第7話 空白探求

 カリナの違法行為は、黒沢が責任を取る形で収束した。警察から注意はあったようだが、形式なもので目に見えたペナルティは存在しない。

 そもそも警察自体、違法行為についてあまりとやかく言えないのが現状だ。何の成果も上げられないならともかく結果を出しているのだから。

 しかしエリックは……気に入らないのが本音だった。

 こういうものは線引きが非常にあいまいになる。ふわふわとした未成型のままでは、何が正しくて何が間違っているのかがぐちゃぐちゃになってしまう。

 何が違法で合法なのかがわからなくなるのだ。そしてそんな風に不安定になったシステムは必ず悪用されてしまう。時には理不尽に想えるような処罰も設けなければならないのだ。後で敵に利用されてしまわないように。

 だが、感情論や怠惰で動く人間はそこを怠ってしまう。そして被害が出た後で、制度を変えようと騒ぎだす。

 だから、非常に気に入らない。後手に回るのが目に見えている。

 しかし受け入れざるを得ないのも事実だ。糾弾しても今はカリナが槍玉にあげられる。……自分の身から出た錆なので、この気に食わない状況を甘んじて受け入れる他なかった。


「陽子は逮捕。第二食品は晴れて無実を証明されて、哀れな事件の被害者に。……保険に入っていたから大した損害もなく、むしろ事件が広告となって売り上げ増加の見込み、か……。鉄山も晴れて昇進できたようだな」

「なんか、あれだね。犯罪者だけが損したみたい」

「ま、少なくともこの陽子って奴は、都合よく利用されてただけだ。こいつに関しちゃ例え逮捕されなくても、ピエロ教授に生贄として差し出されてた。奴は人心掌握に長けていたようだな」


 インターネットの中にはそのような騙されやすい人間が発生する。元々人は興味のある物にしか反応しないようにできている。様々な制限が施されるオフラインデータであれば過ちに気付くことも可能だが、広大なネットの海ではそんな制限はない。

 いつの間にか、自分に都合の良い情報以外を見落としてしまい、何が本当で何が嘘なのかわからなくなってしまうのだ。確証バイアスだ。一種のカルトにも近い。自分で自分をがんじがらめにして、信じたい情報だけを盲信してしまう。

 そして一度そうなってしまうと、真相に気付かせるのは根気がいる。基本的には面倒なのでそのまま放置することが多い。過激派にでもならなければ、ただの鬱陶しい情報弱者で終わるだけだ。

 だが、陽子は情弱で終わらなかった。ピエロに都合よく操られた時点で、彼女の人生の転落は始まっていた。

 ライバルを蹴落とすために恋人として付き合い、そばアレルギー以外にも殺人計画を企てるぐらいには。


「甘い言葉を吐く人間には気をつけろよカリナ」

「はーい」


 気楽な調子で返事をするカリナを、エリックは叱れなかった。違法行為も少し咎めただけで、本気では怒っていない。本当なら彼女に止めさせるべきだろうが、エリックにはそのための方法がわからなかった。

 人殺しの方法ならいくつでも思いつく。しかしこれに関しては。


「じゃあ、俺は次の現場へ向かう」

「うん。いってらっしゃい」


 カリナは集中してパソコンで作業をしている。

 エリックはその背中をしばらく見つめて、家を出て行った。


「ごめんね、エリック」


 カリナの呟きも、その耳には届かない。

 デスクトップが、ハッキング画面へと切り替わる。



 ※※※



「本当に見たことはないの?」

「ピエロ面なんて興味ないって」


 オリヴィアの提示する画像を見て、シーノはスナックを摘まんだ。

 そもそもピエロの仮装は情報を撹乱するためのものでもある。特殊メイクが施された顔は、顔認証スキャナーを誤認させるのだ。元々、生来の個人情報も死人から採取したもので加工済みなので、逮捕や死体を回収しても警察はゾンビとしかわからない。

