第11話 アウトロー

 警報音が喧しく鳴り響いて、少女は飛び起きた。簡易ベッドから降りて部屋から通路へ顔を覗かせると、武装した大人たちが、どたばたと走り去っていく。


「起きた!? 急いで!」


 ルームメイトに急かされる。何が起きたかは理解できていた。


「敵が来たのね」

「そう! 私たちの正義を壊そうとする悪い奴ら!」


 ルームメイトは叫んで、物理型デバイスとコード、そして拳銃を握りしめる。


「早く着替えて!」


 言われるままに支度をする。ルームメイトと同じように物理型デバイスとコード。拳銃を取るべきかは少し迷う。少女の武器は銃ではない。


「ほらこれも!」


 しかしルームメイトに無理矢理押し付けられて、止むを得ず荷物に放り込む。


「こっち!」


 焦燥感溢れる声でルームメイトに先導され、自分たちに割り当てられたセーフルームに逃げ込む。同じような避難部屋が複数設置されていた。一か所に固まるより少人数を個室で分散させ、発覚のリスクを減らすための方策だ。

 ルームメイトに半ば強引にこじんまりとした室内に入れられる。その後に、彼女も続くと思っていた。

 しかし緊張で汗を掻くルームメイトの表情は、何かに憑依されたように怖い。


「どうしたの? 早く……」

「あなたは隠れてて」


 慣れない手つきで拳銃のスライドを引こうとする。が、その拍子にマガジンキャッチを触ってしまったらしく硬質的な音を立ててコンクリートの床にマガジンが落ちた。


「止めた方が……」

「正義のためよ! そのために訓練してきたんだから!」


 マガジンを拾って、ようやく初弾を装填する。勇ましいセリフを吐いたルームメイトは防護扉を閉め、大人たちと合流するべく行ってしまった。

 そんな言葉を吐き捨てたルームメイトの年齢は、十三歳。大人たちのことをすっかり信じていたのだ。

 少女も信じていないわけではない。ないが……。


「これでいいのかな」


 今までのとは次元が違う問題に直面し、弱気なセリフを吐いた。

 正義のためと知りながらも。その正義が具体的に何なのかはよくわかっていなかったが。




 外の様子を探る術はあったが、戦況を確認する気にはなれなかった。人殺しは好きではない。仕事は人に直接害にならないものを選んできたつもりだ。

 友達は皆、正義のためだから許されると言っていた。大人もそうだ。なるべく自分の意志を尊重してはくれていたが、それも子どもの内であるとは勘付いていた。

 大人になってから駄々をこねたら、きっと見捨てられる。

 だから備えている。備えているが……やはり、他人の口座から金を盗んだりする方が気が楽だ。友達は喜々として、敵対勢力に正義の鉄槌を食らわせたりしていたが。

 畳まれていた毛布を広げて、横になる。目が覚めた時には、きっと全てが終わってるだろう。勝っているのか、負けているのか。戦術家ではないため、わからないが――。


「ッ!?」


 睡魔に身を任せようとしたその時、突然扉のロックが解除された。一瞬ルームメイトが戻って来たのかとも思ったが、恐らくそれはない。大人たちは子供の参戦を心から喜んでいた。避難させることはしないだろう。

 それはつまり、来るべきではない来訪者がここを訪れたことを意味している。


(ハッキング不能のカードロックをどうやって――)


