07 親友は金髪チャラチャラリア充(但し過度の美少女ゲーオタ)①
四月下旬の太陽は、ほっこりと地球を暖める。その日光に照らされた、アスファルトで舗装された通学路を俺らは歩いていた。
「金髪じゃないのかなー、これ」
ケースケがスマホのカメラ機能で自分の髪を映しながら、ぼやいた。まだお嬢に馬鹿にされたこと気にしてたのかよ。意外とメンタル弱いなおい。
「お嬢レベルではないにしても、それもれっきとした金髪だと思うけどな」
「だよな、やっぱそうだよな――」
「全然違いますわ!」
ケースケが俺のフォローを受け取ったと同時に、俺らの前から一瞬の隙もなくお嬢の声が飛んできた。お嬢もまだ喧嘩態勢をやめない。
なるなるとお嬢が三メートルほど前を歩き、俺とケースケがそれについて行く。これが俺たちの登下校フォーメーションだった。
お嬢は「気持ち悪いのでやめてくださいません?」と不平を言っていたが、高校が同じなので仕方なくこうなっている。
「あ、そうだアイト。ちゃんとやってきたか?」
スマホを眺めて何かに気づいたケースケがつぶやいた。
「何を?」
「何って、数学の宿題。一時間目だろ? いやー俺昨日まで忘れててさ、山田に怒られるの嫌だからめちゃくちゃ頑張って終わらせてきたぜ――っておい、まさか……」
スマホから目を離して俺の顔を見たケースケが、引きつった苦笑いをした。
「やってくんの忘れた……」
「……職員室行き、おめでとうございます」
山田と言えば、旭高校の全男子生徒が恐れる数学教師だ。特に提出物の出し忘れに関しては特に厳しく、放課後に『期限がどれくらい大切か』というのをネチネチと一時間ほど叩き込まれる、通称『拷問』は旭男子高生の中では有名な話である。
なんで男子限定なんだよ、とは山田の怖さにおののいて誰も反論することはできない。男なのに女尊男卑、新時代性を感じるなあ。
つまるところ拷問だけは本当に嫌なので、ここは頼み込むしかない。
「ケースケ! 写させてくれ!」
すかさずケースケの方を見て祈り、拝む。
「もう無理だろ一時間目だぞ? ノート三ページくらいあったし……。あきらめて拷問を受けるんだ、アーメン」
ケースケが、まるで死にゆく罪人を見るような目で祈り拝み返してきた。
「学校に着いてから一時間目が始まるまで十五分くらいあるから多分大丈夫」
「けど俺字汚えからなー。お前のハーレムたちにお願いしたらどうだ?」
「それも考えたんだけど、多分ケースケが一番出来がいいんだよね」
決してケースケの頭が言い訳ではないけど、それよりも酷いのがあの三人だ。
「御堂は?」
「遥は字が汚くて解読不能なんだよ。しかもあいつが宿題をやってると思うか?」
「確かに……お馬鹿キャラだからなあ」
遥の文字は『古代文字』と呼ばれ、クラスでは知らない人はいない。自分では読めるらしいが、他の人には解読ができないのだ。「女子は字がきれい」という固定概念をぶち壊してくれたのは、この子である。
「じゃあ剛田は?」
「お前、恋の頭の悪さ知ってるだろ……」
「そうだったなそう言えば。一年の時赤点常習者だったし」
「もしかすると問題が分からなくてノート真っ白かもしれないからね」
なぜ偏差値が全国平均レベルの我が校に合格できたんだ。学校の七不思議の最後の一つに認定してもいいような気がする。「女の子はそこまで頭が悪くない」という固定概念を殴り飛ばしてくれたのは、この子である。
「んじゃ残るは七海だな」
「ななっ……いつの間に七海ちゃんを名前呼び出来るような親密な関係になったんだ……!」
「あ、いや、俺友達作るの得意だし」
明るい笑顔でこっちを見るな無限コミュ力男、あまりの爽やかさで俺の顔が溶ける。いったいどんな人生を送ってきたらそんなセリフが吐けるんだよ。俺も一度は言ってみたい。
「で、七海は?」
「でも七海ちゃんは『男は宿題をやらない生物だ』って思い込んでるだろうからなあ……」
そんな時だけ男になりきるなんて、七海ちゃんも罪な女だと思う。
「七海のやつ……、どんどんおかしい方向に進んでないか?」
