第4話 謎の女と謎の敵

 尋問室に連行したシーノは、エリックが想像していた以上の反応をした。


「よろーオリヴィア」

「はぁ……」


 氷の女王なんてあだ名をつけられた元情報軍の同僚に笑いかけるシーノの姿は、はっきり言って異常だ。それ以上に奇異なのは、犯罪者との対峙経験が豊富なオリヴィアが頭を抱えてしまっていることである。


「どういう関係だ?」


 壁に寄り掛かってやり取りを聞いていたエリックが訊ねると、シーノはにこやかな笑顔を浮かべた。


「言ったでしょ? 友達だって」

「犯罪者と警察官が友達とはたまげたね」

「私は普通の犯罪者とは違うしねぇ」


 犯罪者に威張るなら武勇伝になるが、警察官に言えば重罪になるビジョンしか見えない発言を平気で放つ。……言葉通り、シーノは他の犯罪者とは違う。状況を理解せず、調子に乗っているわけではない。全ての要素を考慮したうえで、余裕に振る舞っているのだ。


「サーカスってなんだ?」

「何のことかな?」


 とぼけるシーノだが、エリックは怒る気になれない。

 その様子に気をよくしたのか、話は変わるけどさと彼女は前置きし、


「依頼失敗しちゃって泣けるわ。しばらくの間さ、匿ってくれない?」

「もう本当にあなたは……!」

「まぁまぁ、オリィも落ち着いて。……ちゃんとメッセージは届けたでしょ? まぁ、私的にはどっちでも良かったんだけどさ」


 十中八九サーカスのことだが、なぜこのように回りくどい手段をとるのかがわからない。エリックが動機を模索していると、訊ねてもいないのに彼女は自供し始めた。


「ほら、契約違反ってのは厄介じゃない。自ら接触して情報流すとか、絶対目をつけられるし信用も落ちちゃうし。けど、逮捕されて取調室の中ならあら不思議、情報漏らしたとしても気付かれなーい」


 シーノはウインクしてくる。エリックとオリヴィアは同時にため息をついた。


「苦労が知れるな、オリヴィア」

「倫理観は犯罪者の中ではまともだし、重宝しているのは事実。……もっと性格のいい子が良かったけどね」

「結局のところ、不正アクセスと物損と威力業務妨害だけだからな」


 死人は出ておらず怪我人もいない。シーノのやり方にはどこか思いやりに似たものがあった。

 まぁ、犯罪であることに変わりはないという初歩的な事実に目を瞑ればだが。


「公的機関すらも完全に信用できない世の中じゃ、こうやって立ち回るのが正解ってねぇ。頭も良くて美人とか、私完璧すぎぃ?」


 反論したいが、現代ではそこそこ妥当な自己防衛手段だった。警察の中にすら犯罪者が混じっていることはそれなりにある。それにオリヴィアが一定の信頼を置いているということは、極悪人ではないのだろう。


「私がいなかったらどうなっているかわからないわよ?」

「あなたがいるからこうやって動けてるの。オリィは私の親友だって」

「それで、どこの誰と二重契約を結んだんだ?」


 シーノは妖艶に笑う。指を一本立てて、


「一つはあなたが知ってる私の言えない人」


 もう一本立て、二本指を得意げに見せつける。


「もう一つは内緒」

「内緒ねぇ……。お前は事件を起こす前に一度俺のことを襲撃したか?」


 警官アンドロイドの暴走を思い返しながら問う。シーノはくすりと笑いを漏らして、


「言う必要ある? 元不良大尉さん」

「なるほどな」


 食えないように見えて、きちんと情報を伝達してくれる。

 後はオリヴィアに任せても問題はなさそうだ。エリックは元同僚に同情しながら警察署を後にした。




「サーカス? まぁ、言い得て妙、というかそのまんまのネーミングね」

「安直だが、わかりやすいな」


 帰宅したエリックはカリナにシーノから得た情報を伝え、コンタクト内に表示されるメモを睨んでいた。名前はわかったものの、肝心の組織情報は皆無。

 それでも、敵が組織で動いていると確信できただけ大きな前進だ。


「組織犯罪ってことだけど、何が目的? 自分たちの存在をアピールをしたいとか? 何のために?」


 カリナが素朴な疑問を口に出す。ピエロの仮装以外は大した接点の見られない一連の事件が何を意味するのか。それはまだエリックにもわからない。


「何かしらの意味はあるはずだ。そいつを洗う」

「言うなら簡単だけどさ、今のところ目立ちたがってることしかわからないし」

「どうせ終わりじゃない。ピエロを潰していけばおのずと全貌も見えてくるだろ」

「他力本願&無責任」

「警官だったらそうだろうが、俺はスレットハンターだからな」


 事件が、脅威が発生しないと食べていけない。それに、事件の予防にもそれなりに努めているつもりだ。機能不全に陥っている警官連中より働いている。文句を言われる筋合いはない。


