第73話 風妖精の涙と和馬の怒り

 松明の灯りがところどころに灯された広い洞窟。洞窟内には鉄格子で仕切られた牢屋のような部屋がいくつかある……各部屋には簡易的な木製のベット……そんな部屋の一つにバニーガール姿の女性が寝かされていた……。


「ん……んん……ここは……?」


 バニーガールはゆっくりと身体を起こす……何が起きたのかを思い出してみる……


「え……私……死んだんじゃ……」


 ウインクが風の都ウイングバレーにある故郷、ウィンディアナの村へと帰って来ると、ウインクの村は何者かによって壊滅していたのだ。そして、自身の家で使役具サモンファクターを取った後、謎の女妖精、いや、雷光らいこう妖撃団フェアリーナイツのビビと名乗っていた羽根妖精にウインクは攻撃され、気を失っていたのである。


「どうやら……死んだ訳じゃないみたいね……何これ……牢屋? ……ってこれ?」


 足には鉄球のついた鎖による足枷……両手には手錠がはめられ、ウイングカッターまで奪われていた。


「何よこれ……完全に囚人扱いじゃないの……」


 鉄格子ごしに外を見回すが、向かいの牢屋に誰か入っている気配はない。フロアは円形になっており、奥に通路が見える。


「ちょっとー、何なのよー。ここから出しなさいよーー!」


 ウインクがあたり構わず叫ぶ。


―― 何や、もう目が覚めたんか? 元気そうで何よりやな、お譲さん?


 通路の奥から声がして、ポニーテールの黄色い髪を揺らし、忍び装束のような黄色と黒の衣装に身を包んだ羽根妖精がゆっくりと歩いて来た。


「あんた、どういうつもり? 私を殺すんじゃなかったの?」


 キッと睨みつけるウインク。目の前に自分の村を滅ぼした相手がいる。ウインクにはそう見えていた。


「命の恩人に、そんな口聞かれても困るんよ? 話聞いてもらえなさそうやったから、強硬手段を取らせてもらっただけやしね。理解してもらえたら足枷も手錠も取ってあげるから、着いて来てもらえん?」

「こんな状況でどうやってあんたを信じろって言うのよ?」


 ウインクの言葉には耳を貸さず、牢屋の鍵を開けるビビ。扉が開いた瞬間、ビビに体当たりしようとするウインクだが、足枷により飛ぶ事が出来ず、ビビにひらりと交わされてしまう。


「堪忍な。うちもこんな事はしたくないねん。戦闘訓練なら、理解してもらえたらいっぱい相手してやるねんから、黙ってついて来てくれるか?」


 この状況で何をやっても勝てる見込みはない……そう判断したウインクは、黙ってこのビビという女妖精に着いていく事にした。


「わかってくれればええねん。うちはビビ・サラマンディアやよ? お嬢さんの名前は?」

「あんたになんか名乗る名前はないわ……」

「うちは敵やないんやけどな……まぁ、名前は教えてもいいと思ってくれた時でええよ。着いて来てな」


 二名の妖精は洞窟の通路を進んでいく。やがて、細くうす暗い通路を抜け、広く明るいフロアへと出て来た時――


「え……まさか!?」


 目の前に広がる光景にウインクは驚きを隠せないでいた。


「ウ、ウインク!? 無事だったんだね!?」

「ウインクーよかったわ! ウインクー!」

「え、パパ!? ママ!?」

 

 目の前にはウィンデアナ村の妖精達がほぼ全員、明るくなった洞窟の広間に居たのである。そう、ウインクの父と母は無事だった。ウインクを抱き締める母。涙が止まらないウインク。


「よかった……生きてたのね……私、パパとママが死んじゃったと思って……」


 その時、足枷と腕に嵌められた手錠が取れる音がして、地面へと手錠が落ちた。

 