 例え本当の素性を掴んだとしても、サーカスには辿り着けないだろう。座長はとても慎重なのだ。


「でもこれほど優秀な男なら、サーカスでもそれなりの地位にいたはずよ」

「だったらどっしりと構えればいいんじゃない?」

「どういうこと?」


 取調室という本来は犯罪者が畏縮するはずの場所でシーノは優雅にお菓子を頬張りお茶を啜って、


「それほどの男を攻勢に出させたってことは、少なからずサーカスはダメージを受けているってこと。是が非でも鬱陶しいスレットハンターを殺そうってしたってことだから。だってさ、生き延びるだけだったらそのまま逃げてしまえば良かったんだよ。想定とは違うだろうけど、そばアレルギー殺人事件は確実にニュースになった。エリックは優秀な脅威狩りでしょ? 例え時間が掛かったとしても、陽子だけは確実に逃がさない。証拠だって必ず見つけていたはず」

「それはそうね」


 オリヴィアはエリックに関して何の疑いもなく同意する。彼女と彼は強固な絆で結ばれている、とシーノは思っている。

 美しきかな友情。無情にならないことを祈ろう。


「でも、このピエロは、そしてサーカスはエリックが邪魔だと判断した。この事件だけでなくこれから起こす予定の事件にも確実な妨害が入ると。結果だけを順番に並べていくと、サーカスに得があるように見える。何が目的かは不透明にせよ、恐らく意図した方向へは持って行っているよ。でも、ギャンブルの途中でいくら儲かっても、最後に大負けしたら無意味どころか大損であるように」

「最後の最後で敗北したら意味がないから先手を打った、ということね」


 シーノは指を鳴らした。


「ご明察。流石オリヴィア、あったまいい」

「これでわかんなかったらクビよ」


 オリヴィアはうんざりした顔を作る。しかしシーノは気にせずに、


「とにかくさ、待ってればいいの。いざ馬脚を現したら、その首を狩り取れるようにね。氷の女王サマ?」

「黒歴史だから止めてってば」


 オリヴィアはいつも通り謙遜する。普段通りのやり取りを満喫しながら、シーノは少し同情していた。

 きっと、あっさりとは終わらない。もっと面倒なことが起きるだろう。


「ゾンビならマシだよ。ブランクよりはね」

空白ブランクねぇ。本当に存在するのかしら」


 シーノは応えずに、笑顔を浮かべた。



 ※※※



 店内にはクラシックの楽曲データが流れている。

 どこの席に座っても最高の音質が保障されているこのバーは、クラシック好きには有名らしい。エリックにはそういう文化はわからないが、バージョンの種類も豊富で酒よりも音楽目当てで寄る客も多いという。

 残念ながら違いがいまいちわからないので、デフォルトの曲を垂れ流しながら相手を待つ。カランコロン、鈴の音が鳴って二人の男女が入店してきた。

 エリックは拡張現実内に浮かぶスピーカーボタンをタップして消音。対面に座った二人を歓迎した。


「よう、加賀、リリー」

「やぁエリック。久しぶりだな」

「こんにちはエリック」


 腰に発火刀を差している加賀と、散弾銃を背負っているリリーは同業者スレットハンターだ。基本的にスレットハンターはそれぞれ個別に獲物である脅威を追跡し排除するが、たまに集団で動く場合もある。

 今回もまさにその稀なケースだった。召集主は和装に身を包んだ加賀だ。


「来てくれて助かったぞ」

「いい話なら、とりあえずは来るさ」


 スレットハンター同士は獲物を取り合うライバルであるが、殺し合うような敵ではない。情報の騙し合い程度ならば有り得るが、本気で攻撃するような事態にだけは成り得ないのだ。

 それに加賀とリリーの実力は買っている。聞かない方が損だ。


「そうでなくてはな。さて、まずは飲み物を注文しよう」


 加賀が三人分のコーヒーをオーダーする。せっかくのバーで酒を飲めないのは味気ないが、仕事の話をする必要があるのだから致し方ない。ナノマシンのアルコール分解機能も使い続ければいつか劣化してしまうのだ。利用するのは緊急時に限る。


