第51話 プラチナコンサート 生中継

『アリーーナーーいっくよーー!?』


 虹色のスポットライトを浴び、オレンジと白色のフリフリな衣装を着たプラチナ・ルーミィが会場の観客へと呼びかける。呼びかけに応じ、会場から『おぉー!』と歓声があがる。


「プーラッチナ ハイ! プーラッチナ ハイ!」


 アリーナ九列目という良席をゲットした猫妖精が、周囲の熱狂的なファンと共に飛び跳ねながら声援を送る。妖精界にもヲタクという文化は存在するのだろうか? 夢の国ドリームプレミアだけあって、人間界のヲタクそれが影響しているのだろうか? 猫妖精ミディアム・シャムの周囲には、角が生えた背の高い褐色肌のお兄さんや、ひらひら回転を続ける羽根妖精、ワオーンと鳴いているモフモフ出来そうな毛並をした狼男に、耳の長い女エルフと、様々な種族が各々声援を送っている。


―― おいおい、そんな目の前で飛ばれちゃあプラチナちゃん見えねーじゃねーか!?


 隣の猫妖精と前方の観客がガチ・・なタイプのお客さんで、飛び跳ねる声援をしないタイプのお客さんである、ゴルゴンが一生懸命お客さんとお客さんの間からプラチナの姿を見ようとしていた。なんとか隙間からプラチナの顔が垣間見れる。瞬間プラチナが曲に併せてウインクしたのが見えた。


―― ぐはっ!? プラチナちゃん可愛いーなぁーー


 思わず涎が垂れそうになり、ゴクンと飲み込むゴルゴン。やがて、ノリノリの曲が終わり、虹色のスポットライトが消え、ステージ全体が明るくなる。歌い終わったプラチナへ拍手が送られる。どうやら今のところ異変は起きていないようだ。


「プラチナちゃんサイコーー!」


 奥手で控えめそうなミディアム・シャムが叫ぶものだからゴルゴンがまじまじと隣を見ている。


「いやぁ、シャムおめー性格変わるよなー」

「え、そ、そんなことないです!」 


 プラチナちゃんの顔がプリントされたTシャツが若干汗で濡れていた。


「――いよいよ、最後の曲になりました」

「ええええええええーー!」


 プラチナちゃんの最後の曲宣言に、お決まりの『えー』という歓声があがる。尚、シャムも当然叫んでいる。ゴルゴンさんは再びシャムを見つめている。


「―― それでは聞いて下さい。『夢の欠片ドリームピース』」




★★★ 


「ほら、中継始まるわよ」


 コンサート会場へ入れなかったため、ゴルの宿屋、朝食会場と同じ会場で、ガストの手料理を食べながら生中継を待っていた雄也達。現在ウインクのみが、アルバイト先である『カジノ&バープレミアム』に居るという状況だ。ルナティが生中継へ切り替わったTVのようなモニターを指差した。やがて、コンサート会場の様子が映る。


 ゴルゴンとシャムが居ないため、フロアではエルフメイドのレア・トレビィと、ゴルゴンの奥さんである女将さんが料理とお酒を運んでいた。プラチナちゃんのコンサート中継があると聞いてか、会場は満席だった。


「中継あってるって事は今のところ何も起きてないという事ですかね?」


 雄也が呟く。


「そうみたいね。このまま何も起きなければいいのだけれど……」


 ルナティがいつになく真剣な表情で映像を見据えていた。


「この白身魚、衣がサクサクで中がふわふわにゃー。おんぷおんぷにゃーーー」

「はいはい、ブリンク、食べてないで中継見るよー?」


 ブリンクが目の前にある魚料理に夢中だったため、パンジーが窘めている。

 やがて、中継はステージを映し出し、亜麻色ツインテールでフリフリの衣装を着たアイドル妖精、プラチナ・ルーミィがズームで映し出された。


「あ、やっぱりそうだ……間違いない」


 雄也はこの妖精に間違いなく出逢っている。何度も夢に出て来たあの妖精だ。でも、夢の中ではコンサート会場だったはず……。じゃあ、あの夢は今日・・じゃないって事?