「言ったやろ? お嬢ちゃん、ちゃんと妖精の話は聞くもんよ?」


 見ると、鍵を使ってウインクの横に手錠と足枷を外したビビの姿があった。


「パパ、ママ、村はこいつがやったんじゃないの?」


 ウインクが涙を拭きながら、父に尋ねる。


「ああ、ビビさんは大丈夫だ。彼女は村が魔物に襲われていたところを助けてくれた命の恩人だよ」

「ビビさん、ウインクまで連れて来て下さって、ありがとうございました!」


 頭を下げるウインクの父と母。


「そ、そうだったの……今まで疑っていてごめんなさい」


 ウインクの誤解が解け、ようやく笑顔になるビビ。


「分かってくれたらいいんやよ。ただし、まだ喜ぶのは早いんよ? 敵は風の都ウイングバレーを攻め落とし、自らの居城にしてしまっているからね」


 そう言うとビビは、風の都ウイングバレーに起きた異変と、雷光らいこう妖撃団フェアリーナイツがここを訪れた理由を語り始めるのだった ――――



★★★


「親父、どの面下げて俺の前に姿現しやがった!」

「おいおい、父親に言う台詞じゃないだろう?」


「何年も子供を置いて家を空けたやつが言う台詞かよ!?」

「少し見ない内に生意気にも口を効くようになったじゃねーか」


 剣と剣がぶつかりあうと同時に言葉と言葉の応酬が繰り広げられている。シュウジの威圧に押され、一瞬和馬が後退し、勢いで紅茶の置いてあったテーブルがひっくり返る。カップが床に落ちる音が辺りに響く。


「あらあら、親子喧嘩は余所でやってもらいたいですね」


 十六夜いざよい、雄也、優希は少し離れて様子を見ている。


「いやいや、十六夜いざよいさん、止めなくていいんですか」

「雄也、いざという時は俺が止めるから大丈夫!」


 気づけば優希が桃色のオーラを発し、臨戦態勢のまま状況を見据えていた。ルナティと融合状態にある優希は、既に強敵を倒せるレベルにまで達しているのだ。


「優斗! 大丈夫だ、手を出すな!」


 その様子に気づいたのか、和馬がシュウジを見据えたまま叫んだ。


「でも、和馬!」

「俺はそう簡単にくたばらねーよ!」


 そう言った和馬は立ち上がり、再びシュウジへと向かって攻撃を仕掛ける。


「親父行くぜ! 輝け、ブライトブレイド ―― 聖なる迎撃ホーリーエッジ!」


 和馬の持つブライトブレイドが光を放ち、そのままシュウジに向けられる。シュウジが金色の剣で受け止めるが、和馬の勢いに後退する。


「おお、ただ妖精界フェアリーアース旅行・・していた訳では無さそうだな!」

「当たり前だ! 親父とは違うんだよ! ―― 聖なる迎撃ホーリーエッジ!」


 刀身で和馬の迎撃を受け止めたシュウジの身体が一瞬吹き飛ぶ。


「行くぜ、焼炎の短剣ヒートダガー!」


 和馬が続け様に短剣を投げつける! この時、和馬はハンドダガーを投げており、実はハンドダガーに隠れて同じ軌道上に焼炎の短剣ヒートダガーを乗せていた。リリス戦で和馬がやってのけた技だ。先に投げた短剣を弾いても、次の短剣が刺さる。そう和馬は踏んでいた。


「―― 風速刃ビューンヴェントス!」

「な!?」


 しかし、和馬が放った二本の短剣は、突如巻き起こった風により防がれ、さらには真空の刃が和馬を襲った。腕をクロスさせガードする和馬。ミスリルプレートと紅の腕輪により、ダメージは軽減されるが、守られていない箇所に傷がつき、和馬の血により赤く滲む。


「くっ!?」

「短剣を放つなら二本放った後、相手の攻撃を見据えて背後に回れ。お前の持っているブライトブレイドなら、背後からの迎撃で、多少なりともダメージを与えられる。この世界で敵と対峙するなら、それなりの覚悟を持って挑め。少しは死線をかいくぐって来たんだろ?」


