君の声を聴かせて

お節料理の支度を終えて一息ついたリサが、直子に話し掛ける。


「今日の年末特別番組ね、うちの会社の一社提供のドラマがあるの。そこで、この間ユウくんとレナが共演したCMが流れるのよ。普段流れる短いバージョンとは別に、今日の特番用に作った1分半のフルバージョンが、この番組でだけ流れる事になってるの。」


「そうなの?それは見ておかないとね。録画しとこうか。」


直子はテレビのリモコンを手に取ると`アナスタシア´の一社提供のドラマを録画予約する。


「広報の責任者が、すごくいいCMができたって。1回しか流さないのは惜しいって言うから店舗でも流す事にしたの。」


「えぇっ…。」


意気揚々と話すリサの言葉に、レナは照れ臭そうに目をそらす。


(なんか照れ臭い…。)



程なくしてドラマが始まる時間になった。


食卓を囲みながら、4人でテレビを見る。


ドラマが始まる前に、ユウが出演したメンズファッションのCMが流れた。


(ユウ、やっぱりかっこいい…。)


テレビに映るユウに思わず見とれてしまうレナを、直子とリサはニヤニヤしながら見ている。


「レナの目、ハートになってるよ。」


(は…恥ずかしいっ…!!)


テオに冷やかされ、レナは恥ずかしそうに目をそらした。


ドラマが中盤に差し掛かった頃、始まってからずっと流れなかったCMが流れた。


リサの言っていた1分半のCMだ。


ユウの優しいギターの音色と甘い歌声をバックに、`アナスタシア´のルームウェアを着たユウとレナの姿が映し出される。


ソファーに座るレナにユウがカップを差し出すと、それをレナが受け取り、ソファーに座って静かにカフェオレを飲む二人の姿。


レナをイスに座らせて、真剣な表情でレナの髪を切るユウと、その姿を鏡で見ながら微笑むレナ。


その見事な出来映えと、床に散らばったたくさんの髪の毛を見て、笑顔で話す二人。


レナの手を引いてソファーに座らせ、穏やかに話し掛けるユウ。


静かにギターを弾くユウの隣で、安心しきったレナの寝顔。


いつの間にか眠ってしまったレナを愛しそうに見つめて、優しく髪を撫でるユウ。


そして、CMの最後にはテロップが流れ、こう締めくくられていた。


“You are my everything.”


優しく穏やかに流れる、二人の時間。


溢れる愛しさを惜しみなく注ぐユウの姿。


愛する人の隣で安心しきったレナの姿。


ドラマのようなそのCMに、4人は黙って見入っていた。


「ユウ、レナちゃんと一緒だと、あんなに幸せそうな顔するんだ。」


CMが終わると、直子がポツリと呟いた。


「私も、レナのあんな安心しきった顔、初めて見たかも…。」


直子とリサは、我が子の初めて見る顔に驚きを隠せない。


「ユウとレナは、最高の夫婦だね。」


テオが満足そうに笑う。


レナは照れ臭そうに頬をかく。


(恥ずかしいな…。私、ユウといる時、あんな顔してるのか…。いつの間にか寝顔まで撮られてるし…。)


普段は見る事ができない、レナの寝顔を見つめるユウの優しい笑顔。


(ユウはいつも私の事、あんなふうに優しい顔して見てくれてるんだ…。嬉しいな…。)


ユウの事を思うだけで、心が温かいもので満たされる。


「こんなに素敵なCMができたのは、ユウくんのおかげね。」


リサがレナを見て微笑んだ。


「ユウのおかげ?」


レナは不思議そうに首をかしげる。


「本当は、もっと違うCMになる予定だったんだけどね…。レナが病気になって、撮影日までに治らないかも知れないけど、それでもレナは撮影日を延期しないだろうから、できるだけレナがリラックスして撮影に臨める環境にしてくれるように掛け合って欲しいって、私に頼みに来てね…。」


「えっ…そうなの?」


「広報の責任者と制作会社の人にも頭を下げてくれてね。その変わり、そのコンセプトに合うCM曲を急いで作ってくれって言われたんだけど、二つ返事でOKして…。撮影当日も、あの照れ屋なユウくんが、レナを緊張させないようにって一生懸命リードしてくれたって。」


