第14話 因果応報
エリックはマテバをリロードしながら疾走する。薬莢が燻った床の上をからからと転がった。地上型と飛行型のパワードスーツを二機ずつ破壊し、施設に侵入することは成功したが、未だ敵の脅威は去っていない。
なによりカザック・フェンが健在だ。残りはカザック含めて三機。
施設に侵入し飛行型の性能は低下したはずだが、地上型は有利になっている。
最低限度の光量で薄暗い軍施設は、元は兵器の実験場として利用されてきた場所だ。
核でできたクレーターの近くで、新型兵器の実験をする。凄まじい皮肉だが、最近はあまり使われていないらしい。
どちらかというと作ったはいいが使われる見込みの薄い兵器の物置になっているのが現状のようだ。
そのため、普段はお目に掛かれないレアな兵器――好意的に捉えれば――が大量に保管されていた。
保管庫に入ると、もはやまともに整理する気も失せた武器群がざっくばらんに並べられている。
「これ見たことあるぞ」
扉を警戒するブランクへエリックは呟いた。
多目的型多脚戦車タランチュラ。様々な状況に応じて内部武装を換装し、極限環境にも対応。武装組織の攻撃を強化装甲で防御しながら、適した武装を選択し敵を一気に殲滅する――というのがカタログスペックに記載された内容だが、そもそも機体のコストが高かったのと、新型を投入しなくても既存兵器で十分に対処できたためにお蔵入りになった兵器だ。
それに、そのような最強の兵器は、敵に奪われる恐れがある。解析されてしまえば、ウイルスバレットの餌食だ。
一応対策としてハッカーを同乗させ、リアルタイムでセキュリティレベルを向上させていく予定だったようだが、相手の技量が上ならば同じことである。
「……有能なハッカーがいれば、化ける、か」
五島も似たような発想で、カリナを利用するつもりだろう。その事実が少々気に食わないが、この状況を打開するアイデアは思い付いた。
「おい」
「わかった。ちょうどバッテリーは近くにあるようだ。お前はマニュアルを読んでおけ」
「ああ……」
察しの良いブランクに説明する必要はなかった。データにアクセスしたエリックは、マニュアルを黙読し始めた。
※※※
施設内では飛行ユニットの能力が制限される。有能であるとわかっている敵を前にして、不利な装備で挑むつもりはない。敵に時間を与えてしまうリスクはあるが、再交戦前に部下と装備を交換し、カザックは決戦へと挑むことにした。
敵は予想しているかもしれないが、それでも構わない。予測された方法で勝利する。そういう状況が求められる場合があるのが傭兵だ。
「先行します」
飛行ユニットへ取り替えた部下がジェットを吹かす。脚部ローラーを唸らせて、カザックたちも後へ続く。
狭い通路を一番乗りに突破した飛行ユニットが兵器保管庫へと躍り出た。
直後に爆音。予感がしたカザックは慄く部下を後目に速度を上げてそれを目撃した。
「はっはっは! よもやこんなユニークな方法を用いてくるとは。嫌だなぁ、ハッカー!」
中東などでは大規模なネットワークジャマーが設置されており、通信機器は大した役に立たなかった。どれだけ有能なハッカーを揃えても、その能力は制限されていた。だが、極東の島国……旧日本国家跡地では事情が異なる。
そうは言っても、こちらも優秀なハッカーたちを引き抜いていた。ネットワークが制限されても、むしろ制限されているからこそ情報の価値が上がる。
だが、これは。これほど優秀なハッカーはそうはいまい。長年放置されていた兵器を使用可能にするとは。
――タランチュラが起動している。
「三浦……!」
無残な姿になり果てた同僚に部下がショックを受けている。だが、そんなことお構いなしに機械化された巨大なクモの如きタランチュラは、脚部に格納されたレーザー兵器の砲塔を煌かせた。
灰燼に帰す。一対一の形となる。正確には一対二だ。
不利な状況だ。だが、しかし……。
「これこそが傭兵の本懐!」
カザックは怖じなかった。タランチュラが迎撃用ミサイルを発射した刹那に高速移動し、電磁ナイフで関節を切り付ける。AP弾を装填したサブマシンガンをガトリング砲に命中させ、多脚での防御行動をローラーでのスライド移動で回避。スモークディスチャージャーで視界を撹乱し、背部に格納されていた肩部ランチャーを展開。走行貫通弾を装填し、コックピットを撃ち抜いた。