 戸惑いながらも、拳銃を取り出して構える。ワンテンポ後に扉がゆっくり開く。

 見慣れない青い軍服とボディアーマーを着た男……おっさんが現れた。


「落ち着けお嬢ちゃん」

「来ないでよおっさん!」

「おっさんじゃない」

「じゃあ何!」


 男は肩を竦めた。侮られているとも思ったが違う。

 自然体なのだ。そもそも銃を構えているこちらが敵だと認識していない。

 油断ではなく、強固な信念に裏打ちされている。ルームメイトのガラスの意志のような脆弱さは感じられない。


「落ち着いてセーフティを掛けたままの銃を下ろせ。俺はエリック。エリック・ウィンストンだ。君の名前は?」


 男は所属ではなく名前を名乗る。こちらに訊ねても来ていた。

 その雰囲気に、毒気が抜かれていく。なぜかは全くわからない。

 だが、この男からは信用できそうな雰囲気が漂っている。

 後で気付いたことだが、態度はともかく、この男は真摯に物事の解決に当たっていた。それが、理由だったのだろう。

 だから、すらすらと自己紹介をすることができた。


「私は……カリナ。カリナ・キャンベル」


 いずれ自分の養父となる男に向けて。



 ※※※



 あの時と同じような扉が目の前になる。轟音を立ててその扉が開いたが、全く期待していなかった。昔と同じような展開は。

 案の定、見知った顔がやって来た。憎たらしいほど上機嫌なピエロ男が。


「ご機嫌いかがかな、カリナ」

「くそったれ」


 カリナは毒を吐いたが、それしかできなかった。椅子の上に縛り付けられている。

 対して男はフリーダムだ。何なら今カリナのことを殺すこともできる。

 だが、それだけはしないだろうと確信していた。誘拐した意味がない。

 ……ピエロが文香に行おうとした凌辱の限りは選択肢に残ったままだが。


「スタンバレットの後遺症はないようで何よりだ。あれは調整されているが、たまに予期せぬ誤動作を起こす。殺したくない相手を殺してしまったりね」

「もし私を殺してたら、今頃あんたは大変なことになってるものね」

「ああ、そうとも。怖い。本当に怖い。虎の威を狩るネコは」


 バカにした物言いに、カリナは鼻を鳴らした。

 恐怖も心の中で渦巻いているが、それ以上に腹が立つ。こんな醜態を晒してしまった自分自身に。だから、その八つ当たりをピエロにぶつけることにした。


「そのバカバカしい仮装を外したら? 黒沢・・!!」

「ほう? やはり気付いていましたか?」


 礼儀正しいビジネスマンの口調になったピエロは、偽装ホロを外してスーツを着た男に様変わりした。

 セカンドライフカンパニーの企画部門所属、黒沢直人。自ら商品サービスを企画する傍ら、営業もこなすことで社内の評価は非常に高い。

 それもそのはずだ。商品が欲しくなるように世論を動かしていたのだから。

 ピンポイントの保険サービスを受けたくなるように、ピエロたちに事件を起こさせていた。


「あのグラフを見て、あんたが犯人じゃないなんてエキセントリックな発想に至る方が不思議よ。もしくは、あんたが超能力者でしたなんていうなら話は別だけど」

「会社の連中は騙されていたがね。ダミーの企画を複数持ち込んだから。おかげで私は最近、幸運な男なんて呼ばれているよ」


 黒沢は本性を隠しもせず笑う。その態度はますますカリナを苛立たせたが、一度冷静に疑問をぶつけてみることにした。


「……どうして私に近づいたの」

「そう難しくはない。君たちの能力を確認するためさ」

「だから私にハッキングするようけしかけたってわけ?」

「その通り」


 黒沢はご満悦だが、疑問はまだ残っている。


「でも、私にハックされたのなら、いずれ他の誰かにも」

「安心して欲しい。保険は掛けている。君が会社にハッキングした後、私もクラッキングをかけたんだよ。君みたいに完璧なものではなく、頭の足りないうちのセキュリティ部門ですら気付ける露骨なものをね。そして、社内で一目置かれている私は、とある提案をした。重要データは全てネットワークから切り離し物理型メモリーに保存するべきだと。彼らはほいほいと提案を受け入れた。これでハッキングによる情報流失は有り得ない」

「そしていつの間にか自分に不利な証拠は紛失しているのね」

「そういうことさ。これで表の脅威はなくなった」


 合法的に黒沢を逮捕するのは困難……いや、不可能と言っていい状態になった。

 だが、これほど用意周到な男が、なぜわざわざ自分を誘拐したのかはまだ謎だ。その疑念を口に出す前に、黒沢が先読みして説明を始めた。


「君を誘拐したのは保険だよ。君たちの能力はほとんど把握した。その上で、脅威は消えないと判断した。どれだけ表の防備を十全に構えても、エリック・ウィンストンは裏から襲ってくるだろう」

