愛してる
「レナ、沖縄行こうか。」
夕飯を食べながらポツリとユウが呟くと、レナは驚いて箸を止め、少し顔を上げた。
「ちょっとまとまった休みができた。前から行こうって言ってただろ?」
小さくうなずくレナに、ユウは笑って話す。
「こんな時でもないと、レナはゆっくり休めないから。キレイな海でも眺めて、美味しいものいっぱい食べて、島唄でも聞いてゆっくりしようよ。そうだ、大人になったから泡盛も飲めるな。それから、約束してた琉球硝子のグラス、買って来よう。」
レナはじっと手元を見て、ユウの話を聞いている。
「行きたくない?」
レナは首を横に振る。
「じゃあ決まり。」
ユウがまた料理を食べ始めると、レナは少しうつむいて、ゆっくりと箸を動かした。
(沖縄でのんびり過ごして、少しでもレナの気が晴れるといいな…。)
2日後の夕方。
ユウとレナは沖縄の小浜島にいた。
高校の修学旅行で来た、懐かしい場所。
あの時宿泊したリゾートホテルに着くと、庭を眺めながら一息ついた。
「やっぱり孔雀はいるんだなぁ…。」
ユウが、さんぴん茶を飲みながら呟く。
「疲れた?」
“少し”
「そうだな、長旅だったから。今日は夕飯食べたら、早めに休もう。それで、明日はビーチにでも行ってみようか。」
レナは小さくうなずく。
家にいると別々の部屋で過ごす時間が長いが、ここに宿泊している間は、ベッドは別々でも、同じ部屋で過ごす事になる。
(ずっとオレと一緒にいて、レナは疲れないかな…。)
ホテルのレストランで夕飯をとった後、部屋に戻って入浴を済ませた。
ユウはソファーに座ってタバコを吸いながら、売店で買ってきた缶ビールをゆっくりと飲んでいた。
バスルームから戻って来たレナが、髪を拭きながらベッドに腰掛ける。
ユウは大きな窓に映るレナの姿を見ていた。
(風呂上がりのレナは色っぽいんだよな…。)
少し前までは、当たり前のようにキスをして、お互いの肌に触れ、何度も抱き合った。
朝まで何度も求め合い、心地よい余韻に包まれながら、抱きしめ合って眠った事もあった。
でも今は、その肌に触れる事さえできない。
(こんな時に何考えてんだ…。)
ユウは考えを振りきるようにビールを煽る。
窓ガラス越しに、レナがユウを見ているのに気付くと、ユウは振り返ってビールを差し出す。
「久し振りに、一緒に飲む?」
レナはうなずいてユウのそばまで来ると、両手でビールを受け取った。
「珍しいだろ。沖縄の酒造メーカーのビールらしい。」
レナはユウから少し離れてソファーに座り、缶ビールのタブを開ける。
(これが、今のオレたちの距離なのかな…。)
一緒にビールを飲む時は、いつもぴったりと寄り添ってソファーに座っていたのに、見えない何かに邪魔されているような、詰める事のできない距離がユウの胸をしめつける。
(それでも…レナと一緒にいられるなら…。)
二人は少し離れて、黙ってビールを飲む。
(なんだか…いつもより苦く感じるな…。)
それから30分もすると、レナは旅の疲れとお酒が入った事もあり、飲みかけの缶ビールをテーブルに置いたままウトウトし始めた。
(眠くなっちゃったか…。疲れたんだな。)
ユウは少し酔いが回って、ボンヤリとレナの寝顔を見つめる。
(かわいいな…。思いきり抱きしめたい…。)
