初めてのでぇと4
遊園地デートも大詰めで辺りが暗くなるにつれて徐々に人通りが多くなってくる、それもそのはずで今俺たちが来ているこの遊園地は期間限定のライトアップをやっているのだ。
ここにくるカップルのほとんどはそれが目当てで噂によるとライトアップされた観覧車にカップルで乗ると生涯幸せになれるとかなんとか。
俺としてはそのような噂を信じているわけでじゃないのだが、今俺の横には鏑木がいる、それもつい最近まで意識していなかったのだが俺はどうやら徐々に鏑木に惹かれているらしい、証拠にさっきから心臓の鼓動がやけにうるさい、隣を歩く鏑木に聞こえてしまうのではないかという程に。
「たっくん大丈夫? もしかしてまだ具合悪い?」
「い、いや、大丈夫、ちょっと熱いだけ……とか?」
「なんで疑問形?」
そこで言葉が詰まる、正直日が沈みだしてから徐々に肌寒くなってきているのだから熱いなんて言い訳通るはずがない。
そんな正常な考えが出来ないほど今の俺は困惑している、横を歩いていてたまに触れる鏑木の手がもどかしいい、ふと隣を歩く鏑木を横目で見る、丁寧にケアされているのだろう、指通りのよさそうなさらさらの髪が歩くたびに揺れていて、今日はキャスケットをかぶっているせいか普段は見えない鏑木のうなじが妙にいやらしい。
正直に言うと今の鏑木はかなり魅力的だ。
付き合っていた当時でもここまで彼女を魅力的に感じたことはないかもしれない。
気が付くと俺と鏑木は自然と手をつないでいて、はたから見ればそれはもう普通のカップルで、いっそのことこのまま付き合ってしまってもいいのではないか。
少なくとも今の鏑木は俺を裏切らないし、名前呼びだけ慣れてしまえばその他のことなど気にならないだろう。
「えと、さ」
何から伝えようか、考えて言葉を詰まらせる。
画面の中では言葉は作れても現実になると何をどうやって伝えれば相手にしっかりと伝わるのか正直わからない。自分の考えた小説だと相手の気持ちも、主人公の気持ちですら自分の思いのままなのに、今の鏑木の気持ちが俺には分からない。
正直カッコ悪いのは百も承知、ただ俺は何かを鏑木に伝えたいのだ。
それだけは間違いがなくてただその何かが上手に言葉にできない。
「たっくん。好きだよ」
俺の目をまっすぐに見つめて鏑木はそういった。
辺りは気が付けば誰もいなくて今この空間は俺と鏑木しかいない。
ふと思った、
それはまるでどこかで読んだことのある恋愛小説のワンシーンみたいだと。
いや、それは反則でしょ。
「お、俺もほのかのこと……」
これを伝えてしまえば後には戻れない、大好きだった一ノ瀬のこともあきらめなければいけない。完璧に忘れることなんて今はできないけど鏑木なら忘れさせてくれる気がしたから。
「ごめん、そのあとは言わないで」
その言葉の後、ライトアップ開始の花火が夜空に上がる。
うるさいはずのその音はその時の俺にとっては些細なことでしかなくて。
「たっくん、……太一君は私のことなんか好きじゃないよ」
どうして、なんで
「今日のデート、楽しかったよ。ありがとう、小説頑張ってね」
振られているのは俺のはずなのにどうして鏑木がそんな悲しそうな顔をするんだ。
気が付けば広い遊園地で俺は一人で立ち尽くしていて、そこでようやく実感したのだ、俺はたった今振られたのだと。
ようやくわかった。
現実は恋愛小説のようにはいかないのだと。
************
結論から言うと締め切りには間に合った。
残り三日間しかなかったが完成したのは一日前、書き終わりまでずっと一心不乱に小説を書いていた。
小説の中の主人公はヒロインに振られ、次回へと続く。
俺と同じ結果になったこの結末、別に不満ではないし出来だって悪くはない、ただ一読者目線になって考えるとなんとも煮え切らない終わり方になってしまった気がするのは俺自身が完璧に納得いっていないからなのだろう。
「どうすればいいんだ」
ボソッと声に出してみるも誰もいない自室で聞こえるのはパソコンのモーター音だけ、どうしようなんて口には出してみたものの、どうしようもないのは分かっている。
完璧に詰んだのだ、俺の物語は。
あの日からすでに一週間は経過している。
鏑木はその間一切家に来ていない、連絡もメールも何もない。