「ま、結局やることは変わらないっと……」


 カリナはキーボートをカタカタと叩く。全てホロで賄うことのできる昨今、彼女はなるべく物理型のデバイスにこだわっている。それもまたエリックと似たような経験に基づく合理的な判断だ。


「平気か?」


 不意の案じにカリナは手を止めて振り返った。


「事件に巻き込まれたこと? それなら文香の方が大変だったでしょ。まぁ、平気だって言ってたけど」


 思いのほか文香はショックを受けていなかった。曰く、カリナが傍にいてくれたから、らしい。

 それにスレットハンターが近くにいることを知っているから、だそうだ。

 無論、それで慢心したら危険だろうが、彼女はあくまで自身の精神を保つ上で周囲の人間関係を利用している。心理的な自己防衛。不安になって何もできなくなるより遥かにいい。

 ……今の気がかりは保護している同居人についてだった。


「本当に大丈夫なのか?」

「止めてよ、気持ち悪い。おっさんのくせに」

「おっさんじゃないと何度も言ってるだろ」

「それにさ、来てくれたでしょ。だから平気。そもそもシーノは私を傷つけるつもりはなかったんでしょ。太らせようとはしてきたけど」

「それはそうだが……」


 警察署に連行していく直前、シーノは二人に謝罪を述べていた。びっくりさせてごめんね、とまるでイタズラ娘のように。自分に何の謝罪もなかったところが引っかかるが、まぁ結果としては良い方向に収束した。

 事件に巻き込まれた客たちは保険によって見舞金が手に入ったと喜び、店のオーナーに至っては最新型のアンドロイドが購入できると大喜びしていたぐらいだ。

 これがもし、シーノでなくサーカスの手の者による犯行であれば、確実に死人が出ていただろう。オリヴィアが重宝するのも頷ける。


(懸念も、あるがな)


 平気なそぶりをみせるカリナの表情から視線を外し、エリックはもう一つの依頼主へと考え耽る。

 シーノの事件の直前に、アンドロイドを操作した別の人物。何者かはわからないが、そいつは自分のことを妨害しようとしたのだろうか。

 しかしだとすれば稚拙だった。……どちらかというと、小手調べのような意味合いが大きい気がしている。


「ちょっと、私の心配してたんじゃないの?」

「平気だって言ったからな」

「全く、本当におっさんなんだから」

「それは一体どういう意味だよ」


 抗議しながらも、カリナが作業中だったPCの画面を覗き込む。


「ピエロそうな事件はないか?」

「関連性がないって言ってたじゃん。派手と……そう、せいぜい回りくどいぐらい?」

「そうだな……」


 ピエロの事件はどれも搦手だ。直球ではない。

 金を手に入れるために誘拐事件を引き起こす。……今の時代、そんな手段を講じなくてももっと楽な方法が存在する。

 友人の携帯電話をクラッキングして被害者を犯す。……もっとセキュリティの薄い人間を捕まえるか、一人暮らしの人間を襲ってしまえばいいはずだ。

 三人目は、産業スパイが奪取した情報をかっさらい、スパイを雇った企業に脅しをかけていた。……脅すまでもなく盗まれた企業に連絡を入れれば報酬が出ると言うのに。

 そして最新のピエロ案件――本人は仮装を拒否したようだが――では、工場生産の過程でアンドロイドのAIにトロイの木馬を仕込み、意のままに操るという方法を行った。最悪の事件を引き起こせたはずだが、大した被害も出ずに終わっている。

 しかしこの遠隔操作自体にはそれなりのインパクトがあった。何より反応を示したのは企業側だ。意図せず加害者に加担してしまう恐れがあると知って、セキュリティレベルを上げた会社も少なからず存在する。

 極めつけはゾンビだ。死人情報の警護が強まり、結果として犯罪者たちは容易に入手できなくなった。裏社会ではデータが高騰中だという。ゾンビになるのも一苦労な時代がもう少しでやってくるだろう。


「こうやって結果だけを並べてみると、さながら正義の味方ね。世界に警鐘を鳴らす、的な?」

「今の世界に不満な人間は多い。ネット廃止論者だって存在する。世界中があらゆる破壊兵器によって穴だらけで、一部地域では防護服を着ないと生きられないって世界になったんだ、当たり前と言えば当たり前だ。だが、それにしては、意志が見えてこないのが引っかかる。そもそもなぜ、犯行声明を出さない? 何かを伝えたいならメッセージを送るのが手っ取り早い。それに狙いも意味不明だ。どうして何の罪もない一般人を襲うんだ?」

