主人公3

 増井さんに誘導されながら俺は病院の中を歩いていた、増井さんは適度にこちらを確認するかのように俺の顔をじっと見たかと思えば焦った様子で急にびくっとしていたりで先ほどから挙動不審な様子だ。

 ただここではっきりしたのは、俺と面会できるくらいにはひどい状態ではないということで、俺はその事実に少しほっとしていた。

 数分病院内を歩いていると増井さんが急に立ち止まる、


「ここが鏑木さんがいます、恐らくまだ眠っているかと思いますが」

「いえ、ありがとうございます」


 病室の扉の横には鏑木ほのかと書かれておりなぜだか急に緊張してしまう。

 実際に会うのは数週間ぶりで最後の別れ方もいいものではなかったのでなんとなく気まずい。


「増井さんは入らなくても大丈夫なんですか?」

「ご友人同士の中に私がいても変でしょうから私は外で待っていますよ」


 その気遣いはありがたいのだが今は逆に一緒にいてくれた方が気まずくならずに済んだのに、とは思ったがここまで来て今更感も半端ない、


「わ、わかりました」


 意を決して俺は扉を開けた、そこにはベッドに眠っている鏑木がいた。

 相変わらず容姿は完璧で、眠っている姿に見とれてしまいそうだ、窓から入ってくる月明りも鏑木の魅力を引き立てているかのように見える。

 改めて鏑木が元カノだったのかと思うと何とも言えない気分になる。


 鏑木を起こさないように静かに、ゆっくりと鏑木のそばに歩いていきベッド横にある椅子へと腰掛ける。


「鏑木、ほんとごめん。俺がしっかりしてれば」


 俺がしっかりしていれば鏑木が襲われることもなかったかもしれない、そう思うと今更後悔が押し寄せる、言いたいことはたくさんあった。

 でも口から出る言葉は謝罪の言葉だけで、それ以外に言う資格がないとすら思っていた。


「助けてあげられなくてごめん、逃げてごめん、

 ・・・・・・幸せにしてあげられなくてごめん」


 俺が鏑木に何かを求められる立場じゃないことは分かっているが、できることならもう一度前みたいに話したり、お忍びデートしたり、家でまったりしながら好きなアニメを見たり、そんなことを鏑木としたかった。


 ふと、鏑木との思い出に浸っているとある約束を思い出す。

『二人で会った日は必ず太一君の方から好きな所にキスすること』


 有名なおとぎ話で王子が眠り続ける姫に口づけをして姫が目覚めるという話がある、現実的ではないし実際にそれをするのはあまり褒められた行為ではないのは分かっている、付き合っているいるならまだわかる、だが俺と鏑木は付き合っているわけではないのだ。

 それでも、今鏑木にキスをすれば起きてくれる、そんな気がしたのだ。


「・・・・・・後で折檻は受けます」


 眠っている鏑木の口を見つめながら顔を近づけていく、別に鏑木とキスをするのは初めてではないのだが心臓が飛び出るのではないかというほど心音が高い。

 鏑木の寝息が顔にかかる、あと数センチでキスをしてしまう、そんな時、


 鏑木の眉間にしわが寄った。そして


 グイっ、そんな効果音が似合いそうな音とともに俺の顔の進行は何者かに阻まれた。

 というか、鏑木に抑えられた。


「太一君、キスの時唇を尖らせながら迫られると人は嫌がります」

「・・・・・・すみません」


 しくじった、ちゃんと王子がどんな表情で姫にキスをしたのか取材しておくべきだった。



 ************



 不細工なキスに失敗して数秒、キスをさえぎられた手をどかしてもらった後、俺と鏑木は無言のまま見つめ合っていた。

 目をそらしてしまいそうな程綺麗な瞳で真っすぐに、まるで俺の心を見透かしているかのような印象を受ける。


「あ、あの鏑木さん、傷は大丈夫でしょうか」

「・・・・・・はぁ」


 見ていられなくなった俺が先に言葉を発すると鏑木はあきれた様子で溜息をつく。


「キスをするなら今がいいタイミングだと思ったけど」

「あぇ、っと、ごめんなさい」

「あと、別に太一君が謝ることじゃないし、別に悪いこと何もしてないでしょ?」

「でも俺がしっかりしてればこうなっていなかったかもしれないのに」

「・・・・・・いうつもりなかったけど、というか太一君は覚えてすらいないかもだけど」


 そういって鏑木は俺に布団を少しめくるように言い、俺は言われたとおりにした。

 すると鏑木は左足首を見せどこにでもありそうな、でも俺にとっては印象的な赤いミサンガを見せた。


「これ、覚えてる?」


 それを見た瞬間衝撃だった、覚えていないはずがない。

 今鏑木の足首にまかれているのは、俺が昔助けた女の子を慰めるためにあげたミサンガだった。


「まって、ってことは鏑木があの時襲われていた女の子、なのか?」

「覚えてて、くれたんだね」


 鏑木の目からは涙があふれていた、このとき俺は本当の鏑木ほのかというものを見れたのかもしれない。



 ************



 sideC鏑木ほのか



 きっと罰が当たったのだと、そう思っていた。

 散々彼を振り回し、迷惑をかけてきた罰が、不思議なことにそう思うと今自分がおかれている状況も妙に納得がいく。

 どうやら私は腹部を刺されたらしく、出血多量で運ばれて意識不明にまでなっていたらしい、それはいいのだが、私を刺したマネージャーはどうなったのだろうか、捕まっているのであればいいのだが、もし仮に捕まっておらず現在も逃亡を続けているのであればそれは問題だ。

