第13話 会敵
「エリック……」
薄暗いコンクリートの部屋の中で、名前を呼ぶ声が小さく反響する。外に漏れることはない。申し訳程度の灯りと、最低限の食事。別室に設置されたトイレ。それが今のカリナの世界だ。
外の世界へ広がるためのツールは取り上げられている。
「自業自得、か」
これは罰である。エリックは在り方を示してくれていた。
正義を成すためにはどうすればよいか。
正義とは、一体なんなのか。
「正義は流動する……」
普遍的な正義、というものは存在しない。もちろん、根幹は人類が人類足り得た時から変わっていない。無闇に人を傷つけてはならないし、困っている人へ手を差し伸べることはいいことだ。
人の歴史はそれを実行することが容易ではないと証明している。それでも、その基幹だけは昔から備わっていた。
実行できたかはともかく、何が善行なのか人々はわかっていた。知った上で無視したか、実行したくてもできない事情があったのか、迫害した相手を実行する対象だと認識できていなかったのか、大なり小なり理由はあったが。
それでも、戦争でめちゃくちゃになってしまった世界でも、不変的なものは存在する。
エリックはそれを正義とした。単純な言葉としての正義は、先程の通り流動する。だから、エリックはころころと変わってしまうものよりも、昔から人々の頭の片隅に存在し、悩ませてきたものに忠誠を誓うことに決めたのだ。
例え偽善となじられても気にしない。
そのために不利益になっても構わない。
情けは人のためならず自分のためなり。
ちやほやされたいわけでも褒められたいわけでもない。
ただ、自分がやりたいからやる。
ハードボイルドそのもの。
そして、それを行うためには、時に手を汚す必要がある。
だが、エリックはそれを躊躇わず、また誇ることも正当化することもなかった。
必要だからやったとしても、悪いことは悪いことだ。その責任はきちんと取る。
エリック自身、あまりにバカげた法律……ルールなら、無視したかもしれない。だが、エリックは人々が定めたルールを尊重していたし、曲げるにしても極力違法な方法は避けてきた。
それがエリックの正義であり、実行の仕方だ。
だが、自分は間違った。
正義ならば何をしてもいいと思ってしまった。
無責任な行動を取るつもりではなかった。だが、保険に甘えてしまったことは事実だ。あわよくば何事もなく普段の生活に戻れるのではないかという期待がなかったと言えば嘘になる。
しかし、自分の行為を正当化して、何の責任も取らないのは……ヒーロー気取りの義賊などではない。
まさに偽善だ。正義のふりをした偽物なのだ。
カリナが憧れた映像作品……西部劇のアウトローには、そういう責任の問題が出てくることは少ない。だが、彼らは自己を正当化していなかった。ただ悪党がいて、始末しただけだ。俺は悪くないとみっともなく言い張ることはしない。ただ敵を倒し去って行く。
無責任な振る舞いをしていないわけではない。だが、描写されていないことをいいことにそうであると曲解してしまった。
そして、その在り方は、自身の古巣を彷彿とさせた。
「あの時と同じ、か」
正義だから許される。施設の大人たちは口を揃えてそう言った。彼らは責任を取る気がなかった。自らの掲げる正義を押し付けるが、それに付随するはずの責任は取らない。
それは最低だ。何かをするならその何かによって発生する代償を受け取らなければならない。
結局、染み付いて離れないのだ。昔に植え付けられた教育は。
僕は悪くない、と叫んでいた男の顔が思い浮かぶ。正義のためのハッキングだから、罪には問われないと勘違いしていた男。
あんな風になるつもりはなかった。けれど、同じことをしていたのかもしれない。
「エリック、どこにいるの」
自省したところで、声は届かない。
そのためのツールは、この手にない。
正義を成すための道具は。
※※※
追撃は振り切ったが、追跡からは逃れられていない。列車の車窓から見える風景――核が炸裂してできたクレーターを見ながらエリックは思案に耽っていた。
先程の襲撃はただの時間稼ぎ、及び標的の移動を補助するための目くらましだろう。
五島は殺す時は戦力を過剰に投入する。逐次投入という言葉とはもっとも縁遠い男だ。どちらも適正戦力ではない。だが、軍人の変わりはいくらでもいると五島は考えている。
