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実際、ゴールデンウィークの終わるころに新しい部屋の候補が見つかったが、それがもたらされたのは、やや意外なところからだった。
山下のマンションには家族で住んでいる世帯が多く、したがって日中はおばさんをよく見かける。おばさんというのはちょっとした事件や噂に敏感なものと相場が決まっているが、この地区のおばさん方もその例には漏れず、俺が家を失って山下家に居候しているということは早々にマンション中に広まっていた。最初はやたら話しかけてくるのを鬱陶しく感じもしたが、噂好きのおばさんは馴れ馴れしいけど親切というのも太古の昔からの決まり。俺の境遇に同情しておかずや食材を分けてくれたり、新居探しを手伝ってくれたりするようになり、ありがたいことこの上ない。
吉報は、そんなおばさんの1人からもたらされた。友人の持っているアパートが1室空いているとかで、相場より安く貸してもいいと言っているという。職場までは若干遠くなるが、この際それには目をつぶるべきだろう。ありがたく内見の約束だけして山下家へ帰ろうとしたが、世間話に捕まった。部屋を探してきてくれたとあっては無碍にもできない。
何号室の田中さんがこうだとか、その隣の佐藤さんがどうだとかいう話を適当に聞き流す。正直に言って、おばさん間の見分けは全くつかない。目の前でくるくるしゃべっているおばさんの名前も実はわからない。したがって、田中さんも佐藤さんもわからない。おばさんはみんなおばさんである。
話の内容がわからなくても、ニコニコして相槌を打っていれば楽しそうにしゃべってくれるので、それでいい。
「そういえば、最近山下さん見ないわねぇ」
急に知っている名前が出て驚いた。山下さんはおばさんじゃないのでわかる。
「そうですか? まあ、日中は家にこもってるみたいですが、夜中になるとちょくちょく出かけてますよ」
「あらそう? 仕事に行くところも見かけないからちょっと心配してたのよぉ」
「山下さん、在宅で働いてるみたいですよ」
「最近はそういうの流行ってるわねぇ。山下さんも前は毎日スーツ着て会社に行ってたんだけど」
それは知らなかった。最近転職でもしたんだろうか。あのスキンヘッドでスーツを着ると、さすがに少し怖そうだ。
「同棲してた恋人と別れたって言ってましたし、色々と生活が変わったのかもしれないですね」
「あら、山下さんって同棲なんてしてたの? 全然知らなかったわぁ」
当然知っていると思って、いらないことを言ってしまった。申し訳ないことをした。それにしても、このおばさんにマンションのことで知らないことがあったなんて驚きだ。
「そういえば、最近新しい冷蔵庫買ってたわねぇ。別れた相手と一緒に使ってたものは全部捨てちゃおうってことなのかしら」
「え、冷蔵庫って最近買ったんですか?」
「そうよぉ。3月の終わりくらいに業者の人が運んできたのを見たから」
今度はこちらが驚く番だ。同棲時代からあったものとばかり思っていた。
いくら失恋して傷心だからって、冷蔵庫まで買い換えるか?
古い冷蔵庫を残しているのは俺が居候し始めたからだとしても、冷蔵庫を捨てようとしているのに食器などはそのまま残しているのはおかしいんじゃないか。そっちのほうが遥かに買い換えやすいし、彼女との思い出も残っていそうに思える。今は俺が使っている包丁やフライパンも、きっと彼女が手料理を作るのに使っていたんじゃないだろうか。
その後すぐ、おばさんは通りがかった別のおばさんと話し始め、俺は解放されたが、棘のような小さな違和感はなかなか消えなかった。
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