「そのためのきっかけを、あなたはむざむざ自分で作って――」

「作るさ。予期せぬ時に不意を突かれるより、万全な保険を掛けて対峙するのが安全に決まってるだろう? 敵に準備期間を与えるリスクは犯せない。私なりの保険だよ。人々は安全策を一かゼロかで考えがちだ。完璧に防ぐことしか求めないが、それは不可能だ。脅威対策とは、何も起こらないようにすることではなく、何かが起こっても問題ないようにすることだからね」

「全部あなたの罠ってことね」


 カリナは観念したように呟いた。粗を見つけてやろうとしたが、思いつく粗は考慮済みなのだ。彼の計略通り自体は進んでいる。

 だが、希望がないわけではない。


「エリックは手強いわよ」

「知っていますよ、カリナさん」


 ビジネスマンの口調で彼は嗤う。

 それが慢心の果てに放たれた笑顔であればよかった。


「だが、忘れないで欲しい。私は保険屋だ。行動を起こす時は適切な保険を掛けているんだよ。君も……保険を掛けるべきだったね」


 黒沢は監禁部屋から出て行く。

 扉は固く閉じられた。電子ロックの音と共に。



 ※※※



 違法捜査を率先して行うことはほとんどなかった。だが、経験自体がないわけではない。むしろ場数は多い。

 スレットハンターとしての経験よりは、情報軍士官の時の経験が生きていた。


「いらっしゃいませ」


 コンビニに入ると、女性型のアンドロイドが形式的な挨拶を述べる。それを無視して、オーナーがいるであろう店の奥へと堂々と入っていく。ドアにカギがかかっていたのでハッキングで外し中へと侵入するとオーナーがいびきをかいていた。


「不用心にもほどがあるぜ」


 独り言ちて、オーナーの顔を引っ叩く。ふぶあ! と意味不明な悲鳴を上げて彼は飛び起きた。


「な、なんだ!? 何事!?」

「おい、監視映像を見せろ」

「あんたなんだ――スレットハンターか? 生憎うちは――」


 無言で機構拳銃を引き抜いた。彼はごくりと息を呑む。


「ああ、くそ、わかったよ! また守秘義務がどうとか言われちまう!」


 オーナーはぼやいて物理型メモリーを持ってきた。この系列のコンビニチェーンはセキュリティ対策として記録映像をメモリーに移しているとは知っていた。

 そして、そのデータを徹底して管理していることも。守秘義務の名の下に。

 だから、奴もここを利用していた。通常の捜査ではなかなか踏み込めない場所だ。

 しかし今、法律はエリックの障害にはなり得ない。デバイスでメモリーを読み込むと、やはり奴が映っていた。消せばむしろ怪しまれるので順当な判断だ。

 コンビニ内で買い物を終えた男を追尾して、外部カメラへと切り替える。彼はタクシーに搭乗した。飛行も可能なタイプだ。

 そのまま、エリックもタクシーを要請する。ハッキングにより、男を乗せた運転手がこちらに来るように仕向けた。

 コンビニを出て数分後、タクシーがやってきたので助手席に乗る。女性の運転手が困惑しながら応対した。


「助手席が好みですか? その場合は防犯上の理由でしきりを利用させて――」

「この男を知ってるな」


 可視化した男の画像を運転手にみせる。彼女は訝しみながらも頷いた。


「ええ……それが?」

「俺はスレットハンターだ。この男を追っている。送り届けた場所に向かってもらいたい」

「それは……。いいですけど、一つ聞いていいですか?」

「何だ?」


 女性運転手は真剣な眼差しで見つめて来た。


「それは人を傷つけるためですか? 人を守るためですか?」

「人を傷つけるためだ」


 回答に迷いはない。意外なことに運転手は、でしたら、と口添えて、


「今から飛行モードを使いますので、シートベルトのご着用を。ああ、違法運転しますけど、不問でお願いしますね」


 マニュアル操作でフライトシステムを起動。タクシーのホイールが横向きになり、後部からスラスターが出現。タクシーが浮上する。


「いやっほー! 久しぶりにかっ飛ばせるぜぇ!」


 走り屋の顔を見せた運転手は、アクセルを全開にする。

 後で聞いた話だが、自動運転がスタンダードとなっているこのご時世に彼女が有人型タクシードライバーをしているのは、たまにこういうご褒美があるかららしい。

 道路交通法や航空法をガン無視したタクシーが、汚染された都会の空を突っ切った。



「くそっ……ハイジャックするべきだった」


 ご機嫌なタクシードライバーと別れたエリックは、案内された小さな雑居ビルを見上げた。ホロにノイズが奔っているが、どうにか看板は解読できる。コートブル警備保障。名前の聞かない警備会社だ。