防護ヘルメットの中で、にやりと勝ち誇る。
「これで依頼は完遂――ぐぉッ」
唐突に響いた発砲音の後、笑顔が驚愕と血で染まった。
咄嗟に発射地点へと視線を送る。そして、ライフルを構えるグレイハッカーが目に入った。その横にはオートリボルバーを構えるエリック・ウィンストンがいる。
「ああ……そうか。本当に……ハッカーは嫌いだ」
その気になれば奴らは、常識を覆す。有人機を無人機に改造するという荒業を短時間でやってのけるのだから。
しかし傭兵には矜持がある。所持していたサブマシンガンを落とし、腰のハンドガンを確認。エリックは倒したと思い込み、銃口を下げている。ブランクも同様だ。
カザックは最後の意地を見せた。ハンドガンを引き抜きウィンストンに向け――。
マテバの弾丸を頭に喰らった。
スパークしたTAC4が床へと崩れ落ちる……。
※※※
地下基地の中は暗い。最低限の明かりが灯っているだけである。
「中枢がどこかわかるか?」
唐突に放たれたその質問には少なからずカリナは戸惑った。
エリックという男は、こちらが全面的に協力してくれると断定している。
それを甘いと思う理性と、信頼してくれて嬉しいという感情がごちゃ混ぜになって、カリナは不機嫌な表情を作ると言う回答を得た。
「まだそこまで信用はされてないか。まぁ無理もない」
先程であった相手――しかも形式上は敵――に全てを曝け出すのは早計である。そのぐらいの認識は自分にもある。
「そもそも教えられていないし」
「でもわかってはいるんだろ?」
エリックの質問は鋭かった。まるでこちらの内面が全て見透かされているようだ。実際に、そのような心眼をこの軍人は養っているのだろう。だから自分に声を掛けた。全面的に組織を信用している他の子たちではなく、自分に。
「まだ言うべき時じゃないと思う……」
「だよな」
エリックは怒らなかった。強要もしない。ただ同意しただけだ。
彼はこちらの立場を理解している。カウンセラーみたいだ。だが、詐欺師が信頼を得るために使う手口でもある。なので、言動だけの段階では信用しないことにしている。
もしこの男が本物であるならば、すぐに行動で証明できるはずだ。
それを望んだおかげ……いや、せいなのか、カリナたちは理想的かつ最悪なシチュエーションに遭遇した。
「ミッチェル……」
変わり果てたルームメイトが横たわっていた。身体は眠っているようなのに、そうでないと瞬時に判断できるのは心臓を撃ち抜かれているせいだ。
映像で死体は見慣れている。……いや、かつて戦場にいたせいで、それを知っている。そこそこ仲が良かったので悲しかったが、涙は流れなかった。
傍には興奮状態の軍人が銃を抱えたまま震えていた。エリックとは違い重装備だ。
「わるくないわるくないおれはわるくない」
同じ言葉を何度も繰り返している。友達を殺されたのに、男を責める気が失せるほどに。
友達の遺体の傍には銃が転がっていた。その近くには大人の死体。正当防衛……と言うべきだろうか。自分の身を守るためなら子供だって容赦なく殺す。
それが軍。正論ではあるのかもしれないが、拒絶反応は拭えない。
「こどもがうってきたうたなければおれはしんでいただからしかたないおれはわるくない」
「おい」
「ころすきはなかったでもうつしかなかっただからしょうがないおれはいいやつだおれはこどもなんてころして――」
打撃音が響いた。エリックが呆然自失としていた兵士を殴ったのだ。
胸元を掴んで立ち上がらせると、その目をはっきりと睨んだ。
「お前が殺した」
「ちがうおれは」
「お前が殺した。実力があれば殺さずに無力化できたはずの命は、お前が弱かったせいで失われた。お前が悪い。自分の罪から目を背けるな。どれだけ正当化しても、お前が殺した事実は変わらない」
エリックは容赦なく事実を突きつける。兵士の苦悶の声が聞こえてくる。そのまま発狂してしまうかと思われた。だが、兵士は静かになっていく。
