04 読み聞かせプレイとか言う新境地②

 場所は変わってなるなるの部屋。殺風景な俺の部屋と違って、クリーム色を基調とした落ち着いた洋室だ。まあ、部屋の一角にある、タイトル全てに『兄』か『妹』が入っている忌々しいライトノベルコーナーを除いてだが。


 一方、なるなるは二人用のキングサイズベッドに寝転がると、読み聞かせの本を決めるために互いに見つめあってじゃんけんをしていた。さすが双子。すでにあいこが八連続。


 二人の「あいこでしょっ」を微笑ましく観戦していると、九回目でようやく決着がついた。


「やはりナナが勝つのですね。勝利の女神様はナナを選んだのです」


 グーを出してそのまま勝利の余韻に浸るナナ。チョキを出して悔しさから体を震わせるルル。


 ということは俺は今日『妹でもお兄ちゃんとなら禁断の恋に落ちてもいいよね?②』を読まなければならないんだな。


「ぐぬ……今のはルルがわざと負けてあげたのです。いつも負けているナナが可哀そうに思えてしまって。むしろ慈悲深きルルに感謝してほしいです」


 なんてひどい言い訳……。さすがにこれにはナナも反応しないだろ――


「いつも負けている……? いつナナがルルに負けたというのですか?」


 反応しちゃうんだよね。うん、予想通り。


 ルルから売られた喧嘩はナナが買うスタイル。逆もまた然り。


「この前の数学の小テストはルルの方が一点上だったでしょう」

「その一個前の小テストではナナが二点上でした」


 我が校で行われる小テストは百点満点。双子だからか、頭の良さも同じくらいなため、非常に僅差である。つまりこれは誤差の範囲。


「わかったからそこまでに――」

「「にーさまは黙っててください」」


 ――しとけば? というつもりだったのに、あまりのショックで最後まで告げることができなかった。


「ええ……」


 ベッド上の喧嘩を仲裁するべく舞い降りたお兄ちゃんは、愛する双子からの言葉のボディーブローでノックダウンしました。


 ナナがルルに挑発した時点で、すでに火薬庫に火はついていた。そしてルルが負け惜しみがてらナナに挑発したところで、なるなるの全面戦争は開戦した。


 この双子、仲が悪いことには定評がある。


「過去よりも現在が大事なのですよ。そんなこと動物園のおサルさんでも理解できます」


 いやおサルさんにはちょっと無理なんじゃないか? ウキウキ言ってるだけだし。


 そして今の言葉で確実に頭に怒りマークが点灯したナナが、また反論する。


「過去の積み重ねこそが大切なのです。おサルさんはどっちですか、おサルルさん」

「おサルル……。へえ、名前を侮辱するとは。ナナさん、いい度胸してるじゃないですか」


 ナナの『おサルさん』と『ルル』をかけた言葉遊びに、ルルは静かながらに憤慨した。


 どちらとも平静を保っていたはずなのに、だんだんと自慢のポーカーフェイスが崩れてきた。意外と接戦のようだ。もはや読み聞かせの時間を侵食して、喧嘩は続く。


 俺もう帰って宿題したい。


「そもそもナナが選んだ『妹でもお兄ちゃんとなら禁断の恋に落ちてもいいよね?』の一巻は兄と妹のイチャイチャシーンが全然無くて面白味が感じられませんでした」


 嘘だろ、ほぼイチャイチャシーンじゃなかったか? まさかまだ足りてないと言うのか……。


「甘いのです、ルル。確かに少ないとは思いますがこの作品はストーリー重視なのです。だいたい、ルルの選んだ『最強チート勇者はかわいい妹と異世界を無双しちゃいます!』はアマゾンレビュー星二ではないですか」


