誓いのキスをもう一度

翌朝。


豪華なお節料理と直子の作ったお雑煮で、5人揃って新年のお祝いをした。


お節料理を食べながら、ユウは昨日直子が録画した`アナスタシア´ のCMを見せられ、みんなに冷やかされて、顔を真っ赤にしていた。


「ユウ、顔赤いね。」


テオに冷やかされて、ユウはお屠蘇をぐいっと飲み込む。


「飲み慣れない日本酒のせいだから。」


言い訳をするユウを見て、リサと直子が笑う。


「ユウくん、ありがとう。レナが元気になったのも、こんなに素敵なCMができたのも、ユウくんのおかげよ。」


「いや…。オレはそんなたいしたことは…。」


そんなユウの様子を見て、直子はまた、昨日のライブで見た息子とは別人のようだと笑った。



美味しいお節料理とお雑煮でお腹がいっぱいになった頃。


のんびりと寛いでいたユウのシャツの袖を、レナがツンツンと引っ張る。


「ん?どうした?」


「一緒に行って欲しいところがあるの。」


「ん?いいよ。」


ユウとレナは`アナスタシア´で一緒に買ったコートを着て、お揃いのマフラーを巻いて出掛ける事にした。


「あら、二人とも素敵なコートね。」


新しいコートを着た二人の姿に、直子が目を輝かせる。


「うん。ユウに買ってもらった。」


「よく似合うわねぇ…。」


「リサさんの作った服だから。」


「“大事な人に着せたい服”が、私の作る服のコンセプトだからね。これからまた楽しみが増えるわね。」


そう言って、リサは嬉しそうに笑った。


外に出て、ユウとレナは手を繋いで歩いた。


「寒いな。レナ、大丈夫?」


「うん。ユウの手、あったかいよ。」


レナはユウの手をギュッと握って微笑んだ。


「じゃあ、もっと温めようかな。」


ユウは、レナと繋いだ手をコートのポケットに入れて、ギュッと握り直した。


「あったかい?」


「うん、すごくあったかい。昨日の夜みたいだね。」



夕べ、ユウが帰って来た時、レナは睡魔と戦いながらユウの帰りを待っていた。


そんな眠そうなレナをユウは優しく抱きしめ、何度も愛してると言ってキスをした。


レナも何度もユウに愛してると囁きながら、ユウの甘いキスに応えた。


そして、お互いを温め合うように抱き合って、幸せな気持ちで眠りについた。



「夕べ、寝るの遅かったから眠くないか?」


「大丈夫だよ。ユウが隣にいたから、よく眠れたもん。」


「そうか?無理するなよ。」


他愛もない話をしながらレナはユウの手を握って、前に直子と行った教会へと足を運ぶ。


「行きたいところって…ここ?」


「うん。この間、直子さんと来たの。」


教会のドアを開けて中に入ると、レナは祭壇の前に立って話し始める。


「直子さんと来た時にね…私、神様にお祈りしたの。」


「へぇ…。なんて?」


「うん…。ユウを誰よりも幸せにして下さいって。ユウが幸せになれるなら、私じゃない他の誰かとでもいいからって…。」


「えっ…。」


レナの言葉に驚いたユウが、じっとレナの目を見る。


「その時は、ユウを悲しませて苦しめてばかりいるこんな私じゃ、ユウを幸せにできないと思ってたから…。」


ユウはつらそうにうつむいてレナの話を聞いていた。


「直子さんの家に戻ったら、いつの間にかうたた寝しちゃって…夢を見たの。この教会で、ユウが白いタキシードを着て、ウエディングドレスを着た誰かと結婚式を挙げててね…私はそれを見てた。」


「うん…。」


「それで、ユウがその人と一緒に、幸せそうに赤ちゃんを抱いて、私に…“サヨナラ”って…。私はユウに“行かないで”って何度も叫ぶんだけど声が出なくて…。ユウは私を振り返る事もしないで、背中を向けて去って行った…。」


「……。」


ユウは黙ってレナの言葉に耳を傾ける。


「ユウが幸せになれるなら、私じゃない他の誰かとでもいいって思ってたはずなのに、すごく悲しくて…。ホントはユウとずっと一緒にいたいって…ユウの子供を産むのは私でありたいって思った…。ユウを失いたくないって、心から思ったの。」


「うん…そっか…。」


「だから、勇気を出して踏み出してみようって…。私はユウを愛してるんだからって…。」


「うん…。」


「でもね、昨日、その夢の事を考えてたら、突然思い出して…。」


「ん…何?」


「ウエディングドレスを着てユウと結婚式を挙げてたのは…他の人じゃなくて、私だった。」


「えっ?」


「それで思ったんだ…。ユウは、下を向いて泣いてばかりで逃げ出そうとしてた私に、サヨナラって言ったのかなって。ウエディングドレスを着ていたのは、それを乗り越えて、ユウの赤ちゃんを産んで、ユウと幸せに笑ってる私だったんじゃないかな…。」


