03 読み聞かせプレイとか言う新境地①
そこで『ぼく』の入学式の思い出は途切れた。というよりは強制シャットダウンした。
一年前の俺はなんてこっぱずかしいことを! 全身が沸騰しそうだ! 今すぐ俺に黒歴史改変クリーナーを!
そう悶えてもこの暗い部屋には美少女ゲーをやる俺しかいない。ってかそれだと恋と出会ってないしな。もしあっても使わないだろう。
俺は意図せず椅子の上で体育座りになって顔を膝にうずめていた。
……そう言えば自分の入学式がここまでドラマチックだったことを忘れていた。というか黒歴史すぎて頭の中の賢しい俺が自動的に消そうとしていたのかもしれない。
実はこの後も山があったり谷があったり崖があったりするのだが、これはさらに赤面して顔がオーバーヒートしてしまうため、やめておくことにする。
入学式に、俺は恋と出会った。
だが今考えてもやっぱりわからない。どういった目的で俺に近づいたのか。本当に『鍛えなおす』と思って近づいたのならそれはむしろ恋の精神状態が心配になってしまう。まあ、実際に一年のころには鍛えなおされて、外見も変わったし性格も変わって友達も増えたので多大なる感謝はしているが……。
絶対他に理由があるのだろうけど、聞いても恋は『鍛えなおす』の一点張り。
もうこれは一目ぼれの可能性がでてきたぞ。むしろそうであれ。
神様に願ってみた。お正月に家族で神社に行ったときに、賽銭箱に五円玉を入れようとして間違えて五十円を入れてしまったのを思い出した。神様サイドは四十五円多くもらってるわけだ。その分の借りを返してもらおう。さあ、今こそ我に祝福を。
しかしそう簡単にいかないのが人生の難しいところである。
一体何を隠してるんだろうな。本当の目的を知るまでは成仏できない。
でも、まったくなんでだろうな。これは恋との出会いに限ったことじゃない。遥と七海ちゃんもそうなのだ。自己紹介もする前に、いきなり「退魔師になろうよ!」とか「男にしてください」だぞ。普通だったら「初めまして私の名前は――」だろ? まるで何か別の目的があって近づいてるみたいじゃないか。
俺は魔女に『美少女と変な出会い方をする魔法』にでもかけられてるんじゃないの? なんだそれ、意味わからん。
うずめた顔を上げ、前を見ると優しそうに微笑む女の子がいた。
……画面の向こうに。
「君だけは理想的な自己紹介をしてくれるんだね……うん」
傍から見ればディスプレイに話しかけるヤバい奴。でも一人部屋なら安心。怪しまれる心配もなく、画面の向こうの住人に話しかけられる。まあそんなこと普通はしないけどな。
……ってこれ、なんかフラグみたいだよな。
あれ、いつの間にかこの部屋ちょっと明るくなってない? ま、まさかね。
「ナナ、どうやら兄さまは疲れているみたいです」
「ルル、そうですね。誰もいないはずの部屋で画面の中の女の子とお話を始めてしまうくらい、兄さまは疲れています」
こちら一ノ瀬愛人。応答してくれ。緊急事態だ。
ヤバいぞヤバい、これはヤバい。語彙力が壊滅的なのは許してくれ。
俺は、完璧なフラグを建設していた。
パジャマである色違いパーカーを着たなるなるが、ドア付近で立っていたのだ。普段であればそのほんわかしたかわいい二人にお褒めの言葉を授けたいのだが、今俺にそんな余裕と権威はない。
「ふう、今日はやめましょうか」
「ふう、そうですね。今日はやめておきましょう」
そして常に行われているはずの喧嘩も平和的に終了した。
「「それでは兄さま、おやすみなさ――」」
そう言ってなるなるがドアを閉め――る前に俺はプロ顔負けのヘッドスライディングでなるなるの前に滑り込む。
「待ってお兄ちゃん超元気だから! ほら、腕立てだってこんなにできるから!」
音速をも凌駕するスピードで、なるなるの前で腕立てを三十回。疲労より焦りが超越して、全く疲れることは無かった。だってこんなの他の人に知られたら、俺は社会的におやすみなさいしてしまう。何うまいこと言ってんだよ。
「なんでも言うこと聞くから今のは黙っておいてくれ……な?」
俺はなるなるの前で、神を崇拝するために跪くような体勢になっていた。どうかご慈悲を、という目線を二人に送る。
「「それでは……」」
思いはなんとか届いたようで、なるなるは互いに目を合わせる。
そして両者ともに中腰姿勢になると、片手に所持していたモノを俺の眼前に突き出してきた。
それが何か、俺は知っている。
「読み聞かせ、だよな」
なるなるが気持ちよく寝られるために、俺は毎日リクエストされた本を読み聞かせをしていた。今では毎晩の日課となっている。
「はい兄さま。今日もお願いしたいのです」
「でも、昨日あの一巻読み終わったよな。ええとなんだっけ……」
「イモキンです」
ナナが鼻高々と答える。
「ああ、それ」
略し方最悪だけどな。最初聞いた時、『芋の金曜日』のお話だと思ったぞ。なんだその地味に興味を引き付けられるタイトル。でも、俺的にはその話を読む方が心地はいいかもしれない。
「実は二巻がこの前発売されて――」
ほんとだ。確かにタイトルの後に②って書いてある。
とナナの推薦本をまじまじと見ていると、ルルが不機嫌そうに声を上げる。
「いいえ兄さま。今日からはこっちを読んでください。新しい世界を開拓することも大切だと、ルルは思います。ちなみに略称はチーマイです」
「ち、チー?」
「チーマイです」
また新しいのが出てきたな。なんだよチーマイ。チーズが舞うお話かな。でもきっと違うんだろうな。予想はだいたいついている。
なるなるは俺を挟んで、互いにむぅっとしかめっ面になった。すでに戦闘態勢に入ったようだ。
「申し訳ないけどお兄ちゃんの口は一つしかないから、じゃんけんで決めてくれ……」
普通の場合、読み聞かせ、と言ったら何を思い浮かべるだろうか。
絵本? 童話? 児童書?
我が家の高一の妹たちに読み聞かせる本は、そんな甘ったるいものじゃない。
二人の持っている本のタイトルはだいぶ奇を衒ったものだった。恥ずかしいので心の中で読み上げる。
『妹でもお兄ちゃんとなら禁断の恋に落ちてもいいよね?②』
『
この二択になった時点で、俺の罰ゲームは免れなかった。
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