「大衆の意見に惑わされるようでは、ナナもまだまだですね」


 それは惑わされるというか、参考にするためにあるのでは……。それにしても星二か。レビュー数が少ないという可能性も大いにあるけど、結構低いな。


 またお互いに、静かににらみ合う。そろそろ止めないと武力行使に出そうだな、昼休みの時みたいに。


 さて。こんな時にはどうすればいいか。


 非常に簡単なことである。


 なるなるにとって最大の禁句を言ってしまえばいいのだ。


「お兄ちゃん、喧嘩する子は嫌いだな……」


 哀愁漂うセリフが、部屋の中でほんの少し余韻を残した。その余韻が途切れる前に、「あーだこーだ」言っていたなるなるの口に突然チャックがされる。


「すみません、ルルの負けです。是非ナナの本を読んでください」


 光の速さで、ルルが白旗を上げた。


 でも結局、俺が辱めを受けることには変わりないんだよな。


「にーさま、ではお願いします」

「う、うん」


 ナナから『妹でもお兄ちゃんとなら禁断の恋に落ちてもいいよね?②』を受け取った俺は、確認程度に挿絵を何枚か見てみた。


 一巻では兄が妹の体を執拗に触ったり、兄が妹のえっちなハプニングに遭遇したり、妹が兄にキスしたりするような完全アウトなシーンが大量に混入していたからだ。


 おう……今作もなかなか攻めてるな。なんでこれR18指定されないんだ、ってくらい攻めに攻めてる。


 とても嫌な仕事だけど、ナナのこの期待の眼差しを向けられると断るに断れない。

 

 いったい、なるなるは俺が兄と妹のラブシーンを一人で演じていることをどう思っているのだろう。


 だって毎晩男子高校生が「ああっ」とか「そこはっ……」とか言ってるんだぜ。気持ち悪すぎて絶縁したくなるレベルだろ、普通。


 俺としてはそれよりも、これで毎晩寝ることができるなるなるの将来の方が心配になってくるんだけどな。


 就寝体勢に入ったなるなるのベッドの横に部屋にある椅子を置いて、そこに座る。


 そして、読み聞かせは始まった。


「妹でもお兄ちゃんとなら禁断の恋に落ちてもいいよね?②」


 タイトルを読み終え、やたらエロい文章の目次やら肌色メインのカラーイラストをめくり、プロローグから始まる一行目。


「俺の愛する妹――鈴音はベッドの上で少し息を荒げていた」


 いきなりかよ……!

 始まって早々ベッドシーンって……これ書いたおじさんすげぇな。どんな精神力してんだよ。俺だったらキーボード叩き割っちゃうぞ。

 でも「つかみ」としては百点満点だな。


「『どうした鈴音、興奮してんのか?』『ちっ、違うのお兄ちゃん。これは……!』『これは?』」


 いやー、我ながらさすがの気持ち悪さである。しっかりとディテールにこだわっていちいち人物で声も分けているもんだから、気持ち悪さはその三倍増しだ。


 もしこれが恋とかお嬢にバレたら――なんて恐ろしいんだ……! 


 っていけないいけない。またフラグを建設するところだったぜ。




 物語は四〇ページまで進んだ。相変わらず兄と妹がイチャイチャするだけのお話なのだが。


「『ダメだよお兄ちゃん、こんな所で』『でも、興奮しないか……?』」


 なんなんだこのラノベの皮を被ったエロ小説は。さっきからエロい展開しかないじゃないか。でもこの作品はこれが売りなんだよな。やはり人気はあるようで、残念なことに打ち切りもなさそう。


 ということはこの次の三巻も俺が読み聞かせることになるのだろう。


 そう思うとさらに疲れが溜まってくる。


 これ以上は俺の精神にかかわってきそうなので、なるなるにはかわいそうだが中断のお知らせをすることにした。


「なるなるー、今日はここまでな――ってもう寝てるし!」


 いつだ。いつからだ。いつから無人エロラノベ読書会になっていたんだ……! 


 俺はなるなるの机に置いてあったポストイットを一枚剥がして、読んだページに挟んで閉じた。明日読むときの指標にするためだ。


 なるなるはスースーと心地いい寝息を立てていた。それだけじゃなくて、互いに恋人つなぎをしながら顔を見合わせる形で、仲良く。


 ……ここなんて言う名前の楽園エデン


「寝ている間は両思いなんだけどなあ」


 パシャリと、スマホで盗撮まがいに一枚。お宝画像がさらに増えた。


 待ち受け画面に設定しようかとも考えたが、ハーレムメンバー及びお嬢にロリコン呼ばわりされそうなのでさすがにやめておいた。


 薄着で寝る天使二人に布団をかけて、なるなるセレクトの二冊の本を兄妹ラブコメで染まった本棚に戻す。


「おやすみ」


 電気を消して、そのまま静かに楽園エデンを離れた。


「ふぁぁぁ、明日も学校だしもう寝よ」


 また殺風景な場所へ戻ってきた。壁掛け時計を見ると、すでに十一時半を過ぎている。


 読み聞かせでかなりの精神力をえぐられた俺は、美少女ゲーの続きをプレイするのもやめて、自室のシングルベッドに寝転んだ。おやすみ、俺。


 宿題? 何それおいしいの?

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