「それで、本題は?」

「急ぐなエリック」

「生憎とうちはお前たちみたいに豪華な装備を買えるほど余裕がないんでね」


 本当ならマテバ以外にも独自の武装を持っておくのがベストだ。しかし軍時代の貯金なんてものはデバイス代へと消えてしまったし、戸籍上の娘への生活費もある。加賀のような特注品や、リリーの左腕の義手のような高級品を買える余裕はなかった。マテバも軍時代に使っていたサイドアームのおさがりだ。


「あなたが金欠なのは被害者に寄付とかするからでしょ? 自己防衛を謳ってるくせにさ」

「放っておけよ。俺の金なんだから俺の好きに使うさ」

「それで支援ドローンや車の一つも買えないのでは本末転倒ではないか?」

「なんだお前たち、俺の資金運用についてケチをつけるために呼んだのか?」

「違うって。ただアタシは……カリナちゃんのこと、もっとよく考えた方がいいんじゃないかって」

「歳の離れた弟を不自由なく生活させて、自分の装備のアップグレードを欠かせない奴の言うことは違うね」


 思わず嫌味な言い方をしてしまったが、エリックはリリーの几帳面さには感心していた。彼女は率なく金銭管理をしている。レクチャーしてもらいたいと思う反面、面倒なことになるのは請け合いのため、きっと教えを請うことはないだろう。


「まぁ気を悪くするなよ、元不良大尉。お望み通り、本題に入ろう」

「そいつはありがたいね」

「今回の標的はこいつだ」


 加賀からターゲット情報が提示される。だが、ホロテキストは白紙のままだ。これが履歴書なら一目見ただけで不合格だろう。そもそも個人を特定する情報が記載されていないため、誰のデータなのかもわからない。


「ふざけてるのか?」

「怒るなよ、わかっているくせに」


 加賀は全てお見通しと言わんばかりだ。エリックは肩を竦めるしかない。


「白紙に怒るなって言うのも無理な話だ」

「お前はそこまで情弱じゃないだろう」

「わかった、ブランクについてだろう。しかしあれは都市伝説、それこそ噂好きがこぞって話す与太話だ」

「あなたは本当に嘘が好きね」


 リリーがくすくす笑う。エリックはコーヒーを一口含んで、


「本気で探す気なのか?」

「ようやく認めたな、回りくどい奴だ」

「事情通なら物事の間に起きる空白は否が応でも目につく」


 白紙のプロファイルデータの空欄を見つめる。これは一部の事件において見られる傾向だ。捜査線上に謎の空白が出現するのだ。その空白がなければ事件は成立せず、しかしその痕跡はどこにも見られない。

 確かにそこに何かがあるのに、それを示すための証拠がない。それがブランクだ。


「その通り。誰もが存在を意識しながら、誰も証明できない。そんな空白を、俺たちはこれから捕縛する。或いは……」


 加賀は刀の柄に手を置いた。


「何度か複数のハンターがブランク逮捕に乗り出したとは聞いたことがある。見事に出し抜かれて何の成果もあげられなかったとな。まさに雲を掴むが如く、何もない空白に手を伸ばしたところで何も得られない。前大戦の遺産を発掘するトレジャーハンターの方がまだ現実的だと思うがな」

「でもお前は確信しているだろ。男か女か性的少数者かは知らないが、ブランクは存在する。奴は密かに、気取られることなく多くの事件に関わっている」

「そこは否定しない。確かに俺はブランクが存在すると思っている。都市伝説や噂ではなく、感触的にな。奴がいないと説明できない事象が存在する以上、存在を肯定するしかない。だが、奴がいるとして、どうやって捕まえる? ただいるから捕まえます、では宝探し感覚で年月と金を浪費している馬鹿どもと変わらんぞ」