「知らなかった…。」


「スタッフのみんながね、ユウくんが声の出ないレナと会話してるのを見て、二人の絆の深さを感じたって言ってたんだって。他の人には全然わからないのに、ユウくんにはレナの言いたい事が微かな口の動きだけでちゃんとわかるんだって、驚いてた。」


「そうなの。私には無理だったけど、ユウはレナちゃんの言いたい事がわかるのよね。」


リサの言葉を聞いた直子も、興奮気味に話す。


「他の人にはわからなくても、ユウくんにはちゃんとレナの言いたい事が伝わるんだなって思うと、すごく嬉しかった。それだけレナは、ユウくんに愛されてるのね。」


「ユウは小さい頃から、本当にレナちゃんが大好きだったから。いつまでも頼りないと思う部分もあるけど、ユウなりに夫としてレナちゃんを守ろうって、頑張ってるんだ。」


リサは、鞄の中から1枚のCDを取り出してレナに渡す。


「これね、ユウくんがCM用に作った曲。発売する予定もないのに、レナのためにすごく素敵な曲を作ってくれたの。広報の責任者から、レナに渡してくれって。」


レナはそれを受け取り、じっと見つめる。


(ユウが…私のために?)


「レナちゃんたちの使ってる部屋にオーディオセットがあるし、せっかくだから聴いてみれば?」


「うん…。」


レナは一人で部屋に入って、プレイヤーにCDをセットして再生ボタンを押した。


ユウの優しいギターの音色と甘い歌声が、レナの耳に流れ込む。


CDケースに挟んであった紙を広げると、それは歌詞のコピーのようだった。


少しクセのあるユウの手書きの文字で『君が僕のすべて』と書き記してあった。




『君が僕のすべて』


どんなに長い時間を 共に過ごしても

二人で過ごす時間は 特別なんだよ

普段は見せない君の素顔 新鮮な仕草

いつでも僕の前では ありのままの君


幼い頃の願いを 覚えてるかな

あの頃 二人 同じ夢を見ていたね

今でも僕の気持ちは あの頃と同じ

どんなに時が過ぎても ずっと変わらない


You are my everything.

下を向いていた僕に 生きる意味を

与えてくれた君が僕のすべて


You are my everything.

過去を悔やんでた僕を 包んでくれた

君を愛することが 僕のすべて


どんなにつらい時にも 君がそばにいて

まっすぐ僕を見つめて 言ってくれたんだ

“どんな事も二人なら乗り越えられるよ”

あれから僕の世界は 色づき始めた


無邪気に僕を呼ぶ声 明るい笑顔

時々見せる すねたふくれっつらさえ

すべてが 僕の心を満たす幸せ

僕には君が何より必要なんだよ


You are my everything.

もっと甘えていいよ 僕にだけは

少し不器用な君が僕のすべて


You are my everything.

ずっと一緒にいよう どんな時も

君と生きて行くことが僕のすべて


You are my everything.

いつも 誰よりも 君を想う僕を

愛してくれる 君が僕のすべて




(ユウ、ありがとう…大好き…。)


ユウがレナを“すべて”と言うように、レナもまた、ユウを“特別”だと思う。


幼い頃も、ユウの想いに気付かず一緒にいた頃も、レナにとってユウは、誰よりも特別で大切な存在だった。


(ユウは私の、最初で最後の恋の相手。ユウ以外の人には、ドキドキした事もなかった。私もユウじゃなきゃダメだったんだ…。)


レナは頬を伝う涙を指で拭いながら、いつも優しく抱きしめてくれるユウを思い浮かべた。


(ユウは子供の頃からずっと、誰よりも私を想ってくれてるんだな…。すべてって言い切っちゃうくらい…。)


ユウの作る歌は、いつも優しい。


大好きなユウの、優しくて、温かくて、甘い、少し掠れた歌声。


いつも“愛してる”と言ってくれるユウの声。


どんな時も優しく受け止めてくれるユウ。


(ユウがそばにいてくれたから、今の私があるんだよ。)


ユウのすべてが、たまらなく愛しい。


(なんか、ユウの声が聞きたくなっちゃったな…。)


レナはスマホを取り出し、ユウに短いメールを送る。


“お疲れ様。

時間がある時でいいから、電話してね。”


それからレナはリビングに戻り、みんなでユウの出演するカウントダウンライブをテレビで観た。


ステージでギターを弾くユウは、やっぱり世界一かっこいい、とレナはドキドキしながらテレビの画面に映るユウに見入っていた。


(この人が、私の旦那様なんだよね…。なんか不思議な気分。)


