第1話 始まり

同じ制服に身を包んだ人たちが自分を取り囲むように歩いている。去年まではこの光景は普通だったけれど今は違う。全員がって訳ではないけれど、見える範囲ではちらほらと腰に武器を携えている。俺もその一人だ。

俺がこれから入学しようとする東場とうば八虱やしつ学園は日本で最初に登場したたい異者いしゃ学校だ。異者について学べる場所なので武器の持ち込みが許可されている。もちろん所持していない人は学校側から支給される。俺は父が使っていたものを母から渡された。

東場学園は他の学校と同じく普通教科も兼ね備えているため授業は大変かもしれない。だが、自分の目標を達成できる可能性が高まるのならば構わない。

一人静かに復讐心を燃やしているとどこからか嘲笑に似た声が聞こえてくる。


「ねぇ見てよあれ……没落した二ノ園家の人だよね」


俺は無視して歩く。それでも声は聞こえてくる。


「何で…名門校に落ちぶれがいるのかしら……」


くすくすと女子二人の笑い声が微かにだが聞こえてくる。

没落。落ちぶれ。

二ノ園家は以前までは、名門だった。それは父が存命だった時のことであって、今では彼女たちの言うとおり落ちぶれてしまった。その事実を拒否や否定するつもりはない。ただ腹が立つのは、今まで媚びを売っていたやつらが手のひらを返したことだ。最後まで並ぶ覚悟でいろよ。

独り憤っているとまた聞こえてくる。


「おいおい、二ノおち落夜らくや君じゃん。来る学校間違えてなーい!」


そうですね。上手いですね。こいつらに構ってるだけ時間の無駄だ。今、気づいたのだが悪態を吐いている生徒は、二ノ園家全盛期の時に冠位が下だった家柄じゃないか。

刀の柄を握りしめ、男子生徒を一瞥する。そうした途端に借りてきた猫のようにおとなしくなる。

俺って目つきそんなに悪かっただろうか。

哀しくなりながら昇降口に向かう。


「おっす春夜、おはよう!」


「おはよう玲奈れいな。今日も元気だな。というかどうやって俺のことを見つけたんだ?こんなに生徒がいるなかで」


幼馴染みの東城とうじょう玲奈れいなが俺の肩を叩いて挨拶をしてくれる。


「何でって…それは、春夜の周りだけ暗いオーラが漂っていたから。すぐにわかったよ」


「左様で……」


納得出来ない内容ではあったが一言で片付けると玲奈は並走してくる。


「良いのか?俺なんかと一緒に歩いていたら東城家の名に傷がつくかもしれないぞ?幼馴染だって理由で絡んでくる必要はないよ」


「意地悪な言い方をしないでよ。私が春夜と一緒にいたいと思うからであって。別に大意はないよ」


「―――っ!!!」


「どうしたの、顔が赤いよ?」


この子は恥ずかしめもなくこんなことを言いのけてしまうから恐ろしい。天然なのは長い付き合いでわかっているけど、たまに、わざとやってるんじゃないかと思えてくる。

俺は首を横に振り何でもないことを伝える。







玲奈と一緒に自分のクラスを確かめてみると同じクラスだった。

一年A組に入る。

はたまた、席の順も俺が前で玲奈が後ろ。漫画みたいで驚いてしまった。

教室内は大勢の生徒で埋め尽くされているが入学式まで時間があるため先生は来る様子がなく、生徒たちは話に興じている。

頬杖をついて呆けていると肩を叩かれる。


「ねぇねぇ。何人と仲良くなれるかな。クラスに馴染めるかな?」


「玲奈なら全員と友達になれるさ。問題は俺だよ。誰とも仲良くならずに三年間を終えそうだ」


東場学園は名門校と名高く、それゆえに各地から名家が集まる。名家の中には昔話の二ノ園家をよく思ってない人たちはいるわけで。俺は単身で敵地に赴いたようなものだ。

その時だった。俺と玲奈以外の生徒がざわめき出す。

教室前方、俺たちの視線の先ではある男子生徒が女子生徒に取り囲まれていた。

金の髪色に高身長で整った顔立ち。容姿だけでも目立つ存在である彼は日本三大名家と呼ばれる内の一つ黒上院こくじょういんの人間。黒上院こくじょういん颯天はやて

彼とは前の学校でも一緒だった。同じクラスになったことはないが相変わらず噂通りのモテっぷりだ。


「うわーすごい人と同じクラスになっちゃったね」


背後で玲奈が感嘆の声を漏らすと―――


「おぉ…春夜くんじゃん!何でここにいんの、クラス間違えてねぇか?」


扉が荒々しく開けられると登校中に俺を罵っていた男が入ってくる。毎度毎度会うたびにどうしてこうも喧嘩腰なのかはわからないがどうやら同じクラスのようだ。少々面倒なことになりそう。