「うん…そうかも。」


「こんなタイミングで妊娠した事にも…きっとちゃんと意味があるんだね。」


「いつの間に妊娠してたんだろう?」


「病院でもらった冊子読んで、調べた…。」


「へえ、わかるんだ。いつ?」


「沖縄で…。バーに行ってお酒飲んだ後…。」


レナは少し恥ずかしそうに話す。


「そうなんだ…。生きてて良かったな。もしあの時、海に身を投げたり、オレに抱かれながら息ができなくなって死んでたら、お腹の子には会えなかった。」


「うん…。」


レナがしんみりとうつむく。


「まぁ…過呼吸って言うか…過換気症候群の発作では普通死なないけどな。」


ユウが笑いをこらえながらそう言うと、レナは驚いてユウの方を見た。


「ひどい…!!ユウ、騙したの?!」


「ごめんって…。オレはただ、レナに無理させたくなかっただけ。レナは…あの時、ホントに死んでもいいって思ってた?」


「うーん…。ユウに抱かれながら死ねるなら、それも幸せかも知れないって…。」


レナが真っ赤な顔でうつむいて小さく呟くと、ユウは笑ってレナを抱き寄せた。


「死なせたりしないよ。ずっと一緒に生きてくんだろ?」


「うん…。」


レナはユウの温かい腕の中で、少し神妙な面持ちで、静かに話し出す。


「あのね…ユウに話したい事があるの。」


「うん…何?」


「私…ずっとユウが怖かった。スタジオの控え室で怖い思いして…。」


「レナ、無理しなくていいんだよ?」


「うん…。でも、今言っておかないと、この先ずっと言えないまま苦しむ事になるかも知れないから…勇気出して、言うね。」


「うん…。」


「家に帰ってから、シオンくんにされた事を思い出したらすごく怖くて、混乱して…その時、昔の事を思い出した…。あの時、ユウも私も、あの子と同じ歳だった…。ユウ…途中でやめてくれたけど、私の服を脱がせようとしてたでしょ…?ホントはあの時、ユウも私に無理やりしようとしてたのかなって…。そう思ったら、急にユウの事が怖くなって…。それに、ユウ以外の人にあんな事をされたって、ユウに知られるのも怖かった…。だから、ユウの顔もまともに見られなくなった…。」


黙ってレナの話を聞いていたユウが、苦しそうに言葉を絞り出す。


「ごめん…。レナの言う通りだ…。オレもあの時、アイツと同じ事しようとしてた…。どんなに想っても届かないなら、レナを力ずくで自分のものにしてしまおうって思ってたんだ…。だけど…レナに“こんなの私の知ってるユウじゃない”って泣きながら言われて…それ以上、何もできなかった…。無理やり抱いてもレナを傷付けるだけで…結局オレは、レナに愛してもらえないんだって…。」


「うん…。もしあの時、ユウがやめてくれなかったら、本当にユウの事…怖くて、2度と会いたくないって思ってたと思う…。」


「ごめんな…。レナが好きでどうしようもなかったとは言え…結局オレはレナを傷付けた…。泣いて嫌がるレナを無理やり押さえつけて、キスして…。だけど…そんなの、ただ苦くて苦しいだけだった…。胸が痛くて、苦しくて、後悔しか残らなかった…。」


ユウの言葉を聞きながら、レナは目に涙を浮かべ、ユウの手を握りしめた。


「ユウは、あの子とは違うよ。その事…ずっと後悔して苦しんだんでしょ?」


「うん…。」


「私の事、昔からずっと大事にしてくれたでしょ?今も私の事、愛してくれてるでしょ?」


「うん。昔から、オレにとってレナは一番大事だし、誰よりも愛してる。」


「うん…。それならもういいの。私も、ユウが一番大事。昔からユウは、私にとって特別で大切な人だから。今は、誰よりもユウを…愛してる。」


ユウは、レナをギュッと抱きしめた。


「ひとつだけ…聞いてもいいか?」


「うん…。」


「レナの声が出なくなる前の夜…夢見てうなされてたの…覚えてる?」


レナはしばらく黙って考える。


「覚えてない…。」


「そっか…。ならいいんだ。」


「そうなの?」


「うん。」


(覚えてないって事は、レナが怖がってたのは夢の中のオレじゃなかったんだな…。)


ユウはレナと向かい合って、まっすぐにレナの目を見つめた。


「レナ、愛してる…。ずっと大事にするよ。何があっても、オレがレナを守るから…。一生、そばにいてくれる?」


「うん…。私も、これからもずっと、ユウと一緒に生きて行きたい。この子のためにも。」


「もう一度、神様に誓おうか。」


「そうだね。」


レナが微笑むと、ユウは、レナの顎にそっと手を添えて、優しく唇を重ねた。


「レナ、愛してる。どんなにつらい事があっても、二人で乗り越えて行こう。」


「うん。ユウ、愛してる。この子が生まれたら…二人で目一杯愛情を注いで、一緒に育てて行こうね。」


「夫婦だからな。」


「うん、夫婦だもんね。」


「こうやって、夫婦になってくのかな…。」


レナは祭壇の方を向いて両手を組み合わせた。


「神様、やっぱり私は、ユウの赤ちゃんを産んで、幸せに暮らしたいです。一生、ユウのそばにいたいです。」


ユウも両手を組み合わせて祈る。


「オレは一生、レナを愛して守ります。必ず幸せにします。だから、何度生まれ変わっても、レナと一緒にならせて下さい。」


「私も、何度生まれ変わっても、ユウと一緒に生きたい…。」


「じゃあ、約束。」


ユウが小指を差し出すと、レナはうなずいて、小指を絡めた。


「うん、約束ね。」


二人で共に歩く幸せな未来のために、ユウとレナは祈りを捧げた。


「ユウ、これからもずっとそばにいて、レナ愛してるって言ってくれる?」


「当たり前。オレの生きる意味は、レナを愛して一緒に生きていく事だよ。それがオレの幸せなんだ。なんて言っても、レナがオレのすべてだから。」


神様の前でもう一度誓いのキスをして、二人は幸せな気持ちで抱きしめ合った。


「絶対離さないからな。」


「うん。ずっと一緒にいようね。」



これから待ち受けている未来に何が起こったとしても、二人で乗り越えて行こう。


前を向いて、歩いて行こう。


手を繋いで、同じ歩幅で。












  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る