今までも、これからも

それから数日。


ユウは、レナの声が出るようになった事と妊娠した事を、心配をかけたみんなに報告した。


声が出るようになった事はともかく、レナの妊娠を報告するのは、照れ臭いような、気恥ずかしいような、どこかくすぐったい気分だった。


報告を受けたみんなは、レナの声が出るようになった事にホッとした後、妊娠を知らされるとビックリして大声をあげた。


そして、とても喜んでくれた。



レナの具合の悪さを一番心配していた直子に報告した時は、“あれがつわりと言うものか”と妙に納得していた。


そして、自分たちには経験のない事なので、マタニティー雑誌を読んでテオと二人で勉強するとも言っていた。


海外出張から戻ったリサは、まずは娘の病気の回復に胸を撫で下ろし、娘もまた母親になると言う事を喜んだ。


ユウとレナの結婚式の衣装を作ると言う夢の次は、二人の子供に服を作るのが長年の夢だったらしく、“家族でお揃いの服なんてかわいくて素敵ね”と、リサは嬉しそうに言っていた。



レナが須藤に送った退職願は、須藤の計らいで休職願として扱われていた。


今は大事な時だから、つわりが治まるまでは無理せず休んでいていいと須藤は言った。


体調が落ち着いたら、産休に入るまで事務所の手伝いをして欲しいと須藤に頼まれ、レナはいろいろ考えていたようだが、その厚意に甘える事にした。


川田も無事に職場復帰を果たし、カメラマンとしての仕事も元気にこなしていると言う。


加藤は年末に一度ニューヨークへ戻り、年明けからはまたこちらの事務所に勤める事になったそうだ。


モモカは須藤と一緒に、年末にニューヨークのスタジオに戻るらしい。


そして、年明けには新しいスタッフが増える。


できるだけ、それぞれの実力を発揮できるように、得意分野の仕事を選べるような環境を作って行くつもりだと須藤は言っていた。


須藤は今後も、ニューヨークのスタジオと東京の事務所を行ったり来たりするらしい。


とりあえず`アナスタシア´の撮影だけは、他のカメラマンには譲れない、と須藤は笑った。



シンヤとマユに報告した時はレナの声が出るようになった事はもちろんだが、レナが妊娠した事と出産に前向きになった事を、自分たちの事のように大喜びしてくれた。


わからない事や不安な事があったらいつでも聞いて、とマユは嬉しそうに言った。


シンヤは、お互いの子供たちを一緒に遊ばせるのが楽しみだと、気の早い事を言っていた。



ヒロは“初孫だ!!”とユウの肩を叩いて、嬉しそうに笑った。


バンドのみんなも、二つの嬉しい知らせを手放しで喜んでくれた。


「男の子かな?女の子かな?」


「どっちでもかわいいんだろうな。」


「早く抱っこしたい!」


「そうか…ユウも遂にパパになるんだなぁ。」


「…パパって……。」


“パパ”と言う慣れない言葉の響きが照れ臭くて、ユウは思わず顔を真っ赤にして頬をかく。


そんなユウをみんなは微笑ましく思い、二人の子供が生まれてくる事を、とても楽しみにしてくれているようだった。



声が出るようにはなったが、レナは相変わらずつわりで具合が悪い。


今まで好きだった食べ物を受け付けなくなったかと思えば、時々思いも寄らない物を突然食べたいと言ったりする。


そして匂いに敏感になって、ユウが感じないような微かな匂いで気分が悪くなったりする。


さっきまで笑っていたかと思えば、些細な事で急に泣いたり、そうかと思えば突然怒ったりもする。


妊娠初期は特に、急にホルモンのバランスが変化して、感情が不安定になりやすいらしい。


一昨日は、今まで気に入っていた柔軟剤の香りが嫌になったと泣き出し、昨日は、あると思って特売日に買わなかった醤油の買い置きがなかったと怒り出した。


そして今日は、朝起きるなり“今、どうしてもレアチーズケーキが食べたい”と駄々をこね、ユウがコンビニへ買いに走った。


ユウが買ってきたレアチーズケーキを嬉しそうに食べているレナの笑顔を、ユウは愛しそうに目を細めて見ていた。


ユウがリビングでギターを弾いていると、レナはいつも、ユウのそばでソファーに身を預け、気持ち良さそうに目を閉じている。


しばらくして、“聴いているのかな?”と思ってユウが顔を覗き込むと、スヤスヤと寝息をたてていたりする。


ユウは、“やれやれ…”と愛しそうに笑いながらブランケットを掛け、眠っているレナの頬にそっとキスをする。


朝から晩まで、急に泣いたり怒ったり、わがままを言ったりもするが、今まであまり見た事のないレナの様子が新鮮で、ユウはそんなレナがたまらなくかわいいと思いながら、笑って受け止める。