ボソッとケースケが天を仰ぐように言った。俺はそれに違和感を覚えた。ケースケがクラスで七海ちゃんと仲良くしているところを見たことがなかったからだ。せめて俺を仲介して少し話すくらい。
意外と俺の知らないところで仲良くしているんだなあ、と俺はケースケに少しばかりの嫉妬を心に秘めた。
ただ、そんな嫉妬も今は飲み込んでおこう。俺の嫉妬と放課後の拷問を天秤にかけたとしたら、結果は言わずもがなである。
「と言うわけでお願いします……」
俺はまたケースケ神に祈りをささげる。
「ほい。授業始まるまでにはぜっっったい返せよ?」
ケースケはおもむろにスクールバッグに手を突っ込み、そこから一冊のノートが取り出された。表紙に『数学 課題ノート』と書いてある。
俺はいつもの数億倍ほどの価値があるそのノートを受け取って、すぐさまマイスクールバッグに納める。
「ありがとうケースケ。今度お礼に美少女ゲー一本買ってあげるよ」
「マジでか⁉ ……と思ったけどやっぱいいや」
ものすごいスピードでケースケが俺を見た。だが、次にまばたきをした時にはもとのケースケに戻っていた。
「もしかしてケースケ、興味なくなったんじゃ……?」
そんなことが、あるのか……? 美少女ゲーをやらないケースケなんて、ただの生きる屍じゃないか……! ごめんそれは言い過ぎた。
しかしそんな俺の心配とは裏腹に、ケースケは案外ケロッとした気楽な表情で答えた。
「いや、大好きだぞ。でもやっぱり俺がお金を払ったゲームじゃないとなあ。ヒロインたちが可哀そうだ……」
「ええ……」
やっぱりケースケはケースケだった。というよりは、いつものケースケよりもさらに度を越していた。
さすが美少女ゲーに関しては俺の師匠、思想が軽く宗教団体だ。この金髪のチャラチャラサッカー部員、美少女ゲー愛がどこまでも底知れない。
美少女ゲーオタクの俺でさえ首を四五度くらい右にかしげてしまうのだから、きっと一般人の首は三六〇度回転してもおかしくはないだろう。死んでるけど。
「そうだなー、かわりに放課後のアイスで手を打ってやろう」
通学路の途中に、一軒コンビニがある。俺とケースケはよくそこのコンビニに通ってアイスを買っている。まあ、俺が宿題を終わらせることができなかったら買えないんだけどな。
「オーケー」
山田の拷問が一五〇円を払えば回避できるんだ。超お得、大特価だ。
「でもアイトが宿題を忘れるって珍しいよな。昨日何やってたんだよ」
「ええとそれは……」
「それは?」
前を歩く妹たちにラノベの読み聞かせをしてた、なんていくらんでも言えない。他に昨日やっていたことと言えば――
「考え事してたんだよ。ハーレムメンバーの」
そう言えばそんなことを考えていた。どうやったらラブコメが始まるか、どうやったらあの三人が俺に(恋人的に)好意を示してくれるか。何も思いつかなかったけど。
「考えることなんてないだろ、毎日いちゃいちゃしてんだから。なんだおい、自慢か? 永遠にリアル恋人ができない俺を馬鹿にしてんのか……?」
ケースケの眉間にしわが寄る。
「自慢じゃないし、なんども言うけど恋人じゃないんだって」
ハーレムではあるけど。
嘘はついていない。周りが勝手に勘違いしているだけだ。確かにあんなに毎日一緒にいたら俺でも勘違いするけどさ……。
何度否定しても信じてもらえないどころか、「自慢だ」などとやっかみを買われてしまう。今はもう仕方がないと割り切っているくらいだ。
ただ『ハーレムラブコメ主人公』と周りから呼ばれるのは気持ちいいことこの上ない。もっと呼んで欲しい。
「はいはいわかったわかった」
ほらね、こんなふうに。
ケースケはバツの悪そうな顔をして、適当に答えた。そしてケースケは俺が調子に乗っていると感じたのか、からかうように颯爽と切り返してきた。
「で、アイト。お前はいったい誰が一番好きなんだよ」
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