少しばかり損害が増えても目標が達成できればそれでいい。身寄りのない子どもはいくらでもいるし、時には孤児を増やすための作戦を実行することもある。
「先程の作戦目標は考慮に値しないものだと思うが」
エリックが推測を立てている前提でブランクが話しかけてきた。自分の心を見透かされているようで気に食わないが、文句は言わなかった。
「軍がくそったれだと考えていたんだ。囮作戦についてはごちゃごちゃ考える必要はない。やることは変わらないからな」
サーカス団長は逃げたが、消息不明とまではなっていないはずだ。あくまで自分たちと対決する腹積もりでいる。ここでこちらを始末できなければ、いずれ追いつかれるとわかっている。
例えカリナを殺そうが殺すまいが結果は変わらない。自分が生きている限り、黒沢の未来はないのだ。
それに軍との取引材料であるカリナに手を出せはしないだろう。今度は軍に追われる。追跡能力は自分たちよりも劣っているが、五島大佐は執念深い男だ。粘着質なストーカー集団の追手を逃れていたら、保険ビジネスなどまともにできはしない。
「複数のエリアで不審な動きを感知した。だが、ピンポイントで場所を特定することはできない」
「だろうな。まぁ、やることは同じだ」
列車が静穏性などお構いなしに轟音を立てている。最新式のモノレールならこんな騒音は響かない。だが、誰も寄り付かない墓標の近くでなら、どれだけ喧しくとも問題はない。
多くの絶望を生み出した横で、列車は自己主張を繰り返している。
「そういえば、お前は何でこんなことをしてる?」
ブランクの行動指針は知っている。だが、根本の動機は聞いていなかった。
「重要か?」
「犯罪者の動機を探るのは、捜査の基本だ」
今や自分も立派な犯罪者側だと言うことを棚に上げて訊ねると、ブランクは車窓から核のクレーターを注視した。
「あれを見ていれば、誰でも想像がつく」
「混沌な世界に秩序をもたらすため、とかか?」
「幸い、人間の良心というものは、今と昔も、根っこは同一だ。範囲や対象は異なるがそれとなく悪事がなんなのか理解できているし、善行がどういうものかも抽象的に把握している。規範によって定義は変更されるが、本質は変わらない。しかし、だからと言って慢心はできない」
核を誤発射させた人間は悪行を成したつもりだったのだろうか。
いや、違う。正義だ。少なくともそのブラックハッカーなりの正義だったのだ。
善行を成したつもりだった。代償は大きいが、その犠牲で人々は核の力を思い出し、核抑止が世界中に働くと、そのハッカーは信じていた。
「結果として世界が終わらなかっただけだ。誰かが阻止したわけでも、勝利したわけでもない。いつ同じことが起きるかわからない」
「止めるためか?」
「そうだ」
エリックもブランクの隣で同じ視点を見た。
正直なところ、明確な大義とやらはない。単純に嫌いなことを嫌いと言い、ダメだと思ったことを直してきたに過ぎない。
そして横の空白も大それたことを言っているように聞こえるが、そこまで大したことでもなかった。
ただ悪いことを止めたい。それだけだ。
そして、そのための方法によって自分が悪になることも承知している。
五島……軍のように悪事を止めるためなら何をしてもいいとは思っていない。
行動にはそれ相応の責任を。
だから、エリックは彼と行動を共にしている。
「納得したか?」
「まぁ、それなりにな」
「俺は世界の……社会の中で発生するバグを駆逐しているだけだ。無論、正当化するつもりはない。赦されるとも思っていない。今はサーカスという不正なプログラムを修正するのみだ」
「間抜けは一つの問題を解消するために全てを消去する。だが、俺は賢いからな」
エリックはマップを確認した。もうすぐ目的地に到着する。運転用モニターから貨物倉庫が見えて来た。軍の実験場の一つだ。
「まだ本命には遠いが、確実に追いつく。妨害を突破するぞ」
※※※
「こんな男に固執する理由があるんですかい?」
準備を進めていた黒沢に届いたのは懐疑的な通信だった。通信相手はピエロの仮装をしていない。ある意味軍によって認められた作戦だ。バカバカしい格好で匿名性を高めなくても問題はない。
此度の件は安全保障の名の下に許される。黒沢自身は世間に気取られぬよう憂慮しなければならないが、配下たちは別だ。もちろん、気にするものは気にする。