こんなふうにわがままを言ったり、感情をぶつけられるのも、レナが安心して甘えてくれているんだと、ユウは嬉しく思った。


妊婦と言うのは、体調の悪さや感情の不安定さを伴ってまで、自分の体の中で新しい命を守り育む事のできる、男である自分の想像を遥かに超えた未知の存在だとユウは思う。


だけど、そんな大変な思いをしても“ユウの子供を産みたい”と言ってくれたレナが、これまで以上にとても愛しい。


いつかシンヤが言っていた事は本当だとユウは妙に感心する。


(レナには頭上がらないよ…。子供が生まれても、オレの一番がレナである事は変わらないんだろうな…。)




クリスマスが目前に迫ったある日の朝。


相変わらずレナは空腹になると気分が悪い。


(朝は特につらいんだよね…。)


もそもそとベッドの中で寝返りを打つと、隣ではまだ寝息をたてているユウが、いつものように長い腕でレナを抱きしめる。


「んー…レナ…。」


寝言でレナの名前を呼ぶユウに、レナは思わず微笑んで、優しく頭を撫でる。


(ユウかわいい…。)


そして、お腹をそっと撫でる。


(おはよう、赤ちゃん。)


どんなに気分が悪くなったり、気持ちが不安定になっても、自分のお腹にユウと自分の赤ちゃんがいると言う事は、とても幸せだとレナは思う。


それだけでも幸せなのに、レナの妊娠がわかってから、ユウはいつも幸せそうに笑ってレナのわがままを聞いてくれる。


わがままを言っている自分を、まるで子供のようだと少し恥ずかしくなる事もあるが、そんなレナを愛しそうに目を細めて見ている優しいユウを見ると、やっぱりこの人と一緒になって良かったと、心から思う。


(どんなレナでも愛してる、って言ってくれたのは、嘘じゃないんだよね…。赤ちゃんができる事も、ユウの事も、あんなに怖かったのが嘘みたい…。)