「本当にあなたは回りくどい。知っていることを聞かない方がいいわよ、嫌われるから」


 リリーの指摘にエリックはコーヒーを飲もうとして、既に空だったことに気付いた。


「オーケー、作戦があるから呼んだんだよな」

「頭の回転が速いくせに、知らないふりをするのはお前の悪い癖だ。それとも、それが軍のやり口なのか」

「軍人ってのは嘘を吐く仕事だからな」


 情報軍では特に。情報と嘘は愛人関係、切っても切れないのだ。断ち切りたいなら本命の情報ごと殺すしかない。愛憎塗れる不倫ドラマの結末のように。


「だから軍人ってのは好まない。だが、それはお前も同じはずだから、深くは追及しないでおこう。……エサがあるんだ」

「エサ?」

「お前のしょうもない芝居には付き合ってられないから、単刀直入に言うぞ。奴の出没傾向を私は見出した」

「それはご苦労なことだ。俺もいくつか調べたことがあるが、空白が確認された事件にまともな傾向なんてなかったぞ。強いて言うなら……」

「どの事件もブランクが介入しなければ手遅れになっていた。やはりお前のそういうところは気に食わない。気付いていたんだろう」

「確証はなかった」


 エリックはコーヒーのお代わりを注文した。すぐに新しいコーヒーが運ばれてくる。


「随分慎重だな。確信があれば脅威を無理やり表面化させるのがスレットハンターだろう」

「普通の犯罪者ならそうだろうが、あれは正真正銘のプロだ。世間を騒がせる犯罪者たちは結局のところ、数の暴力で自身の犯罪を薄めなければ犯行に及べない。警察の機能をパンクさせなければ、例え実行したとしても逮捕されるとわかっているからだ。だが、奴は違う。物理的DDOS攻撃を必要としない。そんな相手に何の策もなく踏み込んだところで逃げられるのがおちだ。そして、その追跡に用いられた費用と責任は全部自分に返ってくる。そんなのはごめんだ。自己防衛だよ」

「消極的な自己防衛だ。しかしそれもこれまでだ。これからは積極的な自己防衛に移るべきだ」

「それで、エサってなんだ」

「……復国カルトだ」

「国家至上主義者か」


 世界に少数派ながら存在する国家至上主義者……またの名を復国カルトは、国という線引きがあった頃の名残だ。かつて一つの国には一つの人種が住んでいた。アメリカならばアメリカ人、ロシアならロシア人、中国なら中国人、そして日本なら、日本人。彼らはその人種こそを崇拝し、それぞれの国をそれぞれの人種の手に戻すことをモットーにひび活動している。アメリカはアメリカ人の手に、日本であれば日本人の手に戻すのが彼ら彼女らの最終目標だ。


「日本はともかく、アメリカなんか元々複数の種族の集合体だとは思うがね。それでも奴らの中にはアメリカ人としての誇りがあり、それ以外の人種は排除するべき敵らしいな」

「国の枠組みを無くすほど疲弊した世界でそんなことを謳ったところで大した害はない。まだハエの方が鬱陶しいくらいだ。表現の自由は尊重されている。物理的及び精神的攻撃をしない限りはな」

「まぁ、結構な頻度で精神攻撃……ヘイトしたりしてくれるから、一部のハンターはいいお小遣いになるってありがたがってるんだけどね」


 ヘイト専門のスレットハンターが存在するとは聞いたことがある。脅威レベルが低いので大した稼ぎにはならないが、それでも安定して収入を得られるのが魅力らしい。ヘイトをする人間は口先だけで戦闘能力は大したことがない場合が多いのだ。


「で、そんなポケットマネー連中がどうしたんだ」

「また悪い癖、出てるわよエリック」

「ああ、そうだな。大規模なテロでも企ててるんだろ?」

「その通り。復国カルト同士は繋がっている。かつての世界なら驚くぐらいその結束は固い。アメリカ、ロシア、中国、イギリス、イタリア、ドイツ……まぁほとんどの旧国家跡地に奴らは存在し、互いに連携している。ここ日本自治区も例外ではない」

