぐらいは稼げると思いますし」
「違うんだ! 宿泊費に困ってはいないし、今夜のは愚痴じゃない! 本当に切羽詰まってるんだ! 助けてくれサトー!」
「ええいしつこい! だから俺はサトーじゃないって言ってるだろうが! ママルカルドルフセルリシアンナノカミタロウ18世だっつーの!」
よっしゃ言えた!
「後生だからー! お願いだサトー! うわーん!」
「ええいよせ! 鼻水を服に着けるな! 俺はママルカルドルフセルリシアンナノカミタロウ18世だー!」
おっしゃあ言えたー!!
――場所は変わって酒場。
ガヤガヤと賑わう、ゲームとかでよくありそうな場所に、俺とジュリアスはやってきた。
宿場で大声を出し合っていてはほかの客の迷惑になるし、実際部屋から続々と屈強な冒険者たちが出てきて殺気のこもった視線を送ってきたのだ。もうこれはどうしようもあるまい。
顔面涙と鼻水でまみれた美人を連れてテーブルへと座ると、注文を取りに店員がやってきた。顎ひげを蓄えた割と若いイケメンウェイターである。
「お、なんだサトー。女連れとは珍しい。とうとうお前も女を泣かせるような年頃になったか?」
「うるさい黙れ、そんな良いもんじゃないんだよ。すっこんでろ顎髭野郎」
「お、おう。えらくご機嫌斜めだな……じゃ、じゃあいつもの酒持ってくるよ。君も同じのでいいかな」
「ぐすっ、ああ。私もそれで…………あっ、いや! すまない、私は飲み物は結構だ」
そそくさとその場を後にするウェイターをよそに、俺はとっとと話を終わらせて、ゆっくりとした晩酌を取るべくジュリアスの顔をまっすぐに見た。
ちくしょー! なんでこんな美人がこんなに残念なんだ! 実際こんな厄介な性格でなければ一緒に酒を飲むなんてご褒美以外の何でもないのに!
「で? 人の私生活をぶっ潰してまで切羽詰まる用事ってなんだ? くだらない用事だったら張っ倒す」
「実は…………あ、いや、その前に」
「ん? なんだ?」
「なんかいつもと性格違わないか? いつもはもっと優しげな雰囲気だけど」
「そりゃそうだ。何せ
「…………すまない」
謝るくらいならとっとと要件を吐き出して帰ってほしい。そして俺を家に帰らせてほしい。
「用というのはな……これなんだが」
そう言ってジュリアスは携えていた剣をカウンターの上へと置いた。
えらくカラフルで、見た人間のうち99%が「趣味が悪い」というような変な装飾が存分に拵えられたロングソードだった。
「この剣がどうかしたのか? まあ随分と趣味が悪い……ん?」
詳しく見ようと剣を受け取ったはいいものの、なぜかジュリアスはその剣を離そうとはしなかった。鞘にかけられた手はしっかりと握られており、詳細を見るには非常にやりづらい。
「おいなんだ、離せよ」
「――――――んだ」
「あ?」
「は、離せないんだ」
…………は?
ジュリアスが言った意味を理解しようと脳みそを回転させる。うん。意味が分からない。
「離したくない」なら、新品の剣を買った冒険者なら時々見かけたりするだろうが、「離せない」となると話は別だ。
「えーっと……つまり?」
『おい貴様! 拙者の姫に気安く触るなでござる! 無礼者!』
「ん?」
なんだろう、今おかしな声が聞こえた気がした。やけに質の悪いマイクを通したようなハウリングのかかった野太い声だ。
加えて言うなら、声自体が脳みそに響いて不快になるような汚い重低音。
この声の持ち主は息がすさまじく臭いに違いないと確信を持たせてしまうような嫌な声だ。
そんな声が…………剣から聞こえた。
『黙って聞いて居れば、先ほどからおなごに対して失礼でござるぞサトー氏! あ、サトー氏と呼ばせていただくが構わないでござるか?』
「…………構うからちょっとだけ黙っててくれるか?」
あー…………こいつ、召喚者だ。
この世界にやってくる地球人は大きく分けて2種類。
召喚者と転生者。
召喚者はこの俺。
地球での姿かたちをそのままに、異世界に放り出される人間のこと。
大抵は女神さまから特別な力を授かっていて、冒険者になって無双してるやつが多い。俺はどちらかと言うと例外の部類。
転生者はこの剣。
地球で死んで、異世界に新しい命として生まれてくる人間のこと。こちらも大抵は女神さまから特別な力を授かっており、いろんな技術革新を起こす奴らが多い。
そしてどちらかと言うと、この世界は転生者が多い。多いと言っても、人口の絶対数からすれば微々たるものなのだが、ほとんどの転生者はそれはもう派手に動き回るのですごく目立つのだ。
逆に召喚者は数が少ない。そりゃ何百人も勇者レベルの冒険者が現れてしまっては冒険者システムが崩壊してしまうから数を絞るのは当然だろう。もしかしたらすごい人数がいるが、街にたどり着く前に野垂れ死にしている奴らが多いのではとも俺は考察している。
ちなみに現在、店内には俺を除いてもう一人召喚者がいる。店の奥で美少女に囲まれて全身真っ黒な衣装に身を包んで「やれやれ」が口癖の自称平凡な男。俺が機嫌が悪い理由の一端であるが、この話はまたにしよう。
転生者の特徴として挙げられることは、その形を選ばないということだ。
好き好んでモンスターに転生するやつもいれば、目の前のやつみたいに剣みたいな無機物に転生する馬鹿もいるのである。