「レナ…おはよ…。」


目覚めたユウが眠そうな目をこすってレナの頬にキスをすると、レナも幸せな気持ちでユウの頬にキスをする。


「おはよ。お腹空いた。」


レナの一言に、ユウは思わず笑い出す。


「朝の第一声がそれかぁ…。」


「だって、ホントにお腹空いたんだもん。」


「ん…じゃあ、朝食の用意しようか。」


ユウはレナに軽くキスをすると、ひとつあくびをして起き上がる。


「フレンチトースト食べたい。」


「よし、作るか。」


相変わらずレナのわがままをかわいいと思いながら、ユウはキッチンに立って、レナのためにフレンチトーストを作り始めた。


ユウの作ったフレンチトーストを食べながら、レナはふとカレンダーに目をやる。


「もうすぐクリスマスだね。」


「ホントだ。」


「今年のクリスマスは、たいした事はできないと思うけど…。」


「いいよ、無理しなくて。一緒にいられたらそれだけでじゅうぶんだから。」


さりげなく優しいユウの言葉が嬉しくて、レナはニッコリ微笑んだ。


「去年のクリスマス…覚えてる?」


「うん。婚姻届け、一緒に書いたな。」


「あれからもう1年…って気もするし、まだ1年…って気もする。」


「この1年、いろいろあったから。」


「そうだね…。入籍して、結婚式挙げて。」


「新婚旅行にも行ったな。」


「ユウに初めて嘘ついた。」


「そんな事もあったな…。」


この1年の間に起こった出来事を、二人で振り返る。


「つらい事もいろいろあったけど…やっぱり、ユウと一緒にいられて良かった。」


「オレも、レナといられて良かった。」


「二人っきりでいられるうちは、目一杯ユウに甘えてもいい?」


「いいよ。それって、子供が生まれるまではオレがレナを思いっきり独り占めしていいって事?」


「うん。“レナが一番好き”ってユウに言ってもらえるうちに、思いっきり甘えて、思いっきりわがまま言う。」


「まぁ…今までもこれからも、オレの一番はレナだけどな。」


「赤ちゃんが生まれても?」


「子供はオレたち二人の一番だけど、レナは、オレのレナだから。」




クリスマスの翌日。


スタジオで`ALISON´の新曲のレコーディングをしていたユウに、直子から電話が掛かってきた。


休憩時間、着信に気付いたユウは直子に電話を掛けた。


「年末年始はどうするの?」


「年末年始か…。オレ、大晦日の夜に歌番組の生放送があるんだよ。カウントダウンライブするやつ。レナは妊娠中だからライブにも行けないし、一人で年越しじゃ、やっぱりかわいそうかな…。」


去年の年末から今年の年始に掛けては、リサの両親の住むロサンゼルスで過ごした。


今年は妊娠中のレナの事を考えると、あまり無理はできない。


「レナはつわりでしんどそうだしな…。」


「二人でうちに来ない?都合が良ければリサさんも呼ぼうと思ってるんだけど。久し振りにみんなで賑やかなお正月にしましょ。」


子供の頃、毎年レナ親子と一緒に年越しをしてお正月のお祝いをした事を思い出す。


「それもいいかな。レナにも聞いてみる。」


「レナちゃんと相談したらまた連絡して。リサさんには私が連絡しておくから。」


「わかった。」


クリスマスは、テレビの歌番組の生放送が終わった後にユウが買って帰ったケーキを一緒に食べたくらいで、たいした事は何もしなかった。


それでも、つわりで食事を作るのがつらいと言っていたレナが、頑張って料理を作って待っていてくれた事が嬉しかった。


“無理しなくていいよ”とユウが言うと“今年はプレゼントも用意できなかったし、奥さんなんだから、せめてこれくらいはしないと”と言ってレナは笑っていた。


レナが作ってくれた料理を二人で食べながら、お酒の飲めないレナのために買ってきた、子供用のシャンパン風飲料を飲んだ。


その懐かしい味に子供の頃のクリスマスを思い出し、二人でクリスマスの思い出話をしたり、子供が生まれたらこんなクリスマスにしたいと話したりした。


(レナがいてくれたらそれだけでじゅうぶん幸せだって今は思ってるけど、子供が生まれたらレナと子供のいる生活はもっと幸せだって思うのかな…。)


ユウはタバコに火をつける。


(レナとお腹の子供の事を考えると、家では吸えないもんな。かと言ってやめるのも…。)


煙を吐きながら、レナは今頃どうしているかなと考える。


きっと、妊娠中の今しか見られないであろう、子供のようなレナの様子を思い出して、ユウは思わず笑みを浮かべた。


(レナ、今日は一体、どんな事を言い出すんだろうな。)


タバコを吸いながらコーヒーを飲んでいると、同じくレコーディングに来ていたリュウとハヤテがそばに来てユウに話し掛けた。


「お疲れ。」


リュウもタバコをくわえて火をつけた。


「お疲れ。」


ハヤテが缶コーヒーのタブを開けて尋ねる。


「奥さんの調子はどう?」


「相変わらず、絶賛つわり中。」


「そうか。妊婦さんは大変だな。」


リュウが煙を吐きながら笑う。


「妊婦のわがままに付き合う旦那も大変だろ。オレの姉貴、ハタチの時にシングルで子供産んだんだけどな、旦那がいない分、弟のオレにアレコレわがまま言うわけよ。やれアレが食べたいだの、やれコレが嫌だの、しまいには、なんでオマエはギターじゃなくてベース弾いてんだとか、わけのわからん事も言い出すしな。」


「なんだそれ。ベーシスト拒否?」


「その低い音が腹に響いてイライラするとか、横暴だろ。元ヤンだから怒り方が半端なくヤバイんだよ。家でベース弾けねぇの。」


「そん時、リュウいくつ?」


「18だったかな。まだロンドン行く前。親の店で美容師の見習いやってた頃。姉貴も親の店で美容師やってたんだけどな、つわりでしんどい時はパーマ液とかシャンプーの匂いもダメで、しばらく休んでた。」