 和馬が腕を戻した時、背後には和馬の背中にシュウジが剣を突きつけた状態で立っていた。


「それにしても、そこのお嬢ちゃん。凄いな、今俺の動き、視て・・たろ?」


 和馬へ刃を突きつけたまま、なぜか優希へと話しかけるシュウジ。


「へ? え? 俺ですか!? は、はい。親父さんが、風の魔法を放った瞬間、もの凄い速さで和馬の背後に回っていたのが視えました。足に夢みる力を乗せて地面を弾く事で、瞬間的に高速移動をした……あってますか?」

「優希ちゃん!?」

「優斗……お前……」


 優希ちゃん、そこまで見えてたのか!? と驚く雄也、そして和馬。


「和馬、お前がもし、これからの戦いに挑むというなら、そこの優希ってお嬢ちゃんみたく、覚醒・・するしかねーって事だ。でないと……」


 金色の剣を振り上げた瞬間、放電したかのように突如、シュウジのもつ剣の刀身が光を放つ。そのまま和馬へ剣を振り下ろすシュウジ。思わずブライトブレイドでガードしようとする和馬。


「死ぬぜ、和馬――」


「和馬の親父さん、それはないでしょう……」

「そこまでです、シュウジ」


 シュウジがやってのけた高速移動をいとも簡単に発動し、桃色のオーラを纏ったまま、シュウジの剣を持つ腕を掴んだのはなんと優希・・……そして、受け止め切れなかった雷撃を十六夜いざよいが和馬の前に立ち、魔法結界マジックシールドを展開して受け止めていた。


「優斗……十六夜いざよいさん……く、くそっ」


 和馬はそのまま腰から崩れ落ちる事となる。自分の刃が全く通用しなかった事に悔しがっている様子だ。


「さて、せっかく用意した紅茶が台無しですよ。シュウジ、これ以上の親子喧嘩は私が許しませんよ」

「いやいや、今のは親子の団欒だんらんみたいなもんさ。気にするな」


 十六夜とシュウジの会話に、『いやいや、どこが団欒だよ……』と突っ込みを入れたくなったのは雄也だ。しかし、雄也には、シュウジさんの動きが途中から視えなくなったのだ。


――シュウジさんは、風属性の魔法を放ち、雷撃による攻撃まで披露していた……異なる属性の技や魔法の使用、これはシュウジさんも過去、妖精と契約していた……という事になるのだろうか?


「和馬さんも、少々誤解しているようですから、シュウジの話を聞いてあげて下さい。弥生、紅茶の準備をお願い」

「はい、承知致しました」


 弥生によりテーブルが整えられ、お茶会の準備がされていく。それを手伝う雄也と優希。


「こんな状況で何を話せっていうんだよ……」


 先ほどの出来事がよほどショックなのか、立ち上がろうとしない和馬。


「今まですまなかったな和馬。妖精界フェアリーアースで仕事してる事は家族であっても秘密にしなきゃいけなかったんだ。しかも妖精界と人間界は時間軸がずれているからな。大人になっても尚、ここに居られるのは夢見の巫女である十六夜のお陰だ。妖精界の安定に力を貸してくれ! ……って巫女からお願いされちゃあ、断れないだろ?」


 そういうと片手を差し出すシュウジ。


「親父……あんたが勇者ってのも、本当なのか?」


 和馬はまだシュウジの手を取ろうとしない。


「ええ、本当ですよ? 和馬さん、シュウジさんは元勇者であり、かつて妖精界フェアリーアースを救った存在です。そして、和馬さん、貴方もその才能を秘めている。だからこうして選ばれたのですよ」

「まぁ、勇者と呼ばれたのは過去の話だ。今はただのギルドマスターさ。それに魔王と戦った後遺症で、俺が本気で戦えるのは五分程度だ」


 十六夜の発言にシュウジが補足する。そうこうしている間に、テーブルの準備が出来たようだ。


「十六夜様、準備が出来ました」


 そして、雄也達と、夢見の巫女との、第二回夢見御殿ゆめみごてん臨時お茶会が開催されるのである ―――― 

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