04 キャラ見せみたいなもの④
「そうでしたわ。ゴミムシ先輩のせいで忘れるところでしたの。かといって、私には全く関係ないのですけど」
「やっぱり俺に会いたかっただけ――いやなんでもないです」
ぎらりと鋭利な眼光が飛んできたところで、俺はお口にチャックをした。
……おっと危ない。もうすぐでお嬢のビンタが飛んでくるところだったぜ。
「本当に些細なことだったのだけれど……ナナさんとルルさんが聞かなくて」
お嬢の小っちゃい口からため息が漏れた。こうやって俺がいるとき以外で起こるなるなるの喧嘩の仲裁役は、お嬢に一任しているから疲れるのも仕方がないと思う。大変さは兄である俺がよくわかる。しょっちゅうしょうもないことでいざこざを起こすからな、なるなるは。
「「にーさまにーさま」」
喧嘩の内容を思い出したのか、なるなるが食い気味に俺を呼ぶ。少々面倒くさいが、これもかわいい妹たちが仲良く生活するためだ。……仕方ない。
「なんだー、今日は一体どんなことで喧嘩したんだ?」
消しゴムの角でも使われたのか。取っておいたポテチでも食われたか。ゲームの1P選びか。まだまだ考えられる。無限大だ。
「「今日の二つの卵焼き」」
「卵焼き……」
うーんと、すでに論旨の九〇%近くが分かったような気がする。
「ルルが二つの方ですよね」
「いいえにーさま、ナナが二つの方ですよね」
そう言って二人は互いを睨みあう。
お嬢が持っていた手提げ袋から二つの弁当箱を取り出し、オープン。そこには端っこにおまけとしてつけた卵焼きが一つしかない弁当と、二つ入っている弁当。
なるなる含め自分の弁当は朝に俺が用意している。多分ぼけていたのか、どちらかに卵焼きを一つ入れ忘れていたらしい。ああ、こりゃ喧嘩の原因になるわ。なんて言ったってなるなるは『仲良く分け合う』という言葉を知らないからな。
「「にーさまにーさま、いったいどちらの弁当がナナ《ルル》のですか」」
それこそ声は小さいし抑揚もないが、二人の中では白熱したバトルが繰り広げられている。兄の俺が言うんだ間違いない。
「当然ナナですよね、にーさまはルルよりナナの方が好きですもの」
「悪い冗談です、ルル。卵焼きが二つは言った弁当はナナのです。だってにーさまはナナのことを愛してらっしゃいますもの」
両者胸に手を置いて、えへんと威張る。
もちろんどっちとも愛しているのだが、なるなるは絶対に和解しようとはしない。双子としての対抗意識があるらしいのだ。
「ナナ……」
「ルル……」
むにゅ! むにゅ! と柔らかい音がした。
ちなみにこの音は俺が女性陣の誰かの胸を揉んだものではない。まず女性陣の中で揉める胸がある人は恋と遥しかいない。
「なぜあなたはルルの左頬をつねっているのですか、ナナ?」
「それを世間一般ではブーメランと言うのですよ。あなたもナナの右頬をつねっているではありませんか、ルル?」
お互いに頬をつねられているので、声が聞き取りづらい。
「わかったから落ち着けなるなる。俺が入れ忘れただけなんだ。ほら、俺の一個あげるから仲良くしてくれ」
きれいですべすべな肌に傷がついてしまっては大変だ。俺は咄嗟になるなるを引き離す。
武力行使はダメだ。お兄ちゃんは妹に平和主義の大人になってほしいと思っている。そしていつかはいい男と結婚して……あれ、涙が出そうだ。
「む。にーさまが言うなら仕方ありませんね、ナナ」
「むむ。にーさまが言うなら仕方ないです、ルル」
「偉いぞー流石俺の妹だ」
右手でナナを、左手でルルの頭を撫でまわす。平等に均等に。昔からなるなるを褒めるときにはこうしている。片方ずつ撫でたら今度は「先か後か不公平だなんだ」と異議申し立てられて、また喧嘩に発展してしまうからな。
まだ食べていなかった自分の弁当から卵焼きを一つ移籍させる。よかったな、お前はなるなる親善大使に選ばれたんだ。光栄に思え。