思わず腕を伸ばしレナを抱き寄せようとして、ユウはその手を止める。
(今のオレは…レナに触れる事も、抱きしめる事もできないんだな…。)
やりきれなさと切なさが胸に込み上げて、ユウは胸元を掴んだ。
(片想いだったあの頃より…つらいや…。)
しばらくソファーでうたた寝していたレナが、ゆっくりと目を覚ました。
(ユウ…寝てる…。)
レナはユウの寝顔をじっと見つめる。
見慣れたはずの愛しい人の寝顔。
何度も愛してると言ってキスしてくれた唇。
誰よりもレナに優しくて甘い、大好きなユウ。
(寝顔しか見つめられないなんて…。)
“ごめんね、ユウ”
レナは届く事のない声で呟いた。
ユウがソファーの上で目覚めると、体には布団が掛けられていた。
レナはベッドで眠っている。
(レナが掛けてくれたんだな…。)
眠っているユウを起こそうにも、声を出せないレナは、ユウに触れる事もためらって、布団を掛けたのだろうとユウは思う。
(この間まで一緒に寝てたのが嘘みたいだ。)
どうしようもない現実にしめつけられて、ユウはため息をついてタバコに火をつけた。
流れる煙を見つめながら、ユウはまたため息をつく。
(レナの方がもっとつらいんだから…オレがクヨクヨしても仕方ないか…。)
灰皿の上でタバコをもみ消すと、ユウは立ち上がり、布団を持ってベッドに向かう。
静かにベッドに横になると、隣のベッドで寝息をたてるレナを見つめ、ユウは小さく呟いた。
「レナ、愛してる。」
翌日。
レストランのビュッフェで朝食を済ませた二人は、部屋に戻ってのんびりと中庭の孔雀やキジを眺めて過ごした。
「いい天気だな。ビーチにでも行ってみようか。」
レナがうなずくと、ユウは旅行鞄の中をゴソゴソ漁り、レナのカメラを取り出した。
「海でも撮る?」
ユウが差し出したカメラを受け取ると、レナは静かにうなずいた。
ビーチまでの道のり、レナはユウの少し後ろを歩いた。
18歳の誕生日に一緒にテーマパークに行った時のようだとユウは苦笑いする。
(昔も今も、オレの片想いだな…。)
ビーチに着くと、二人でエメラルドグリーンの海を眺めた。
波に乱反射する日射しの眩しさに、レナは目を細める。
(ずっと部屋にこもりっきりだったからな。)
レナは海を眺めながら、何を思っているのだろう。
遠い昔の、修学旅行の事を思い出しているのだろうか。
それとも、出口の見えない今を憂いているのだろうか。
(できれば、オレと一緒にいる未来の事を考えていて欲しいな…。)
しばらく海を眺めていたレナが、静かにカメラを構え、ファインダーを覗いた。
レナは海に向かってシャッターを切る。
夢中になって写真を撮るレナの横顔を見つめながら、ユウはポケットからスマホを取り出す。
(レナは海が好きなんだな…。海の写真撮ってる時のレナは、いつも夢中で…オレがじっと見てる事にも気付かない…。)
ユウはスマホのカメラをレナに向け、シャッターを切ろうとして、やめる。
(オレが見てる事にも気付かない…か…。)
ユウはスマホをポケットにしまい、ゆっくりとビーチを歩く。
レナは、その後ろ姿を見つめた後、ゆっくりとカメラを構え、シャッターを切った。
ビーチからホテルに戻って遅い昼食を済ませると、しばらくの間、二人は何をするでもなく、部屋の中で静かに過ごした。