「そこはほら、今の世界の恩恵を受けている人間は皆殺し、だとか?」

「なら何で文香をレイプしようとした?」

「性犯罪者の思考回路なんてわかるわけないじゃん」

「そこだ。こいつら全員……シーノは差し置いても、だ。欲望に正直すぎるんだ。組織的思惑なんてまるでないように。衣装は整えているが、実行に移す奴らは全員、自分の犯罪の成否しか頭にない」

「座長の意志とは関係なくってこと?」

「いや、むしろ座長は……そういう人間を集めて、サーカスをしてるんだ」

「……観客は誰? 世界?」


 エリックはカリナの疑念に応えない。黙々と頭を回す。

 これがサーカスであるならば、見世物だとするならば、観客が存在する。

 そして観客は、鑑賞料金を払わねばならない。




「手っ取り早いのは、金の流れを追うことだ」


 新たにエリックは方針を打ち出したが、それは以前から念のために行っていた作業と大して変わらなかった。

 犯罪とは加害者が得をするために行う行為だ。

 その得とは、一見すると理解できないようなものも多い。心情的理由による犯罪は特にそうだ。

 だが、組織犯罪においてのメリットは、わかりやすいことも多い。

 金目的だ。

 もちろんそれが全てだと断言するつもりはない。

 しかし現代社会において、何かをするためには資金が必要なのだ。

 例えこのサーカス団が他に大それた野望を抱いてるとしても、何らかの資金繰りは行われるはず。

 そのために、金の流れを追っていたが、データ自体は前回のそれと変わらない。

 カリナが愚痴めいたを疑問を漏らした。


「やっぱり、セキュリティ会社が怪しいんじゃないの? 一番得しているのはここでしょ?」

「そりゃ確かにそうだが……」


 依頼増加によって業績が上がっている会社の資金管理を徹底的に調べているが、関連する事件が全てがプラスに作用しているわけではないようだ。

 実際、警備を請け負っていた場所で起きた犯罪に関しては、損をしている企業もある。シーノにトロイの木馬が仕込まれたアンドロイド製造工場の警備会社は、ペナルティを払わされた。同様に、事件のせいで被害を被った会社を除外していっても、まだ数社残っている。


「ほら、ガーディアン社が一番業績上がってるよ。きっとここの社長が犯人だって。或いは、フリーメイソン的な秘密結社が……」

「動機だけじゃダメだ。証拠がないと」


 動機だけで犯人を決めていたら、無数の冤罪を積み重ねることになってしまう。


「えー。面倒くさい。それならハッキングして裏でも取る?」

「簡単に言うなよ」

「簡単だよ?」


 カリナはさも当然のような顔で言うが、エリックは技術的な意味で言ったわけではない。


「難しいだろ。何も出て来なかったらどうする」

「あー……まぁ、謝る?」

「会社のデータを盗み見て謝るだけで済むんなら、警察は必要なさそうだな」


 脅威を特定するために自分が新しい脅威になっていたら本末転倒だ。スレットハンターはその性質上、何をしても許される。結果さえ出せば。

 逆に、結果を伴わない場合はその責任を全て背負うことになる。それこそこの前逮捕したオウム男の二の舞だ。証拠がある確信がない限り、違法捜査はするべきではない。


「だったら警察に申請するとか」

「そんなことしたら会社にも筒抜けになるだろ」

「だよねー……。面倒くさいな」


 軍人や警察官であればそのようなごり押しも可能だったが、その場合は組織の意向とやらに従わなければならない。警察も軍も、ひと昔ふた昔前のフィクション作品であったような、正義の味方とは言い難かった。例えそこに不正や犯罪が存在していても、メリットがあれば対処しない。