ちなみに召喚者と転生者を、一般的にはまとめて【召喚者】と呼ぶ。
「な、なあサトー。こいつを引きはがす方法はないのか? この辺りにまともに相談できる人間はお前だけなんだ」
『ちょっとちょっとー、その言い方はないでござるよ姫ー! さすがの拙者も傷ついちゃうぞ! デュフフ』
「うーーー!」
あ、鳥肌。ジュリアスも面倒くさい奴にとりつかれたものだ。召喚者ってやつは、選民思想っていうか「自分は神に選ばれた特別な存在」ってこじらせてるやつが結構いる。
だから目立つわけだ。この世界の仕組みを知らないくせに、やたら上から目線で「これはこうすればいいんだぜ!」と貴族とか王族とかに遠慮なしに物申すのだ。もちろんそんな奴らは速攻で斬首だが。
多分目の前の剣も同じ部類。勘違いで状況の見えてないイタい人。
「……まずその剣を手にした経緯を説明しろ」
「ぐすっ……ああ。あれはそう……今日ギルドから帰る途中のことだったんだが――」
回想
帰り道、道すがらに行商人らしき人が私に声をかけてきたんだ
「そこの赤い髪をしたお嬢さん、何を悲しんでいるんだい?」
「ぐすっ……実はカクカクシカジカで……」
「なんとそれはかわいそうに。だけどそんなお嬢さんに朗報だ。実は先日手に入れたばかりなんだが『手にするだけで
「買ったぁ!!」
「早ぇーよ!!!」
回想終わり
あまりの展開の早さに回想中だが突っ込んでしまった。
最後のツッコミは俺のものだ。
「いや早い早い!! ていうか浅い!! お前マジか! マジもんのアホなのか!? 怪しさ満点だろその行商人! なんで買った!?」
「だって! サトーにいくら相談してもまともに取り合ってくれなかったし、わらをも掴む思いだったんだ! そ、それに……持ってた剣を下取りすればすごく安かったし……」
こいつダメだ。もうどうしようもない……
あの新品同然の剣すら手放してやがった。お前剣士になりたいんじゃなかったのかよ。いや、話を聞くに剣士になりたいから手放したらしいが……
『申し遅れたが我が名はエクスカリバー! 女神より授かったすべてを切り裂き天候さえ自在に操る魔剣! 拙者が居れば魔王軍など恐れるに足らんのでござる!』
「うるせぇ! 急になんだ話に入ってくるなよ! お前の名前とか興味ないからちょっと黙ってろよ! あとサトー氏って呼ぶな!」
『何をカリカリしてるんでござるかサトー氏。カルシウムが足りてないのではござらんか?』
バンッ!
俺は机を叩きつけ、その反動で立ち上がる。そして酒場の出口へと向かった。
「え、サトー! どこへ……」
「ちょっと鍛冶屋に溶鉱炉動かしてもらうように頼んでくる」
ウザさここに極まれり。
これ以上この不快な剣と会話するのは俺の精神衛生上よろしくない。ドロドロの溶鉱炉に突っ込んでアイルビーバックと言う間もやらずに溶かしてくれるわ。
「ま、待ってくれサトー! そんなことをされたら私まで燃えてしまう! 私はこの剣を手放せないんだぞ!」
俺はジュリアスの両肩をつかんで、その真紅の瞳をまっすぐに見つめる。真っ白な頬が髪と同じ真っ赤に染まり、表情からは困惑の感情が見て取れた。
「な、なにを……」
「ジュリアス――――必要な犠牲なんだ」
「犠牲になるのは私だ!!」
平手打ちを喰らった。
なぜだ? (俺の精神衛生が改善されるのに)必要な犠牲じゃないか。何かおかしなことを言ったかな。
はぁはぁと肩で息をするジュリアスは、だんだんと呼吸を整えて改めて俺を見据えた。その瞳にはうっすらと涙が貯められていて、かつ俺に対する怒りの成分が含まれていた。
「いい加減本題に入らせてくれないか!」
「分かった。分かったからその剣先をこっちに向けるのはやめてくれ」
説明中
ジュリアスの説明をまとめるとこうだ。
聖剣だか魔剣だかのエクスカリバーは、一度手にするとその身から取り外すことができなくなる。
それも伝説レベルの呪いであり、そこらを歩いているような冒険者程度の解呪魔法では歯が立たないらしい。
おまけに四六時中話しかけてくるこの剣は、言っていることは”オタク”だの何だのと意味不明で脈絡が無く、大変ストレスが溜まるそうだ。
いつも話しかけてくるものだから、街を歩くことすら億劫で、ここにやってくる時ですら人通りを避けて相当遠回りしたそうだ。
そんなわけだから、この気持ちの悪い剣を早急に手放したいとのことらしい。
「で、それでなんで俺のところに来るんだよ。解呪関連のことなら教会に行けばいいだろうが」
「この時間じゃ開いてなくって……」
俺だって仕事終わってるんだけど。
「だったら明日の朝にでも行けば……っと、そういえば司祭様が出かけてるって話だったな。まあ何日かしたら戻るだろ」
「それじゃダメなんだ!」
テーブル越しにジュリアスが迫る。顔が近い。残念であっても美人は美人である。さすがにドキドキしてしまった。
迫った美人の顔面は、真剣そのものでやや涙が瞳にたまっている。これは本当に急を要する案件なのかもしれない。さすがに軽くあしらいすぎたか? これほど真剣ならば俺だって真剣に聞いてやろう。
「トイレに行けないんだ」
……
…………
………………は?