教室内の生徒たちが一気に静まり返る。


「おい、さっきから何笑ってんだよ」


「いいや。全国から多くの名家の人間が集まるなかでお前みたいなやつもいるんだなって思ってさ」


「んだとっ!それはどういう意味だよ!!」


顔を鬼の形相に歪めながら俺に向かってくる。が……


「やめて!」


「そこまでだよ」


目の前に玲奈とそしてもう一人立ちふさがる。


「邪魔だどけ!お前らには関係ねぇだろうが。用があるのはそこに座ってる、落ちぶれ人間だ!」


「関係あるよ。僕たちはクラスメイトだ。ここで喧嘩しても利益は生まない、やめておいたほうがいいんじゃないかな。あと、人の価値を家柄だけで決めるのはよくない。謝ったほうがいいと思う」


「聖人ぶんじゃねーよクソが。いつまでも大物面出来ると思うな!」


悪態を吐きながら沢良宜さわらぎの男子生徒は教室から出ていく。それを皮切りに静まり返った教室は活気を増していく。

玲奈たちが振り返る。


「春夜もあんな言い方はないと思うよ。あと、颯天くんもありがとね。仲裁に入ってくれて」


「気にしなくいいよ。僕は君たちと仲良くなりたいと思ってるからね。これから、よろしく」


爽やかな笑みを颯天は浮かべる。

教室の前で女子たちから颯天に対して声がかかり、去っていく。

正直、黒上院颯天が間に入ったことは少しばかり驚いている。父が生きていた頃は黒上院よりも二ノ園家の方が序列が高く、俺たちが下から這い上がってきたことにより黒上院を裏で馬鹿にする声が多かった。だから、父亡き今、順位が上がった黒上院は二ノ園の人間に手を差し伸べる行為なんてするはずがない。そう思っていた、実際そういった人たちはしてこなかったからだ。

颯天の持つ性質なのかもしれないけれど、今の俺は何か裏があるんじゃないかと勘ぐることしか出来なかった。







入学式三十分前になると教師がやってくる。教壇の前に立つとこれから執り行われる入学式の説明をするみたいたが、先生の表情には焦りの色が垣間見える。


「えー。私は一年Aクラスの鈴鹿すずか先生の代理できた宇都宮うつのみやと申します。具合の悪い生徒はいますか?それと沢良宜くんは体調不良とのことで保健室に行きました」


十中八九さぼりだろうな。


「これから十分後に体育館に移動します」


先生はスーツのポケットからハンカチを取り出すと顔に押し当てて汗を拭き取る。


「今年も例年通りに教師陣と三年生から一年生で入学式を行うつもりでしたが…今回は別の形ということで、教師陣と一年生生徒だけで行います。なので、入学式の時間が短縮されるので事前に渡しといた日程表に書かれていた時間が繰り上がり、放課後の時間が早まります」