エリックが手を離すと彼は息を吐き出した。
「そうか、俺が殺したのか……」
「そうだ。お前が殺した。次にすべきことはなんだ?」
「……罪滅ぼしだ。今は作戦行動中だが」
「ああ、その後にな」
力強く軍人は立ち上がる。奇妙にも思える光景だ。しかしエリックは平然としている。むしろどこか安心しているようにも見えた。援軍が増えたから? いや、そのように打算的な思考からではない。
「施設内ではまともに通信ができない。お前は外に向かえ。正面ゲートに展開中の奴らに子どもが混ざっているから、強引な作戦展開をするなと知らせろ。俺がどうにかしてネットワークを使えるようにする」
「だが、少佐は――」
「もし強行したらパッケージが死ぬと言えば否が応でも従う」
「本当に不良だな、エリック」
軍人は軽口まで叩いて、去って行く。エリックはその背中に言葉を投げかけた。
「自殺は認めんぞ」
「わかっている。少なくとも生きている限りはできることをする」
軍人を見送った後、彼は質問を投げて来た。
「……友達か?」
エリックの気遣いの矛先はこちらに向いた。とても鋭く、温かい。カリナはたまらず目線を逸らした。
「まぁ、一応。でも、あまり仲は良くなかったし」
「仲が良いかどうかは関係ない。堪えられなくなったら我慢するなよ」
「……見慣れてるし」
「その強がりは何の意味もないぜ、ガール」
と言いながらもそれ以上追及はしない。大人の方の遺品を漁り、端末を取り出した。
「それよりさっきのは何?」
「何がだ?」
エリックは端末の解析に没頭する。が、階級が低い男の端末のため、目当ての情報が入っていなかったらしく顔をしかめた。
「なんであの兵士を責めるようなこと言ったの? 正当防衛でしょ?」
「正当防衛だからと言って殺人の事実は消えない。それに、殺さないで無力化はできたはずだ。そのために軍人になった……奴は今や天然記念物だが、それでもな」
「でも悪気があったわけじゃ」
「極端な話悪気があるかどうかは関係ないんだ。悪気がないから問題ありませんでした、なんてロジックがまかり通ったら何をしても悪気がなかったから許される、ということになってしまう。確かに、情状酌量の余地はあるがな。人間ってのは、自分が何をしたのか認識しないで放置していたら……壊れるんだ。ああいう風に殺しちゃいけない奴を殺してしまったあげく、自分の行為を正当化している奴を何人も見て来た。良くて廃人、悪くて自殺、最悪な場合は犯罪者へと鞍替えだ。どれだけ理不尽な出来事でも、目を背けちゃならないのさ」
「で、でも……」
「反論したい気持ちはわかる。だが、こればっかりは真実だ。軍ならば全て許される、なんて世迷言をほざいてる奴は確かにいる。だが、そうはならない」
「世間が認めても?」
「ああ、俺が許さん」
「なにそれ」
あまりにバカバカしい返答に笑いそうになる。それくらい心がマヒしている。
「でも、殴る必要はなかったんじゃ?」
「それは反省してる。悪いとも思ってる」
エリックはそれ以上続けない。明確な理由があったはずなのに。
訊ねながらも、カリナは強引な方法を取らざるを得ない事情があるとわかっている。あのままここで放置していたらあの軍人は死んでいた。だからエリックは殴り、真実を突きつけ、逃げることを辞めさせたのだ。
その道理がある……理由があるのに、エリックは正当化しない。殴ったことは悪いことだと判断している。そういう男なのだ。
「言い訳する気はない。まぁ、一言で言うなら自己防衛だな」
「自己……防衛?」
「彼をここで眠らせていたら俺にまで危険が波及するかもしれない。何がどう転がるかなんてわからないのさ。だから……自己防衛だ」
「つまり、自分のため?」
「ああ、だから殴った俺が悪い」
エリックはそれ以上釈明せずにマテバを構えて通路の先に敵がいないかを確認している。カリナはポケットからデバイスを取り出し、壁へ手を触れた。
壁の一部が開いてコードの差込口が現れる。そこへ端末を有線で繋いだ。
「なるほど……考えたな。有線接続か。今時珍しい」
昔は無線通信より有線通信の方が優れている、とされていたらしい。速度や安定性も有線の方が上だと。だが、それは過去の常識だ。今や無線が当たり前。