「復国カルトによるテロ攻撃ねぇ……で、標的は俺みたいな人間か? あいつらからすれば外国人だろうしな」

「私も恐らくは標的だ。血筋的には私は純日本人だが、奴ら曰くこの世界の在り方を認めている人間も反国主義者であり血筋を踏みにじる者、らしい」

「つまり無差別テロか。素晴らしいな」

「おうとも、素晴らしいぞ。奴らのおかげでブランクを誘き出せる」

「ブランクを誘い出すために、目前の脅威を見逃すつもりか? 加賀」

「そんなに怖い顔をするな、エリック。もちろん、ギリギリを見極めて、だ。あいつらを掃除するのは簡単だ。何なら私一人で全員を切り伏せることもできるだろう。逮捕も面倒だから、全員殺す予定でいる。純日本人である私に殺されるなど、奴らにしてみれば名誉なことなはずだからな」

「かもな」


 エリックは不機嫌にコーヒーカップへ手を付けた。リリーも眉根を顰めている。


「わかったよ、半殺しにして手打ちとする。クズにまで慈悲の手を差し伸べるとは、本当にお優しいスレットハンターたちだ。特にエリック、お前だって殺す時は殺すだろうに」

「それしか方法がない時はな。くそ犯罪者のせいで自分の手が汚れるなんて本当はごめんだ」

「潔癖症なのよ、アタシもエリックも」

「了承した、強迫神経症たち。テロ発生予測を送るから、各自で分析してくれ」

「待て、俺はまだ参加するとは言っていない」

「それで、お前の悪癖はまだ治らないのか?」


 加賀の問いかけに、エリックは再びコーヒーを飲もうとして空だと気付く。


「降参だ。参加するつもりだった。いい金になるし、ブランクには俺も興味がある」

「それでよし。今日はこれで解散だ。後日また連絡する」

「待て、加賀」

「何だ?」

「お前はブランクの出没傾向が見えたと言った。なら、奴の動機もそれとなく読み取れてるんじゃないのか?」

「人に訊ねる前に、自分の推論を述べてみたらどうだ?」

「奴は犯罪の阻止に動いている……」

「私も同感だ。だから、そんな義賊は見逃して然るべき、だと?」

「まさか。正義の味方を気取っているなら逮捕するべきだ。自分の行為が何なのか理解できていないような人間は、確実に取り返しのつかない事態を引き起こす」


 例え犯罪阻止のためだとしても、犯罪は犯罪だ。それを認識していればまだ救いはあるが、これは犯罪ではなく正義のためだと謳って行動するような人間は、後々無実の人間を巻き込む。自称正義の味方が極悪人に転落するなどよくあることだ。

 自分の行為に責任を持てない人間に正義を語る資格はない。似たような理論を振りまく後追いが出てくる可能性もある。放置はできない。


「ならば異論はないな。……ブランクにあった時、どんな説教をするか考えておけ」


 加賀が先に店を後にする。追随するようにリリーも席から立ち上がり、


「エリック……」

「どうした? リリー」


 彼女の目線が彷徨う。が、すぐにいつもの笑みを浮かべて、


「何でもない。カリナによろしく」

「ああ……」


 店から去って行く。エリックは空のコーヒーをしばらく見つめ、


「ブランク、か……。せめてカリナが想像するようなアウトローであれば救いがあるが」


 もしただ持論を振りかざすだけのエゴイストであれば逮捕、最悪射殺するだけだ。



 

 ブランク捕縛作戦は予定通り復国カルトのテロに合わせて展開されることになった。無論、被害者をむざむざ出してしまうような二流のやり方はしない。事前にカルトの動向は把握している。どこにどんな規模でテロを引き起こすのかも全てチェック済み。カルト連中は自分たちの行動が全部筒抜けだとは知らない。

 エリックは様子が少し変なカリナと共に調査を終えている。基本的に不備はない。

 だが、気になるのは……。


『まだ気にしてるの? 首謀者の素性がわからないこと』

「これからブランクという何もわからない敵と対峙するんだ。他の要素は可能な限り透明化しておきたいと思うのは当然だろう」

『ただの用心なだけだって。あの連中の作戦の粗末さを見れば杞憂だってわかるでしょ』

「そこまで用心深いリーダーがこんな作戦を立案するのか?」


 エリックは調査済みのテロ内容を思い返しながら訊ねる。奴らのやりたがっていることは旧時代的な爆発物によるテロだ。時限式爆弾を使う安直なもので、爆弾解除コードは既に入手済み。様々な角度から情報を精査して信頼性も高めてある。これでもし解除できないようであれば、奴らの脅威レベルは格段に跳ね上がる。