レナはベッドに腰掛けて、さっき撮った海の写真をカメラに映し出し、長い時間眺め続けている。
「なんか、眠くなってきた。夕食までもう少し時間あるし、少し昼寝でもしようかな…。」
時間を持て余したのか、眠気を感じたユウはゴロリとベッドに横になる。
レナは、そんなユウをじっと見ている。
「一緒に昼寝でもする?」
レナは少し首をかしげる。
そして、カメラを置いて、ユウの隣にそっと横になった。
(えっ…。)
「オレの隣でいいの?」
ユウがためらいがちに尋ねると、レナは小さくうなずいた。
また無理をしているのではないかとユウは心配になったが、レナが隣にいる事が嬉しくて、そっと肩を抱いた。
「レナが嫌じゃなかったら…こうしててもいい?」
レナがうなずくのを見て、ユウは幸せそうに微笑んだ。
「レナ、愛してる…。」
小さく呟き、ユウは心地よい眠りに誘われた。
レナの肩を優しく抱いて幸せそうに眠るユウの隣で、レナはユウの寝顔を見ていた。
(ユウ、よく寝てる…。)
久し振りにこんなに近くにユウがいて、ユウの寝顔がすぐそばにあって、長い腕で肩を抱かれている事を改めて実感すると、途端にレナの体が強張る。
(大丈夫…。ユウは私の嫌がる事なんてしないんだから…。怖くなんてないんだから…。)
汗ばむ手を握りしめ、何度も自分に言い聞かせる。
(私がユウのそばにいて触れる事ができたら…もう、ユウにあんな悲しい顔をさせないで済むはず…。)
レナはギュッと目を閉じて大きく深呼吸をくりかえす。
そして目を開いてゆっくりとユウの方を向き、震える手をユウに向かってそっと伸ばした。
(前みたいに…ユウに…。)
レナの震える細い指先が、ユウの頬に微かに触れる。
(大丈夫…ユウはシオンくんとは違うんだから…。私の大事な夫なんだから…。)
その瞬間、ニヤニヤ笑いながら覆い被さるシオンの顔を思い出して、レナの鼓動が早くなり、息が苦しくなる。
(……っ!!息がっ…。)
レナはうまく呼吸ができなくて、苦しそうに口元を押さえた。
(苦しい…!!助けて…!!)
隣にいるレナの様子に気付いて目覚めたユウが慌てて起き上がる。
「レナ?!大丈夫か!!」
ユウはレナに声を掛けながら背中をさする。
「レナ、ゆっくり息を吐いて…。」
しばらくしてレナの息が整うと、ユウはレナの背中から手を離し、唇をかみしめた。
(また無理させちゃったのかな…。)
「レナ、少し休んでな。」
ユウはレナに布団を掛けてやると、ベッドから降りて立ち上がる。
「何か飲み物でも買ってくるよ。」
ユウが部屋を出て行くと、レナは目に溢れる涙をこぼして、両手で顔を覆った。
(どうしてこうなるの…?ユウを悲しませるつもりなんてなかったのに…。)
ホテルのロビーで、ユウはタバコを吸いながらボンヤリとソファーに身を預けていた。
誰よりもそばにいてレナを守りたい。
でも、自分がそばにいても、レナを余計に苦しめてしまうのかも知れない。
このまま自分がそばにいる事が、本当にレナのためになるのだろうか?
(レナのために、どうする事が一番いいんだろう?)
しばらく経って、ユウが戻って来ない事が気になったレナは、部屋を出て売店へと向かった。
(もしかして、私のせいで部屋に戻りづらいのかな…。)
売店の近くまで来た時、ロビーの方から若い女性の賑やかな声が聞こえた。
(なんだろう…?)