先生の言葉に生徒間で喜色のどよめきが走る。俺にとっても早く帰れるのなら特に問題はない。

だけど……


「何か問題でも起きたのですか?」


一人の生徒、金髪を揺らしながら俺の疑問を代弁するかのように颯天が手を上げる。


「あっ、えーと……問題という問題でもないんだけども。急遽任務ということで先生と二、三年生が出ているんだ。君たちは気にしなくていいよ」


宇都宮先生は苦笑を浮かべ生徒たちの心配を払拭している。

失言だな。

問題というほど問題でもないのなら数人の教師で問題の対処に当たればいい。なのに二年生と三年生全体もいないのは大きな何かがあったということ。

宇都宮先生はきっと優しい人なのだろう。巧く嘘が付けないんだろうな。


「やっぱり生徒会もいないのですか?」


「残念ながらいないよ」


最後に、そうですかと言って颯天は宇都宮先生との会話を終える。あの様子だとどうやら気づいているみたいだ。


「ね、春夜!」


背後を振り向くと玲奈が瞳をきらきらとさせている。


「春夜って実家から学校に通うつもりなの?」


「いや、家からは遠いから学園の寮に住むつもりだけど。何でだ?」


「今日は早く学校も終わるみたいだし私も寮に住むつもりだから。久しぶりに遊びに行かない?」


玲奈は実に楽しそうにしている。ここで断るのも野暮だろう。


「別に構わないけど。具体的には何処に行きたいの?」


「ここだよ、ここ!」


そう言いながら玲奈は何かの広告紙こうこくしを机に置く。


「最近出来たスイーツ店なんだけど行ってみたくて」


「どれどれ……あぁここ俺も知ってるよ。知ってるけどさ…この店ものすっごくファンシーだから男の身としては行きづらい」


以前、街に出掛けたときに見かけたけど、女性のお客さんがたくさん並んでるは、店の外装や内装がメルヘンチックで近寄り難かったんだよ。ここ。


「弱虫。それだから彼女の一人も出来ないんだ」


「なっ……!」


ぼそりと呟いた玲奈は頬を膨らませそっぽを向く。

それとこれとは関係ないだろう。玲奈のことだ、何か別の目的があるはず。メルヘンだとかファンシーだとか乙女チックなことにはあまり興味を示さないはずだから―――


「ははーん、わかったぞ。このケーキ食べ放題に目がいったな」


「そ、そんなことないから……」


目が泳いでる上にどんどん声が小さくなってるよ。

これは図星だな。


「……太るぞ……」


「わぁー!女の子に対してデリカシーのないことを言った!だから、彼女の一人も出来ないんだ!!」


「ひたい、ひたい。ふぃっぱらないでくれ!」


顔を赤くした玲奈が頬を強めに引っ張ってくる。それを振りほどいて。


「だいたい俺が彼女出来ないこととは無関係だろ。それに俺は出来ないんじゃない作らないだけだ」


「ふんっ!そんなの非リアが言う常套句よ。このボッチ」


「お前…一で言ったことを十で返してくるなよ傷つくんだけど。俺は玲奈を心配して言っているんだ」


「余計なお世話よ」


俺と玲奈が言い合いに火をつけていると教室前方から声がかかる。


「二ノ園くん東城さん早く廊下に並んでください。体育館に移動しますよ」


「「はい……」」


頬を紅潮させる玲奈を横に廊下に出てみると列の並び方は席順になっているようだ。俺と玲奈の席は窓際の一番後ろなので最後尾になる。

列は俺たちAクラスから出発となる。

それにしても一年生の教室が四階にあるのは立地が悪すぎる。朝教室までの道のりが長いし、こうして体育館に向かうのも遠い。

二階へと下りる三階の階段を落ちていると――


「ねぇ、春夜くんいいかな?」


「別に構わないけど……」


前に並んでいたはずの颯天が最後尾に現れる。多分俺たちが来るまで廊下で待っていたんだろうが先生に止められなかったもんだ。


「さっきは全然話せなかったからね」


「話?俺にか?いいのかよ、黒上院の人間が俺なんかに構ってて。あとで噂になっても知らないぞ」


玲奈が何か言いたげな視線を送ってくるが無視しよう。


「別に構わないよ。さっきも言ったけど人の価値を家柄では決めないから。長い付き合いのなかでわかってくるものだと思ってるから」


「そう……それで、話って?」


玲奈のにやけ顔が鼻に付くけども無視を続行しよう。


「話しというのは君に頼み事があるんだ」


話の内容が見えず、首をかしげる。颯天は苦笑を浮かべながら説明を続ける。


「春夜くんのお父さんである錬次さんのお墓に行きたいんだ。家の都合上行く暇がなかなかなくってね。やっと用事が落ち着いてきたから行こうと思うんだ。場所を教えてくれないかな?」


「別にいいが、どうして父さんのお墓参りに。面識でもあったのか?」


「実は昔錬次さんに助けられたことがあってね。魔物との訓練中にミスしちゃって食い殺されそうになったところを錬次さんが助けてくれて。それ以来僕のなかでは憧れの存在となったよ」


