第4話「その名は」

 その日から、喋る犬との奇妙な生活が始まった。


 犬「なんや? これ?」

広志「ドッグフードやけど」

 犬「お前んトコは何か? 客にドッグフードを出すんか?」

広志「しゃーないやん、犬なんやからさぁ~、食わんのやったら下げるで」


 犬は、皿を下げようとする僕の手をピシッと叩くと、ドッグフードを食い始めた。


 犬「思ったよりイケルわ!」

広志「そうや! 自分、名前なんて言うん?」

 犬「広志」

広志「……」


 関西弁を流暢りゅうちょうに喋っといて、関西人の『自分』の使い方を『この犬(火星人)』が知らない訳がない!

 そういう疑いの眼差しを向けていたら、


 犬「ラッシーとでも呼べや」

広志「どこがラッシーやねん。自分、柴犬やん! プラッシーの方が似合ってるわ」

 犬「ワシは、米屋のジュースか!」

広志「なんで知ってんねん!?」

 犬「火星人ナメんなぁ~!」


 きっと広い世界の中で僕だけなんだろうな、犬(火星人)からドロップキックでツッコまれたのは。


 そんな犬だったので、ダンボールで寝かせるのは苦労した。

 一週間だけだから、犬小屋を作るのはモッタイナイし、布団なんかで寝かせたら、母ちゃんに怒られるのは目に見えた。

 最終的に、庭に出されるよりマシやろ?って答えに納得して、ダンボールで眠ったのが午前一時。


広志「あぁぁぁぁぁぁ、あ! なんでコイツ、歯軋はぎしりすんねん!」


 このクソ暑いのに、僕は布団を頭まで被って寝るはめに。

 とはいうものの、色々と疲れていたので、汗だくになりながらも、いつの間にやら眠ってしまってた。


 翌朝、宇宙船を修理するために僕らは「犬捨て山」へ向うことになった。


 犬「ちょっと待てや」


 犬は、何やら奇妙なシールを口から出してドアに貼ると。


 犬「チャラ・ラ・チャッ・チャ・ラン♪ ど・こ・に・で・も・い・け・る・げ・ん・か・ん!」

広志「は? それって、どこでも……」

 犬「シャラップ!」

広志「はい?」

 犬「説明しよう! 『どこにでもいける玄関』とは、あの世界的有名な漫画『どざえもん』の便利道具で……」

広志「ど、どざえもん? だからそれって、ドラ……」

 犬「カァッー! どざえもんとは、遠く未来からやってきた世話好き狸型ロボットが、とあるダメ小学生のために、異次元ポシェットから便利道具を出して危機を救う、そんな漫画なのである!」


 僕の言葉を塞ぐように、犬は凄まじい早口で空気を読んだ。


広志「はぁ……ま、まぁ、それにしても、火星の技術って凄いなぁ~」


 そう言って玄関を出てみたら、いつもの見慣れた世界が広がっていて、振り返れば、犬が腹を抱えながらゲラゲラと僕を指差して笑っている。


 犬「こ、コイツ、ホンマモンのアホや! そんなモンあったら、火星に帰っとるっちゅうねん! なるほど、通知表にアヒル(2)が並ぶ訳や~!」

広志「行くぞ! プラッシー!」

 犬「ワシが悪かった! だから、その名前だけは……」


 嫌な空気に包まれながら、無言のまま歩き続けた。


広志「……」

 犬「なんか喋れや」


 どうせなら、僕の空気を読んでくれよ!


広志「通知表、いつ見てん?」

 犬「ワシは見てへん。お前のオカンがワシにボヤいただけや」


 納得はいかないものの、それなら仕方ないか?と思って、ふとあることに気づいた。


広志「あのさ、そんなにガンガン喋ってて、マズくないんか?」

 犬「あ、それは大丈夫。お前以外は、ワンワンとしか聴こえへん」

広志「へぇ~」


 やっぱり、火星の技術って凄いなと関心したのも束の間。


 犬「つまり今のお前は、犬にガンガン話しかけるオツムの弱い子に見られてる」


 やっぱり、この犬は好きになれないと思った。


広志「………」

 犬「なんか喋れやぁ~!!」

広志「ウルサイ! プラッシー!!」

 犬「………」


 宇宙船は亜空間に隠しているらしいので、実は何処でも呼び出せるらしいのだが、呼び出した際、誰かに見られるとマズイので、面倒だが人の居ない山に向かっている。本来なら宇宙船を透明にして見えないようにも出来るらしいのだが、システムが壊れたので無理とのこと。

 結局、無言に堪えられなかった犬が喋り続けた。


 犬「この辺で、えぇかな?」


 僕は、期待を膨らませて宇宙船が出てくるのを待った。


 アダムスキーかな? 葉巻かな? それとも……


 空間の裂け目から出てきた宇宙船は、想像していたよりも遥かに、


広志「ショボ!」

 犬「ショボイって言うな!」

広志「だって、僕の自転車より小さいやんか」

 犬「アホか、このサイズに技術が詰まっとんのやぞ!」

広志「アホは自分の方や! こんなんやったら、山に来んでもえぇやんけ!」

 犬「さて、修理修理」


 自分の非を認めない犬は、サッサと準備に取り掛かる。


 犬「お前、何ボケーっと突っ立ってんねん」

広志「え?」

 犬「え? やあるか! こんな手で修理出来る訳ないやろうが!」

広志「それやったら、なんで犬に化けとんねん! 人間に化けとけよ!」

 犬「さて、修理修理」

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