だが、不平を漏らす男は、むしろ自分の有用性を広めるために匿名性を極力排除していた。
「珍しいですね。傭兵は依頼主に口答えをしないものかと思っていたのですが」
『文句じゃなくて助言ですぜ。そこのところは誤解しないでいただきたい。あんたの保険は見事に作用し、公的機関に狙われるどころか援助すら受けられる状態だ。しかし、それでも少なからずデメリットはあるんじゃないですかい?』
「もちろん。物事に代償はつきものです」
『その代償に見合う敵、なんですかい? 軍の連中はじゃぶじゃぶ金を使っているが、傭兵ってのはその辺にうるさくてね。戦力は適性投入したいんですわ』
傭兵部隊のリーダーカザック・フェンの主張は理に適っている。というより至極当然であり、何一つおかしなことは言っていない。戦力運用において、過剰投入も逐次投入も褒められたものではない。巨大な組織によるバックアップがあればいい。しかしカザックとその部下たちは個人経営レベルで活動している。
あくまで金で繋がっている関係だ。リスクを度外視した絆で繋がっているわけではない。心配の一つも出るはずだ。
『ちょっと失礼な物言いになりますがね、あんただけがダメージを負うならいい。だが、俺まで巻き込まれるとなると話は別だ。ここで戦力を過剰投入したせいで、受けるはずのない損害を受けたりするなら、こちらも少し考え事をしなくちゃならないな。まぁ、相手が戦力に見合う強さであり、その上で損害を受けるなら話は別ですがね』
「では、問題ありませんね」
『……見合う価値がある、と?』
「エリック・ウィンストンと姿なきグレイハッカー……その実力は把握しています。その上での采配です。楽観視でも不安視でもなく、データを用いた合理的判断ですよ。私は保険屋ですからね。保険というものはコストに見合うものでなければいけません」
『軍なんていう間抜けな連中にいた男が、ですかい?』
「軍は組織としては腐敗しています。私の友人である五島が言い様に利用するのも理解できる。ですが、個人としては光る者もいるのですよ」
何度でも思い返す。
黒沢はエリックとブランクに対して、過大でも過小でもない適切な評価を下している。
だから、最適な部隊を配置して、迎撃に努めることができるのだ。
常に保険を掛けながら。
※※※
予想通り施設は敵だらけだった。汚染物質を防護するためのシェルターの入口に、歩哨が立っている。軍人のみならず傭兵らしき部隊まで確認できる。
少女の誘拐犯を守るために戦う軍人たち。奴らは何のために軍に入ったのか覚えているだろうか。エリックもふと軍に入った理由を思い返す。だが、
「金のためだったな。そりゃ、汚いことでもなんでもやるか」
下手をすれば軍より傭兵の方がマシかもしれない。少なくとも個人、或いは会社単位で働く傭兵たちのは守らなければならないポリシーがある。
だが、軍にはない。こんな軍に誰がしたんだろうか。
『貨物輸送用のアームはあるが、全て電源が切られているな』
別ルートで偵察中のブランクの報告。エリックの観察でも、それは確認できる。メインゲートの奥には灯りが見えるが、ネットワークはオフラインのようだ。
「ハッキング対策だろう。相手にこちら以上に有能なハッカーはいなさそうだ」
オフライン状態であるということは、それが弱点であると自覚していることでもある。不利なように見えて有利だ。傭兵の詳細は不明だが、軍人連中はネットワークに依存している。裏を掻くことなど造作もない。
気に食わないのは、五島はそこまで想定しているはず、という予感だ。
『パワードスーツを装備している男がいる』
「軍人か」
訊ねながらも違うと思っていた。その推測は的中する。
『装備が軍規格のものではない……傭兵だろう』
「誰かわかるか?」
『接近しないとわからないが、これ以上近づけば発見される』
「やり手なのか?」
傭兵の方が。
『保険屋が意味もなく兵士を雇うとは思えない』
「だろうな。ネットの恩恵がなくても的確に動ける奴ら、か」
つまり旧時代的な鍛錬を積んだ傭兵だ。パワードスーツを装備しているのが脅威レベルを上げている。パワードスーツによって超人的なパワーを持った相手など加賀だけで十分だ。
しかし、やり過ごすこともできなさそうだった。黒沢をトラッキングするためには、内部に侵入しオンラインモードへ切り替えた後、監視ネットワークにアクセスするしかない。