颯天は気恥ずかしそうに話してくれる。

俺はただただ驚いた。父さんがそんなことをしていたことに。昔から仕事の話を家庭に持ち込むことを嫌っていたから知る由もなかったけど改めて父の認識が変わる。

俺と同じくこいつも父に対して畏敬の念を抱いている。颯天は他のやつらと違うのかもしれない。


「わかった……都合のつくとき俺に教えてくれ。場所を案内するから」


その言葉に颯天は破顔しながら。


「ありがとう。これからよろしく春夜くん」


手を差し出してくる。


「『くん』って呼ばれ慣れていないから呼び捨てでいいよ」







体育館内部は生徒千人が入るには充分過ぎるほどの広さを有していた。生徒は座ることなく立っている。

入学式……。

今回の入学式は早く終わると先生は言っていた。いつもだと校長の話が長く一つ一つの進行動作が遅いために暇を持て余していた。今回は終了時間が早いといっても少しばかり暇だな。

こういう時は脳内で音楽を再生しよう。

体育館に入場して十分経過した頃壇上にスーツ姿の宇都宮先生が現れる。


「新入生のみなさんこんにちは。今日は入学式を祝福するような天気になりましたね。朝のホームルームで聞いたことと思いますが、今日は不在の先生や生徒が多いために事前にお配りしましたパンフレットに書かれている日程時間は繰り上がります。ですが、早く終了するかといって気を抜かずにしっかりと受けましょう」


そこまで話すと宇都宮先生は一礼して壇上から下りていく。

暇だ。

最後尾ということを利用して辺りを見渡すが沢良宜のやつがいない。ということは完全にさぼりを決め込んだようだ。

静まった体育館には再びマイク越しの音声が響く。次は新任の先生の紹介に移るようで端のほうには若い男女が屹立している。


「ね、春夜。本当に何があったんだろうね。生徒会も学園長もいないなんて。周りを見ても数人の先生しかいないよ」


隣に並んでいた玲奈が訝しむように小声で話しかけてくる。


「わからないけど、結構なことがあったのは確かだろうな。朝の宇都宮先生の焦りようもあるし」


「それでは紹介に移りたいと思います」


小声で玲奈と互いに話し合っているといつの間にか広々とした壇上には新任の先生と宇都宮先生が上がっていた。

というか、宇都宮先生今日は大忙しだな。

最初に前置きの話が始まり。次にはにこやかに隣に並ぶ男性教師の紹介が始まる。

見た目からして二十代半ばほど。高身長で黒い髪の毛。第一印象からは柔和な好青年という念を抱く。


「えー、こちらはおもかげ空都そらと先生です。俤先生はこの東場学園が初めて、ということみたいです。では、挨拶をよろしくお願いします」


「只今ご紹介に預かりました。俤空都と申します。僕はこの東場八虱学園の門を潜れたことを光栄に思っております。初めて教師という職に就き経験が浅い分みなさんに教えることが少ないかもしれませんが。若さを武器にみなさんと仲良くなれたらと思っております」


右耳についた紐で作られたであろう花のアクセサリーを揺らしながら空都先生は一礼する。その姿に周りの女子からは黄色い声が溢れる。

俤先生はあんなことを言っていたがこの学園は教師にも難題な試験を課せると聞いたことがある。相当な実力者であることには間違いない。


「続きましてお隣の齋漣さいれん未琴みこと先生の紹介です。未琴先生も俤先生同様にこの学園が初めてのお仕事だそうです」


俤先生の横には青みがかった髪色。長めの髪にややつり目の整った顔立ち。冷静沈着というよりは冷たさを感じる。


「ご相伴に預かりました、齋漣です。私も慣れない環境でまだまだ教師として未熟ではありますがみなさんと切磋琢磨していきたいと思います―――なんて、言ってみたり」


微笑を溢していた齋漣先生は突如として獰猛に微笑む。

体育館内は静けさが支配していたが一層と重くなる。俺を含めた全員が疑問符を抱いたまま壇上の先生に注目が集まる。


「齋漣先生、どうしたんですか?」


「どうした、ですか……。 はぁー、まったくもって拍子抜けだ。よくもまあ呑気に入学式なんてできる。今もこうしている間に他の職員たちは異者いしゃと戦っているというのに。それにあの大規模な戦闘は陽動だというのに」