「行けばいいじゃん」
至極まっとうな反応である。
「行けばいいじゃん」
「なんで二回言った!? 行けるわけないだろ! トイレに入る時も一緒なんだぞ! 手放せないんだから!」
ははーん。ようやく理解した。つまりあれだ、羞恥心ってやつだ。
剣を手放せないってことはつまりトイレ内に持ち込まなければいけないということで、それすなわちアレな行為を見られてしまうわけで、加えてそれを見るのが見るからに変態チックなオタク野郎であるからして結論を言うと。
「行けばいいじゃん」
「まさかの三回目!? 理解しておきながらそれなのか! この薄情者!!」
薄情も何も聞けば聞くほど俺には関係のないことじゃないか。むしろ関係があったとしてもあほらし過ぎて同じ発言をするだろう。
トイレに行けない? 否。トイレに
「行けば……」
「四回目を言おうものならこの剣の切れ味、ここで試してもいいんだぞ」
「ごめん調子に乗った」
さすがに剣の先を向けられてしまえばどうしようもなかった。
剣士を目指すポンコツ冒険者であろうが、俺の戦闘能力は皆無なのである。
「じゃあひとまずトイレに行ければいいんだな? それさえクリアすれば司祭様が帰ってくるまで我慢できると?」
「ああ。風呂にも入りたいが、そちらはひとまず数日なら我慢できる」
『水臭いですぞ姫。拙者はトイレであろうと風呂であろうと、同伴することは一向にかまわんでござるよ! デュフフ』
「よし。こいつは無視して、ひとまず解決方法を探ろう。まずはアレだ、目隠しだな」
現状打破作戦その一 目隠し
布を剣にぐるぐる巻きにして視覚をシャットアウト。見えなければどうということはない。
『関係ない話だがサトー氏。拙者の
「うう……っ!」
ジュリアスが鳥肌をさすって涙を浮かべている。まあ解るよ、気持ち悪いもんな。
「す、スキルもそうだがサトー。それだとその……音が……」
「ダメか」
現状打破作戦その一 失敗
「目隠しがダメってなると、片手だけトイレから出してってのも無理そうだな。うーん…………ひとまず、問題をひとつずつ潰していこう。視覚は後回しだ」
現状打破作戦その二 大声
とにかく大声で歌うなり叫ぶなりしてアレな行為の音をかき消す。近所迷惑甚だしい。
『フッフッフ! そんなもの拙者のスキル、『
「うう……っ!」
「ダメか!」
現状打破作戦その二 失敗
「もうだめだ……このまま膀胱が破裂して死んでしまうんだ。もしくは公衆の面前で恥をさらしてしまうんだ……ぐすっ」
「可能性としては後者が高いな。というかそんなことになる前にトイレ行っとけよ」
『乙女の恥じらいと言うものを理解してないでござるな―サトー氏。乙女にとっては死よりも優先すべきことなのですぞ』
元凶のお前がそれを言うのか。
「ええい! こうなりゃ最終手段! 剣を持った状態で腕ぶった斬ってトイレに駆け込め!! その後で誰かに回復魔法をかけてもらえばいい!」
『無駄でござるサトー氏! 拙者のスキルである『
「ああわかったよ無理なんだろ!? っていうかてめぇ! 女神からいくつスキルもらってんだ! 俺なんて一つももらってないどころか女神に会ってさえもいないのに!!」
『お? もしかしてサトー氏、嫉妬でござるか? 男の嫉妬は醜いでござるぞー』
俺はめい一杯眉間にしわを寄せながら椅子を持ち上げた。
丸太をほど良い高さに切り取っただけの素朴な椅子は、並みの剣をへし折るには十分な重量を持ち合わせている。
「や、やめろサトー! 私は最下級職ですらないんだぞ!? そんなものをぶつけられたら死んでしまう!!」
『心配なさるな姫! 拙者の『
「「それはもういい!!」」
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