05 お嬢のツンツンデレ
あれ? いつもよりも部屋が明るい? スマホの時計は――はっ⁉
「寝坊したぁぁぁっ!」
すでに空の高いところにある朝日は、俺の殺風景な部屋も爽やかで落ち着きのある色に変えてしまう。
細い電線の上で雀がかわいくちゅんちゅん泣く、そんな清々しい午前八時がちょっと過ぎたころ。
昨晩目覚ましをかけ忘れた俺は、一時間半寝坊した。家を出る時間まであと十分ほどしかない。
「ええと、まずはシャワー入って髪整えて、ってそんなことしてる暇はない! あー、その次はなるなるの朝ごはんと昼ご飯を作って――それが第一だ!」
こういうとき臨機応変に対応できればかっこいいのだが、もともとの性格やら気質が影響しているのか、中学生の時のような自分に戻ってしまう。
一年時に終わらせたはずの恋の鍛錬をもっとやっておけばよかったかもしれない。
俺は壁に掛けた制服を五秒で着ると部屋を勢いよく飛び出して、階段を目にもとまらぬ早業で駆け降りる。
自分の準備だけだったらこれほどまで急ぐ必要はないのだが、運がいいのか悪いのか、俺には双子のかわいい妹がいる。
そんな妹たちに朝昼飯を抜かせることなんて、いくら俺が年に五回くらい警察にお世話になるような非行少年だったとしてもしないだろう。
朝ご飯は購買かコンビニで手を打ってもらう他ないが、昼ご飯は妹たちの食事バランスを考慮して、例え自分は遅刻するとしても作らなくちゃならない。
「ごめんなるなる! お兄ちゃん、目覚ましかけ忘れちゃって――ってえ?」
リビングのドアを開けて開口一番になるなるに謝罪した、のはいいのだが。
謝罪を受けたのはなるなるではなかった。
「おはようございますお寝坊先輩。あら、いつもの酷い顔にさらに磨きがかかっていますわ」
見たものは必ず魅了されるゴールドの髪。人を心の底から嘲笑うような眼。敬語なのにもかかわらず薔薇のとげのような言葉遣いに、特徴的なお嬢様言葉。
俺はこのやたら好戦的な人物を知っている。
「お、お嬢……どうしたのこんな時間に」
「先輩の毒牙に貶される妹君を助けに来ましたの」
独特な言い回しをするお嬢こと城ヶ崎カレンが、制服の上にエプロンを巻いて立っていた。ゴスロリしか似合わないものだと思っていたんだけど、意外とこれも似合うな。
美少女はどんな衣装でも着こなせるとはよく言ったものだ。
……じゃないよ。妄想にふけるな、俺。
「「おはようございます、にーさま」」
ダイニングテーブルに並んで座るなるなるは、おいしそうに味噌汁を飲んでいた。もちろん俺の作ったものではない。
「もしかしてこれ、お嬢が……?」
「はい」
いつもであればお嬢はこのくらいの時間帯に来て、なるなると一緒に学校へ行く。だが、何故か今日はそれよりも早く我が家に来たらしい。
しかも玄関先までではなく家のリビングにまで来て、なるなるの朝ごはんも作ってくれている。
「このLINEを見て急いできたんですの。まったく、あなたという人はこのかわいい子たちを餓死させるところでしたのよ。ですのに先輩はぐうたら寝ているなんて。悪魔です。人間のすることではありません。……ふん、来世はコンクリートで干からびるミミズになればいいのに」
朝飯抜いただけで死んでしまうほどウチの妹たちは弱くはないと思うんだけどなあ。
ってか俺の来世はすでに死骸なのね。
お嬢はナチュラルに毒を吐きながら、ポケットからスマホを出して俺の顔の前に突き出した。
スマホの画面にはLINEグループ『ナナ・ルル・カレン』とあって、彼女らの会話がのっている。
(四月二六日)
カレン『今日もいつも通り行きますわ』
ルル『【悲報】死にそう』
ナナ『【速報】死にそう』
