明かされた真実と消せない過去

なかなか戻って来ないレナの事が気になり始めたユウは、様子を見に行く事にした。


「オレ、ちょっと様子見てくる。まだ人の多いところとか心配だし。あまりにも遅すぎる。」


ユウが立ち上がって個室の扉を開けた時。


「お客さん、大丈夫ですか?」


レナが、隣の個室の前にしゃがみ込んで、店員に声を掛けられている。


ただならぬレナの様子に気付いたユウは慌てて駆け寄った。


「すみません、大丈夫です。」


ユウは店員に軽く頭を下げ、レナの背中をさする。


「レナ、大丈夫か?」


レナは震えながら大きく目を見開き、両手で頭を抱えて首を横に振る。


“嫌…やめて…”


何度もそうくりかえし、レナは涙を流した。


「レナ…?」


隣の個室からは、相変わらず大きな話し声が聞こえている。



『まぁ、でも、思ってたよりイイ体してた。』


『どんな?』


『肌白くてスベスベで、華奢なわりに胸はけっこうあったし、柔らかかった。今考えると惜しいよなぁ。勉強とか教えてもらってないでもっと早くやっちゃえば良かった。』


『勉強とかウケる!!』


『数学苦手だって言ったら、得意だから教えてあげようかーって。どうせなら別の事、教えて欲しかったなー。大人のオンナとか。いつも旦那とどんなふうにやってんのかとか。』


『旦那って前に週刊誌で…。』


『ユウだろ。週刊誌で、いろいろスゴイって書いてあったじゃん。そのユウが選んだ女なんだから相当イイんだろうなーって思ったんだけどな。めちゃくちゃ抵抗されてさぁ。旦那と散々やりまくってるくせに、結局やらせてくんねぇの。処女じゃあるましいし、もったいぶんなっての。』



(まさか…ホントに?!)