二人でいる時とはまた違う、ユウの姿。


バンドのみんなと楽しそうに演奏しているユウの姿は、きっとたくさんの人を惹き付けているのだろう。


「今日は特別に、新曲やっちゃうよー。発売日はまだもう少し先だけど、一足早いお年玉だ!!みんな、受け取れー!!」


タクミの一声に、会場を埋め尽くした観客が大歓声をあげた。


`ALISON´のメンバーは、その歓声に応えるように、演奏を始めた。


テレビ画面にはタイトルと“作詞:TAKUMI 作曲:ユウ”のテロップが映し出される。




『Moonlight shadow』


あなたを狙う水色の月

壊れかけてる窓際に

普段通りの部屋の片隅

飛び交うあなた 笑みを浮かべて


涙のように 尖ったナイフ

冷たい頬に押し当てて

愛しむような 猫撫で声で

シーツの海に 飛び込むあなた


誰にも見えはしない世界にさまよう住み人

青い孤独を抱いて 白い闇に漂っている


まわれ まわる 世界の果てに

僕を乗せて どこまでも

Round&Round 全て消し去って

Please give me あなたの影だけ連れて


秘密めいてるコロンの香り

謎めいている眼差しで

扉を開く禁断の夜

淫らな指で手招くあなた


子供のように甘える素振り

誘いをかけた腰つきが

揺らめいている影を犯して

僕の体を呑み込んでゆく


朝まで終わりのない 深い快楽に溺れて

あなたを抱きしめてる指に 罪と罰を感じて


まわれ まわる 時間(トキ)の歪(ヒズ)みに

夢の破片(カケラ) 捨て去って

Round&Round ずっとこのままで

Take me to “Moonlight shadow”妖しく…


まわれ まわる 世界の果てに

僕を乗せて どこまでも

Round&Round 全て消し去って

Please give me あなたの影だけ連れて




`ALISON´らしい、激しいロックナンバーに、観客たちは酔いしれた。


(これはまた激しい…。色っぽい歌だな…。)


演奏を終えたメンバーが、観客たちに手を振って、ステージを降りた。


「ユウ、かっこよかったね!!」


テオが興奮気味にレナに話し掛ける。


「うん。」


「なんか不思議な気分ね。子供の頃から知ってるユウくんが、あんなにかっこよくなって。」


「私も、自分の息子をテレビで観るのは、今でも不思議な気分。いつもののんびりしたユウとは別人みたい。」


「ギター弾いてるユウは昔からあんな感じだったよ。」


「それは、ユウくんが昔からかっこよかったって言いたいのね?」


「いや…まぁ…そうだけど…。」


冷やかすように笑ってレナを見るリサの視線に、レナは照れ臭くなって目をそらした。


「なになに?ノロケ話なら、いくらでも聞くわよ?大好きなレナちゃんにそんなふうに言ってもらえて、ユウは幸せ者ね。」


(リサと直子さんにはかなわないな…。)


レナは恥ずかしそうに頬を染めて、さっきのライブで聴いた新曲を思い出す。


(さっきの新曲、作曲はユウだったな。CM曲とはまた随分と違う…。さすが…。)


バンドの時のユウの曲も、レナのために作ってくれた曲も、同じユウが作ったんだと思うと不思議な気もするが、どちらも好きだとレナは思う。


(この人、私の夫でーす!!って、思いっきり自慢したい気分…。)



`ALISON´のライブの後、年越しそばを食べながら4人で他のバンドのライブを見ていた。


(やっぱり`ALISON´が一番だな。)


贔屓目無しに見ても、やっぱり`ALISON´が最高だと、レナは思う。


(ダディが発掘して育てただけはある…。やっぱりダディの人を見る目はすごいんだな。)