有線が無線に唯一優れている点があるとすれば、この通り。
「敵のアクセスを阻止できるから」
「よほど真剣なようだな。ここの連中は。セキュリティ上こちらがいいとされても、面倒な安全よりも危険な便利が優先されるからな。軍においても」
「非正規組織なんて、後ろめたいことばかりだから、こういうことをよくやってるの。というか、あなたは知ってるでしょ」
「俺も何度か出くわしたことがある。それは本当だ。だが、ここまで徹底している奴らは見たことがない。せいぜい、無線と有線のハイブリッドだよ」
エリック・ウィンストンという男がどういう人間なのかだいたいわかってきた。もちろん、これが全て演技という可能性も残されているが、それならそれで出し抜くための技術がカリナにはある。
……ただ、もしあれが演技だったというのなら……自分はもう人というものを信じられなさそうだ。
マップデータを取得して、敵、或いは味方の位置情報もダウンロードする。大人たちは小型のナノボットを使用して互いの位置を把握しながら連携を取っていた。ミクロサイズの虫が今回のようなアクセスポイントへ飛行し、情報を取得・送信した後に宿主へと戻ってフィードバックする賢い仕様。敵にもハッキングされず、敵の通信システムを阻害したまま有利に動くことができる画期的なシステムだ。
無論、多少情報の遅延が発生するが、あるとないとでは大違いだ。
その位置情報システムが、不審な赤丸を表示していた。カリナはその方向へ目を向けるが、
「あれ?」
「どうした?」
エリックが訊ねてくる。カリナは目をこすって端末と方向を交互に見返した。
「いや、誰かいるって表示されてるんだけど、誰もいな――うわッ!」
唐突に銃声が響いて身体を震わせる。どさり、と突然現れた大人が斃れた。
「光学迷彩だと? マニアックな」
「気付いてたんじゃないの?」
「まさか。お前のおかげだ」
「どうだか」
カリナはそのまま情報を取得し続け、不審なエリアを発見した。構造的に行けるはずなのに、子どもが行くことは許されないエリア。そこがエリックが行きたがっている中枢だ。何が隠されているかは判然としないが、ジャミング発生装置が他の地点に見当たらないので、そこに一纏めにされているのだろう。
「見つけたよ」
「……いいんだな?」
その問いの重さは重々承知していた。その上で、カリナは頷く。
エリックの言葉を流用しながら。
「自己防衛だよ」
「なに?」
「私の、自己防衛」
それからだ。自己防衛という言葉をよく使うようになったのは。
※※※
「自己防衛……」
過去を思い出しながら、カリナは冷たく薄暗い部屋の中を見回す。生きるために必要な物は揃っているが、逃げるための道具はない。
当然、戦うための武器もない。銃や刃物などという露骨なものは。
――本当に?
(何か使えそうなもの……いや、それがあっても……)
黒沢は保険屋だ。それが影響しているのかは知らないが、保険を掛けることの大切さを良く知っている。カリナへ支給した物も、あらゆる可能性を考慮した上で吟味した者だろう。映画みたいに、都合よく武器になり得るものは存在しない。
だけど――。
(黒沢は近くにいて、私のことを監視してる? いや、それはないか)
黒沢は恐らく動き出しているはずのエリックたちに集中しているに違いない。エリックは無視できるような男ではないのだ。直接戦うかどうかは知らないが、常に情報を入手し思案しているはず。
なら、彼はこちらに注意を割いていない。サーカスの団員は監視しているかもしれないが、所詮はエリックに負ける恐れがあると危惧された者たちだ。
ならば、立ち回り様もある。カリナは可哀想な子供でも、軍に利用される兵器でも、勇者を待ち続ける囚われのお姫様でもない。
スーパーハッカーであり、スレットハンターの片割れだ。
「よし……」
カリナは暇つぶし用に支給された携帯ゲームへ目を付けた。
※※※
様々な場所を渡り歩きながら続いてきた鬼ごっこはようやく終わりを告げそうだ。