 恐らく、足がつかない程度に誘拐犯が口利きしているのだろう。これは一つ目の罠だ。そして、二つ目の罠の起爆装置でもある。

 しかし、それがわかっていながらも地雷を越えていかなければならない。隠密行動は論外だ。こちらからも発しなければならない。

 もし人質に何かあれば容赦はしないというメッセージを。


「待っていろ、カリナ」


 デバイスを操作して、ビル内の全ての扉を解除する。監視カメラにアクセスして警備情報も入手。抵抗しないなら無傷で済ませるつもりだが、そうはならないだろう。

 腰のホルスターからマテバを抜いた。



 ※※※



「あちゃー派手だねぇ」


 パートナーは面白おかしく言う。それを聞き流しながら、オリヴィアは事件現場を検分していた。オリヴィアはスレットハンター管理官のため、本来なら現場に出ることはない。

 だが、スレットハンターが犯罪を起こせば別だ。現在進行形で犯罪を行っている犯人は、警備会社の人員に暴行を加えて次の目的地へと向かっていた。

 肩を銃で撃ち抜かれた男が治療を受けて泣きじゃくっている。


「あいついかれてやがる。何も知らねえ。不当なことしたらこっちも当然の権利として反撃させてもらうぜってよ……警告してから、スタンガンを抜いたんだ。なのに、あいつ我が物顔で銃をぶっ放してきやがった。こんなことが許されるのか?」

「許されないから私が来たんですよ」


 にこりと微笑む。その笑顔に安堵した警備員はべらべらと話し始めた。


「知らねえっていうのに……変な男の話ばかり聞いてきてよ。黒沢、とか言ってたか」

「ほうほう」

「そんな奴、知らねえ。居場所はどこだとか言われても……わからねえよ」

「なるほど……面白い嘘ですね」

「へっ……ふごお!?」


 オリヴィアは笑顔のまま男の口の中に拳銃を突っ込んだ。同行者のシーノが楽しそうににやにやしている。


「素直に言わないと、このお姉さん、躊躇いもなくあなたの頭を吹き飛ばすよ? ああ、さっき来たスレットハンターに言ったように、当然の権利だとか言わない方がいいから。ここのセキュリティザル過ぎて、既に訪問記録は確保済み。ああ、つまり、あなたからわざわざ訊き出さなくても、ちょっと面倒なだけでどうにかなるって寸法。だから、三秒以内に言わなきゃバンだね」


 シーノの言葉に合わせて、オリヴィアはカウントを始めた。一切の躊躇いなく。


「三、二、一――」

「わはっは、ひう! ひうはらほへへ!」

「流石氷の女王様」


 いつもなら黒歴史と言い返すその称号にオリヴィアは反論しなかった。

 男の口から拳銃を離し、彼の自己防衛行為に耳を傾ける。ここで真実を話すかどうかが、彼の生死を分ける。その事実をオリヴィアは言葉にしなかったが、眼光で全てが伝わっていた。


「あの男は……知らないと言えば安心だと言ったのに」

「言い訳しない方がいいんじゃないかなぁ。声に出してないけどさ、時間制限あるよ。まぁ死にはしないだろうけど、私は利き腕が大事かな」


 シーノの警告に男はぎょっとして右腕を抑えた。興奮した声で話し始める。


「俺たちの業務は貨物列車の警備だ! あの男はいつも貨物に自分の荷物を紛れ込ませてた! あいつがどこにいるかは知らないが、荷物の送り場所ならわかる!」

「なるほど」


 これでエリックがどこに向かったかはわかった。後は彼を追跡するだけだ。

 シーノがデバイスで裏付けを取っている間、オリヴィアも馴染みの輸送業者に連絡して、必要な物資を注文する。その間に幾ばくか落ち着きを取り戻した男が質問した。


「これ、俺たちは罪にはならないよな?」

「ええ。まぁ、賠償は……あなた方の誠意を考慮して、ですが」

「つまり、賠償金も請求することはできると?」


 男は食いついてくる。それなりにオフィスは荒らされているし、黒沢は彼にそう説明したのだろう。誤魔化してくれてもいいし、もしウソがばれても賠償金が請求できるので大丈夫ですよ。そんな言葉をこの男は丸呑みした。


