昔の元カノが少しおかしい件
リスタート
あの大雨の日以来俺の周りで何かが変わった。
具体的に何が変わったのか、正直それはわからないがとりあえず確かなのは、
「締め切りが、やばい……」
絶望に打ちひしがれるとはこのことなのだろう、湧き出る汗は止まることを知らず額から滝でも流れているのでは? そう思ってしまうほどには俺の思考は正常な判断が出来ずにいる。
締め切りまで残り三日、三日で残された最終章を書き切らなければいけない、だが正直書ける気がしない、今俺の書いている小説は学園ラブコメの主人公とヒロインが困難を乗り越えて結ばれるシーンなのだが、納得のいく描写を描くことが出来ずにいる、正直理由はわかっているし、できる事ならわかりたくもない、そんな存在は今俺の後ろで微笑んでいた。
「たっくん、それが終わったら今度こそ遊びに行こうね」
「そ、そうだねほのりん」
何が起きているのか、それは俺にもわからないし何なら教えてほしいまである。いったいどこで俺は選択肢を間違えてしまったのだろうか。
迫りくる締め切りと言う名の悪魔と、後ろにたたずむ笑顔の天使。
あぁ、逃げ去りたい。
しかし逃げることは許されないため、情けないため息の後、天井を仰ぎ、例のあの日を思い出していた、
あの大雨の日、一人残された俺はベンチで座り込んでいた、去っていく優奈を追うことが出来なかった自分の情けなさとやり場のない優奈への好意と言う感情が頭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合って、そこから動く気にはなれなかったのだ。
それから数分後、あいつは現れた、
『あーあ、これで終わったね太一君』
下を向いていた俺だったが、その声は少なくともその時俺が求めていた相手ではなく、悩みの原因の一つでもある鏑木の声だった。
全く感情のこもっていない声で鏑木はそういった。
しっかりと名前で呼ばれたこと等なかったので、少し戸惑いもしたが、その時はそれを考えられるほど脳の容量がなかった。
だからなのだろう、ふいに押しつけられたそれに反応できなかったのは、数秒のさわやかな余韻の後、
『私なら太一君の望みをかなえてあげられるよ』
弱った心に漬け込むかのようにその時の俺にとって欲しかった言葉を鏑木は言った、そしてその後、
『まぁ、拒否したらキスしたことバラしちゃうけど』
悪魔のようにいたずらに微笑む鏑木、
俺は絶句した。
その後ルールと言う名の法律を決められた、互いのことはたっくんほのりんで呼び合う、連絡はまめに返さなくともいいが出かけるときなどは一言メッセージするなど、当時の束縛はどこえやら、形として彼氏彼女ではないにしろ、それだけ聞けば普通の健全なカップルのような関係、これを守ってくれるのであれば優奈にはキスのことはばらさないし、優奈の前ではこのルールは無視でいいとまで来た、正直鏑木が何をしたいのか俺にはわからなかった。
ただ一つ、そんな健全なルールの中で、一番異質と言えるものが一つある。
それは、
『二人で会った日は必ず太一君の方から好きな所にキスすること』
そんな最もわけのわからないルールと、以前のメンヘラ気質何処えやらの鏑木が数多くある今の俺の悩みの種の一つである。
と、現実逃避はやめにして前を向く、今の俺にとって敵でしかないパソコンのディスプレイと数秒睨めっこ、最後に書かれた文章、『優香好きだ』の主人公のセリフから一向に進まない、基本俺は主人公に自分を重ねて物語を綴る、だが今の俺はどうしても今の自分と主人公を重ねることが出来ずにいるのだ、それが締め切りギリギリでとどっている理由、何もせずに数分、進まない執筆にしびれを切らしたパソコンが拗ねたかのように真っ暗になる、そこに移っていたのは情けない顔をした自分だった。
************
鏑木ほのかside
全く、自分が今何をしているのかわからなくなる、あの時彼にキスをしてしまったのは事故で、あそこではぐらかしてしまえばこの気持ちの悪い感情を感じることはなかったのに、弱り切った彼を見てしまったその瞬間、そうしたいと思ってしまった私の負けなのだ。
はっきり言って私は目の前の彼がどうしようもなく好きだ、彼の好意がたとえ私に向いていないのだとしてもそれすらも許してしまえるほどに、
あの時は演技で重い女を演じていたが、もしかすれば私はそもそもメンヘラと言うものなのかも知れない、
「たっくん、それが終わったら今度こそ遊びに行こうね」
「そ、そうだねほのりん」
ぎこちなく私の名を呼ぶその声を聴くだけで昂ってしまう、どうかしていると言われても仕方がない、例え言われたとしても何も感じない、あの日から私の中では彼だけが唯一すべてをささげられると思った人間なのだから。
もしも最終的に彼と優奈がくっついたとしても、彼が心の底から幸せなのであれば私は許せる、だけど、もしも彼をもてあそび、傷つけることをしたのならばその時私は、
「ほ、ほのりん、気分転換に遊びにいこっか」
「うん!」
あぁ、気持ち悪い。
いつまで続くのだろう、嘘で固められた私の人生は。
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