「そうそう。匂いに敏感になる。この間、ずっと気に入って使ってた柔軟剤の香りが嫌になったって泣き出した。」


「そんな事で?」


「うん。次の日は、あると思って特売日に買わなかった醤油の買い置きが家になかったって怒ってた。」


「醤油で怒るか?」


「うん。次の日は、朝起きるなりレアチーズケーキが食べたいって言い出して、帰りに買って来るって言ったら、どうしても今食べたい、今じゃないとダメなのって、だだっ子みたいになっちゃって…。」


「で、どうした?」


「すぐにコンビニへ買いに走った。」


「オマエ…やっぱり奥さんには激甘だな。」


「毎日それに付き合うユウも大変だ。」


「いや…大変だと思った事ないな。なんか表情がコロコロ変わって面白いし、一生懸命わがまま言ってかわいいなぁとは思ってるけど。」


「マジか…!!オレには、それをかわいいと言えるオマエが理解できん…。」


「そうかな…。レナ、昔は感情表現が苦手で、怒ったり泣いたりしなかったんだよ。オレには少し笑ったりはしたけど、友達には無表情とか言われてた。」


「人形みたいだな。」


「付き合い出してからは、だいぶ感情を表に出せるようにもなったんだけどな。それでも、今まであんまりわがまま言ったり喜怒哀楽をハッキリ出す子じゃなかったから、余計にそれが新鮮と言うか、オレにだけはわがまま言ってくれるようになって嬉しいと言うか…。」


「わがまま言ってくれて嬉しいってあたり、ユウはヒロさん並みの愛妻家だ。いや、ヒロさん以上かも。」


ハヤテはユウの愛妻家ぶりに、感心しきりの様子でホウッと息をつく。


「やっぱユウは、愛しのハニーは目に入れても痛くねぇってか。それとも食っちまいたいくらいかわいいか。」


ニヤニヤ笑いながら言うリュウの言葉に、ユウは思わず赤面して目をそらす。


「なんだそれ…。」


(うん、そうだよ!とか、恥ずかしくて言えるか!!)





