鏑木ほのかの最悪な一週間

 ついてない。

 それがここ最近の私を表す言葉だ


 彼と遊園地デートをした、結論から言ってしまえばその日は最高の一日だった。最近の中だと一番、というかこれまでの人生でここまで幸福感に満たされていた日はないと思う。

 そう思わせてくれるくらいには今井太一という男は私にとって唯一無二の存在で、かけがえのない存在だ。

 ただ一つだけ、私が彼の気持ちにこたえられなかったのはすごく残念に思う。

 本当は最後まで言葉を聞いて、感情のままに彼に抱き着いて甘えてみたかった、もしそれが叶ったなら今の私はこうなってはいなかっただろうか?


 様々な考えが頭の中を駆け巡るがどれもピンとくるような考えが浮かばない、ただこうなってしまったことにはきっと理由があって、理不尽なことではないのだろう。

 これは自業自得で今までの行いの罰だ、そう思ったら今の置かれている現状がぬるく感じてしまう。

 どれだけ自分の中で強がっていても、現実は残酷で、いざというときに私は無力だった、変われていなかった。

 筋トレをしても、格闘技をかじってみても、いざあの場面を思い出すと足がすくんでしまうのだ。

 結局のところ、私という一人の人間は何の中身のないつまらない人間だった。

 いっそこのまま消えてしまえればどれだけ楽だろう。


「ついてない」


 見慣れない部屋でこぼした弱音は誰にも聞かれることがなく消えていく、それでいい、私の本音など伝えたところでどうにもならないのだから。



 ************



 遊園地デートの二日後、私は事務所でマネージャーと打ち合わせを終わらせ歩いて自宅まで帰っていた。

 事務所から自宅まではかなり近い場所にあり、およそ徒歩で三分ほど。人通りも多くて治安もかなりいい、家賃は少し高いが貰っている給料から考えるとたいした出費ではない。

 しいて言うなら彼の家までかなり遠くなってしまったのが唯一の難点である。


 ここ二日間は引っ越しの準備などもあり彼の家に出向けずにいる、まぁ、行ったところで歓迎されずに追い返されてしまう気もするのだが。

 本当に彼には悪いことをしたと思う、彼が言いかけた言葉は何となく予想が付いてその予想が当たっていたのならばすごくうれしい。

 ただ受け入れられない理由がある、本当に残念なことに私はどうやっても彼と結ばれることはない。


 私がもし仮に彼と結ばれてしまったら彼の今の環境はすべて崩れてしまうだろう。

 そんな悲しいことは私にはできない。

 私自身、人間を信じることはできないが人間が作った意味の分からないルールだけは信じるしかないし、あがいたところで現状はどうにもならない。


「これからどうしようか」


 誰に向けているかもわからないセリフを歩きながらつぶやく、本当についてない。



 ************



 遊園地デートから三日後、自宅で荷解きをしているとマネージャーから連絡があり荷解きを手伝ってくれるとの連絡があった。

 少し嫌悪感があったが正直荷物はかなり多いし手伝ってくれるのなら助かるのも正直なところだ、私は二つ返事でマネージャーに連絡を返して少し休憩をすることにした。


「懐かしい、これ確か二回目に会った時に取った写真だ」


 手に取った写真を見つめて少し感傷に浸る。その写真は彼が友人に連れてこられたアイドルの握手会で再会した時の写真だ。

 ぎこちない顔で笑っている彼の顔もまだ少し幼い、正直可愛いし見ていて飽きない。

 何も知らないままでいられたらどれだけ楽だったろう、何度目になるかもわからないどうしようもない気持ちを抑えながら写真を片手にベッドに倒れこむ。


「鏑木さーん、入りますね!」


 チャイムの音と同時にそんな声がした、マネージャーだ。

 悪い人ではないのだが少し距離が近いというか、悪く言うと馴れ馴れしい。

 お世話になってはいるので文句は言えないがところどころデリカシーがないのが困りものだ。

 とは言えこのままいるわけにもいかないし、写真を枕の下にしまって寝室を後にした


「そういえば鏑木さん、今度小さいんですけどrougeのライブを予定してまして

 これを機に復活記念みたいな感じでやっちゃいましょうよ!」


 意訳すると「早く復帰してくれ」そんなところだろう。

