まるで無意味な召喚者~女神特典ってどこに申請すればもらえるんですか?~

レンシレンジ

まるで無意味な召喚者

第1話 プロローグ


「いよいよ……だな。あの忌々しいエルダーリッチを、やっと倒す時が来た。やれやれ、これで肩の荷が降りるぜ」

「ええ。思えば長かったわね……でも、その長い旅もようやくよ。終わったらみんなでピクニックにでも行きたいわね」

「二人共、気が早いですニャア。そう言うのは、きちんと倒した後にする会話と思いますニャ」

「油断…………良くない……死んじゃう」

「ハハッ、分かってるよ。気を抜いたりはしない。あいつをこの手で倒すことが、俺がこの世界に召喚された理由なんだからな」


この世界はファンタジーだ。

ドラゴンが舞い、魔法が弾け、冒険者たちが闊歩する。

そんな世界に召喚された男がいた。

女神に諭され、剣を片手に、魔法の世界へと身を投じた男。

だがしかし、そんな彼は勇者ではない。大して取り柄のない、平凡な一般人。

成績が良い訳でも、運動ができるわけでも、何か秀でた一芸があるわけでもない、ごくごく普通の男子高校生だった。

そんな男が異世界へと召喚され、半年もの長きの間旅をした。

仲間との出会いと別れ。ライバルとの激突を経て、彼はとうとう覚醒した。

そして今、因縁の相手であるエルダーリッチとの戦いに、終止符を打とうとしていた。


「ね、ねえ? もしこの戦いが終わったら、私と一緒に元の世界に帰る方法を……」

「おやぁ? 抜け駆けはズルいニャア。それよりご主人様ぁ、終わったらウチの故郷に来てほしいニャア。きっと気に入ってくれると思うんですニャ」

「ダメ…………ボクの里に……来る」


仲間たちが、それぞれの思いを抱いている。そのどれもが好意的なものであり、時には彼を困らせるものだった。


「あん?」

「むむっ」

「…………」


仲間たちは眉をひそめ、それぞれを睨みつけていた。


「はっはっは! おまえら相変わらず仲が良いなぁ。じゃあアレだ、ピクニックがてら、国中をゆっくり見回るってのも良いかもな。もしかしたら、帰る方法も見つかるかもしれないし」


彼は鈍感であった。

好意を向けて、女性同士でにらみ合い、意中の男がこれなのだから、仲間たちは毒気を抜かれてしまう。

とは言え、恐らく仲間たちは、彼のこういったところが好きなのだろう。

ひとしきりの笑い声に仲間たちはつられて笑う。

軽口を叩きつつ、思いの外緊張していた彼らの空気は、程よくほぐれる事となった。


「…………さて、じゃあ終わらせるか!」

「ええ! 相手に目にものを言わせてあげるわ!」

「全力を尽くさせて頂きますニャ!」

「爆発……四散」


意気込みを声に出し、彼らは席を立つ。

カウンターへと赴いて、死線をくぐり抜けた者たちだけが出来る、自信満々な表情を浮かべてクエストの書類を提出した。

事務職員はその書類に目を通し、ミスがないことを確認すると、サラリとサインを書き記す。


「では、クエストを受諾しました。皆さん、くれぐれもお気をつけて――――――いってらっしゃい」


「ああ! ちょっくら世界を救ってくるぜ!!」






――――はい。

というわけで、そんな彼らを見送った男。

制服に身を包み、冒険者ギルドのカウンターに座る男。真の意味での一般人。

ギルド事務職受付長サトー。

…………すなわちこの俺。人生という名の物語の主人公である。







*    *




俺ことサトーは召喚者である。

まさにファンタジーと言うべき世界において、なぜだか普通に事務職として生きる男。

この世界は時折日本人が召喚・転生される。

まとめて召喚者とされる彼らは、往々にしてチートと呼べる存在だ。

いわゆる【女神特典】と言うものを、召喚される際に女神から直接渡されるそうな。

召喚者にしては他人事に聞こえるだろう。なぜなら実際、俺にとっては他人事なのである。


【女神特典】なんて持っていない!


ついでに女神様にも会っていない!


スキルやステータス、レベルが可視化出来る世界観において、俺は特別な能力など一つとして持っていない。

スキルは平凡。魔法も平凡。レベルは一般人以下のクソザコナメクジ。

地球知識なんて一般常識止まりであり、いわゆる内政チートなんて出来はしない。


と言うか、地球知識でのチートなんて意味不明だ! 

専門家顔負けの知識を持ってる中高生なんて居ねぇよ!

何なんだ召喚者の奴ら! どこらへんが平凡な学生なんだよ!

脳内にウィキペディアでも飼ってんのか!?

しかも知識が足りなくても『魔法でなんとかなった』が多すぎる! 

ご都合主義反対!


…………いや、落ち着こう。


ともかく、一般人として異世界へと召喚された俺は、この世界ですでに五年近くの歳月を過ごしている。

中学生くらいの頃に身一つで召喚されて、何の説明も無し。特典の譲渡も無し。

とりあえず日雇いのバイトで食いつなぐという、おおよそ召喚者に似つかわしくない行動を取る羽目になり、中学生の体力ではそれも長くは続かなかったのだ。

その後、とある人物に拾われて事なきを得たが、その後こそが地獄であった。

異世界の一般知識から文字の読み書き。ギルド職員としての能力を得るための特訓エトセトラ。

文字通り血の滲む努力をして今に至る。


そして五年。俺は王国と呼ばれる人間世界唯一の国の、東部地方の街において、受付長と言う役職に就いていた。


一方で他の召喚者は何だ!?

たった半年が長きの間? こちとらもう五年も異世界で生活して、ようやっとギルドの事務職員だぞ!!

ふざけんな! 経験値効率良すぎだろ!

美少女ハーレムを作ってもうラスボス一歩手前か!? 

イベント詰め込み過ぎなんだよ!!


…………だから落ち着こう。

他の召喚者の事を考えたら、待遇の差にキレてしまうのは悪い癖だ。

よそはよそ。うちはうち。


さて、ともかく召喚者ではあるものの、今の俺はただの地方事務職員である。

仕事を冒険者に斡旋し、変な相談事を持ちかけられて、常備薬の胃薬が消費される日々。

そんな仕事だから、特にレベルアップのファンファーレも聞こえない。

そしてそんな俺が目指すのは、世界平和でも魔王の首でも大金持ちでもない。

とりあえずの出世。

老後の生活に不自由しない程度の給料がもらえる地位への出世。

目標が低すぎるかもしれないが、しょうがないじゃないか。

現実を観た結果なのだから。


…………まあでも、時々思う。


俺が召喚者である意味はあるのだろうか。

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