02 キャラ見せみたいなもの②

「アイト君、ご飯食べよー」 

「おう! 七海ちゃん」


 七海はそう言って席ごと振り返ると、俺の机に弁当箱を置いた。いざ弁当箱を開けると、まあなんと可愛いキャラ弁なのでしょうか。真ん中にウサギが二匹跳ねている。


 お母さんが頑張って作ってくれたのか。……いいなあ。


「ななみん今日もかわいい弁当だねー!」


 遥が七海の弁当箱を覗いて目を輝かせていた。いつも昼には野菜ジュースくらいしか飲まない遥からしたら当然うらやましいものだろう。だったら親に作ってもらったり、購買で昼ごはんでも買えよと思うのだが……今月は遥のお財布がピンチらしい。


 まだ四月始まって二週間だぞ。


「そう、かな?」


 遥が褒めるとたちまち七海の頬が赤く染まる。体も小さく縮こまっている。


「照れちゃダメだろ」


 七海以外の子だったら別に何も注意したりなどはしない。かわいいからむしろどんどん照れてほしい。


 だがこの子の場合は禁止事項である。


 と言うのも青島七海が男を目指しているからだ。何故かは知らないが男になりたいらしい。せっかくかわいい顔と寛容な心を持っているのだから女性としては大成功なはずなのに……もったいないよね。 


 球速百六十キロ投げれるのにJリーガーを目指している人くらいもったいないと言ってもさほど過言ではない。


 どうやら一ノ瀬愛人がモテる、と聞いたらしく、新学期早々弟子入りしてきたのだ。七海の考えだと『モテ』=『男』らしい。つまるところ俺は七海の師匠になってしまったのだ。


 常に男らしくなるべく生活に気を付けているらしいのだが、結局その言動のすべてがかわいくなってしまう。かわいい女の子の性だね。俺のハートもきゅんきゅんしちゃっている。


 七海ははっと気づいて途端に慌てる。


「そうだった! こんな顔、めちゃくちゃにしてやるっ。えいっえいっ」


 七海はスプーンでウサギさんの顔をぐしゃぐしゃに潰していった。いちいち「ウサギさんごめんなさいっ」なんて謝っちゃうもんだから萌度が余計に上がってしょうがない。


 内容が内容だが、そんなことは七海のかわいさで上塗りだ。まったく……男子にそんなかわいいことをするやつがいると思ってるのか? 男の娘でもやらないぞ。


「さらにかわいくなってどうする……まあむしろ俺としては歓迎なんだけど」


 今ので寿命が三日増えたような気がする。


「はっ! むずかしいね男の子って……」


 心なしか七海がまた小さくなったような気がする。そしてまた「ごめんね」といいながらお弁当に手を付けていく。果たして本気で男らしくなろうとしているのだろうか……。


「簡単だよー男の子なんて女の子とえっ――」

「ああああああああああああああ!」

「どうしたのアイト君⁉」


 とんでもないところで遥が横から口出ししてきやがった。こういうのを『横槍を入れる』と言うが、今のは『グングニルを横っ腹に突き刺す』という表現の方が的確だろう。


 突拍子もない奇声に驚いたのは七海だけではなかった。クラスにいた全員が俺を見ている。


「ごめんちょっと頭にショックボルトが……でも今治った」


 もちろん嘘である。本当に来たら死んじゃうよ俺。


「急に大きな声出さないでよー」

「遥がとんでもないことを言おうとしてたからだろ!」


 話の腰を折られた遥が笑いながら不満を口にした。今のは折らないと君自身の人生が折れてしまうところだったからな。感謝してほしいくらいだよ。


 いつ爆弾を投げてくるのかわからないのが遥の怖いところである。


「真昼間から元気だなアイトは」


 話が一段落したところで、新たなる刺客が教室に入ってきた。購買から戻ってきた、と言った方が正しいだろうか。


 ショートカットなのにサイドから伸びる髪が鎖骨あたりまで届いていて、まるで百獣の王であるライオンの顔面を彷彿とさせる。さらに性格も男勝りなので、人間版のライオンと言えばこの方が当てはまる。


 その名も剛田恋。自称通称どちらとも『男勝り』な彼女には、失礼だが似合わない名前だ。苗字だけ見ればとんでもなく怖いけれど、名前が女々しすぎて合わせてみれば中和している。