カザックが守っていた情報は、黒沢の最後の居場所を示すものだった。これ以上、居場所を変えようがないところに彼はいる。そして、その場所こそが最大の罠でもあり、防壁だった。
「会社に戻ってるとはな」
候補として入れていたが、可能性は低いと考えていた。いざ攻撃を受けたらもっとも守りにくい場所だからだ。
会社と言っても、商業ビルのオフィスに隠れているというわけではなく、敷地内に並立されたセキュリティセンターにいるようだ。顧客情報の物理的、情報的警護を担う部署だ。
そこで決戦を仕掛けるつもりでいる。表からも裏からも、エリックを抹殺する手筈でいる。
下手をしたら、セカンドカンパニーのイメージアップと、保険の重要性をよりアピールするつもりかもしれない。今やエリックはサーカスにおける猛獣だ。そして、黒沢は猛獣使いのつもりだ。
だが、どんなに訓練しても、事故は起こる。いや、事故ならば対処もできる。
しかし、事件なら――相手の予想を超えることも可能なはずだ。
……その前に、決着をつけなければならないこともある。
「街へ戻るしかないが、それだと」
「五島の妨害がある。いや、妨害ではなく本気で殺しに来るか」
ブランクの懸念は正しい。だが、止まる理由にはなり得ない。
「行くぞ。助手席に乗れ」
傭兵たちが使用していた軍用ジープに、エリックたちは乗り込んだ。
※※※
エリック・ウィンストン……生意気な不良大尉の動向は把握している。黒沢と共に練り上げた作戦だ。既に部隊は配置している……街中に。
自治首都である東京に最新兵器を拵えた軍が展開していた。街中で奇襲を仕掛ければ、如何にエリックと言えども太刀打ちはできないだろう。
何なら、奴が大切にしている民間人を人質に取ればいい。高潔な精神の持ち主であるスレットハンターは、東京を吹き飛ばすと言えば簡単に降伏するだろう。
五島は悦に浸り、市街作戦用の機動通信トレーラーの中で来客の訪れを待っていた。計画を一瞥した副官のキュロスが無表情のまま感想を呟く。
「まるで我々がテロリストのようですね」
「違うぞ、少佐。大いに違う」
なぜなら我々は軍だから。何をしても許されるのだ。旧国家跡地の自治運営を停止させたり、世界統合政府の機能を麻痺させたりしない限りは。
「統合政府のライセンスがある。政府に直接的被害を与えない限りは如何なる所業も不問にする、と」
例えば、民間人を強姦したり、快楽のために殺せば問題となる。
だが、必要に応じて殺すのならば何一つ不問だ。何なら東京を核攻撃で消し飛ばしても問題ない。日本自治区は壊滅的被害を受けるが、世界規模では些末なことだ。
「軍ならば爆破攻撃を行っても問題ない。しかしテロリストは問答無用で処刑だ。だから……全く異なるのだよ」
五島は時計を確認し、もうすぐ作戦開始時刻であることを見て取った。椅子から立ち上がり、トレーラーの外に出る。街中では多くの民間人たちが過ごしている。アンドロイドも多いが、徒歩で街中を出歩くという習慣は昔から変わっていない。
部下たちはあらゆる狙撃地点で待機している。抜かりはない。大量の兵士を送り込んでいた。五島の采配を過剰戦力だと言う者もいるが、それは認識不足だ。
カリナ・ウィンストンにはそれだけの価値がある。だから、コスト上はとんとんだ。
『準備、整いました』
「いいぞ、大尉」
『しかし、民間人が多く、対象との区別が困難ですが』
「見分ける必要はない」
『……よろしいので?』
「いいとも。全員、目につく人間は殺せ。そのうち対象にヒットする」
エリックたちは顔認証システムに細工をしているはずだ。彼らでは見分けがつかない。ならば、全員殺してしまえばいい。簡単なことだ。
「さぁ、はじめ――」
『る前に、ちょっとお話しましょう、大佐』
「オリヴィア?」
割り込まれた声に、五島は初めて色を見せた。
エリックの行動は逐一確認し、完璧に計画を立てていたが、オリヴィアの行動は想定外だ。エリックに肩入れしていたことは知っているが、ここまで直接的な犯行をするとは考慮していない。
「何だ? 軍事作戦中だ」
キュロスに目線を送る。彼女はオリヴィアの位置情報を検索した。あらゆる監視システムにハッキングを仕掛けて。だが、いくら有能な副官の検索でも即座に発見はできない。その間に、オリヴィアは話しかけてくる。
