初めてのでぇと1
そういえばこうして街中を二人並んで歩くのは初めてだったりする。
当時は束縛を受けすぎて家を出る事すら困難だったのに、今はそんなことはなくはたから見れば健全なカップルのように見えるに違いない。
まぁ付き合っているわけではないけど、
「それで、今日は何処に行くの?」
「えーと、遊園地、とか?」
「なんで疑問形?」
鏑木がクスッと笑う、あんまりに普通の女の子のように笑うもんで少しドキッとしてしまう、不覚……
とにかく、今この状況周りから見れば俺がデートをしているように見えるかもしれないが実際はそんな浮ついた行為ではない、今これはリア充が遊園地デートをしている図でなく、締め切り間近の小説家が現実逃避と言う名の取材に勤しんでいる図だ。
決して深い意味があるわけではないがスマホの充電は切っている。
「と、とりあえず遊園地でいい?」
「たっくんと行くならどこでも大丈夫だよ!」
一応鏑木の歩く歩幅に合わせて歩く、昔優奈に歩くのが早いと怒られたことを思いだした、そういえば当時は優奈とも遊園地は来たことが無かった気がする。
ふと隣を歩く鏑木を横目で見る、丁寧にケアされている長い金髪、今日はウェーブをかけておりその上から黒いキャスケットをかぶっている。
服装は今はやりのトレンドを上手く取り入れており、安価でシンプルなデザインの全身ムジクロコーデの俺に合わせてくれているのだろうか、派手過ぎずところどころにさりげないおしゃれさが感じれられる。
「そういえば、ほ、ほのりんって視力悪いんだっけ?」
確か当時、あまりにもよすぎる視力に『こいつ、もしや魔眼の保持者なのでは?』と、現実逃避していたことを覚えている。
とにかく先ほどからむかつくぐらいに似合っている伊達メガネが気になっていた。
俺が指摘すると鏑木はわざとらしく眼鏡をくいっと上げて、
「まぁ、一応芸能人なので」
「……そ、そういえばそうだった」
「ひどいなぁ、これでもかなり売れてたんだけど」
「なんで過去形?」
「……早くいこ!」
そういうと鏑木は遊園地行きのバス停まで走っていく、
最近、鏑木はたまに変な顔をする、まるで何かから怯えているかのような表情は当時見たことが無い顔だった。
************
正直遊園地にはいい思い出が無い、と言うのも。
「たっくん、まずはあのジェットコースター……」
「ま、まずはあのメリーゴーランドにしよう!!」
俺は絶叫系のアトラクションが大の苦手なのだ、中学高校と普通の陽キャとして過ごしていた俺はそれを隠しながら何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……
やばい、過去の記憶が……
「あれ、たっくんもしかして……」
「ちちち、違うから! 別に絶叫マシーンが嫌いなわけじゃ」
「別にいいよ、私遊園地の乗り物は全部好きだから!」
なんだろ、すごく今俺は男としての尊厳を失った気がする。
とにかく俺は何とか絶叫マシーンイベントを回避することができた、その代わり失ったものはあるのだが、
「よし、次はあのコーヒーカップに!」
その後も、
「次はゴーカートで勝負」
まだまだ、
「それで、次は何処にいく?」
俺は遊園地を侮っていた、全国に数多ある遊園地だが、どこもかしこも絶叫系のアトラクションがほとんどだということに、遊園地のパンフレットと睨めっこしながら数分、隣では鏑木が遊園地名物の味は普通だがやけに高いオムライスをほおばっている、小さい口で丁寧にスプーンを口に運ぶ鏑木を見ると妙に愛らしさを感じてしまうが、……正直過去の鏑木を知らなければ好意を寄せていた可能性すらある。
とにかく、
「おーい、……太一?」
「うぁい!?」
突然耳元で名前をささやかれて変な声が出てしまう。
そんな俺の反応を楽しんでいる鏑木、笑いすぎて眼鏡をはずして瞼をこすっていた。そんなに俺の行動が面白いか。
「早く食べないとうどん冷めちゃうよ?」
「そ、そうだね、考え事してた」
気にしないように平常心を装いながらうどんをすすり始めると、鏑木が俺の顔を見ながら微笑んでいた。
この表情も昔は見たことが無いもので、これで何回になるかわからないが目の前の鏑木が本当に鏑木なのかわからなくなる。
そんな葛藤に思考を奪われていると、
「私の顔を見ながら考え事してるって、可愛いね」
「ぶっ!?……マジで、見てた?」
「うん、しっかり」
妙にうれしそうな表情で微笑む鏑木を見ていると何故だかうどんの味がしない、とにかく今は締め切り間近の小説のインスピレーションを、とは思ったのだが、
「本当にたっくんは……いや、なんでもない」
そんな風に鏑木が意味深なことを言うからだろう、気が付くと俺は。
「……俺のこと好き、か?」
突然ふと思った、当時付き合っていた時鏑木ほのかは本当に俺のことが好きだったのか、別に好きでも嫌いでもその結果に意味があるわけではない、ただ何となく今はそれが聞きたいと思ってしまった。
鏑木は少し思案顔を浮かべた、
だがそんな時突如辺りが騒がしくなる、気が付くと俺と鏑木の周りには遊園地に来ている客でいっぱいになってしまった。
「ねぇ、あれってゲーノージンじゃない?」
「確か、アイドルやってた人だよね!」
「でも確か噂で痴漢に襲われて……」
「たっくんこっち」
急に鏑木が勢いよく立ち上がり俺の手を取る
「え、ちょ、待って」
状況が上手くつかめない俺は鏑木に手を引っ張られる前にしっかりと一万円札を財布から取り出し走り出した後出口付近のレジのテーブルにお金を叩きつける。
「おつりはいらないので!!」
去り際に店員さんが困惑した表情であたふたしているが、なに、生きているうちに言いたかった言葉ベスト10のうちの一つを言えた恍惚感でどうでもよくなっていた。
そんなこんなで俺は鏑木に引きずられて、
「私、そういえばお化け屋敷だけは苦手なの忘れてた」
「いや、マジかよ」
冷ややかな空気、不気味なBGMが流れ、なんとも心地の悪い空間。
そんな中で鏑木は珍しく動揺している様子だった。
「とりあえず、いこっか?」
「……」
何も言わないが袖をつかまれた感触で俺と鏑木はゆっくりとお化け屋敷の中を歩きだした。
そういえばさっきの店を引っ張り出される前、客の一人が意味深な発言をしていた気がしたのだが、俺の聞き間違いなのだろうか。
痴漢に襲われた、そのワードだけがどうにも俺の頭の中から離れなかった。
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