「もしその責任者とやらに訴えれば賠償は出るのか!?」

「出ますよ」


 オリヴィアは拡張現実でのオーダーに集中しながら片手間で応じる。


「本当か、なら――」

「まぁ、その責任者は私、なんですけどね」


 虚を突かれた男が呆然とする。オリヴィアはにこりと微笑んだ。

 物分かりの良い男はそれ以上質問することなく、椅子に崩れ落ちる。

 必要な情報は入手したので、オリヴィアはお暇することにした。

 が、警備会社の外に出たところで強制的に通信回線が開かれる。

 この強情な方法には馴染みがあった。表示された相手の顔にも。


『久しぶりだな、オリヴィア特務中尉』

「そうですね、五島少佐。いえ、今は大佐に昇進なさったようですね」


 情報軍の青い軍服を来た三十代の男。赤い髪が特徴的なその男は、以前と変わらない横柄な態度で接してきた。


『手短に本題を話そう。エリック・ウィンストンの情報を寄越せ』

「謙虚ですね、大佐。もうハッキングしているのに」

『ハッキングとは人聞きが悪いな』

「クラッキングと言った方がよろしいので?」

『それはなお悪い。ハッキングは時に良い意味で用いられることがあるが、クラッキングは悪い意味でしか使われないだろう。勘違いしないでくれ。我々は検索しただけだ』

「ええ、そうですね。検索でした」


 軍用語での検索とは、つまり世界中の人間のプライバシーを侵害することである。軍ならば許されると言う免罪符を笠に着て。必要性に駆られての、民間人や民間企業、或いは公共機関に対しての検索を、オリヴィアは一概に否定するつもりはない。

 正義のため、人を救うために致し方なく、であれば。

 しかし彼らは悪びれもなく検索を悪用し、獲物不足の時には無実の人間に冤罪を着せて逮捕したりもするので、オリヴィアとしては批判側に回らざるを得ない。


「お生憎様ですが、エリック・ウィンストンはスレットハンターですので、処理は私に一任されています」

『何を言っているんだ、オリヴィア。元軍人の事件に我々が介入しないわけにはいかないだろう』


 とぼけた様子で言う五島の言葉には心の底からうんざりする。


「なんて言って――彼女が欲しいんでしょう。世界最高峰のハッキング技術を持つカリナが。昔から狙っていましたものね」


 オリヴィアが確信をつくと、五島は不敵な笑みを浮かべた。


『あれほどの技術を持つ人間を、軍を辞めた負け犬の男の手元に置いておくのは社会の損失だ。確保は当然だ』

「子どもでも?」

『子どもだろうが大人だろうが関係ない。軍は平等を謳っている。罪人だろうと無実の人間だろうと必要に応じて殺すし、利用できるならば利用する。わかっているはずだ』

「ええ、そうですね。そうでした」


 オリヴィアはかつてそれを忠実に履行してきた。だから軍が何を考えているか読めるし、何を目的にしているかを知っているし、自分に何を求めているかもわかっている。


『オリヴィア、検索結果は?』

「件数はゼロ件です。では」


 通信を切断する。シーノの方を向くと、彼女は既に警察のデータベースから必要な情報の削除を終えたところだった。これからは、情報のアップデートも行わない。

 上司は難色を示すだろうが、情報危機管理の側面から必要だったと言えば納得してくれる。

 軍が警察を嫌っているように、警察もまた軍が大嫌いなのだ。


「さぁ、行きましょうか、女王陛下」


 茶化すシーノにオリヴィアは頷いた。



 ※※※



 荒野を軍用ジープが疾走している。前部座席には二人の男。


「ブリーフィングと話が違うぞ」


 運転手の文句は、正直聞き飽きたと言っていい。だが、彼は経験が浅く、未だブリーフィングが作戦運用の全てだと勘違いしているのだ。立案者が仕事をした気分に浸るための無意味なお絵描きに。