ユウは信じられない思いで隣の会話を耳にしていた。


レナは耳を塞ぎ、目を固く閉じて、涙を流しながら首を横に振って声にならない叫びをあげている。


そして、レナは突然短い息をし始める。


苦しそうに息を短く吸い続けるレナを、ユウは慌てて抱き上げ個室に連れて行って、背中をさすりながら声を掛けた。


しばらくして呼吸が整っても、レナは混乱してボロボロと涙を流して泣き続ける。


「レナ、ちょっと待ってて。」


ユウは上着を脱いでレナの姿を隠すように頭から被せてやると、拳を握りしめて個室を出た。


「ユウ待て、オレも行く!」


タクミがユウの後を追う。


ユウは隣の個室の扉を勢いよく開け、見覚えのある顔を見つけると近付いて低く呟く。


「レナに何した?」


驚くシオンの胸ぐらを掴んでユウは叫ぶ。


「オレのレナに何したって聞いてんだよ!!」


「なんもしてねぇよ!!」


「嘘つけ!!オマエらの話は全部聞いた!!オマエのせいでレナは…!!」


今にも殴りかかりそうな勢いのユウをタクミが止めに入る。


「待て、ユウ!!」


リュウ、トモ、ハヤテの3人もその場に駆け付け、ユウを抑える。


「離せ!!なんで止めんだよ!!」


「ユウ、オマエの気持ちはわかる。でも手を出したらオマエの負けだ。」


「でも、コイツがレナを…!!」


「これ以上騒ぎが大きくなると、余計に奥さん悲しませる事になるぞ。」


ハヤテがユウをなだめる。


シオンからユウをどうにか引き離すと、タクミがスマホを取り出し、カメラで写真を撮る。


「オマエら、未成年だよな。飲酒喫煙は成人になってからだ。」


「あっ…!!」


飲酒と喫煙の現場をタクミに押さえられたシオンは、途端に慌て始める。


「慌ててももう遅い。さっきの会話も、全部録音した。今、オマエらの事務所やらマスコミ関係者に、データ送ったから。」


タクミがニヤリと笑う。


「ついでにいい事教えてやる。オレの親父は、警視総監だ。ちなみに母親は弁護士で、兄貴は政治家だ。オマエの今後が楽しみだな。」


「こんな仕事じゃなければ、オレがボッコボコにしてやんのになぁ…。」


リュウににらみつけられ、シオンは青ざめた顔で震え上がった。


「よくも、オレらのかわいい妹に手を出してくれたな…。昔のオレなら、オマエの大事な顔、原型留めないくらいにしてるぞ…。命拾いしたな…。」


タクミはシオンたちが青ざめているのを見て満足そうに笑うと、ユウの肩を叩いた。


「ユウ、コイツの事はオレに任せてよ。悪いようにはしないから安心して。とりあえず今は、あーちゃんについててやりなよ。」


「…わかった。」


ユウは拳を握りしめ唇をかみしめる。


そして膝を抱えて泣いているレナのそばに戻ると、壊れ物を扱うようにそっと抱きしめて、子供をあやすように優しく背中を叩いた。


「もう大丈夫だよ、レナ…。帰ろう…。」




それからレナを連れてタクシーでマンションまで戻ると、ユウは相変わらず泣き続けるレナをソファーに座らせ、優しく抱きしめた。


「レナ…。ごめんな。オレが誘ったばっかりに…。」


レナは何も答えず、ただ泣き続ける。


「オレのせいで怖い思いさせたんだな…。ホントにごめん…。」


しばらくユウは、小刻みに震えながら泣いているレナを、ただ黙って抱きしめていた。


(オレが守るって言っておきながら、結局はオレのせいでレナを嫌な目にあわせてしまったんだ…。)


ユウは自分のせいでまたレナを傷付けてしまった事を思うと、胸がしめつけられるように痛んだ。


どうする事もできないやるせなさに、ユウはただ胸を痛める事しかできなかった。


泣き疲れて眠ったレナを起こさないよう、そっとベッドに運ぶと、ユウはソファーに身を沈めタバコに火をつけて考える。


(アイツ…18って言ってたな。まさか一回りも歳下の子供にそんな事されるなんて、レナは思ってなかったんだろうな…。)


タバコの煙を吐きながら、ユウはふと、レナがうなされていた日の事を思い出す。


(あの時レナ…“ユウ、怖い、やめて”って言ってたよな。“こんなの私の知ってるユウじゃない”って…。“どうしてそんな事するの?”って…。)


そしてユウは気付く。


(あの時…オレもレナも、アイツと同じ18だった…。もしかしてレナは、アイツとあの時のオレの姿が重なって…。)


レナの事が好きだったとは言え、自分も18の時に、レナに同じ事をした。


泣きながら“こんなの私の知ってるユウじゃない”とレナに言われて思い留まったが、泣いて嫌がるレナを押さえ付け、無理やりキスをして力ずくで自分のものにしようとした。


レナを傷付けてしまった自分を悔やみながら、謝る事もできずにレナの元を離れた。


それなのに、再会してもまた同じ事をくりかえし、レナを傷付けてしまった。


そして、今になってまたレナを苦しめているのは、他でもない自分自身だ。


(オレがそばにいる限り、レナはずっと苦しむ事になるのかも知れない…。)


どうしようもないくらい、レナを愛している。


一生、レナを愛して守りたい。


これからもレナと一緒に生きて行きたい。


レナを誰よりも幸せにしたい。


二人で生きて天寿をまっとうする時に、いまわのきわで、“ユウと一緒になって本当に幸せだった”とレナに心から思ってもらいたい。


できれば、“次の人生でもユウと一緒になりたい”と言って欲しい。


何度生まれ変わっても、レナを離したくない。


だけど…。


(オレはどんなに愛しても…レナを傷付けて、泣かせてばかりだ…。レナを苦しめたいわけじゃないのに…。ただ、オレのこの手でレナを守って幸せにしたいだけなのに…。)




居酒屋でのできごとがあってから、レナはまた自分の部屋にこもり、塞ぎ込むようになった。


ユウが声を掛けても、レナは部屋から出て来ようとはしない。


たまにユウがリビングにいる時に顔を合わせても、レナはうつむき、ユウと目を合わせないようにして、慌てて用事を済ませて部屋に戻る。


(またオレの事が怖くなっちゃったか…。)


レナの気持ちを考えると、ユウはどうする事もできず、ただ黙って見守るしかなかった。


そんな事が数日続いた。


ユウは、地方でのライブイベントに出掛けるため、三日間ほど家を空ける事になった。


今の状態のレナを、三日間も一人にしておいて大丈夫だろうか?


また出て行ったり、早まった事をしたりはしないだろうか?


