主人公

 今思えばその時の俺は混乱していた。

 目の前には少しあきれた様子の弟と一ノ瀬、ここは俺の自室で俺は身動きが取れずにいる。と言うか椅子に縛り付けられて物理的に身動きを取れないようにさせられていた。


「兄さん、少し冷静になってよ、今ここで兄さんが行ったところで状況がよくなるわけじゃないんだからさ」

「……だからって椅子に縛りつけるのはどうなんだ?」


 無我夢中で飛び出そうとしたら華麗な手さばきで腕を回されて地面に押さえつけられてどこから取り出したのか手錠をかけられたときは初めて弟に恐怖を感じた。

 今のところ兄としての威厳が皆無な所は今は気にしないでおくとしよう。

 とにもかくにも今の俺はこの状態でかれこれ一時間ほど軟禁状態だ。


「俺が止めなきゃ兄さんあのままどうするつもりだったのさ」

「そんなの鏑木の病院に向かうにきまってる」

「マスコミだらけの病院に血相を変えた一般男性が行ったらどうなると思う?」


 冷静に淡々と俺に問いかける弟、隣の一ノ瀬は心なしかあきれ顔だ、弟に押さえつけられたのもショックだが一ノ瀬にまで飽きられているとなるとさらにダメージは大きい。

 ただ弟が言っていることも正論であのまま俺が病院に駆け込んでいたらそれこそマスコミに囲まれて下手をすれば重要参考人で警察に連行されるまであっただろう。

 その点で言えば弟の取った行動は正しいのかもしれない。


「だったらどうすればいいんだよ……」


 連絡が取れなかった一週間の間に何かがあったのならば、それを防げたのかも知れないと考えると罪悪感がこみ上げてくる。鏑木が大変な時に俺は部屋にこもって何もしていなかった。

 何かが出来る状況にいたのに結局何もできなかった自分を許せずにいる。

 こんなので鏑木に好きだと伝えようとしていたのかと思うといっそ死にたくなるぐらいには最低な気分だ。


「待つしかないんじゃない、それしかないでしょ」


 ここまでだんまりだった一ノ瀬が暗い顔をしてそういった。

 俺はそれ以上言い返せすことが出来なかった。



 *********



 しばらくして俺の部屋に一ノ瀬が入ってきた、手にはストローが刺さったエナジードリンクを持っている。

 というか俺はかれこれ半日近く拘束されて軟禁状態だ、体の自由が利かないということがこれほどまでにストレスのたまる行為だとは知らなかった。

 というか知らなくてもよかった。


「はい、お兄さん」


 そういって一ノ瀬がエナジードリンクを俺の顔に近づける、飲ませてくれるということなのだろう、正直喉が渇いていたからありがたい。

 ストローのせいで飲みづらいがエナジードリンクを一息に飲み干す、ふと一ノ瀬を見てみるが気味が悪いほど表情は穏やかだ、まるで何も思っていないように。

 正しくは何も思ってはいないのだろう、実際に会ったことが何回かあるだけでそこまで親しそうにしていたわけではないし、一ノ瀬からすればよくある芸能人の報道と何ら変わりない日常的なありふれた話題なのだろう。


「何も思わないのか?」


 ふと聞いてみた、

 別に何かの意図があって聞いたのではないがただ無言の空間が気まずかった。


「・・・・・・何を思えばいいの」


 一ノ瀬は数秒思案顔を浮かべた後、そういった。


「いや、心配だとか犯人は誰なんだろうとか?」

「もちろん心配はしてますよ、ただ私がどうにかできる問題じゃないので」

「そうですよね・・・・・・」


 つられて敬語になってしまった、一ノ瀬はあくまでも俺を弟の兄として接するスタンスを変えるつもりはないようだ。


「それより、このままでお兄さんはいいんですか?」

「このままでいいって俺が行こうとして止めたのはそっちだろ」

「止められたから、もう何もしないんですか」

「それは・・・・・・」


 何かを言おうとしたが言葉が出てこなかった、

 一応俺も小説家だ、ここまで言われればなんとなくわかる、仮に自分が小説の主人公だったとしたらここで何もしないのは完璧にその小説は駄作だ。

 ただ、


「俺は・・・・・・主人公じゃない」


 好きなアニメのなんでも機転を利かせて事件を解決する主人公でも

 人知れず怪物と戦いみんなを守る主人公でも

 好きな女の子を全力で守る主人公でもない

 強いて言うなら俺は、主人公を邪魔する悪役ポジションだろう。


「何にでもなれるって、言ってくれたのはそっちじゃない」


 一ノ瀬が少し顔を歪ませてそう言った。心なしか泣きそうにも見えたのは気のせいだろうか。

 その言葉は確か、


「太一と初めて会ったときに私に言ってくれた言葉だよ、今の太一は何にもなれない、なろうとしてない、結局は逃げてるだけで何も見ていない!」


 一ノ瀬が声を荒げて俺に言った、下を向いているので顔を見ることはできないがきっと泣いていると思う、俺が泣かせてしまったのだ。

 元彼氏とかそういう肩書の前に、男として最低だ。

 そんな俺の本質を鏑木はとっくの昔に気づいていたのだろう、一ノ瀬だってきっとそんな俺だから見限ったのだろう。

 本当は分かっていた、自分に非があることを、見ないようにしていたのだ。


「ごめん、俺が・・・・・・」

「もういいよ、私はただの太一の弟の彼女、余計なことを言ってごめんなさい」

「ちょっとま・・・・・・・」


 チャリン、という音を残して一ノ瀬は部屋から出て行った。

 その音の方を見ると扉の前に鍵が落ちていた。


「なんだかんだいつも助けてくれるんだよな」


 結局俺はずっと甘えていたのだ、鏑木にも一ノ瀬にも、そんな俺だから助けを求めるどころか助けなければいけない男に愛想をつかしたのだろう。 


 一ノ瀬は鍵を残してくれた、これを使えば手錠を外して外に出られるだろう、出た後は、後から考えよう、だって俺の考える主人公は考えるより先に体が動いてしまうのだから。

なれるかどうかは別として、なろうと足掻いてみようと思う。


 とりあえず、現在の位置から鍵の場所まで凡そ3メートル。

 地面を張って情けなく足掻くとしよう。

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