今年も残すところあと2日。


ユウとレナは、一緒に年越しするために直子とテオの家に来ていた。


翌日にライブを控えたユウは、レナを送って少しすると、スタジオに出掛けて行った。


レナは直子と一緒にお節料理の支度をしたり、テオにドイツ語を教えてもらったりしながら、ゆっくりと過ごした。


夜になるとスタジオからユウが戻り、4人で賑やかに食卓を囲んだ。


その日の夜、ユウとレナは、布団の中で手を繋いで話をしていた。


「明日は昼前から会場に行って、帰るのは夜中になると思う。」


「じゃあ、テレビでカウントダウンライブ見てユウと一緒に年越しする。」


「無理しなくていいよ。疲れたら寝てていいから。」


「わかった。でもユウのギター弾いてる姿は絶対見る。這ってでも見る。」


「熱烈なファンだなぁ…。」


ユウは笑ってレナを抱き寄せ、何度も優しくキスをして抱きしめた。


「はぁ…。」


ユウがため息をつくと、レナはユウの腕の中で不思議そうに尋ねる。


「どうしたの?」


「ん…?やっぱりオレの奥さん、世界で一番かわいいと思って。」


「一番って事は、二番目もいるの?」


レナの唐突な質問に、ユウは驚いてレナの顔を見る。


「なんだ突然?オレにはレナしかいないよ?」


「ホント?」


「ホント。オレ、レナ以外の女の子見てかわいいって思った事、今まで一度もないもん。」


「そうなの?」


「うん。昔からそれは変わらない。」


さらりとそう言って、ユウはレナの髪を優しく撫でる。


「これからも、変わらないよ?」


「ユウのそういうとこ、大好き。」


「レナがお母さんになっても、オレはレナが世界一かわいいって言うと思う。」


「ホント?」


「ホント。オレはレナしか興味ないから。」


「じゃあ…ハイ。」


レナはユウに向かって、少し唇を突き出す。


ユウは少し笑って、レナの唇に優しくキスをすると、また呟く。


「やっぱりオレの奥さん、世界一かわいい。」


「私の旦那様、世界一優しくてかっこいい。」


レナの言葉に、ユウは照れ臭そうに笑う。


「改めてそう言われると、照れ臭い。」


「でもホントの事だよ。ユウ、大好き。」


「オレも、レナが大好き。絶対離さない。」


ユウがギュッと抱きしめると、レナは嬉しそうに笑った。


「私も絶対離さない。私の旦那様はユウだけだもん。もしユウが浮気したら…。」


「…したら?」


「悲しくて泣いちゃうかな…。怒ってユウをひっぱたくかな…。それとも、子供連れて出て行っちゃうかな…。」


自分で“もしも”の話を始めたくせに、レナは涙目になっている。


「ないない、絶対ないから。安心して。」


ユウは笑いながらレナの目元ににじんだ涙を優しく拭う。


「ホント?」


「ホント。だから安心して、今日はもう遅いから寝よ。」


レナを腕枕して、ユウはレナの髪を優しく撫でながらキスをする。


「おやすみ、オレの世界一かわいい奥さん。愛してるよ。」


「ん…おやすみ。ユウ、愛してる。」


もしユウが浮気したら…と想像するだけで涙ぐむレナは、ユウにとっては、やっぱりたまらなくかわいい。


レナに愛されている幸せを噛みしめながら、ユウはレナを優しく抱きしめたまま、心地よい眠りについた。




大晦日の夜。


リサが直子の新居に初めてやって来た。


初めて会う直子の夫のテオに挨拶をした後、リサは直子と一緒に楽しそうにキッチンでお節料理の支度をしている。


レナは気分の悪さと戦いながら、できあがったお節料理を重箱に詰めていく。


「レナちゃん、無理しなくていいのよ。気分が悪かったら、休んでていいからね。」


「レナはつわりで大変そうね。」


「リサも私がお腹にいる時、つわりでしんどかったの?」


「しんどかったなんてもんじゃなかったわ。毎日が船酔いか二日酔いみたいで…。つわりで食べ物も飲み物も受け付けなくなって、吐きすぎて脱水症状起こして、何日か病院に通って毎日点滴してもらったのよ。」


「そんなに?!」


「妊娠中で一番つらかったのはつわりね。いつ終わるかもわからなくて、毎日ぐったりしてたんだけど…。時々、ビックリするくらい調子のいい日があるの。つわりの中休みみたいな。」


「中休み?!」


「そう。そういう日は食べたい物はなんでも食べられるし気分も悪くならないんだけど、あまり調子に乗って食べ過ぎると次の日がつらくなるのね。レナもつわりで食べ物の好みが変わったりする事があると思うけど、あまり塩辛い物とか油っこい物とか甘い物ばかり食べ過ぎるのはダメよ。」


「そうなの?」


「レナの食べる物の栄養が赤ちゃんにも届くって事は忘れちゃダメ。つわりが落ち着いたら、食生活にも気を付けなさいね。」


「そうなんだ…。気を付けよう…。」


やはり経験者は違うなと感心しながら、レナは自分の食生活を振り返る。


(確かに、妊娠してから、普段はあまり食べなかったような味の濃い物ばかり欲しくなってた気がする…。)


「レナちゃん、そこにマタニティー雑誌があるから読んでみたら?今月号の付録、安産料理のレシピ本だったから、持って帰っていいわよ。私が持ってても仕方ないし。」


「ありがとう。これで勉強します。」


直子とテオが、レナのためにマタニティー雑誌を買って、妊娠の事を勉強してくれている事を嬉しく思いながら、レナはソファーに座ってマタニティー雑誌を読んだ。


(妊娠中って、いろんな事があるんだな…。私もいろいろ気を付けなくちゃ…。ユウのためにも、元気な赤ちゃん産みたいもんね。)


熱心にマタニティー雑誌を読んでいるレナを、リサと直子は微笑ましく思った。


「レナちゃんもお母さんになるのね。」


「なんだか信じられないわね。」


「あの子たちの七夕の願い事、覚えてる?」


「覚えてるわ。レナをお嫁さんにする、と、ユウのお嫁さんになりたい、でしょ?」


「そう。あと、レナと結婚して、家族をいっぱいつくる。ユウの願い事を叶えてくれるのは、レナちゃんだけだったからね。ホントに良かった。」


「ユウくんがレナの願い事を叶えてくれたんだもんね…。ずっとレナを大事にしてくれて、お嫁さんにしてくれて…。レナは幸せね。」


「私たちも、ユウとレナが結婚して幸せになれますように、って…。」


「そうそう、書いたわね。願い事が叶って、ホントに良かったわ。」


遠い日の母親たちの願いは、今も変わらない。


そして、これからもきっと、二人の幸せを願う気持ちは変わらないだろう。


ユウとレナがいつまでも幸せであって欲しいと願う、リサと直子だった。






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