卵焼き一つを生け贄にしてなるなるが仲良くするなら安いものだ。だが、これからは気を付けなくては。また面倒くさいことになってしまう。
「にーさま、ご学友とのお昼休みにお邪魔してしまい申し訳ありませんでした」
「にーさま、それでは」
「失礼しましたわ」
「お嬢も俺のことを『にーさま』って――」
「ふんっ!」
お嬢はマサカリ投法の村田兆治ばりに足を高く上げ、そこから勢いよく振り下ろす。
がすっと嫌な音が響いたのは、刹那の出来事である。
「す、すいませんでした」
かかと落としを頭にもろに食らったのだ。女子だからと言っては侮ってはいけない。今本当に向こうの世界が見えかけた。
俺が死神に拉致られていた間に、後輩三人組は教室を出て行った。
「にーさまはやはりルルの方が好きなのですね」
「なぜそうなるのですか。どう考えてもにーさまはナナを愛しています」
「はあ、行きますわよ……」
廊下からは未だにそんな声が聞こえた。……今度お嬢になんか奢ってあげよ。
「……めちゃくちゃ疲れた」
いつもの二倍はスタミナが削られたような気がする。おまけに今日はたんこぶももらってしまった。全て俺の責任で。
「そーお? ハルカは元気いっぱいだよ?」
そんな美少女ゲーのキャラクターボイスの一例みたいな……。
「そりゃ遥は七海ちゃんの弁当を食べてただけだからな」
「まあ、あれだけカレンちゃんに暴力振られたらね……はい、ハンカチ」
「……あ、ありがとう七海ちゃん」
渡されたのは花柄のフリルハンカチだった。流石七海ちゃん、圧倒的女子力だ。まるでブレを知らない。
「で、お嬢だけじゃなくてなるなるも……ハーなんとかに入りさせる気?」
きっとハーレムと言いたいんだろう。まあ、こんな言葉知るわけないよな。
「ばか。いくら義理とは言え妹だぞ。それくらいの見切りはついてる。しかもお嬢もまだハーレムメンバーじゃないしな」
妹たちはハーレムメンバーにはなれない。確かに義理なら色々大丈夫かもしれないが、そこは俺の倫理観が邪魔をする。そもそも家族なんだから一生愛せるだろうし。
「基準はなんなんだよ……」
「うーん、ゲームで言うと『親密度』みたいな?」
つまりお嬢はその基準値を満たしていないということだ。
「その親密度が上がったらカレンちゃんも……えっと……ハ、ハム?」
「ハーレムね。お中元じゃないから」
「そうそう、それ」
「で、そのハムレーと言うのは……」
「剛田。お前絶対わざとやってるだろ」
「てへっ」
俺が生を受けて一七年が経つが、いまだかつてこんなに死んだ萌えセリフは聞いたことがない。
「……ふーむ」
楽しそうな二人とは別に、恋は何やら考え事をしていた。
「あ、もしかして今『ハーレムメンバーが少なくなってよかった』って思った?」
「はあ……なわけないだろ」
「七海ちゃんは?」
「うーん。全然かな」
「その笑顔、傷つくなあ」
嘘でももう少しましな回答が欲しかった……!
「ハルカは――」
爆弾を投下する前にその砲口をぐっと手で閉じる。
「遥はもうわかってるからいい」
「#$%&@*!」
なんとか不発で済んだみたいだ。
「皆、どうしても俺のこと好きになれない?」
「無理だな」
「きっぱり!」
ここまでアプローチしてもダメなんて……。何がダメなんだ。顔、性格、身長? もしかして生理的に無理とか、そういうやつか……?
いや、人間、目標が高い方が燃えるものだ。
「ふっ……一年たったころには全員メロメロにしてみせるよ」
一年後には学園ハーレムラブコメ主人公だぜうへへ。
「おう、言ったな。やってみやがれアイト」
「ふふ、頑張ってねアイト君」
「おおー! アイちゃんに落とされないように頑張るー!」
そうして俺は、この大好きで愉快なハーレムメンバーに一泡吹かせようと決心した。
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