「そろそろ学べ。ブリーフィングがあてになることなんてない」


 愛用のマテバを握りしめ、エリックは忠告した。これもまた自己防衛の一環である。しかし運転手のレッグホルスターには軍用機構拳銃が収まっているはずだ。それはまずい。機構拳銃をすぐ抜けるようにするなとは言わないが、もう片方のホルスターには旧式の武器を装備しているのが常識だ。


「でも、士官学校では――」

「学校で学んだことで人生の全てが決まるなら、世界はもっと平和だろうな」


 しかし学校の教育には一定の成果がある。きちんと学習すれば、まともな人間になるとみんなわかっている。

 問題は、学校に通えるほど余裕のある人生を送れる人間が貴重だと言うことだ。エリックでさえ、施設の福祉活動に積極的な職員から教わっただけだ。


「納得できない」

「納得できることの方が貴重だぞ」


 ルーキーに忠告しながら、エリックはフロントガラスに表示されている各種データを取り払い、肉眼で前方を見つめる。少し離れたところで爆発が起きて、同僚の車が吹き飛ばされるのが目に入った。


「ジャミングはどうしたんだ? なんでやられる?」


 運転手が困惑する。エリックはダッシュボードに仕舞っていた双眼鏡を取り出した。


「そんなものをどうして? 望遠モードを使えば……」

「向こうが表示情報に細工してなきゃそれでもいいだろうがな。運が悪いぞ、ルーキー。今回の敵はかなり賢い」

「心配しなくても、ジャマーは作動している。デコイもあるから、いざという時は」

「いざという時に頼りになるのは自分の身体だ」


 座席の安全システムを自動から手動に切り替える。お前もモードを切り替えて置け。そう忠告しようとしたが、上官の通信によって遮られた。


『本部との連絡が取れなくなった。エリック、お前は我々とは違うルートで向かえ』

「了解しました」


 威勢よく返事をする運転手だが、上官は無反応だ。うんざりしてエリックは返事をした。


「了解した。悪いが少佐、こいつも連れて行く」

『お節介か? 無駄なことを』

「どういう意味です?」


 エリックは回答せず、強引に運転席の安全システムを切り替える。へっ、と戸惑う運転手を無視して、前方へ神経を尖らせる。案の定、ロケット砲が飛んできた。

 誘導弾ではない。ジャマーもデコイも意味はない。


「バカな――」

「衝撃に備えろ!」


 エリックは運転席を蹴飛ばして、外へ放り出した。エリック自身も助手席側のドアに体当たりをして脱出する。軍用車が派手に吹き飛んだ。

 落下の衝撃で落としてしまったマテバを拾い、相棒の方へと接近する。


「あ、ありがとうございます……大尉」

「礼は後でな。早く立て」

「もう二度と俺はシステムを信用したり――」


 と話していた途中で彼の眉間に穴が空く。エリックは反射的に岩陰に隠れた。相棒の生体反応が消失した直後に通信が入ってくる。


『予定通りだな』

「くそったれめ」


 エリックは悪態をついて、マテバ用のヘビーバレルを装着。幸い、狙撃手からはそんなに離れていなかった。

 観測手共々撃ち殺して、その奥にある施設へと移動した。自然洞窟を利用して何の変哲もない土地に偽装していた敵の秘密基地へと。



 ※※※



 高台は風が吹き荒れている。落下注意のホロが夜闇の中明々と自己主張していた。


「あの時はまさか俺についてくる奴がいるとは思わなかったが」


 軍時代の懐かしい思い出に浸りながら、背後に立つ男に語り掛ける。


「俺もだ。表側にこれほど優秀な男がいるとはな」


 当然のようにブランクはやってきていた。エリックと共闘するために。


「今や俺は裏だが」

「それはまだわからない」

「どうだかな」


 相槌を打って、前方に広がる施設を見下ろす。

 輸送拠点になっている貨物駅。そこに今から侵入する手筈だ。

 軍時代のような単独行動ではなく、頼れる犯罪者と共に。

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