 ゆえに今の正義の味方と言えばもっぱらスレットハンターかアウトローだが、この二つがフィクションほど素晴らしいものであるとも思えなかった。


「とりあえず今は容疑者を絞るのが先決だ。絞り込みが済めば、後はボロを出すのを待てばいい」

「その絞り込みが面倒だって話をしているんですが」

「つまり俺の言いたいことはこうだ。面倒でもやれ」


 はーい、という気の抜けた返事が聞こえる。……もしここでカリナが拒否しても、エリックは叱責するつもりはなかった。しかし彼女は不満は漏らせど拒絶はしない。

 その事実はエリックの心をかき混ぜたが、チャイムが鳴って気が逸れた。

 コンタクト内に監視カメラの映像が流れる。知らない男だが警戒する必要はなかった。


「保険屋?」

「らしいな。おとなしくしてろよ」

「子どもじゃないんだから」

「お前は子どもだ」


 念押ししたエリックは、玄関へと移動する。愛想笑いを浮かべたスーツ姿の男を出迎えた。


「はじめまして。私はセカンドライフカンパニーの……」

「保険ならお断りだ。帰ってくれ」


 有無を言わさず断ろうとしたが、男はドアを掴んで止めた。


「お待ちを。実のところ本題は保険ではないので。まぁ、加入してくれたら嬉しいんですがね、スレットハンターさん?」

「何?」


 男がこちらの素性を知っていること自体に驚きはない。だが、保険屋の営業が営業目的でないのは異常だ。職務放棄もいいところである。

 気に食わないが、この保険屋は注意を引くことに成功していた。


「話を聞いてくださいますか?」

「聞くだけならな」

「ついで脅威保険もいくつかご紹介できますよ……。違法捜査で発生したペナルティへの対処とか……」

「とっとと本題を話さないと追い返すぞ」

「わかりましたわかりました。とりあえず、名刺を」


 男のデータが送られてくる。所属はセカンドライフカンパニー。自己紹介の通りだ。名前を黒沢という男は、愛想笑いを顔に貼り付けたままレポートを送信してきた。


「これは?」


 紙形式のホロを空間に投影してページをめくる。事件の概要だ。


「我が社の顧客が巻き込まれた事件の報告書です」

「それはわかる。何が目的だ?」

「もう察していらっしゃるのでは?」

「いいから、言え」


 次に放たれた黒沢の言葉は、エリックの想像通りのものだった。


「再捜査の依頼ですよ。あなたに、顧客が加害者ではなく、被害者だということを証明して欲しいのです。犯罪者によるクラッキング被害を受けたとね」




「難儀な会社だな。主張が本当なら」


 食品工場を見上げながら、エリックは呟く。黒沢を通して依頼をしてきたのは、この工場を管理して弁当を生産・配給する第二食品だった。食事に第二の選択肢を、というキャッチフレーズが有名な会社で、エリックも何度か弁当を注文したことがある。


(CMみたいに手作りならこんなことにはならなかっただろうに)


 フィクション満載のコマーシャルでは、まさに手作りで弁当を作っている風に見えるこの会社も、他の食品メーカーと同様に全自動だ。中にはボタン操作しているから手作りとか謳う詐欺まがいの会社もあるが、この工場はきちんと製造過程を公開している。


