第52話 無気力病
「雄也さん、雄也さーん、朝ですよーーー?」
心地いい朝……優しい声が雄也の脳内へと流れ込んで来る。
――ん、もう朝か……瞼をゆっくりと開け、目をこすると、視界がぼんやり開けて来た。目の前に見覚えのある蒼色の瞳がキラキラ……。
「!! えぇ!? リ、リンクー!?」
見覚えがあるぞ、このマウントポジション。しかも顔どアップ!
「朝ですよー。雄也さん、起こしに来ちゃいましたーえへへー!」
「リ、リ、リンク顔、近いからーー!」
「だってー雄也さんの寝顔が可愛くてつい……」
見つめあうリンクと雄也……頬を夕焼け色に染めたまま、雄也の唇へそっと顔を近づけるリンク。抵抗出来ずに思わず目を閉じる雄也。
―― ゴンゴンゴンゴン! お嬢様! ここですか!? 入りますよ!?
猛烈な勢いで扉が開き、部屋にもう一名入って来た。メイド服を着たレイアだ。
「お嬢様! やはりここだったのですね! ……て、お嬢様、どうしました!? 大丈夫ですか?」
レイアが部屋を見ると、そっぽを向いて寝たフリをしている雄也と、雄也が寝ているベットの横で正座をしてちょこんと座っているリンクが居た。蒼色の瞳と真っ赤な頬のコントラストが対照的だ。
「わ、わたしは大丈夫だよ、ぴんぴんです! レ、レイア……どうしたの? そんなに慌てて……」
慌てた表情を隠しつつ、リンクがレイアに尋ねる。
「あ、そうでした。お嬢様大変です! 宿泊客の皆さんと、ゴルゴンさん、シャムさんが……とにかく朝食会場に来て下さい! 雄也様も! 起きているんでしたら早く着替えて降りて来て下さいね」
どうやら雄也が起きている事はバレていたらしい。レイアはそのまま雄也の部屋を後にした。
「あー、びっくりした。心臓に悪いよ……どうやら昨日の影響が起きてるっぽいね」
「そ、そそそうですね、雄也さん! ちょ、朝食会場へ向かいましょう!」
レイアが扉を開けた瞬間の瞬間移動的なリンクの動きを他の皆にも見せたかったな……そう思う雄也なのであった。
昨夜、コンサートが終わる頃、眠っていた街の住民は目を覚まし、普段と変わらない日常の風景がそこにあった。コンサート会場からは満足そうな観客達が出て来た。観客に変わった様子はない。ゴルゴンとシャムも満足そうな表情で会場を後にしたという。
そして深夜、アルバイトを終えウインクが帰って来る頃には、街は静まり返っていた。ゴルの宿屋に着くや否や、街や宿屋で起きた出来事を聞いて驚くウインク。ゴルゴンとシャムはコンサート終了直前に起きた出来事を全く覚えていないという。中継を見ていた宿泊客も同じで、異変に気づいて眠らずに済んだ雄也達と、厨房で料理を作っていたガスト、厨房とホールを出入りしていた女将とレア・トレビィだけが宿屋で起きた出来事について覚えていた。
その後、雄也達が街へ飛び出したルナティと優斗を捜索するも見つける事が出来ず、不安を抱えたまま、その日はゴルの宿屋で皆休み、夜が明けたのである。
「こ、これは……」
「これは大変です」
朝食会場に降りて来た雄也とリンクは、その光景に驚愕した。
「女将ーー酒だーー酒持って来いーーぐへへへーー」
「もう俺……騎士辞めるわーーここで一生暮らすーー」
「あははは……なんか楽しいーー妖精さんが飛んでるーはははは」
ゴルの宿屋、朝食会場に居た、宿泊客の半数以上が可笑しくなっていたのだ。所謂『無気力病』というやつだ。
「和馬ーー私も和馬とずっと一緒に居るぅううーー」
「いや、ウインクさんは正気でしょ? 便乗しないで下さい!」
ウインクさんは通常運転のようだ。和馬がすかさず突っ込む。
「おい、ゴル! いつものゴルに戻れ!」
宿屋の主人、ゴルゴンの肩を揺さぶるのは料理長の大男、ガストだ。
「ヨウちゃーん、僕チン、ヨウちゃんとずっと一緒だよぉおおお」
白目を剥いたまま涎を垂らし、何処か違う世界へ逝ってしまっているゴルゴン。しっかり者である宿屋の主人、ゴルゴンの姿はそこにはなかった。口調もまるで、幼児化しているかのようだ。
「あんた! 私以外の名前出して白目剥いてんじゃないよ!」
ガストを押しのけ、ゴルゴンの頬を叩く女将。ゴルゴンが白目から虚ろな目へと変わる。
「あ、あのぅー痛いですー誰ですかー?」
「あんた! 私の事忘れてしまったのかい? 目を覚ましておくれよ!」
涙を流しながらゴルゴンを揺さぶるが、ゴルゴンの表情は変わらない。みんな悲痛な面持ちでその様子を見ている。ガストも悔しそうな表情をしていた。
「シャム! シャム! 何をやっているの! 早く仕事着に着替えなさい」
厨房手前の椅子に座っている妖精に向かって叫ぶ、メイド服を着た耳の長いエルフがそこに居た。エルフメイドである、レア・トレビィだ。
「なーにー? 仕事着ぃーー? うちのおーー仕事わぁーープラチナちゅわんを追いかける事だよぉおーー? はぁーー愛しのプラチナちゃーーん。昨日もプラチナちゃんとあんなことやーーこーんな事までぇええーー」