 最近は特にマネージャーからこの手の話が来る、別にアイドルが嫌なわけではないのだが今はアイドルをやる時間が惜しいのだ。

 ただいつまでも仕事をしないただ飯ぐらいの元アイドルの面倒を見るのにも限界があるのだろう。そう考えると少し心苦しい。


「気持ちはありがたいんですけど、……やっぱりまだ」

「そ、そうだよね! 無理にとは言わないから気が向いたら早くいってね」

「面倒なら捨ててもいいんですよ、正直私厄介者でしょ?」


 マネージャーが私のその言葉に肯定するとは到底思えなかったが。皮肉も込めてそういってみる。

 仮に肯定されても私が消えればいいだけの話なのだからどうとでもなる。


「そんなことしませんよ! デビュー当時から俺は鏑木ほのかを一流のアイドルにするって決めてるんですから!」


 拳を胸にトンと当ててそういうマネージャー、そういう所を見ると皮肉も言いづらい。


「……期待に応えられるように頑張りますね」


 別にそんな言葉が欲しいんじゃない、そういっても仕方がないのは分かっているのだから言わないし、これからもいうつもりはない。


 その後も荷解きをして少ししてマネージャーは用事が出来たと私の家を後にした。家を出る前心配そうな顔で無理しないでね、と言われたが。

 理解が出来なくて何も答えられなかった。

 その日の夜、眠る前に写真を見ようと枕の下に手を伸ばしてみたが、そこに写真はなかった。


 遊園地デートから四日後、その日は毎日欠かさず連絡をくれたマネージャーからの連絡はなく、残った荷解きを手早く終わらせて気が付けばもう夜になっていた。



 遊園地デートから五日後、


 何故かわからないが買い物中いやな視線を感じるようになった、その視線は昔感じたことのある視線で気味が悪かった。念のためマネージャーに連絡を入れておくことにした。


 遊園地デートから六日後、


 その日の買い物帰り、ここ最近見えなかったマネージャーから連絡がきた。

「家の前でまってますね」

 その一言だけで連絡は終わり、不思議には思ったが昨日の連絡のことだろうと思い、足早に自宅へと急ぐ。

 自宅に到着するとそこにはマネージャーがいた、いたのだが様子がおかしい。


「鏑木さん、実は話がありまして」


 そういってマネージャーは私に一枚の写真を突き付ける。

 それはなくしたと思っていた一枚の写真で、


「鏑木さんが復帰しないのはこの男のせいですか?」


 指で刺した先にはぎこちなく笑う太一が映っている。


「俺がこんなに君を復帰させようと頑張っても無駄なことは分かりましたよ、元カレでしたっけ? というか鏑木さんと彼は……」

「やめて!」


 マネージャーの言葉を制止して引っ張って家の中に連れ込む。


「どこで知ったの……」


 それを知ったのであれば私のこれからはどうにもならなくなってしまう。

 もしもマネージャーが知っている事がなのであればかなり不味い。


「言えません」


 なんとなく想像はついていた、誰がこんな情報を漏らしたのか。

 本当に私はついていない。


「……そんなに彼氏が欲しいなら、俺が鏑木さんを幸せにしてあげますよ! 俺だったら君のために何でもできる、ずっと君を見ていた。俺が君を守ってあげるからさ!」

「い、いや!……来ないで」


 今まで見たことのないマネージャーのその表情を私は一度見たことがある。

 それは私を襲った痴漢と同じ顔だ。


「俺は君を幸せにするぅ!」


 襲い掛かるマネージャー、今度は誰も守ってくれない、自分でこの状況を何とかするしかないのだ。

 視界に映ったのは荷解きに使った大きめのはさみで、とっさにそれを手にしてマネージャーに突き立てる。


「なんで俺にそれをむけるんだぁ!!」

「や、やめてぇ!!」


 数回抵抗して何故かマネージャーは私から離れた、あきらめてくれたのだろうか。

 マネージャーが何か叫んでいる、何も聞こえない。

 なんだか体が重くて何もする気が起きない、視界もなんだかふらふらする。

 そのあとの記憶はあいまいで、私は玄関にたおれていてそれを見たマネージャーはどこかへ行ってしまった。


 薄れいく景色の中で最後の記憶は楽しげに笑う私とぎこちなく笑う太一の写真で、何故だかその写真には誰のかもわからないが血がにじんでいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る