レナは声のする方を見る。
その視線の先には、若い女性ファンのグループに囲まれて、困ったようにはにかむユウの姿。
その後ろから、赤ちゃんを抱いた若い夫婦がやって来て、ユウに話し掛けている。
ユウは求められた握手に応じた後、赤ちゃんを見て優しく笑い、愛しげに柔らかそうな頬に触れた。
(………。)
その光景を見たレナは、寂しげに目を伏せて踵を返し、部屋へ戻った。
今の自分には、何も言えない。
(こんな私なんかに、ユウを縛り付けておく事はできないよ…。いっそ消えてしまえたらいいのに…。)
部屋に戻って来たユウが、テーブルにお茶を置いて、布団の中に潜り込んでいるレナに声を掛ける。
「レナ、大丈夫か?」
そっと布団をめくると、レナはうずくまって顔を隠すようにしてうなずいた。
「そろそろ夕飯だから、レストランに行こうか。」
レナは首を横に振る。
「食欲ない?」
うなずくレナを見て、ユウは小さく息をつく。
「じゃあ、オレ行ってくるけど…レナも食べたくなったらおいで。」
仕方なくユウは一人でレストランへ向かった。
しばらくして、レナはベッドから降りると、部屋を出てうつむいたまま廊下を歩き、ホテルの外に出た。
月明かりの下、レナはビーチに向かって歩く。
波音が少しずつ近付いて、広い海が見えてくると砂浜から海に向かって歩いた。
レナは波打ち際を、ただひたすら歩き続けた。
消えてしまいたくても、どこに行く事もできない。
(どこへ行けばいいんだろう…。)
随分歩いたところで、レナは疲れてしゃがみ込んだ。
(もう…歩けない…。)
レナは頬に涙の筋を作り、しゃがみ込んだままで、月に照らされる海を見つめた。
(こんな私と一緒にいてもユウは、笑う事もできない…。)
夕飯を終えてレストランから部屋に戻ったユウは、さっきまでそこにいたはずのレナがいない事に気付いた。
(レナ…?)
布団をめくっても、手に触れるのはベッドの冷たい感触だけだった。
部屋のどこを探しても、レナはいない。
ユウは慌てて部屋の外へ出ると、レストランや売店、ロビーなど、ホテルの中を探し回ったが、レナの姿はどこにもなかった。
(まさか、外に?)
ユウは走ってビーチへと向かう。
昼間に一緒にいた場所にも、レナの姿はない。
(どこに行っちゃったんだ?!)
レナの姿を求め、ユウはあてもなく砂浜を走る。
(どうしてオレから離れて行こうとするんだよ…。ずっと一緒にいようって…愛してるって、何度も言ってるのに…!!)
しばらくして、ユウは砂浜にしゃがみこんで海を眺めているレナの姿を見つけた。
(こんなとこにいた…。)
レナは、涙で頬を濡らしたまま月を見上げる。
(また一人で泣いてたのか…。)
ゆっくりと近付いてくるユウに気付いたレナは慌てて立ち上がり、ユウから逃げようと走り出した。
それに軽々と追い付いたユウは、レナの腕を掴んで引き寄せ抱きしめた。
「なんでオレに黙ってどこかに行こうとするんだよ!!なんで一人で泣くんだよ!!どんなレナでも受け止めるって、愛してるから一緒にいようって言っただろ!!何度言ったらわかるんだよ?!」
ユウがいつになく強い口調でそう言うと、レナはユウの腕に抱きしめられながら、ポロポロと涙をこぼした。
「オレはレナがいないと生きていけない…。他に何もなくても、レナがいてくれたらそれだけでいい…。」
ユウは愛しそうにレナの髪を撫でる。
「もう2度と会えないって思ってたレナとまた会えて、レナがオレを選んでくれて…毎日一緒にいられて、オレは幸せだよ。」
レナの顔をじっと見つめて、ユウはレナの頬にそっと触れた。
「レナはもうオレといるの…幸せじゃない?」
レナが涙を浮かべて、静かに首を横に振る。
「じゃあ、そんなにつらそうな顔しないで。」
ユウの指がレナの涙をそっと拭う。
「焦る事なんてないよ。オレたち、ずっと一緒にいるんだから。」
微笑むユウの頬に、レナの指がそっと触れた。
“私でいいの?”