目がハートになり完全に逝ってしまっている猫妖精。いつも大人しい口調からは考えられない言葉を発するミディアム・シャム。プラチナの顔がプリントされたTシャツに、プラチナ命のハチマキ、昨日のコンサートで着ていた格好そのままの妖精がそこに居た。涎を垂らしながら恍惚な表情をしている。
「ごめん、和馬。ちょっとふざけすぎた」
朝食会場の異様な光景に、ウインクも和馬から離れ、謝る。
「いや、いいんですウインクさん。でも、早くなんとかしないと、大変な事になります」
和馬が考え込む。
「お魚も美味しく食べられないにゃー」
ブリンクも心なしか表情が暗い。
「そうだね、僕達でなんとかしないとだね」
パンジーは闘志が漲っているようだ。
「それなんですが皆様、やはりコンサート会場へ潜入し、敵を直接倒すしか手はないようです」
レイアの提案に、皆の視線が集まる。
「でもレイア、昨日はコンサート会場へ入れなかったよ?」
リンクが質問する。
「それは正面から入ろうとしたからです。こうなった以上、強硬突破するしかないでしょう」
レイアの考えは強行突破して、コンサートを止めるしかないという考えのようであった。
「よし、そうと決まればあたいの出番だな!」
ファイリーが立ちあがる。
「すまねぇーお前等、俺様から何も言えた口じゃねーが、ゴルはゴロツキだった俺様を拾ってくれた恩人なんだ。頼む! ゴルを元に戻してくれ!」
「こんな亭主でも私の亭主なんです、よろしくお願いします」
「シャムを、シャムを助けてあげて下さい!」
ガスト、女将さん、レア・トレビィがそれぞれ頭を下げてお願いした。
「大丈夫ですよ、そのつもりですから!」
「任せて下さい、シャキーンです!」
雄也とリンクが代表して答え、皆が頷いた。
「よーし! じゃあコンサート会場へみんなで乗り込むわよー!」
ウインクが仕切ろうとしたその時……。
―― ちょっと待ちなさい
「ル、ルナティさん?」
「ゆ、優斗!」
雄也と和馬が同時に声をあげた。昨晩行方をくらませていたルナティと優斗がそこに居た。優斗が心なしか顔色が白くなっているのは気のせいだろうか?
「ルナティ様、優斗様も、ご無事でしたか」
レイアが声をかける。
「ええ、無事よ、優斗もね。もう、大変だったわよー。とりあえず今日異変が起きても、街は
「え? でもそれじゃあまた敵の術にかかる被害者が増えるだけなんじゃ?」
雄也が質問する。
「いいわ、じゃあ、今から
そういうとルナティは昨日の出来事を話し始めた。
★★★
ルナティと優斗が
敵の親玉であるリリスは、
そこで目をつけられたのが、夢妖精として潜在的な力を持つプラチナ・ルーミィだったのではないか? 人間の
「じゃあ、もしかして私の羽根が奪われたのも、妖気力を奪われたって事?」
口を挟んだのはウインクだ。
「それはどうか分からないけど、奪われたとすれば、何か関係はあるのでしょうね」
コンサート会場からの中継があったのは昨日が初めてだったらしい。そう考えると、ウインクが妖気力を奪われる機会がないのだ。ウインクは考え込んでいる。
ルナティによると、昨日のコンサート中継はあくまでテストのようなもので、中継ごしにどのくらい効果が現れるかを試したのではないかという事だ。よって、今日のコンサートと中継が本番。コンサート中は
「そうなんよ。だからコンサート会場へ普通に観客として侵入して、敵の罠にかかるフリをしつつ、内部から夢見の回廊に入ろうって作戦がいいらしい」
優斗が補足する。
「そのリリスってやつ、許せないわ! 私がコンサートへ侵入して……」
「いや、ウインク、貴女には違う仕事をやってもらうわよ?」
「ちょっと! どうしてそうなるのよ!?」
ウインクが頬を膨らませ訴える。ルナティによると、会場へ行くのはやはり、
「乗り込むって、今あそこの放送局ぶっ壊せばいいんじゃないの?」
そう質問したのはパンジー。可愛い顔して大胆な事を言う。
「それがねー、放送局にも内通者が居るんじゃないかって十六夜は言うのよー?」
ルナティが続く。今下手に動くのは危険だという事らしい。
「で、ルナティ。作戦は分かったけどよ。コンサートぶっ潰すんじゃなかったら、どうやって乗り込むんだ?」
ファイリーがあたいの出番じゃないのか? という素振りで質問する。
「それなら大丈夫よ?」
ポケットから取り出した
「あー、チケットーー!」
皆がそれに反応した。
「昨日弥生達と夢渡りして大変だったのよー。十六夜が、今日コンサート行った観客は明日参加出来ないでしょうから、明日のチケット持ってる方が居たら貰っちゃいましょうだって。よくそんな事思いつくわよね」
そして雄也達は、運命の
何度も夢に見てきた、あの光景を直接目にする瞬間が近づいていた――――
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