 しかしそれほどの連中とは思えなかった。そもそも賢ければこんな無意味なテロなどしない。爆弾でみんなの興味関心を引いたところで、じゃあ国家制度を復活させようなんて考える余力のある人間は存在しないし、今の若い世代は国という在り方を知らない連中だ。そんな人間に暴力で国のありがたさを教え込んだところで賛同を得られるとは思えない。

 そういう系統が専門のオブザーバーがいる可能性も考慮したが、だとしてもやはりおかしすぎる。


『じゃあ囮だってこと?』

「何のための囮だ?」

『そんなこと私が知るわけないじゃん。エリックなら何かわかってるんじゃないの?』

「可能性が広がり過ぎてて断定できない。面白くないが、それでも犯罪は見過ごせない」


 こういう未確認情報が含まれる事案は、大体ぶっつけ本番で行くしかない。軍時代はそれでだいぶ痛い目を見てきた。以前なら軍の調査部の間抜けさに悪態をついたものだが、今のエリックはスレットハンターだ。

 自分で調べて、自分で行動する。自分に悪口を言う羽目になる。


「そろそろ集合時間だ。加賀たちと合流する。お前はいつも通りモニタリングを頼む。何か変化があれば教えてくれ」

『言われなくてもわかってるって』

「それと……」

『な、何』


 カリナの声に動揺が滲む。彼女に妙な兆候があるのは気付いている。

 しかしそれについて言及するのは憚られた。


「無理はするなよ。自己防衛だ」

『はいはい、わかってるよ』


 そこで通信をいったん切り、集合場所に指定された廃屋へと移動する。加賀はかなり大胆な作戦を立てていた。そもそもそこは復国カルトの作戦拠点でもある。敵の本拠地に乗り込んで、ブランクが現れる瞬間を待ち構えるのだ。

 廃屋には簡単に侵入できた。カルトたちは自分たちが監視されているとは夢にも思っていない。それどころか、ろくに顔合わせもしていない。そういう不足部分は国家再興の気持ちでカバーするつもりらしい。


(その気持ちをもっと別の方向に向ければいいのにな)


 鉢合わせないように目的の部屋へとたどり着いたエリックは、加賀とリリーの両名と鉢合わせる。加賀は敵の拠点に潜伏しているというのに余裕たっぷりだった。反して、リリーの様子が少し変に見える。


「緊張してるのか?」

「え? ええそうね。明後日弟の誕生日なのよ。それで……」

「何をプレゼントするのか悩んでるってことか。お気楽なことだ」

「お前だってそうだろうエリック。油断は大敵だと忘れるなよ」

「お前に言われたくはない。侍さんよ」


 加賀はパワードスーツに代名詞である発火刀を腰に差している。リリーは義手と散弾銃、機構拳銃にサイドアームベレッタ92で前回と同じ装備だ。エリックも機構拳銃とマテバの二丁拳銃。後は腕時計型デバイスによるハッキングが武器だ。


「これほど楽な仕事は久しぶりでね。武士冥利に尽きる」

「武士なら正々堂々戦うんじゃないのか? 騎士みたいに」


 和風な騎士が武士である、という認識だった。しかし加賀は首を振る。


「武士道とはそれぞれの心にある道のことだ。定型はなく、自分で道を切り開く」

「俺にはよくわからんね」


 まだカリナがプッシュする西部劇のガンマンたちの流儀の方が理解しやすそうだ。


「そうでもないぞ。お前もすぐに私の武士道を知ることになる……」


 加賀は意味深に笑い、作戦開始時刻を告げるタイマーが鳴り響いた。


「よし、行くぞ。まずは爆弾の確保だ。そろそろ連中も爆弾設置に動き出す。それを遠隔操作で解除し、ブランクを誘き出すぞ」

「わかった」

「了解」


 加賀の指示に応答し、エリックたちはテロの標的である日本自治区コントロールセンターへと向かった。

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