02 一方ぼくの入学式は②
……。
唯一の友達がいなくなると何が起きるか。それは孤立である。ボッチと言う表現もできる。
なんか周りの皆は早速グループ作り始めちゃってるし、リア充ってやつはなんでこんなに集団意識が高いんだ。一人になると寂しくなって死んじゃうウサギさんかよ。
それに対し僕は息をするのを躊躇うくらいの勢いで、死んだように静かになっていった。
はあ、と心の中で溜息が漏れた。
学園ハーレムラブコメ主人公を目指しているのに、人と話すことが苦手。全く笑えないジョークだ。
つまり僕はまだスタートラインにすら立てていない。レースの参加資格すら獲得していなかったわけだ。
昔から情けない性格をしていると、やっぱり心の中で溜息をするほかない。
一回この気分を変えるためにトイレで顔でも洗おう。いい考えが思い浮かぶかもしれない。まあ、ただの現実逃避なんだけど。
と、席を立ち上ろうとした時だった。
「おい」
その言葉の威圧に、僕はビクッと体全身を硬直させた。血管を流れる血も一瞬、止まったような気がした。
椅子に座る俺の頭上から飛んできた声。女の子、というよりはクールな大人女性の声だった。でも新しく決まった担任は若い体育教師であったし、きっとクラスメイトだろう。
そして丁度周囲に人はいない。ということはその言葉は確実に僕宛ということになる。
な、なんだ? この子を怒らせるようなことでもしたのか?
しかもこの声の低さは……僕の圧倒的偏見によると、この子はヤンキーだ。もしかして早速パシリ決定のお知らせだったりする? そんなの嫌だよ。
「おーい、聞いてんのか?」
「ひゃっ、ひゃい!」
「なんだよその返事……くすっ、笑わせんなよ今筋肉痛で……!」
女生徒がいきなり机をばしばし叩きながら腹を抱えて笑い始めた。なんだ、陰キャラな僕をからかいに来たのか?
くそっ、やられっぱなしでは気が済まない。せめてパシリにはならないように、なめられないようにしないと。
よし。ここは泰然自若を装って……。
僕は立ち上がり声の主を見る。
「お、おい……? ラ、ララララ、ライオン……⁉」
思わずその場から三歩リトリート。机の角に太ももをぶつけた。貧弱故ダメージは大きい。
そこには百獣の王が持つたてがみのような髪型の女生徒が立っていた。ヤンキーなんてもんじゃない。動物界のボスが降臨なさっている。僕よりも背が高いためか、威圧感がとんでもない。なんでも言うこと聞いてしまうレベル。
しかし一七〇センチは軽く超えていそうな体躯ではあるのに、どこか大人しさのある少女を重い浮かべてしまうのはなぜだろう。
「らいおん? ああこの髪型のことか。どうだ、強そうだろ?」
髪を少し持ち上げて、にひっと真白な犬歯をのぞかせながら自慢げな顔をする女生徒。太陽のような笑顔に、思わず見とれてしまうところだった。
「つ、強そうだけど……」
「悪い、自己紹介がまだだったな。あたいの名前は剛田恋」
自分のことを『あたい』っていう人なんているんだ。昭和の漫画でしか見たことない。
「質実剛健の剛に田んぼの田。恋は恋愛の恋だ。絶対に剛田と呼ぶように」
剛田さんは最後だけ念を押すように言った。
失礼だけど苗字と名前にこれほど落差がある氏名は日本人の中でもトップレベルだろう。剛田はすごく似合うけど、恋はまるで似合わない。恋って、やっぱり大人しい子のイメージが強いんだよな。
「えっと、僕は一ノ瀬愛人。愛する人で、愛人」
「よろしくな、アイト……ってなんでそんな間抜けな顔してんだよ」
「い、いや。僕の名前を聞いても驚かないんだなと思って」
中学校の入学式で自己紹介をした時、アイジンアイジンと小ばかにされたことは今でも忘れない。自分はこの名前を誇りに思っているし名付け親の母には感謝しているけど、それでも社会的に見たらありえない名前だと思う。多感な中学生のネタになっても仕方がない。
だからこそこんな普通の反応はむしろ珍しい。ケースケ以来じゃないか、こんなの。
「いい名前だけどな、アイトって」
「……あ、ありがとう……?」
名前なんてほめられたことがなかったので、僕の顔は思わず火照ってしまっていた。
「それで、僕に何か用があったんじゃ?」
「そうだったそうだった……そうだな」
パシリだけは嫌だな。パシリだけは嫌だな。パシリだけは嫌だな。我が願いよ星に届け……!