交戦は確実だ。なら、やること自体は単純だ。
『まずは軍人たちを片づける』
「その後傭兵どもと対決か。嫌な予感がするぜ」
ぼやきながらもマテバを握りしめる。建物などの遮蔽物の間を縫って、有利な場所へと移動し始めた。
※※※
「エリック・ウィンストン……ただの日和見主義じゃなかったか」
カザックは倒れる部下を見ながら感心した。軍人たちはやられるだろうぐらいに思っていたが、自らが鍛えた部下がやられるとは想定外だった。
施設内に部下はいない。全てメインゲート周辺に集結させている。
ここで倒す算段だった。侮ってはいない。敵が少数なので、一気に包囲して殲滅するのは定石だ。
包囲網は完成しているので、後は単純な力比べであり知恵比べだ。だが、相手はどうやら力量技量ともに優れているようだ。
「依頼主の見立ては間違いじゃなかったってことか。こいつはいい」
適正の戦力であれば不満はない。つまり、この戦力で勝てると思われているわけだ。
なら、その信頼に応えればいい。加賀敏明と言う名前には聞き覚えがあった。凄腕の人斬りだと。そんな彼がたった二人にやられたと聞いて、最初はしようもないミスによる自滅かとばかり思っていた。
だが、真実は異なるようだ。これは名を上げる絶好の機会である。
「隊長」
部下の一人がやられた同僚の遺体を運んできた。表情は当然……何一つ気にした様子はない。
頭に銃弾が撃ち込まれている。マグナム弾。マテバオートリボルバーを所持しているとは聞いていたので、それ自体は驚かない。
だが、部下はパワードスーツTAC4を装備していた。流石に頭部にマグナム弾を喰らえば致命傷だろうが、身体能力は向上している。滅多に命中するものでもない。
エリック・ウィンストンの腕前のおかげか? それもあるのは間違いない。経歴を調べたところ彼は非常に優秀で、できることならスカウトしたいぐらいだ。
だが、それでももう少し時間は掛かったはずだ。それなのに殺されたということは……。
「見つかったか?」
カザックは部下が既に知っていることを前提に訊ねた。有能な人間ばかりをスカウトした成果はあったようで、彼に潰れた弾丸を呈示してくる。
「これです。ウイルスバレットが。ですが……」
「そうだ。低コスト軍人ならいざ知らず、俺たちはコストを掛けている。適正なコストをな。ウイルスバレットを撃ち込まれようが、そう簡単に動作を阻害することはできない」
戦場でもっとも恐れることがパワードスーツの機能不全だ。その対策はしてある。加賀敏明の死亡時もパワードスーツにハックされた形跡はなかったようだ。
ブランク……グレイハッカーでもパワードスーツに施された強固なセキュリティを突破することは容易ではない。プロテクトは常にアップデートされ、侵入する隙を与えない――。
「なるほど。そういうことか」
「おわかりで?」
「ああ理解したぞ。こいつらは二人で解析を掛けてやがる」
片方の技術だけなら物理的に不可能だ。スーツの情報を解析し、それに適したアンチプログラムをウイルスバレットに入力する――そんなことができるはずがない。
だが、今対峙する敵は二人とも優秀なハッカーだ。ホワイトでもブラックでもないグレイハッカーたち。
彼らなら、こちらのプロテクトを解析して突破することも造作もない。一度見抜かれてしまったので、もはや基本は抑えられている。解析スピードは向上しているだろう。
「軍人どもの相手をしながらか。素直に称賛する。まぁ、勝ちは譲ってやらねえがな」
カザックは好戦的な笑みを浮かべて、部下に命令した。
「軍人どもに仕込んだアレを起動させろ」
「サーイエッサー」
傭兵はいい。命令に縛られることなく、自分の判断で必要な事項を実行することができる。目的だけは依頼主の意向に沿わなければならないが、それでも十分な自由が保障されている。
「さて、本気を出すとするか。見合う価値があるようだからな」
※※※
ウイルスバレット用のプログラムは完成した。事前に用意していたものに近しいセキュリティコードだったため、作業はそこまで難航しなかった。敵と交戦しながら作れるぐらいにはイージーだ。
しかし問題は、敵が一人であったことだ。あくまでこれは様子見だと推測できる。
本番はこれからだろう。ブランクは軍人へ射撃を加えるエリックを見る。
