主人公2
ズリズリと地をはいずり情けなくもがく男がいる。
俺である。
「どうせならもっと近くにおいてくれよ」
いやまぁ、鍵を置いてくれただけでありがたい、それ以上望むのは違うだろう。
きっと端から見たら今の俺の姿はさぞ滑稽に見えるだろう、だが今までの俺の生き方に比べれば今の滑稽な姿など大したことではないと思う。
過去を思い返して恥ずかしがることは誰にでもあるが、俺の場合は行くとこまで行っているわけで今更後悔したところで何にもならない。
残り1メートル、以外にも手足を拘束され椅子に縛り付けられた状態で這うのは難しくない、だが問題は鍵を手に入れた後の話だ、どうやって鍵を使って手錠を解錠するか、うまく口を使って開けるのは不可能ではないが時間がかかりすぎる。
ただやれることがあるのであればやるべきだ、少なくとも昔の俺ならばそうして居た筈だ。
数分して鍵のところまでたどり着いたとき、俺は絶望した。
「か、体が硬くて口が手に届かない、だと」
あぁ、俺の職業は小説家、体を動かす機会なんて滅多にない、つまるところ運動不足であるところの俺は唯一解錠ができそうな手段をなくしてしまった。
運動不足は完璧に自分のせいだ、言い訳のしようがない。
そうやって自分のふがいなさに絶望しているとポケットの中でスマホが震える、それと同時に腕につけていたウェアラブル端末も連動して震えた。
何とかしてそれを見ると、
「そういえば、こいつの存在忘れてたな・・・・・・」
************
「んで、何でお前はこんな風になってるわけ?」
無事鍵を外してくれた久しぶりの親友、山田はあきれ顔でそういった。
「だから言ったろ? 急に軟禁されたんだって」
「急に軟禁されるとかお前どんな事したらそうなれるわけ、本当ぶっ飛んでるわやっぱ」
あきれ顔で失笑する山田、どうやらニュースで鏑木のことを知り俺に電話してきたらしい。まぁ山田は一応鏑木のファンでもあるし中学時代俺と鏑木が付き合っていたことも知っている、だから何か知っているんじゃないかと思い連絡をしてきたとのことだった。
「俺はこれから鏑木の入院している病院に行く、だから止めてくれるなよ山田」
「おう、行ってらっしゃい」
「いや軽くない? 一応俺これからそれなりのリスクしょって突撃するところなんだが・・・・・・」
二つ返事で言われると少し反応に困ってしまう、案外俺がこれからやろうとしていることってそこまでだったりするのだろうか、そんなことを考えていると山田が急にくすっと笑う、何だこいつ、昔から変な奴だとは思っていたがここにきて変の具合が上がってきているし、山田には悪いが少し気味が悪い。
「いやねぇ、なんだか昔のお前見てるみたいで」
「昔の俺がなんだよ、今は関係ないだろ」
急に昔の話をする山田、やめて欲しい、人の黒歴史を掘り下げるのは。
だが俺の制止を聞かずに山田はそのまま続ける、
「関係なくはないぞ、ただ変わったなーと思ってな」
「何が変わったっていうんだ? 少なくと今の俺は正常だし昔とそう大差ないだろ」
少なくとも山田の前では何も変わっていないと思うのだが、ずっと隣にいて俺の素をさらしていたのは山田だけだし、別に隠しているわけでもないが日常的にそばにいることが多かったのが山田なのだ。
だからこそ山田ならわかっていると思っていたのだが。
「いーや、俺にとって昔の今井太一はさ、主人公みたいなやつだった、いつも周りには誰かいて、だれとでも分け隔てなく接して、差別を嫌って面倒ごとに後先考えずに突っ込んで。みんなお前を慕っていたし頼っていた」
山田は懐かしむように、それでいてなぜだが悲しそうにも見えた。
「俺はそんな奴じゃない」
「そんな奴だった、そんで変わった、一ノ瀬と付き合い始めてから」
ふと思いだす、昔の自分を。
確かに周りにはいつも誰かいて、校内の生徒全員と友達でいわゆる人気者だった。
そんな俺の状況が変わったのは確かに一ノ瀬と付き合い始めたころから、あの時の一ノ瀬は確か今ほど身なりに気を遣うタイプでもなくてどちらかというとおとなしいタイプの女子だったかもしれない。
「そんなこと言われても・・・・・・」
今の山田の言い分だと一ノ瀬のせいで俺の周りから人がいなくなったかのように聞こえる、聞こえるというかそういっているのだと思った。