ためらいがちに尋ねるレナの額に、ユウは優しく口付けた。
「オレは、レナがいい。レナは?」
“ユウがいい…”
「じゃあ、一緒にいよ。」
微笑むユウに、レナがうなずく。
レナはゆっくりと顔を上げ、潤んだ茶色い瞳でじっとユウを見つめた。
「レナ、愛してる。」
ユウの唇が、そっとレナの唇に触れた。
ほんの一瞬、わずかに見つめあった瞳。
微かに触れるだけの短いキス。
だけどそれは二人の心を温かいもので満たす。
「幸せだな…。」
ユウが微笑みながら呟くと、レナは小さくうなずいた。
「戻ろっか。」
ユウが優しく笑って手を差し出すと、レナはそっとその手を握る。
ユウとレナは、月明かりに照らされ、波の音を聞きながら手を繋いで砂浜を歩いた。
砂の上に伸びる、手を繋いで歩く二人の影を見つめて、レナはユウの背中に呟いた。
“ユウ、愛してる”
部屋に戻った二人は、入浴を済ませ、ほんの少し間を空けてソファーに座っていた。
「そうだ…バーにでも行ってみようか。レナ、夕飯も食べてないし、腹減ってるだろ?」
レナがうなずくと、ユウはソファーから立ち上がる。
「泡盛、飲んでみたかったんだ。行こ。」
レナも立ち上がってユウの後ろをついてバーへ向かった。
バーのカウンター席に座って、泡盛のカクテルを2つと、いくつかのツマミを注文した。
「修学旅行で来た時は飲めなかったもんな。」
泡盛のカクテルで乾杯して、二人でゆっくりとグラスを傾ける。
「うまいな。泡盛、買って帰ろう。」
ユウの言葉にレナがうなずく。
しばらく黙ってカクテルを飲んでいたユウが、静かにレナに尋ねた。
「レナ、さっき一人で泣いてた。またオレに黙ってどこかへ行こうと思ったの?」
レナがためらいがちにうなずくと、ユウはレナの顔をじっと見つめた。
「なんで?」
レナは何かを言おうとしたが、うまく伝えられなくて困った顔をしている。
「すみません、何か書くもの…紙とペンを貸してもらえますか?」
ユウはバーのマスターに紙とペンを借りて、レナに手渡した。
それを受け取ったレナは、少し考えて、何かを書き込む。
“消えてしまえたらいいのにって思ったの”
「なんで?」
“私なんかといても、ユウは幸せになれない”
ユウは小さくため息をつく。
「さっきの事、気にしてるの?」
レナは悲しげに目を伏せる。
「人の幸せを勝手に決めたらダメだって言ったのはレナだよ。レナ、オレに言っただろ?ユウは私の大事な人なんだから、“こんなオレ”とか“オレなんか”って言わないでって。オレ、あの時ものすごく嬉しかった。レナにこんなに大切に想われて、愛されてるんだって。オレも今、あの時のレナと同じ気持ち。レナはオレの世界一かわいい大事な奥さんだから。」
“こんな私でも?”
「オレは、どんなレナでも、愛してる。その気持ちは今も変わらないよ。だからもう、そんな事言わないで。」
ユウが見つめると、レナは小さくうなずく。
“私、ユウの奥さんでいていいの?”
「当たり前だろ?オレの奥さんはレナしかいないよ。いろいろあったけど、子供の頃からずっと好きだったレナを奥さんにできたんだ。オレはレナを手放す気なんてないよ。」
ユウの言葉を聞いて、レナは少し穏やかな顔でユウの方を見て口を動かす。
“ありがとう”
「うん…。レナも、オレを選んでくれてありがとう。オレがつらい時にレナが支えてくれたから、オレは立ち直れたんだ。だから今度は、オレがレナを支える。オレたち、夫婦だろ?」
レナがうなずくのを見て、ユウは笑みを浮かべながらグラスを傾けた。
「神様の前で約束したもんな。病める時も健やかなる時も、お互いに助け合って、一生愛して添い遂げるって。」
レナは目を潤ませながらうなずいて、そっとユウの手を握る。
ユウはレナの華奢な手を握り返した。
それからユウとレナは、カウンターの下で手を握り合ったまま、静かにお酒を飲んだ。