一応芸能人ということもあって忙しいのでは、そう考えてもみたがタイミングを考えるとその可能性は薄い気がする。
挽回を図ろうとも何をすればこの状況が良くなるのか一切思いつかない、仮に思いついても無理だと悟ってしまうのだ。
そんな日常を一週間ほど繰り返している、無駄な時間だということは分かっているのだが小説家という職業は脱稿直後は特に時間がある職業だ、別に誰に怒られることはないのだから少しの期間はこうしていてもいいのかもしれない。
そんなことを考えながら目を閉じていると、誰かが階段を上ってくる足音が聞こえた、音からするに一人分の足音でおそらくは弟のものだろうと予想が付く。
だから俺の部屋を通り過ぎて自分の部屋に行くものだとばかり思っていたがその足音は通り過ぎることはなく俺の部屋の扉の前で止まった。
「兄さん、話したいことがある。入ってもいいかな?」
その問いかけに俺は答えない、別に誰にも会いたくないわけでもないが誰かに何かを話す気にもなれないのが本音だ。
扉を開く音がした、恐らく弟が入ってきたのだろう。
「たまには光を浴びないと健康に悪いよ?」
「……余計なお世話だ」
弟の気遣いに悪態で返す、本当はそうするべきではない。
それは分かっている、逆の立場だったら放っておくだろう。
そんな俺の悪態など気にしない様子で続ける
「どうしてこうなってるのか、なんとなく予想はつくけどさ
……兄さん最近テレビ見た?」
「見てない、もともと俺あんまりテレビ見ないだろ」
「確かに、兄さんの部屋のテレビはアニメ鑑賞でしか使わないもんね」
「うるさい、てかお前彼女はどうしたんだよ」
「今日は来てないね」
ここ最近ずっと入りびたりだった一ノ瀬が来ていないことが少し不思議に思った。
もしかしたら喧嘩でもしたのだろうか? まぁ、だとしても俺には関係のないことなのだが。
「早く仲直りしろよ」
頼りない兄からせめてもの助言。
一ノ瀬と喧嘩をするとかなりめんどくさい、それはあっちも思っているだろうが俺と一ノ瀬はお互いにゆずらないのだ、だから喧嘩も長引いて結局お互いに気まずくなって有無や無で終わるのがいつものお決まりパターンだった。
さすがに弟の性格だとそんなこじれた終わり方はしないだろうが、相手が一ノ瀬とあってはどうなるかわからないのもある。
「そんなんじゃないよ、別の用事だよ」
「だったらなんだよ、何もないなら出てってくれ」
「兄さん、最近テレビ見た?」
さっきも聞いたその言葉。
弟は俺に何を伝えたいのだろう、今の俺には何もわからない。
「だから見てないって!」
あまりのしつこさに少し声を荒立てて弟をにらみつける、我ながら最低な兄だ。
それでも弟は何も言わずにいつも通り穏やかな表情で俺を見つめている、本当に同情する。再婚相手が連れて来た子供がこんなにめんどくさいとはついていないと弟に同情できてしまうくらいには。
「だったら今テレビつけてみて、それから考えなよ兄さんが今やるべきことを」
「お、おい! どうゆうこと……」
弟はそれだけ言い残して部屋を出ていった、ただあそこまで言うのであればテレビをつけてやろうと半ばやけくそぎみになりながらテレビのリモコンで電源をつける。
適当な番組にチャンネルを合わせるとそれは何かのニュースだった。
そんなことは当たり前で今はお昼時なのだから情報番組が映ってもおかしくないだろう。おかしいのはニュースではない、その内容だ。
「……え、なんだよコレ」
コレ、というのは番組が取り上げているニュースの内容のことで、テレビに映った大見出しの文章を読んで俺は唖然とした。
だってそれはあまりにも唐突すぎる、ついこの間までなんともなしに話していたのに、何かされるなんてそんな前兆も何もなかったはずだ。
でもそれは実際に起きてい居て、だから今実際テレビに取り上げられている。
『人気アイドルグループrougeのメンバー鏑木ほのかが痴漢に襲われ入院中』
そんな、面識のない芸能人ならなんともなしにスルー出来てしまう。
そんなありふれたニュースを見た瞬間、勝手に体が動いていた。
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