 そんな彼女は、購買で買ってきた菓子パンを俺の左横の机に置いて自身もその席に座る。


「あっ恋ちゃんだ」

「おおツヨシー!」

「恋ちゃんって言うなっ!」


 ツヨシだったらいいのかよ。女子だったら恋ちゃんの方がいいだろ普通。


 恋は名前で呼ばれることをすごく嫌がっており、今のように特に『恋ちゃん』などととってもかわいい呼び方をすると怒ってしまう。俺も口に出すときは『剛田』と呼んでいる。


 ……まあ怒ると言っても、恥ずかしながら怒ってくるので、むしろ俺としてはそこに萌えを感じる。見た目とのギャップでさらに萌える。


「……で、あたいがいない間に何を話してたんだ?」


『あたい』という今どき珍しい一人称の使い手の恋は、頬杖を突きながら片方の手で菓子パンをついばんでいく。


 しかしそうは言われましても。


「そもそも何話してたっけ」


 まず内容のある話をしたか? 人の記憶量っていうのは案外少ない。日々繰り返される会話にログを付けている暇などそうそうない。特にほら、窓によりかかってヘラヘラ笑っている遥なんて、言葉を連続射撃してくるような奴だし。


「忘れんなよ……」


 恋がふうっと息をつく。


「ボクが来る前に何か話してなかった? 丁度邪魔しちゃったみたいだけど」


 自らのことを『ボク』と言うのは七海だ。こういうところだけはいっちょ前なんだから。僕っ子も最高なのでいいんだけどね。


 すると遥がにょきっと俺の視界に入ってきた。


「そう言えば『退魔師になる』ってさっき――」

「ついになるのか?」


 恋が今日一番興味ありげに体を乗り出してきた。そんなところでテンション上げるなよ目を輝かせるなよちょっとやってみたくなっちゃうだろ。


 女の子の為なら一肌脱いでやる精神が溢れ出てしまった。危ない、もう少しで退魔師になるところだったぜ。


「勝手に捏造しないでくれ」

「えへへ、そだっけ?」


 何も知らないよ、みたいな顔をしても無駄だぞ。


「俺が退魔師になる代わりに、俺のことを好きになってほしいっていう話だろ」


 そして悲しいことに盛大にフラれた。


「なーんだつまんねーの」


 さっきまであんなに楽しそうだった恋が、人の恋路を軽く切り捨てて、すぐに体を引いた。七海も表情一つ変化せずキャラ弁(崩壊)を味わっていた。


「俺の一世一代の告白だったのに!」

「この一週間で三回目だけどねー!」

「うっ」


 遥が的確に痛いところをつついてくる。なんでこんな時だけ察しがいいんだ!


「ボクもそれくらい告白されたよ」


 七海も俺の愛を伝えた回数をさらっと口に出した。流れる水のようにさらっとだ。


「それくらいならまだいいじゃねえか。あたいなんて数えきれねえぞ」


 恋が七海と遥の顔を見ると、やれやれと言わんばかりにため息をついた。すると七海と遥は、「あーご愁傷様ですー(笑)」みたいな表情を返していた。


 確かに恋への告白回数は計り知れないが……。それは一年生の時も同じクラスだったためだ。


 ってなんで皆さん俺の告白回数で不幸自慢大会を繰り広げているの? そんなに俺から愛されたくないの? 泣くぞ、この教室で泣いちゃうぞ俺⁉


「そもそもなんでそんなに沢山告白してくんだよ」


 いかにも興味がなさそうな言葉が、恋の口から出てきた。


「学園ハーレムラブコメを実現させるために決まってるだろ」


 決まってるじゃないか。あとラブがあれば完成なんだぞ。


「はあ?」


 恋は開いた口が塞がらないご様子だった。だから俺はもう一押ししてみる。


「読んで字のごとく学園ハーレムラブコメです」

「だからこんなに分け隔てなく告白してんのか?」

「いやいや分け隔てなくなんかじゃないよ。俺は遥と剛田と七海ちゃんにしかしてないし」


 まあこれからのイベントでメンバーが増える可能性も無きにしも非ずだけど。


「普通同時に三人に告白はしないと思うけどな?」

「そうかな、三人のことが大好きだし愛してるし、結婚したいと思ってるけど」


 思いを告げてみるも、やはり御三方には届いてはいなかった。


「アイちゃんは欲張りだねー!」


 いつの間にか割りばしで七海のご飯をついばんでいた遥が口を挟む。


「一人だったらわかるけど、三人だから説得力がゼロだよね」


 七海がぼやく。その意見に恋が賛同するかのごとく深くうなずく。


「うーん、わかってくれないかあ……」


 ケースケはわかってくれたんだけど。


「わかったらむしろヤバいと思うぞ」


 そう軽くあしらわれてしまった。受け入れてくれたら絶対に幸せにしてみせるんだけどな。


 恋に思いのほか引かれたところで、ガラガラと教室の後ろ扉が開く音がした。


「失礼します、にーさま」

「こんにちは、にーさま」

「ごきげんよう」


 声の主たちに目を向けると、そこには一年生の三人の女の子が立っていた。

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