(どうするか…。連れても行けないし…。)


ユウは悩んだ末リサに電話をしたが、リサも海外出張でしばらく日本を離れると言う。


(どうしよう…。シンちゃんとこは子供が生まれたばかりだから迷惑かけられないし…。)


ユウはいろいろ考えたが、母親の直子に電話を掛け、事情を説明してレナを預かってもらう事にした。


直子は初めて聞くレナの病気の事やその経緯に驚いていたが、ユウの頼みを快く引き受けてくれた。


ユウは、今はレナに子供の話はしないで欲しいと直子に念を押した。


そして、できるだけそっとしておいてやってくれと頼んだ。


その日の晩、ユウはドア越しに声を掛けてから少しドアを開けてレナに話し掛けた。


レナは膝を抱えて床に座り、膝の上に頭を乗せて、ユウに顔を見せようとはしなかった。


「明日から三日間、留守にするんだ。その間、レナはおふくろのところにいてくれる?」


レナは返事をしようとしなかった。


「明日の朝早くに送って行くから、着替えとか用意しといて。」


ユウが部屋のドアを閉めると、レナは顔を上げて壁を見つめる。


(あんな事、ユウに知られたくなかった。他の人にあんな事されたなんて、絶対に知られたくなかったのに…。)


レナは目に涙を浮かべ、唇をかみしめる。


(そのせいでユウを怖がってたなんて、もしユウが知ったら…私もう、ユウと一緒にはいられないよ…。)


ユウと一緒にいたい。


でも、今は一緒にいるのがつらい。


(神様はどうして私たちにこんな意地悪をするんだろう…。二人で幸せになるってちゃんと誓ったのに…。私はただ、ユウと一緒にいたいだけなのに…。)



翌朝、ユウはレナを車に乗せて、直子とテオの家へ向かった。


車の中でも、レナはうつむいたまま、ユウと目を合わせようとはしない。


ユウはただ黙って前を向いて運転していた。


しばらくして車は直子の家に到着。


直子が笑顔でレナを出迎えた。


「久し振りね、レナちゃん。」


レナが頭を下げる。


「レナ、行ってくるよ。家だと思ってゆっくりしてな。」


レナはうつむいたまま微かにうなずく。


ユウは少し寂しげに小さく息をついた。


「じゃあ…オレ行くわ。レナの事、頼むな。」


ユウの言葉に直子は静かにうなずいた。


家の中に入ると、直子はハーブティーを淹れてテーブルに置いた。


「レナちゃん、ハーブティーでも飲まない?」


直子は、窓際に座ってボンヤリと庭を眺めているレナに声を掛ける。


レナが立ち上がってイスに座ると、直子は優しく微笑んだ。


「私は好きなんだけどね、テオはハーブティーが苦手で、一緒に飲んでくれないの。」


“いただきます”


レナが小さく口元を動かすのを見て、直子はカップに口をつけた。


「ユウも言ってたけど、自分の家だと思ってゆっくりしてね。」


レナはハーブティーを一口飲んでうなずく。


「朝早かったから、もし疲れたり眠くなったら休んでいいわよ。後で部屋に案内するわね。」


虚ろな目でハーブティーを飲んでいるレナを見ながら、直子は胸を痛めていた。


(かわいそうに…。よほどつらい事があったのね…。)


お茶を飲んだ後、部屋に案内されたレナは、荷物を部屋の隅に置いて、座椅子に腰掛けた。


何をするでもなく、ただボンヤリと壁を見つめるだけで、静かに時間が流れて行く。


(ユウ…。)


あれからユウとまともに顔を合わせる事もできず、どうする事もできないでいる。


ユウもきっと、レナとどう接していいのかわからないでいるのだろう。


(このまま一緒にいても、ユウを苦しめるだけかも知れない…。)


やっと少しは自然にユウと一緒にいられるようになってきたと思った矢先に、こんな事になってしまった。


(あの時、私が控え室になんて行かなければ、こんな事にはならなかったのに…。)


どんなに悔やんでも、過去を消す事も、やり直す事もできない。


(ユウは、どんなレナでも愛してるからずっと一緒にいようって言ってくれたけど…ユウの優しさも、もう…つらい…。)


何度も交わした“ずっと一緒にいよう”と言う言葉も、今のレナにとっては、ただ苦しくて、胸が痛かった。


一緒に幸せになろうと約束したはずなのに、どうしてこんなつらい事ばかりなんだろう?


(やっぱり…もう、一緒にはいられない…。)



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