 彼が危ない、私がもしマネージャーと同じ立場なのであればきっと次に狙うのは彼だ。


 私だけ被害にあうのはまだいい、それだけは絶対に避けなければいけない、私はベッドの上で自分のスマホを探す、だが見つからない。

 かすかに残っている記憶を頼りに思い出す、恐らくは自分の家にある。


 ナースコールを押して看護師にその件を伝えると快く対応してくれた、できれば病院の公衆電話から彼に電話をしたいのだが生憎と私は彼の携帯番号を知らない、現代のSNSを少し恨んだ瞬間だった。


 早く連絡が取れないかとベッドの上で考え事をしているうちに眠ってしまったようで気が付けば辺りは暗く、夜になっていた。

 そんな時、遠くから足音が聞こえた、音からするに二人分。

 足音の大きさから考えるに巡回の看護師ではないと分かった、少しいやな想像をしてしまう、私は目をつむり眠ったふりをした。


 足音は病室の前で止まった、何か話し声が聞こえる。

 それでわかってしまった、その声の主はどちらとも私が知っている声で片方は最愛のもう片方は最悪のそんな人の声だった。

 なぜ? そう思ったが考える前にわかった、彼ならそうするだろうと。


 本当に馬鹿だ。

 扉が開き、気配が近寄ってくる。でもそれは彼だとすぐに分かった、どうやら病室にマネージャーは入ってきていないようでひとまずは大丈夫だとほっとばれないように胸をなでおろす。

 私の眠るベッドの横の椅子に座ったのだろう、すぐ隣に彼の気配がした。


「鏑木、ほんとごめん。俺がしっかりしてれば」

「助けてあげられなくてごめん、逃げてごめん、

 ・・・・・・幸せにしてあげられなくてごめん」


 彼は声を震わせながらそう言った。

 変に寝たふりをしたせいで起きるに起きれなくなった私は心の中で思った。

『そんなことない、最初に助けてくれたのは太一君だよ、私はもう十分幸せだったよ』と。


「・・・・・・後で折檻は受けます」


 ん? どういうことだろう。


 なんとなく、私の顔に何かが近づいてきているのが分かった、そして思い出す。

 最初に私が決めたルールを

『二人で会った日は必ず太一君の方から好きな所にキスすること』

 そんなことを、あの時ひどい振り方をした私との約束まだ律儀に守ろうとしてくれている、それだけでとてもうれしかった。


 寝たふりをして、キスされたら起きよう、そう思っていた。

 どこかの眠り姫のように。


 一応、念のため薄目で確認しておこう。




 ・・・・・・はっきり言おう、口を尖らせて変顔をかましている彼の顔があった。

 ハイ、失格。


 それから実は私と彼が以前あっていたことやミサンガのことを打ち明けたりいろんな話をした。最初はびっくりしていた彼だが今は微笑んでいる。

 本当に、甘えてしまいそうになるからその顔はやめて欲しい。


 あぁ、この時間もそろそろ終わる、彼に伝えなければ。

 マネージャーが私を刺した犯人だと。


 だがなんていえばいい、どうすればこの状況から彼を無事に逃がしてあげられる。

 そんな時、扉が開く音が聞こえた、彼も少し焦った様子で振り向いたがマネージャーがいえいえ、お構いなくと諭したせいで彼は私に向きなおる。


 彼が見ていないと悟った瞬間、マネージャーはどこからか刃物を通りだして私をにらみつけた。ここで私が大声を上げたとしてなんの解決にもならない、奴はそれがわかっているのだ。

 でも、彼にだけは無事でいて欲しい、だから最後に


「太一君、少し抱きしめてくれないかな」

「え、いいけどマネージャーが・・・・・・」


 彼の言葉をさえぎって抱き寄せた、そして耳元で


「マネージャーが私を刺した犯人、お願い、逃げて」

「今井太一ぃぃぃぃいいい!?」


 自分でも悪手だと思った、どうやってもこうなることは分かっていたのに。最初から奴が犯人だと伝えていればもう少しやりようがあったのかもしれない。

 気が動転していたのだ、うれしかったのだ、恋しかったのだ。


 だから、次は私が彼を守ろう。


「太一君!! 伏せて!!」

「鏑木!?」


 急に動いたからだろう、ズキッと刺された箇所が痛む、初めて刺されたがかなり痛い、それがもう一度来るのかと思うとぞっとするが、それで彼が守れるならそれでいい、むしろそれがいい。


 数秒後に来るであろう激痛を待っていると、


「兄さん、大丈夫!?」


 声のする方を見ると、床に倒れ泡をふいているマネージャーと、私の敵、今井裕二がいた。

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