第5話「それぞれの想い」

 火星人と知っているのは僕だけやから、ちゃんと世話してる姿を母ちゃんに見せる必要がある。

 だから、嫌がる犬を無理やりにでも、散歩に連れて行いかないといけない。


広志「起きろよ! 行くぞ!」

 犬「ワシは、低血圧なんじゃぁ~!」

広志「低血圧の犬なんて聞いたことないわ!」


 ズボラな犬をラジオ体操しに近くの公園へ行くだけだと説得し、ようやく起こすことが出来た。

 すると犬は、寝ぼけまなこを擦りながら、まるで当たり前のように洗面所へ行って、器用に歯を磨き出す。


 犬「ガラガラガラ」

広志「朝からボケんなよ! 疲れるわ!」

 犬「あ! 飲んでもうたやないけ!」

広志「ハイハイ、それが言いたかったんやろ?」

 犬「ボ、ボケ殺しとはな……」

広志「もう、そういうのえぇから、行くぞ!」

 犬「引っ張んなって、く、首が締まるぅ」


 もし、今日が母ちゃんがラジオ体操のスタンプ係りだったらと思うと、ただでさえ暑いのに変な汗まで掻かされた。

 ラジオ体操は学校の宿題でもあって、家族旅行でもない限り、夏休みの半分以上を参加しなくてはならない。

 僕は、スタンプカードを首に掛け、犬を連れて公園へと向かった。


広志「あぁ、やっぱ朝は気持ちえぇなぁ」

 犬「……」

広志「知ってるか? 早起きは三文の得って言うねんぞ」

 犬「……」

広志「意味は知らんけどな。アハハハ……ん?」


 振り返ると、リードの先に居る筈の犬が居い!

 遠くの方で2本の足で器用に立った犬が、腰に手を当てて牛乳を。


広志「何ハズシとんじゃぁ!って言うか、他人の家の牛乳飲むなぁ~!!」


 僕は犬を抱えて、公園まで一気に走った。


 犬「ラクチンラクチン、お前の言うとおり、三文分得やったわ」

広志「二度とすんなよ!」

 犬「あぁ、今度から、コーヒー牛乳の方にする」

広志「牛乳の種類じゃな~い!」


 お陰でラジオ体操の前に、心も体もドッと疲れた。

 体操中にイランことせんよーに、滑り台の梯子はしごにリードをくくり付け、犬を睨みながら体操をした。

 ラジオ体操が終わると、子供たちが犬に群がってきたが、観たいアニメがあるからと、小走りにその場を走り去った。


 世間体の散歩&ラジオ体操から帰った僕らは、茶の間で横になって、夏休みなると決まってやるアニメの再放送を観るため、テレビをつけた。


 母「広志、宿題は終わったん?」


 「後でする」なんて言わせない母ちゃんの鋭い視線が、僕らを二階にある僕の部屋へと押し上げた。


 夏休みの宿題のプリントは、嫌がらせかと思うほどに分厚く、一日一枚ずつやっても終わりそうにない。

 毎年のことなのに、休みの前半遊び呆けてしまったを、この8月の半分が過ぎて後悔する。


 答えが解らず、いつまでも書かないで鉛筆を鼻と口で挟んでいたら、犬がしびれを切らせたようで教え始めた。


 犬「んぁ~、何で解らんかなぁ~」

広志「分数嫌いやねん!」

 犬「どこの世界に、犬に算数教わる人間おんねん!」

広志「火星人なんやろ?」


 ここぞとばかりに、ニンマリと広志は微笑んだ。


 犬「ボケマスターのアゲアシ取るとは、えぇ根性しとるやんけワレ!」

広志「なんやねん、ボケマスターって?」

 犬「ボケマスター、それはボケを極めた……」


 犬が淡々と『ボケマスター』について語っていたその頃、下の階では、


 母「最近の広志、可笑しいと思わへん?」

 父「何が?」

 母「何がってあの子、犬に話しかけてんのよ!」

 父「可愛がってんねやろ?」

 母「違う、そうじゃなくて。この前だって『どこがラッシーやねん。自分、柴犬やん!』とか言ってたのよ」

 父「やっぱり、兄弟おらへんのが寂しいんかなぁ~」


 そう言うと、ニヤケた表情を浮かべながら父は、母へと擦り寄った。


 母「ちょっと! 何よ!」

 父「何よって? だぁかぁらぁ~、広志にもぉ~、弟や~妹がぁ~」


 更に近寄ってきた父の耳たぶを、母はひねり上げた。


 父「ア、イタ、タ、タ、タァァァ~」

 母「触らんといて!」

 父「イヤイヤイヤイヤ、俺は、ただ広志にだな……」


 父と母の攻防が、繰り広げられていた。

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