彼はオートリボルバーをリロードしていた。弾丸は補充できるが、無限というわけではない。
「まぁここまでずっとそうだったが、足踏みをしているわけにはいかない。どうにかして施設内に入り込むぞ」
ウィンストンがそう呼び掛けて来た直後だった。
奇声を上げて軍人たちが突撃してくる。戦略的な意味を見出せない、自暴自棄の特攻とも呼ぶべき行為だった。
しかし、違和感を覚える。それはウィンストンも同じだった。
「チッ、こいつは――」
ブランクは瞬時に右へ跳躍した。先程までいた地面に穴が空く。オフラインになる前にダウンロードしていたデータベースに登録されていた男が、TAC4の飛行ユニットの火を吹かせている。
「カザック・フェン。アメリカ自治区大虐殺の実行犯が日本自治区に入国したとは聞いていたが」
「ほう? 誰が首謀者かはみんな知っているが、直接手を下した戦力の情報はなかなか検索しづらいはずだがな。流石は情報強者だけのことはある。だが、それなら非難はしないでくれないか? あの作戦は軍のバックアップありきのものだったんでな」
「関係ない。俺にとってはな」
ブランクは平等主義者だ。誰であろうと平等に監視、必要に応じて対処する。軍も例外ではない。軍という言葉は免罪符にはならない。そしてそれは自らも同じだ。
「正義のため、でもか?」
「正義のためだ、というのなら、誇りに思って死ねるだろう」
有無を言わせずウイルスバレットを発射する。が、フェンは回避した。一筋縄ではいかないようだ。恐らく勧誘目的の声掛けの後、部下たちが現れた。
全部で九機。地上ユニットと飛行ユニットの二部隊に別れている。地上ユニットは飛行ユニットより対処は容易だが、状況を困難にする問題が発生している。
「こいつら――」
ウィンストンが驚愕しながら突撃する軍人に銃弾を見舞っている。彼なりの信条ゆえか急所は外されているが、あまり意味を成していないようだ。どこを撃たれてもボディアーマーを装着した兵士たちは止まらない。肩を撃ち抜かれても、足に穴が空いても、腹から血肉が弾け落ちても止まらない。
しかし彼らがそれを望んでいないことは、苦悶に満ちた顔と絶叫が証明している。
「コントロールインプラントか」
「ご明察だ」
フェンは上機嫌だ。部下たちは生真面目な表情でこちらに標準を合わせている。しかし銃撃はしてこない……今はまだ。終わったと思った勧誘はまだ続いているようだ。
「ボタン一つで対象の行動を操作できる。と言っても、こいつは安上がりな代物でね。単純なコマンドしか実行できないし、面倒だから痛覚麻酔薬も使用していないが」
ゆえに軍人たちは悲鳴を上げ、白目を剥きながらも突撃する羽目になる。精神崩壊をしている者もいるだろう。下手をすれば殺しても特攻は止まらない。人間の身体は電気信号で統制されている。例え頭を吹き飛ばされようとも、信号さえ送り続ければ肉体は動き続ける。エラーは起きるかもしれないが、無問題だ。使い捨てなのだから。
「詰みだろう。投降しろ」
「俺たちを抹殺する命令を受けたはずだが」
「雇用主が気にしているのはお前たち二人一組だ。片方だけなら問題なく対処できる。お前が抵抗を止めれば、エリック・ウィンストンを殺すことなど容易い……せいぜい遺体の原型を留めるのに苦労するぐらいだ。死人を増やしているのはお前たちだろう。お前たちが何もしなければ、誰も死なない。お前たちが必死に取り戻そうとしているカリナ・ウィンストンだって、別に死ぬわけじゃない。好待遇で軍に迎えられる。そこでゾンビになってる奴らなんか目じゃないぐらいにな。知ってるだろ? 軍人はいくらでも用意できるが、スーパーハッカーはそうはいかないからな」
ブランクはエリックに目を向ける。彼は軍人が生きたゾンビと化してなお殺さないように努めている。
思考も葛藤も必要性を見出せない。返答は銃を構えることだった。
「なるほど。頑固な奴だが気に入った。そういう人間は好きだ。ただ自分の意見を盲信しているのではなく、様々な事柄を知った上で、茨の道を突き進む。だから、残念だよ……気に入った相手を殺すのは」
フェンはライフルを構える。部下たちも武装のセーフティを解除した。
ブランクのスモークグレネードの投擲が、第二ラウンドの合図となる。
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