2 いらないサブキャラなどいない
01 一方ぼくの入学式は①
学園ハーレムラブコメ主人公になるために必要なことは何か。もちろん答えは大量にある。しかしその中でも、『本番に備えた練習』だと俺は思う。『実践するための準備』と言ってもいいかもしれない。
で、結局何をすればいいのか。
その答えは現在、俺の目の前にある。
長方形の枠の中で微笑む、細かいドットの集合体。俺はその集合体と目を合わせていた。すると『はじめまして。私の名前は――』と、集合体はヘッドフォン越しにかわいげのある声を出す。鼓膜がとろけて無くなるんじゃないかと思ったほど、かわいかった。
「す、すごいぞこの子……これは近年まれに見るかわいさだ……!」
椅子に座っていた俺は思わず前のめりになって、出て来るはずのない点の塊を凝視した。
「絶対この子を落としてやる」
つまるところ美少女ゲーである。その開幕の、主人公が入学式に美少女からいきなり話しかけられるシーンで、早速俺は興奮気味になっていた。
学園ハーレムラブコメ主人公になるには、学園ハーレムラブコメ主人公から学ぶのが手っ取り早い。しかし三次元の世界でそれを学ぶことはほぼ不可能だ。
ということで俺は次元を一つ戻ったところ――つまりは二次元の住人達から学ぶことにしている。まだ微塵も成果が出ていないけど。
学園ハーレムラブコメ主人公の道のりは、次元を一つ越えただけで難易度が急に高くなるらしい。
壁掛け時計をちらと見ると、すでに夜の一〇時を回ったところだった。そろそろ時間的に宿題に手を付けなければいけないが、やっぱりやめた。ヒロイン攻略の方が大事に決まっているからだ。攻略し終わったらそのついでに宿題も攻略してやろう。
『君の名前は?』
『一ノ瀬 愛人』
『愛人君? いい名前だね!』
シナリオを進めると、画面の向こうの女の子がにこりと笑った。めちゃくちゃかわいい。俺の名前が『いい名前』って、わかってるなこやつ……。まあプログラム的にどんな名前でも『いい名前』になるんだけどな。
あの三人もこれくらい素直になればもっとかわいくなるんだけどなあ。もちろん、今のままでも素晴らしいけど。ゲームにはゲームの、リアルにはリアルの良さがあるってもんだ。
そう言えばリアルの入学式はどんなだっただろう。少なくともこんな美少女ゲーみたいな展開ではなかったな、うん、絶対。
まあ、これからの攻略のカギになるかもしれないし、ゲームの休憩がてら思い出してみよう。
***
私立旭高校に入学した僕は、中学の同級生だったケースケと同じクラスになった。
「なあ相棒」
前の席のケースケが振り返って、僕の肩にぽんと手を置いた。
「どうした、そんなダンディーな声で?」
「ついに……だ! ついにこの日が来てしまったのだな……!」
ケースケはぐっと拳を握って、そして口を開いた。
「喜ぶのはまだ早いぞケースケ。ハーレムを作るまでが僕らの目標だろ? 初日の今日でどれだけ美少女とお近づきになれるか、が大事なんだ」
高校生活初日の今日は当然ながら入学式。僕たちとっては冒険の始まりのようなものだ。
「やけに落ち着いてるな相棒。……ま、まさかっ、初登校から小一時間ですでに美少女と友達にッ⁉」
ケースケは机に上半身を乗り上げて、キスできそうなくらいの距離まで顔を詰めてくる。
「なっ、なってるわけないだろ僕のコミュ力なめんな」
「知ってた。お前、中学校の時一人も女友達いなかったしな」
それだといかにも『男友達は少なからずいる』みたいな言い方になっているが、実のところ中学時代にいた友達はケースケただ一人だ。……だって人と話すのが苦手なんだもん。
自慢ではないが、今までの人生――主に小中学校で友達と呼べるような関係になれたのはたったの二人だけだったりする。むしろ褒めてほしい。
「だってリアルの女の子と話すときって選択肢ないし……」
四択くらいだったらまだコミュニケーションの余地がある。
「むしろあったら怖いわ」
「だよなあ」
今までにそれがあったらどれだけ簡単にコミュニティを築けただろうか。中学時代クラスの人気者だったケースケみたいになっていたかもしれない……ってさすがにそれは夢物語だよな。
「そんなことより相棒、このクラス……かわいい子が多くないか?」
「うん……確かに」
さっきからちょろっと女子たちの顔を見ているのだが、このクラスの女子の顔面偏差値はやたらと高い。僕の採点が甘すぎるだけなのかもしれないが。
「みんな高校デビューでお化粧とかしてるんだろうなー。くそー俺も金髪にすればよかったぜ」
ケースケが金髪か。さらに短髪にしたら意外と似合うような気もする。
「高校デビューかあ」
全然そんなこと考えてなかった。このぼさぼさで伸びに伸びた髪に整髪剤くらいはつけておくべきだったよな。清潔感の微塵も感じられない。
「これを機にお前も女友達作れよ?」
友達を作ることに長けているケースケがさらっと無理難題を言ってくる。
「ケースケが紹介してくれよ。僕、初対面の人に話しかけるの無理だし」
同性ならまだしもいきなり女の子に話しかけるとか、態度が気持ち悪すぎて学級裁判にかけられる自信がある。
「は? それだと意味ないだろ。将来彼女になるかもしれない女の子を他の男に紹介して俺に何の得があるんだよ。損しかないじゃん」
「う……すごいド正論を言われた気がする」
ぐうの音も出ない。
ケースケが言っていることは極論だけど、確かに合っている。独占したいよな普通に考えて。僕も美少女ゲーのヒロインが他の男子と話してたら嫉妬するもん。
「んじゃ、俺はお先にあそこで静かに本読んでる雪代さんとお友達になってくるわ」
ケースケの目線の先にはやはり超美少女である雪代美冬さんがいた。名前の通り、冬という季節を想起させるような女の子だ。名はその人をあらわすとはよく言うが、ここまでぴったりな人がいるとは。
いやいやそれよりも大切なことが。
「待ってくれ! やっぱり僕も一緒に連れてってくれよ、最初だけ!」
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「いや、これは男の勝負だ相棒。お前も雪代さんに話しかけたかったらお前のそのコミュ障を治してくるんだな。健闘を祈るぜ」
そうケースケは言って、逃げるように雪代さんのいる方へ向かってしまった。
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