泡盛のいろんなカクテルが珍しくて、いつもよりたくさんお酒を飲んで、バーを出て部屋に戻る頃には、二人とも足元がふらついていた。
「結構飲んだな…。」
部屋に戻るなり、ユウはベッドに倒れ込む。
レナは、ユウの傍らにそっと腰掛けた。
少しの間、目を閉じて考えていたユウが、静かに目を開いてレナを見つめた。
「レナ…さっき言ってた…消えてしまえたらいいって…死んでしまえたらって事?」
ユウの問い掛けに、レナはためらいがちにゆっくりとうなずいた。
ユウは起き上がり、レナを抱き寄せて切なげに呟く。
「そんな事させない。オレが事故に遭った時、“生きてさえいてくれたらそれだけでいい”って、レナ言ったよな。オレはあの時、レナと一緒に生きるために戻って来たんだよ。」
レナを抱きしめるユウの腕に力がこもる。
ギュッと強くレナを抱きしめ、ユウはレナの耳元で呟いた。
「絶対にレナを一人で死なせたりしない。オレのいないところで、オレの知らないうちに死んじゃうくらいなら、オレの腕の中で息ができなくなって死んだ方がまだましだ。」
さっきから、不思議とレナの中のユウに対する恐怖心が薄れ、いつの間にか自然と手を握り合っていた。
そして今も、以前のようにユウに抱きしめられている事に幸せを感じている自分がいる。
大好きなユウの温かい胸に顔をうずめて、レナは思う。
(ずっと怖かったはずなのに、さっきユウに抱きしめられて、キスして…私、幸せだって思った…。今も、ずっとこうしてたいって思ってる…。もし本当にこのまま息ができなくなったとしても、ユウに抱かれて死ねるなら、幸せかも知れない…。)
レナは寄り添うようにユウの肩に身を預けた。
「ん…?一緒に寝たいの?」
レナはユウの胸にしがみつくように抱きついてうなずく。
二人で一緒にベッドに横になると、ユウはレナを腕枕して、優しく髪を撫でた。
レナはユウの手を握り、潤んだ瞳でユウの目をじっと見つめた。
ユウの唇がレナの唇に触れる。
「そんな顔されたら、オレ、我慢できなくなるけど…。息ができなくなって死んじゃうかも知れないよ?それでもいいの?」
“いいよ”
レナが口の動きだけで答えると、ユウは優しくレナを抱きしめ唇を重ねた。
何度もついばむような優しいキスをした後、ユウはそっと唇を離して、レナを見つめた。
「レナ、愛してる。」
ユウはレナの素肌に優しく口付ける。
壊れやすい宝物を扱うように、ユウの手と唇が優しくレナに触れた。
ユウは、愛してると何度も何度もくりかえしながらレナを抱いた。
ユウの温もりを感じながら、レナは目に涙を浮かべて、声にならない声で何度も“愛してる”と呟いた。
酔いに任せての事なのかも知れない。
それでもお互いに触れ抱き合えた事が、ユウもレナも嬉しかった。
愛し合った後、ユウはレナの頬を両手で包んで唇にキスをした。
「大丈夫だ。レナ、あったかい。ちゃんと生きてる。」
ユウは少し笑ってレナの顔を覗き込む。
少し恥ずかしそうにうなずくレナの頬と唇にキスをして、ユウは優しくレナを抱きしめた。
それから二人は、片時も離れる事を惜しむように抱き合って、久し振りに心地よい眠りについた。
翌朝。
(ん…レナ…。)
久し振りに心地よい温もりを隣に感じながら目覚めたユウは、ゆっくりとまぶたを開き、そこにレナがいる事を確める。
レナはまだ気持ち良さそうに、スヤスヤと寝息をたてている。
ユウは、すぐそばにあるレナの寝顔を愛しそうに見つめて微笑み、そっと髪を撫でた。
(やっぱりかわいい…。)
夕べは二人とも、随分酔っていたと思う。
そのせいで、いつもならしないような無理な事をしたかも知れない。
“息ができなくなって死んじゃうかも知れないよ”とユウが言った時、レナは確かに、“いいよ”と言った。
(あれって…死んでもいいからオレに抱かれたかったって事?それとも、どうせ死ぬなら、オレの腕の中で死にたいって事?)