『もしあの人の言ってることが本当なら、クラッキングってことだよね』

「それは調べてみるまでわからない」


 パスコードを使って認証を解除、工場内へと入っていく。警備用と緊急対応のアンドロイドが数体存在するが、それ以外は無人だ。

 施設内を進みながら、黒沢の発言を思い出す。


「第二工場が生産し、配送した弁当によって一人の方が亡くなられました」

「毒でも混ざってたのか?」

「いわゆる一般的な毒物……市場には流通しない物、という意味では違います。私やあなたが食べても恐らくは問題ない食物……しかし、被害者にとっては違いました」

「食物アレルギーか」

「その通り。被害者はアレルギー持ちでした。そのため事前に該当成分を除去した製品を注文し、工場が製造されました。ところが」

「実際には除去されていなかった」

「そういうことです。それは設備の不具合となり、やがて会社、ひいては経営者の責任となる……。そしてそれでは困るのです。そのための脅威保険ですからね」

「しかしどうして俺に頼むんだ?」


 素朴な疑問に、黒沢は営業マンらしい爽やかな笑顔を浮かべた。


「あなたがやり手だと、噂を聞いたからですよ。警察は、そう簡単に動いてくれませんからね。もし他に犯人が、脅威が存在しているのなら、スレットハンターの出番でしょう」


 利用されていることは気に障るが、黒沢の言葉は的を射ている。

 エリックはざっと工場を見学した後、件の弁当が作られた機械を眺めていた。


『でもここ、外部と接続されてないよ。クラックする難易度は高いと思うけど』

「難しいこととできないことは別物だ。現にシーノだって工場内に潜入して、マルウェアをアンドロイドに仕込んだんだ」


 それに、情報軍時代はこういった秘密工作が日常茶飯事だった。外部接続が不可能な場所に忍び込んでハッキングを行う。それがメインだったと言っても過言ではない。

 しかし疑問が残るのは事実だ。犯罪ネットワークは、極力ライフラインを狙うことは避けている。こうした食品関係も、標的からは意図的に外されることが多い。

 誰かが食品工場に細工し無差別テロを起こしたせいで、とばっちりを受ける。そんなのは例え犯罪者でもごめんなのだ。


「ここのセキュリティは固いからな。だから警察は製造過程で起きたミスだと決めつけてる。いくら危険な便利に溢れてる社会だとは言え、そう簡単にテロは起こらない」

『じゃああの保険屋の勘違いってこと?』

「そうとも限らない。亡くなったのは一人だけってのが偶然だとは思えんな」

『でも全員に同じ物が支給されてたんだよ? それにさ、この人がアレルギーになったのってつい最近なんだって。偶発的な事故としか』

「ますます怪しいだろ。疑惑を免れて殺せそうな条件が整ったから殺したと考えた方がすっきりする」

『動機だけじゃダメとかほざいてたおっさんはどこの誰だっけ?』

「ちゃんと証拠も探すさ。後、おっさんは止めろ」


 エリックはぼやきながら、食品調理機器をスキャンする。防犯カメラのログと生産記録を見ても、妙な不具合は見られない。不正な動作はしていないのだろう。

 しかしそれは犯罪がなかったという証明にはならない。

 悪魔の証明にならなければいいが。


(アレルギーなら別に変な動作をする必要もない。本来なら一つだけ除去されるはずだった食品をそのままにすればいいだけだからな。くそ、せめて別なものにしとけばいいものを)


 資料では、注文元の会社はコスト削減のために一括で同じ商品を注文している。大量注文の割引サービスのために。一昔前なら例え同じ食品でも、成分を抜くためには別の工程が必要とされた。しかし今の世界にそんな手間は必要ない。

 これもまた便利な危険の弊害だが、この件に関しては自己防衛を求めるのは酷だろう。工場を経営する会社は、セキュリティに力を入れていた。

 となると、そのセキュリティを突破する技術を持つ人間を探さなければならない。


「これもピエロだと話が早いんだが」

『もしピエロが起こした事件だとしたら、スレットハンターは誤魔化されちゃったってこと? 本当に使えないなぁ』

「自虐ネタか?」


 突っ込みながらもエリックはその可能性を考慮していた。だが、これに関しては、わざわざ他の事件で目くらましする必要もなかったと思える。むしろその方が疑惑を強めてしまうだろう。


「普段とは違う手口、か。せいぜい、技術があるだけのアホならいいんだが」


 しかしアホなら、既に目星はつけられているはずだ。エリックは工場を後にして、次なる現場へ捜査に向かった。



 ※※※



「秘密、内緒、謎……隠し事は女を輝かせるのよん」

「私は同性愛者じゃないから、その輝きは鬱陶しくてしょうがないわ」


 ため息を吐くオリヴィアの姿が、シーノは面白くてしょうがなかった。

 シーノの数少ない友達の一人だ。出会いは一般的な友達のそれとは程遠かったが、シーノは少なからずこの貴重な友人のことを大切に思っている。

 だが、だからこそ特には情報の秘匿が重要視される。友人だからこそ、話してはならないことがあるのだ。

 そしてその生き方を、後悔してはいない。元々こうだったし、たぶんこれからもそうだろう。


「サーカスの黒幕は誰?」

「知らない」

「知ってても同じ答え?」

「そうそう。例え知ってても私は知らないって言うし、拷問を掛けたところで無意味だよ。何なら、尋問官でも読んで見せてよ」

「どうせ洗脳されちゃうし、その方が無駄よ」


 オリヴィアはシーノのことをよく理解している。シーノが度々逮捕されながらもこうして犯罪者として暗躍しているのは、その身体的及び精神的な魅力のおかげだ。性別は関係ない。耐性のない人間ならば、老若男女問わずに魅了できる。軍に捕縛された時、指揮官を誘惑して蹶起を誘発、内輪もめを起こしている間に逃げ果せたこともあった。


「だったら問答無用に死刑にする?」

「私に無駄な時間を過ごさせたくて仕方ないようね。……あなたが約束を守っている内は、あなたに危害を加えたりしない。シーノ特別捜査官?」

「個人的には好きじゃないんだよね、その呼び方。あなたが無理矢理つけた名前だし」

「そうでもしないと本気で牢屋にぶち込まないといけないわよ?」

「でもさぁ、私の実情はどちらかというとスパイみたいな感じですし」

「そのスパイさんが依頼主に情報を流さないのは困りものだけど」

「ミステリアスな女は、それだけで美しいからね」


 シーノは可愛らしく笑った。まだ事件は始まったばかりだ。

 サーカスが仕掛けた興行は。

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