自覚はないが周りからはそういう風に見えていたのだとしたら、
「・・・・・・山田は今の俺と昔の俺、どっちがいいんだ?」
「どっちのお前がいいか、か、なんか勘違いしてるが俺はお前を友達として見ているだけで好きとか嫌いとかそういう恋愛的な気持ちはないぞ?」
「馬鹿か、だれもお前にそんなこと聞いてないわい!!」
「それもそうか」
山田はおかしそうに笑った、学生時代のように無邪気に。
「・・・・・・みんなお前の怖いもの知らずな無邪気な笑い方が好きだったんだ、だからそれを奪った一ノ瀬を周りが好きになれると思うか?」
「それは、どういう・・・・・・」
「まぁ!! 好きなようにやれよ、親友、ダメだったら俺が慰めてやる」
俺の言葉をさえぎって山田は立ちあ上がる、
「乗ってけよ、近くまで送って行ってやる」
まるで詳しくは聞くなと言われているようだった。
それを察してしまったせいで、俺は山田にそれ以上聞くことができなかった。
************
山田に近くまで送ってもらい無事に病院に着いたはいいものの道中俺と山田はずっと無言だった、俺にとっての山田はお互い無言でも気にならない、それくらい心地のいい親友のつもりだったが今まで山田といてこんなに無言の空間がきつかったのは初めてだ。
「今はそれどころじゃ無いか・・・・・・」
病院の前には取材班の車で埋め尽くされていて、とても正面から入っていけるような状態じゃない、可能性があるとすれば隣接する建物の敷地から侵入するぐらいだが。
それも現実的じゃない気もする。
もうすでに辺りは暗くなっており人気はないもののやはり正面突破はリスクが大きすぎる。
そもそも中に入れたとしてどこに鏑木がいるのかもわからない以上正面から入っていっても意味がない。
そんなことを思いながら遠くから病院を眺めているとふと背後から肩をたたかれた。
「君、もしかして鏑木さんの知り合いかい?」
びくっとしたのち振り返る、そこには年齢は30代半ばくらいの黒いスーツを着た男がいた、何故かは知らないがおどおどしていて落ち着きがないように見えた。
「え、と。誰ですか?」
「すいません、私鏑木さんのマネージャーをしてます増井と言います」
そういって増井と名乗った男は一礼する。
鏑木のマネージャー、これは使えるかもしれない。
このまま友達という体でマネージャーについていけばもしかすれば鏑木に会えるかもしれない。
「俺、鏑木さんの中学からの友達でニュース見ていてもたってもいられなくて」
元カレですとマネージャーに言うのはさすがにまずいだろうからそこの関係性は伏せておくことにした。
「・・・・・・友達、ですか。彼氏とかではなく?」
「か、彼氏なんてとんでもないです、本当にただの友達ですよ!!」
「そうですか」
増井さんはそう言った後、少し考えた様子で黙り込む。
疑われているのだろうか、というか冷静に考えてアイドルの鏑木と芸能人でも何でもない、特筆するといえば小説家であることを除けば一般人の俺がただの友達というのもおかしい気がしてきた。
「・・・・・・彼氏さんなのであれば合わせるわけにはいかなかったのですが、ただの友達であれば大丈夫そうですね、よければお会いしますか?」
以外にも増井さんの反応はあっさりだった、というかここまでトントン拍子に進むとは思っていなかったのでここで鏑木のマネージャーと会えたのはかなり運がいい。
ここは話をうまく合わせていおくとしよう。
「会わせていただけるのであれば会いたいです!!」
「わかりました、それでは連絡を入れますので少し待っていて下さい」
増井さんがそういうと少し離れて電話をする、その後数分で黒塗りのバンがきて俺はそこに乗せられてそのまま病院内へと行くことになった。
************
『速報です、アイドルグループrougeの鏑木ほのかさんを襲った犯人が現在逃亡中とのことです、容姿は中肉中背、年齢は30半ば頃、黒のスーツを着ているとのことでした。くれぐれも今夜は家から出ないようにお願い致します』
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