レナはユウに抱かれながら涙を浮かべて、何度も“愛してる”とくりかえしていた。
(オレの事が嫌いになったわけじゃないんだよな…。)
本当は、過換気症候群の発作で死んだりはしない事を、ユウは知っていた。
発作が起こると本人にとっては苦しいのだろうが、一時的に呼吸がうまくできなくなっても、しばらくすれば自然に治まる。
ゆっくり息を吐いて、1~2秒息を止めた後に吸う。
これを数回くりかえし、二酸化炭素の濃度を濃くすると早く治まると、インターネットで検索した時に知った。
(レナの声が出なくなって、塞ぎ込むようになった原因って…結局なんだろう?オレじゃないのかな…。できれば別の事であって欲しいけど…でもレナは、夢でうなされてる時も、その後も、オレの事を怖がって怯えてたし…。)
考えるほどにわからなくなる。
(夕べはキスしても、抱きしめても、発作が起きなかった…。昼間は添い寝してただけで発作が起きたのに…。オレが寝ている間に、何があったんだろう?)
一体レナに何起こったのだろう?
何がレナを怖がらせているのだろう?
ユウがレナの寝顔を見ながら考えていると、ゆっくりとレナがまぶたを開く。
「おはよ。」
“おはよ…”
ユウにじっと見つめられて、レナは恥ずかしそうに目をそらす。
(シラフに戻ったら、まだ少し抵抗があるのかな。)
「起きようか。そろそろ朝食の時間だ。」
ユウはベッドから出て服を着ると、まだベッドで布団にくるまって困った顔をしているレナを見て笑った。
(そっか。裸だから、オレが見てたら恥ずかしくてベッドから出られないんだ。)
「売店でタバコ買って来るよ。」
ユウが部屋を出ると、レナはベッドから降りて服を着た。
服を着て顔を洗うと、レナは部屋に戻ってテーブルに置かれたタバコに目を留める。
(タバコ、いっぱい入ってる…。)
ユウのさりげない優しさに気付いて、レナはほんの微かに笑みを浮かべた。
(ユウには私の考えてる事、わかるのかな?)
レストランで朝食を取った後、部屋に戻り、今日は何をしようかと二人で考えた。
「敷地内にいろんな動物がいるみたいだな。ちょっと散歩でもしてみようか。」
レナがうなずくと、ユウはレナにカメラを手渡す。
「ほい。」
カメラを受け取りながらレナがほんの微かに笑みを浮かべたのを見て、ユウは目を見開いた。
(今…ほんの微かにだけど、レナ、笑った!!)
レナが笑うのを見たのはいつ以来だろう?
ユウの胸に嬉しさが込み上げる。
(良かった…少しずつ良くなってるんだ!!)
それから二人で広い敷地内を散歩しながら、珍しい植物や、敷地内のあちこちの小屋で飼育されている動物を眺めた。
レナは花や鳥、ヤギなど、いろんなものを見るたびにカメラを構え、楽しそうにシャッターを切る。
「お、ウサギがいる。かわいいな。」
ユウが愛らしいウサギに目を細めていると、レナはユウに向かってシャッターを切る。
「あっ!」
すぐ間近で聞こえたシャッター音に驚いたユウが振り返ると、レナが穏やかに微笑んでいた。
(レナ…笑ってる…。)
ユウはポケットからスマホを出して、レナに向かってシャッターを切る。
「撮ったな!お返しだ!!」
レナも負けじとユウに向かってシャッターを切る。
“お返しのお返しだ!!”
ユウは、楽しそうに笑ってシャッターを切るレナを思わず抱き寄せてキスをした。
「お返しのお返しのお返しだ。」
優しく微笑むユウを見上げ、レナは少し背伸びをしてユウの頬にそっと口付けた。
“愛してる”
少し恥ずかしそうにレナが口元を動かすと、ユウはもう一度、優しく唇を重ねた。
「オレも愛してる。ずっと一緒にいような。」
微笑んでうなずくレナを、ユウはギュッと抱きしめた。
(愛してる…。)
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