『ええ、知っています。ですから、警告をと思いまして。昔のよしみで』
「警告だと? 警察機構風情が軍人に警告をするというのか?」
『……ああ、今の私は警官として、ではありません。これがどういう意味かわかりますか?』
「私人として、だと? 立派な犯罪行為だ」
『そうですね』
オリヴィアの口調は軽い。五島は彼女のことを良く知っている。
教育したのが五島本人だ。例に漏れずテロ紛争で孤児になっていた彼女を保護し、軍のための兵器として育て上げた。ゆえに、彼女は非常に優秀であり、任務に何一つ疑いをもたない最高の道具だった。……エリック・ウィンストンと出会うまでは。
(ここにきてまだ奴の悪癖に悩まされるとは)
『でも、必要なことなら、躊躇う理由はありませんよね?』
「……」
五島は無言で真っ黒い通信ウインドウを睨む。ホログラムのため、何もない虚空を睨む形となってしまっているが、咎める者は誰もいない。
……そう思われた。
『そんなに怖い形相をしないでください、大佐』
「こちらを捕捉しているのか?」
ブラックウインドウは匿名性を高めるが、向こうもこちらを認識できないという不便な点がある。あくまで声だけだ。その音声も特殊ソフトを使えば加工できる。
五島は周辺を見回した。直後に、キュロスが報告する。
「見つけました、大佐」
示されたマップの方角を目視し、ズーム機能を使用。ビルの屋上を見た。そして、
「……っ」
太陽光を反射するスコープが搭載された狙撃銃と、それを構える元軍人の姿を捉える。
「私を殺す気か?」
『必要ならば』
五島は冷や汗を掻く。下手に動くことはできない。もし隠れようとすればオリヴィアは問答無用で狙撃する。そのように教育した。彼女の手口がわかっているからこそ、動けない。
『では、交渉と参りましょう』
脇目でキュロスを見る。彼女は言葉を発さずにこくりと頷いた。いつでも反撃できる用意があるのだろう。だが、キュロスもまた五島が教育した兵士だ。
彼女の反撃にはこちらの命が考慮されていない。単純にオリヴィアを殺し、軍の作戦を成功させる意味での反撃だ。
「交渉だと?」
『作戦の中止を要求します』
「そんなことができると?」
『あなたの権限ならば』
事実だった。本作戦において五島は最高司令官だ。例え上の介入があっても五島には無視できる。そのためのライセンスを持っている。
長年において発揮してきた手腕とその結果によって得たものだ。
「カリナ・ウィンストンの入手は軍の最重要事項であり――」
『要求は伝えました。では、カウントダウンを開始しますね』
有無を言わさずオリヴィアはカウントを始めた。
「待て、彼女の存在が軍にとってどれだけ有益なのか――」
五島は彼女を見上げながらまくし立てる。言い訳を。
『五――』
「お前ならわかるだろう。お前を教育したのは私だ!」
『四――』
「エリックがいつ彼女を悪用するともわからんだろう! 現にあいつは」
『三、二――』
「わかった! 要求を呑む!」
五島が脅しに屈すると、オリヴィアは笑顔を浮かべてスコープから利き目を外した。
『ありがとうございます、大佐』
「くそどもが……。我々は撤収するが、安全は確保してもらえるんだろうな」
五島は怒りを含めた語調でオリヴィアを問い質すが、腹の内では次の作戦を立てている。ただのでくのぼうたちの他に暗殺部隊を配置している。通常の部隊は撤退させるが、それらでエリックとついでオリヴィアを抹殺すれば――。
『ああ、ちなみに大佐。あなたの本命の部隊は、私の相棒シーノが壊滅させておきました。なので、素直に撤退した方が身のためですよ。私は今、あなたのことを完全に捕捉していますから。――あなたが私に教えてくれましたから。殺しの術を』
「……」
五島は無言で俯き、副官を見直す。
「意気地なし」
キュロスは侮蔑の言葉を放つ。自らの保身のために正義を曲げた臆病者へ。
軍の正義は、いとも簡単に崩れ落ちた。
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