そしていよいよ年越しの瞬間がやって来た。


イベントの出演者たちがステージ上に勢揃いして、年越しのカウントダウンを始めた。


「5…4…3…2…1…明けましておめでとーっ!!今年もよろしくー!!」


司会者の声に、会場中が大歓声をあげた。


「新年明けましておめでとうございます。」


テレビの前の4人が、深々と頭を下げる。


「今年は新しい家族が増えるのね。」


「楽しみだわ。」


「レナ、元気な赤ちゃん産むんだよ。」


母親たちとテオの言葉に、レナは笑ってうなずいた。


「またいろいろ心配もかけると思うけど、今年もよろしくお願いします。」


レナが頭を下げると、リサと直子は嬉しそうに微笑んだ。


「親に心配かけられるうちは、どんどん遠慮なく心配かけていいのよ。」


「そうそう。親子なんだから。」


リサと直子の言葉を、レナは嬉しく思った。


(私もいつかは、リサと直子さんみたいな強くて優しいお母さんになりたいな。)


ユウとレナに目一杯の愛情を注いで、女手ひとつで育ててくれた二人の母親たちは、本当にすごいとレナは思う。


(私も、ユウと一緒に、二人で目一杯の愛情を注いで、この子を育てよう。)



それからしばらくして、レナは部屋に戻り、布団に横になって考えていた。


(去年はいろいろあったな…。)


嬉しい事もつらい事もあった。


でも、どんなにつらい事も、ユウが一緒だから乗り越えられたとレナは思う。


(声が出なくなって、いろんな事が怖くなって…ユウの事まで怖がってた…。でもユウは、私の事、ずっと支えてくれた…。)


あの時、こんな自分ではユウを幸せにできないと、何度もユウとの別れを考えていた。


ユウを悲しませ、苦しめている自分が許せなくて、いっそ消えてしまえたらと思った。


(だけど…あの夢を見て、わかったんだ…。ユウが幸せになれるなら他の誰かとでもいい、なんて嘘だって…。やっぱり私は、ユウのそばにいたい。ずっとユウと一緒に生きて行きたいって思った。いつか、ユウの子供を産むのは私でありたいって思ったの…。)


夢の中で、ユウが“サヨナラ”と去って行った時、“行かないで”と何度も叫んだ。


(やっぱり私には、ユウしかいない…。ずっとユウの事、愛したいし…愛して欲しい…。)


悲しかった夢の事を考えていると、レナは突然ある事を思い出す。


(ああ…なんだ…そうだったんだ…。)


枕元に置いたスマホが着信を知らせる。


(ユウだ…。)


「もしもし…。」


「レナ、終わったよ。遅くなってごめんな。」


ユウの優しい声に、レナは微笑んだ。


「ううん、お疲れ様。ライブ、観てたよ。すごくかっこよかった。」


「そっか…ありがと…。」


ユウが照れ臭そうに呟く。


「急に電話が欲しいなんて、どうかした?」


「ううん…。なんとなく、ユウの声がすごく聞きたくなっただけ。」


レナが答えると、ユウはおかしそうに笑う。


「毎日会ってるのに?」


「うん…。」


「レナと電話で話すの、久し振りだ。」


「そうだね…。ずっと声が出なかったから。」


「うん。なんか新鮮。」


「ねぇ、ユウ…。」


「ん?何?」


優しく尋ねるユウの声がレナの耳をくすぐる。


「私…ユウが好き。」


「ん…?オレも好きだよ。どうした、突然?」


「んー…。なんとなく、言いたかっただけ。」


「なんだそれ。でも…またレナの声が聞けるようになって、名前呼んで好きって言ってくれて…すごく嬉しい。」


「うん…。私も、ずっと声に出して言いたかった。」


「じゃあ、もう一回言ってくれる?レナの声、オレも聞きたい。」


「うん…。ユウ、愛してる。」


「オレもレナの事、愛してる。」


電話越しのユウの言葉が少し照れ臭くて、レナははにかんだ。


「なんか、照れ臭いね…。」


「うん…。でも、嬉しい。」


「私も。でも、ユウの声聞いたら、早く会いたくなっちゃったな。」


「うん、オレも。これから帰るよ。無理しないで寝てていいから。」


「うん。ユウが帰った時に私が起きてたら、もっと言ってくれる?」


「何度でも。」


「じゃあ、気を付けて帰って来てね。」


「わかった。じゃあ、続きは帰って顔を見て言うから。レナが寝てても言うよ。」


「ふふ…。ありがと。」



電話を切った後も、耳に残る甘くて優しいユウの声が、レナを包み込むように、幸せな気持ちで満たしてくれた。


(私、ユウに愛してもらえて幸せ…。ユウに愛してるって言えるのは、本当に幸せな事なんだな…。)











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