何を……

職員たちが異者と戦っている。陽動。

嫌な予感しかしない。


「なぜそれを……情報は新入生や新任であるあなたには伝えられていないはずです。何者ですか?」


齋漣先生の言葉を聞いた途端に宇都宮先生は顔色を変えて後ずさる。

そして―――


「ハハッ…ハハハハハァッ……!」


次は俤先生がケラケラと高笑いを始める。

今の状況についていけない生徒たちの間でどよめきが走る。


「君ってさ、察しが良いのか悪いのかよく判んないね。でも邪魔だから消えて……」


「っ―――!!!」


音にならない声が漏れる。

宇都宮先生が目を限界まで見開いて吐血する。

武装なんてしていなかったはずの俤先生の右手には真剣が握られ宇都宮先生の腹部を貫いている。

その瞬間弾けたようにあちらこちらから悲鳴が迸る。無理もない。一年生の現時点では人が目の前で死ぬということに対して耐性がないんだから。


「弱いね……じゃ簡単に君たちが今思っている疑念を解決してあげよう。俺たちはテロリストだ」


声が聞こえているのかいないのか生徒の中には外へと逃げようとするものがいる。

だが……


「無理だよ~逃げられるわけないじゃん。この体育館には防音魔具と出口を消す魔具が仕掛けてあるから。ではでは、本来の目的を果たそうとするか」


テロリストである俤は軽やかに壇上から飛び降りる。血相を変えた残りの教師たちがそれを取り囲む。


「んーいいね。僕たちの目的は学園内の戦力を削ぐこと。でも誤算だった。対異者局のやつらが動くことはわかってたんだけど、まさか、君たちも動くとは思わなかった。校長と生徒会は殺るつもりだったけど。いないんじゃしょうがない。君たち全員を殺すよ」


にこりと俤は微笑む。

異様だ。先程までの優しげな青年とは別人だ。

男は獰猛に笑うと――


「それじゃデスゲームの始まりだ!!」


俤は嬉々として教師たちの方目掛けて疾駆する。臨戦態勢に入った教師たちと対峙しているなか、相棒である齋漣は壇上から睥睨している。もう、お祭り騒ぎだ。

混乱をきたすなか激しい金属音が響く。


「春夜……これまずいよね? どうしよ……?」


「どうしようもないだろ。職員に任せるしかない」


だが―――


「え~なんか期待はずれだね。東場八虱学園って異者に対してのエキスパート校って聞いてたから。その学園の教師であろうお方たちがこんなにへなちょこなんて」


次元が違いすぎる。その証拠に壇上の齋漣は手を貸す様子など微塵も感じさせない。

一人また一人と鮮血を撒き散らしながら倒れていく。

その様子に耐えきれなくなった生徒たちは出口がないというのに我先にと後方へ逃げだしていく。

このままじゃテロリストの目的が完遂してしまう。


「春夜、私たちも逃げよう。出口はなくてもこの体育館は広いから隠れるところはたくさんある。隠れて先生たちが戻ってくるのを待ってよ!」


「いつ戻ってくるんだ。あの口振りじゃ事件の元凶は間違えなくあいつらだ。なら、本来の目的を達成するための時間は計算しているはず。隠れたって先輩や先生たちが戻ってくるまでには殺される。ここで俺たちが時間を稼ぐしか生き残る方法はない」


「相手は格が違いすぎるよ……!」


「わかってる、そんなのは」


あいつらの狙いはそこにある。

たった一人で数人の教師を打ち負かしたことを目の前で見せれば嫌でも自分とのレベルの差を認識させられる。そうすることで戦意喪失させ、後に短時間で目的を達成するという寸法。

それは十中八九当たっており順調に進んでいる。


「ハハッ!いいねいいねっ。もっと逃げ惑え」


俤は実に愉快そうにゆっくりと近づいてくる。

どうすればいい。


―――颯天はどこだ。黒上院とならなんとか……


颯天を素早く探すが……。

あいつも大変だな。女子たちに手を引かれて後退している。困り顔を浮かべていることから何かするつもりみたいだけどそれができないようだ。イケメンも大変。


「玲奈ここで逃げろなんて言ったら……」


「怒るに決まってるでしょ!春夜が戦うなら私も戦う。……もう誰かの後ろに隠れているのは嫌」


「わかった」


玲奈の決意を聞いて意を決する。


「絶望する生徒諸君に悲しいお知らせがあります!」


だが悪魔は嘲笑う。


 「実は僕の名前は俤空都じゃないんだよね。本当の名前は闇影やみかげ於茂登おもとって言うんだ」


 「―――――!」


 闇影……於茂登……?