カレン『どうしたのです⁉ 今すぐ向かいますわ!』
「なるなる、大げさすぎじゃないか?」
そう苦言を呈すとなるなるは、ぷいっと顔をそらした。やっぱりオーバーリアクションしたんだね。
「何を言っているのですか、ゴミムシ先輩。もしこの二人を失うことになれば、国家存亡の危機にかかわるんですのよ?」
「うん確かに。ごめんなるなる、俺が悪かった」
こういう時だけお嬢と気が合う。つまりなるなるには国家を揺るがすほどのかわいさがあると言うことだ。異論は認めない。
「なぜ今にーさまが謝ったのかわかりません」
「ルルにもわかりません」
互いに小首をかしげるなるなる。ああ、微笑ましいなあ――
「はっ、なるなるに見とれてる場合じゃなかった。弁当作らないと!」
「今日は午前授業ですわ」
「そうなの⁉」
急いでキッチンに向かおうとした俺に、お嬢がため息交じりに返した。
確かめるためになるなるに目線を送ると、共に縦に首を振った。一応近くにあった高校の年間予定表を見るが、お嬢の言った通り『午前授業』と書いてある。どうやら嘘ではないらしい。
「午後から三年生のテストがあって、私たち一・二年生は今日は早帰りなんですの」
「へえ。じゃあ弁当を作る必要はないんだね。よかったよかった」
ならあとは自分の朝飯を確保するだけだな。
とりあえずキッチンの上にある棚から探してみよう。確か昔、緊急用に『レンジで温めれば完成するレトルト食品』を買った気がする。
「それで先輩は、何をしているんですの?」
「いや何って、自分の朝ごはん探しだけど」
「はあ……作りましたわよ」
「え?」
思わず棚に伸ばした手が止まった。さすがに今のは幻聴だよな……?
「だから、作ったと言っているのですわ。なんです? 先輩の耳の穴はゴミが溜まっているんですの?」
幻聴ではない。独特の罵倒スタイルは確かにお嬢のものだ。
「いや、あのお嬢が俺に作ってくれているとは思わなくて……」
「冷蔵庫の中ですの。味噌汁と白米だけですが、チンして食べてください」
「……ありがとうお嬢。噛みしめて食べるよ」
「そんなことをしていたら遅刻しますわよ……」
冷蔵庫から味噌汁と白米を取り出して、レンジで三十秒ほど温めた。ラップを外すと、味噌の香りが噴き出してきて鼻孔をくすぐった。
いつぶりだろう、家で自分以外が作った味噌汁を食べるなんて。
「いただきます……うまっ。うますぎてもはやこれは味噌汁じゃないぞ。程よい塩味が体に染みわたる~」
朝ごはんの大切さが改めてわかる味。これだけで一日乗り越えられるくらい、元気が出る。
「カレンの得意料理は味噌汁なのですよ」
「にーさまの作る味噌汁も良いですが、カレンのもさすがです」
やはり舌鼓を打っていたのは俺だけではなかった。だよな、この味噌汁は天下一品だよ。
「ふん、先輩のは余りですの。ナナさんとルルさんのために作ったのです。先輩のために作ったとか、勘違いも甚だしいですわ」
どうやったらこんな旨い味噌汁が作れるのかと目を輝かせていると、お嬢がたまらず反論する。
「わかってるよ。でもありがとう、お嬢」
「ふんっ」
いつになってもお嬢は素直になってくれない。多分この先もなることはない。でもそれがお嬢の魅力でもあると思う。
すると俺とお嬢のやり取りを見て、なるなるの表情が少し柔らかくなる。お嬢にあのセリフを言う気だな。
「ナナさん、これこそ至高のツンデレですね」
「ルルさん、そうです。これこそツンデレの極地です」
「だからツンデレではありませんわ!」
いや、それをツンデレだと思っていないのはお嬢だけだよきっと。
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