「どうしたん……ですか?」
脳が自分より剛田さんの方が上だと咄嗟に判断したのか思わず敬語が飛び出していた。
何故かこのタイミングで悩み始めた剛田さん。まさか言う内容を全部忘れたんじゃ。
「いや何でもない……そうだ! お前を鍛えなおそうと思ったんだ……!」
しかしその願いは儚く消え……は?
「鍛え……え、今なんて?」
聞き間違いだよな。まさか初対面の人にトレーニング押し付けるやつなんかいないよな?
「鍛えなおすって言ってんだろ! たっ例えばその一人称とか、なんだよ『僕』って。普通男子だったら『俺』だろ? あとそのだらしない髪型とか顔とか……!」
僕の耳が遠いわけではなかった。
剛田さんは何故か語気を荒げて、僕の文句をつらつら並べる。まさかこれは新手のイジメなのか……?
「僕って、そんなに酷い……?」
あともう少しで僕のガラスでできたハートが崩れ去るところだった。
ちなみに小学校の時好きだった子が「優しい子が好き」だったのでそれ以来一人称を『僕』にしている。結局その子は転校しちゃって音信不通なんだけどね。でも小学校の僕は一体どういう考え方で『優しい=一人称僕』という判断をしたんだろう。子供の考えることって本当に不思議だ。
あと、もはや顔って整形しないとよくならないじゃないか。
「……ごほん。そうじゃなくてだな……お前を鍛えなおすって言ってるんだ」
「だからなんで……?」
どうしたら初めてのあいさつでそんな謎の会話が発生するんだ。これがおかしいってことは友達が少なすぎて会話が全くなかった僕でもわかるぞ?
「細かいことを気にするところもお前の悪いところだぞ」
剛田さんは不満そうな顔。それは暴論だと思うなあ。
「あたいはお前を鍛えなおす。いいな?」
いいのか? 僕、剛田さんの意味の分からない提案にのってもいいのか? でも、ここで反対したら何されるかわからないし……。
「な?」
「は、はい……」
言葉の威圧に負けて、のどが脳よりも早く仕事をしていた。理科で習った反射ってやつだ。
「それで、僕は一体何をすればいいんですか?」
「そうだな……まずは飲み物買ってこい」
「えっ?」
この人やっぱりカツアゲ目的で僕に近づいたのか? まあ普通はそう考えるけど。冴えない男子に女子が話しかけてくるってどんな美少女ゲーだよ。
そう僕があたふたしていると、
「嘘だよ。うーん、特に無いなあ。むしろなんかあたいにしてほしいことを言えよ。何でも言うこと聞いてやるぜ?」
にやっと笑う、まるでそれは女上司がバーで酔った時に放つ色気たっぷりのセリフ。男ならこの『なんでも』と言う言葉に過敏に反応してしまうのも仕方がない。
「今『なんでも』って言いましたよね」
「えっちなのはダメだがな」
普通の女子ならもう少し恥じらいをもって囁くのが定石だが、当然剛田さんは恥ずかしがる様子もない。
「いや……わかってますけど」
そんなエロゲ展開、僕でも期待していないから。
そんなことより僕は現在、今後の人生を左右する重大なイベントに直面したのだった。
学園ハーレムラブコメ主人公になるのが僕の夢。そして女子と仲良くなれる超稀有なチャンス。普通じゃない変わった子だけど、そんなのどうでもいい。
つまり僕はここで突然現れたチャンスイベントを、確かなものにしなければならない。
剛田さんになんて言えばいい? 友達になってください、とか? そんなのインパクトが弱すぎて、役としてはクラスメイトBくらいにしかなれない。
おこがましいかもしれないが、僕が狙うのは主人公という王座。記憶に残るような出会いじゃないと、このイベントは失敗に終わる。
選択肢のない世界で、僕はすっからかんの頭の中から新しい文章をひねり出さないといけない。
「だ、だったら――」
「?」
僕は口を開いた。
今度は剛田さんが間抜けな顔をした。
クラスメイトの喧騒のあいだを僕の言葉がすり抜けて、剛田さんの両耳に届いた。
「僕のことを好きになってもらえませんか?」
これが、僕の初めての告白になった。もちろん、あまりに恥ずかしすぎてすぐに撤回したのは言わずもがなである。
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