 「嘘だよ。たとえそうだとしても年齢が合わない。それに人相だって違う。春夜、聞いちゃダメだよ。きっと相手の策略だから」


 わかってる、わかってるけど!

 右手が勝手に腰の刀へと吸い込まれる。


 「僕たちは学園の戦力を削ぐために侵入したと言ったけど。それは建前、本当はただ殺し合いがしたいがために僕は来てるんだ。そこで強い奴と戦えたら言うこと無しだったのだけれど、この様子じゃいなさそうだね。ハハッ……」


 悪魔は何かを思い出したように愉悦を極める。


 「……でもあの時のゲームは楽しかったな。僕も死にかけたし…最高だったよ二ノ園の男との殺し合いは…」


 もう考える必要はなかった。

 足は勝手に動き、右手は刀に滑る。

 そして、悪魔に鉄の塊は吸い込まれ――――


「うわっ……!危ない!!」


 目の前で一瞬だけ光が弾ける。

絶対に斬り伏せてやる。たとえこいつが父を殺した闇影於茂登じゃなくても。テロリストである以上大義名分がある。


「どうした闇影、押されているではないか。手を貸そうか?」


「いやいいですよ。あなたは僕が死んだ時にでも動いてください」


齋漣は表情ひとつ変えずに俺の様子を窺っている。動きを見せないのは仲間を信用しているのかそれとも興味などないのか。落ち着きを払った面輪からは読めもしない。

ただ確かなのは目の前の男は絶対に始末すべき人間であること。


「君の剣筋はとてもいいよ。どこかで習っていたのかい?」


「黙れよ……!」


「あれれ。おしゃべりは嫌いかい?」


冷静さを失ってはいけない。状況を冷静に分析しないと。

だけどこのにやけ面は歪ませてやりたい。

だが刀が届かない。ギリギリのところですべて跳ね返されている。やはり咎人として指名手配されているだけはある。


「ハハッ。楽しいよ、もっと遊ぼうよ!」


「絶対に後悔させてやる!」


「楽しい。楽しいよ。だけどさ―――」


俺の斬撃を受け止めた俤の刀は目にも留まらぬ早さですり抜け。


「だけど、華がないよ!単調すぎる!!」


峰で壁に吹き飛ばされる。

油断してしまえば意識を失いそうだ。

口から血が…それでも、それでも立たなくちゃ。立ってやつと戦わなくては…それが長らくの望みだから。

速く…速く…。


「ハッァァアアア!!」


「いいね~威勢がいいのは好きだよ」


俺は息を切らしているというのに、まったくその様子を見せない。余裕だ。手加減されていることが痛いほど伝わってくる。

それでも俺は、この男に勝たなくてはいけない。速く、もっと重く……


「ッ――!!」


やっと呻き声を漏らしたがまだ足りないまだ、俺の刃は届いちゃいない。

動けよ、言うことを聞いてくれ!

耳をつんざくような金属音は今も響く。先程まで騒がしかった生徒たちは黙って戦況を見守っている。


「アハハッ…さすがに鬱陶しくなってきたな。僕の望むのはその目じゃない…」


苦笑を浮かべた俤の瞳が一瞬だけ紅く光った気がする。

だが、そんな思考は置いていかれる。今まで隙をみせなかった闇影の動きに数瞬のラグが発生する。

俺はすかさず狙い―――


「残念だったね。人ってのは勝機を見出だすと心のどこかでは油断してしまうんだ。次からは気をつけるといいよ。っと、ごめんごめん。次なんてなかったね」


悪魔は俺の胸を貫きながら不敵に笑う。武器を隠し持っていた様子なんてなかった。なのに左手には刀が握られている。

やばい今度こそ意識が遠退き始める。寒い。床ってこんなに冷たかったか。ここで死ぬのか、俺。何も果たせないまま、無様に死んでいくのか。

あぁ……玲奈の声が聞こえる。お前だけは生きてくれ。

あぁ……何やって…来るなよこっちに。お前も…他の生徒のように逃げろよ。

くそっ!終わるのかここで。復讐できないまま、終わるのかよ!

動けよ、動けよ!


『ふむ。血の盟約によりお主の願いを聞き遂げた。その深い復讐心、気に入った。余も力を貸そうぞ』

 

 幻聴が深く脳に響き渡った。








 


































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