初めてのでぇと2

 よくあるラノベで震える女の子の手を取り男が優しく手を引いてあげて女の子の好感度が上がる描写がある、あれはあくまでもライトノベルの中の話でリアルではそうではない、と言うことが目の前の鏑木の様子で分かった。

 実際の世界では本気でビビっている女性と言うものはそこから動くことが出来ないもので何かを考えることが出来ないものだと、その証拠にあれだけ動揺する顔を見せることの無かった鏑木は今やただお化け屋敷が苦手な普通の女の子になっている。

 正直言って別人にしか見えない。


「えーと、おぶろうか?」

「……」


 そんな俺の問いかけに何も答えてはくれないが、とりあえず高速で首を縦に振っているところを見るとどうやらおぶらなければいけないらしい。

 やれやれ、


「で、では、失礼します」


 どさりと体重を俺に預ける鏑木、こんなに素直で後が怖いのだが今はただ背中に感じる天国を今のうちに噛みしめておくとしよう。

 はっきり言って、最高です。



 ************



 仮にも人気アトラクションであるだけあって、お化け屋敷の内装はかなり凝っている、正直苦手な人にはかなりきついアトラクションであるには違いない、かくいう俺もあまり得意な方ではないのだが今は背中に感じる感触だけが俺の原動力となっている。

 ただこのお化け屋敷正直内装や雰囲気はかなりのものなのだがお化け役のスタッフの驚かせ方が正直下手くそすぎる、そのおかげもあって俺は暗い中を正気を保って進むことが出来た、少し進むと明かりが点いた薄暗い大広間へと到着しそこでようやく鏑木が背中から降りた、正直名残惜しい気もするが後が怖いので何も言うまい。


「もう大丈夫?」

「へ、平気だし、全然こわくないし」

「いやあからさますぎるでしょ」


 あまりにも見え見えの強がりに苦笑いしてしまう、まさか鏑木にこんな弱点があったとは思いもしなかった、当時はそんな素振り見せなかったし正直相手のことを知ろうとしていなかったのもある。

 だが今なら鏑木のことが少しだけだがわかってきた、そしてそれと同時に、


「……ふぅ、もう大丈夫だよ」

「ならいいけど」


 最近ではふと感じる鏑木の違う一面が少し気味が悪く感じられる。かつての鏑木と今の鏑木、どちらが本当の鏑木なのかわからない。

 鏑木自身を真に理解しようと思うことが間違いなのか、そう思えてしまう、だがそれだと今回のデートの意味がなくなってしまう。

 今回のデートは取材であって、その取材対象は遊園地ではなく鏑木ほのかの性格を知るための取材なのだ。

 もともと俺の今書き上げているシリーズ物は今回刊行する巻で簡潔にしようかと思っていた。

 だがどうしてもラストが上手くまとまらず書き上げることが出来ない、それであれば続きを書いてしまおうとそう考えていたのだが、だがそれをするには今のキャラだけでは進めることが出来ない、そこで新キャラとして鏑木に似た女の子を登場させようと考えていたのだが、


「……全然だめだな」

「たっくん?」

「あ!? 何でもない! 行こっか!」


 とにかく今はこのお化け屋敷を脱出することから考えよう、そんなことを思いながら俺と鏑木は薄暗い大広間を歩き始める。

 ふと目の前を歩く鏑木を見てみると怯えながらもそれを隠すようにおどおど歩いている様子で、そんな仕草が少しおかしくて笑えて来てしまう、こうしてると普通の女の子にしか見えないのだが、普段はナチュラルにサイコパスな節があるので気を許すことが出来ない。


「ほ、ほのりん大丈夫?」


 この名前の呼び方ほんとに恥ずかしいからやめたい、そんなことを考えながら鏑木に問いかけると顔を硬直させた状態で、


「だ、だいじょう、ぶ?」

「なんで疑問形!?」

 

 大広間を抜けるとまた先ほどのように空間は闇に包まれる、それと同時に気が付くと俺の背中に鏑木がくっついてくる。そんなものだから当然俺と鏑木の間に会話なんかなく歩く音と二人の息遣いだけが空間に響く。

 ほとんど無音の空間と視覚が正常に機能しないこともあり、いつもより聴覚が敏感になっている。

 だからだろう、本来聞こえるはずがないのだがかなり奥の方から


「優奈? 大丈夫」

「うん、大丈夫じゃない……」

「怖いなら目をつむっててもいいからね?」


 そんなラブラブカップルの声、その声が聞こえた瞬間胸がちくりとした。


「なんでここにあの二人が……」

「……」


 そんな二人の声に気を取られている間も鏑木は俺の背中に張り付いたまま何も言わなかった。

 生憎と二人は俺たちよりも先に進んでいるらしく出くわすことにはならなそうだが少しだけ動揺してしまう。


 気が付くとお化け屋敷は終わって出口についていた。



 ************



「たっくん大丈夫?」

「うん、大丈夫じゃない……」


 遊園地内のベンチでぐったりしている俺の横で鏑木が心配そうな表情で飲み物を差し出してくれる。どうやら鏑木はお化け屋敷の中で聞こえた二人の声は覚えていないらしく、外に出た瞬間けろっと元の様子に戻り先ほどの弱弱しい姿が嘘みたいに元気になっていた、ほんとに鏑木、怖い。


「次は何処に行く? それとも少し休憩する?」


 そう問いかける鏑木、正直休憩したい気持ちが九割なのだがそれをデート中に果たして言っていいものなのか、少なくとも優奈とデート中に休憩したいと抜かした瞬間から不機嫌になったことがあるのでここは次に行くのが正解なのだろうが。


「ちょっと休憩してもいいかな?」


 恐る恐る鏑木に告げる、不機嫌になることを予想したが帰ってきたのは予想外の反応で、


「そうだね、たっくん具合悪そうだから少し休んだ方がいいかも」

「え、いいの? 休憩しても」

「当然、逆にどうして?」

「い、いや、昔デート中に休憩したいって言ったら機嫌悪くなった経験があって」


 俺がそう言った後鏑木は少し思案顔を浮かべた後少し苦笑いしながら


「少なくとも私は好きな人に無理させることが嫌だから不機嫌になんてならないよ、逆にちゃんと休憩してくれた方が私はほっとするかな」

「あ、ありがと……」


 天使か、俺の目の前に天使がおられる。

 こんなできた子が本当に俺のことが好きなのか? 正直俺にはもったいない優良物件過ぎて悪寒が。


「何なら膝枕しようか?」

「さ、さすがにそこまでは!!」

「いいの!」

「ちょ、まっ」


 抵抗する暇もなく鏑木の太もも枕に倒しこまれる、本当に最近の鏑木はおかしい。

 ただ一つ言えること、女の子の生太もも最高です。

 そんなゲスなことを考えていると、


「あれ、兄さんと鏑木さん、奇遇だね」


 そんな数十年間聞きなれた弟の声がした、それはつまりは、


「偶然ですね、お兄様とほのかさん」


 分かっていたことだけど。

 俺は鏑木に膝枕されてるところを弟と優奈に見られていた、焦る必要は無い、そんなことはわかっているのだが止まらない冷や汗で俺の思考は一瞬にして覚醒したのちもう一度ショートした。

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