「あの妖精、俺達を呼んでた妖精やん?」

「やっぱ何かあるって事か……」


 優斗と和馬も同様の反応だ。


―― それでは聞いて下さい。『夢の欠片ドリームピース


 プラチナ・ルーミィが最後の曲を案内すると、ステージが暗くなり、虹色のスポットライトにステージ中央が照らされる。


 透き通るような凛とした声に、会場一体が静まり返る。中継を見ていた雄也も、心の安らぎを感じた。料理を食べていたブリンクも、横に居たパンジーも、周囲の宿泊客も皆、その歌声に聞き入っていた。だんだんリラックスしていき、眠くなって来たのか、あくびを始める者も現れた。雄也もだんだんと瞼が重くなって来るのを感じた……。


「だめ! これ以上はまずいわ!」


 ルナティが叫んだと同時にレイアがモニターの前に結界のようなものを張る。ファイリーがすかさず剣でモニターを斬りつけた。ガシャンという音と共に斬り捨てられるモニター、眠りかけていた雄也達もびくりと反応する。眠気と戦っていたせいなのか、ファイリーも肩で息をしている。


「レイアさん! 後はお願いします!」


 ルナティが宿屋の外へと走り出す。


「え!? ル、ルナティ! 待って!」


 後に続く優斗。ブリンクやパンジーは既にウトウトしていたのか、何が起こったか分からずに居た。

 雄也や和馬は眠りに落ちてはいなかったが身体が重い様子だ。すぐに飛び出したルナティと優斗を追いかける気力がなかった。宿泊客は既に眠ってしまっている者がほとんどだった。


「こ、これは大変です……」

「宿泊客の皆様を早く起こしましょう」


 レイアとリンクが宿泊客を起こしにかかろうとする ――





 街へと飛び出したルナティは突如変貌した街の異変に焦っていた。コンサート会場へ走って向かいながら、大通りを駆け抜ける。街の外に居る者も皆眠って・・・しまっているのだ。街の上空に浮かぶ、巨大モニタから、プラチナ・ルーミィの綺麗な歌声が街中へ響き渡っていたのである。


「目醒めよ! 夢身保護ドリームプロテクト!」


 ルナティが走りながら自身に魔法をかける。淡い桃色の光がルナティを覆う。そして、耳に手を当てながら誰かと話をする。

 

十六夜いざよい! 聴こえる! 街の上空とコンサート会場のモニター映像を妨害出来る?」


『分かりました! 止むを得ませんね。強硬手段に出ます』


「お願い! 急いで!」

「ルナティーー! ルナティーー! 待ってーー!」


 通信を切ったルナティの後ろから、見覚えある眼鏡の青年が走って来た。


「え!? 優斗!? どうして!」

「どうしてじゃないやん! ルナティが走って出ていくから追いかけて来たんやん!」


 手を両膝へ当て、はぁはぁと肩で息をしながら答える優斗。


「違う、そうじゃなくて! 夢妖精の精神攻撃を受けた直後でどうして動けるの?」

「え? どういう事なん? プラチナちゃんの歌声が関係……あ」


 その瞬間、街に響いている歌声が耳に入り、そのまま倒れそうになる優斗。その身体を抱えるルナティ。


夢身保護ドリームプロテクト! もう、私の優斗! 無理しちゃって。でも、これではっきりした。あのプラチナ・ルーミィの歌声は危険だわ」

「いや……ルナティこそ、またルナティだけで解決しようとしてるやん……俺頼っていいからさ」


 夢身保護ドリームプロテクトの保護膜に覆われ、ようやく立ち上がる優斗。


「わかったわ、ありがとう私の優斗。コンサート会場にこのまま向かうわよ!」

「おーけールナティ!」


 やがて、中継映像が乱れ、しばらくお待ち下さいの映像へと切り替わった。


『夢中継を妨害しました。これで街は一旦大丈夫です。ルナティ、恐らく今からコンサート会場へ向かうのは無駄です。残念ながらコンサート会場の観客達も、もう敵の術中でしょう。会場も制限結界リミテッドフィールドが展開され、私ですら夢渡りが出来ません』


「なによー! じゃあどうすればいいって言う訳?」


 十六夜いざよいの報告を受け、ルナティが叫ぶ。誰かと話しているんだろうか? 相手の声が聞こえない優斗はそう思いつつ、ルナティの様子を見ている。


『私に考えがあります。ルナティとそれから横に居る優斗さんも、今すぐ夢見御殿ゆめみごてんへ来て下さい。今敵は制限結界リミテッドフィールドを張っている。つまりは今なら……』


 その瞬間、ゲートのようなモノが出てきた。中が渦巻いている。確か、温泉からリンク達がやって来た時、炎の国フレイミディア夢の都ドリームタウンを繋いだゲートと同じだ。


「そういう事ね! 了解、優斗一緒に行くわよ!」

「え、え、ルナティ? 何?」


 そのままルナティと優斗は渦の中へと消えていったのである ―― 



★★★


―― あれ? 可笑しいな? 今までコンサートで歌っていたハズなのに……これ……夢見の回廊だよね……。


 夢妖精ドリームフェアリーアイドル、プラチナ・ルーミィは首をかしげた。さっきまでプラチナコンサートの会場で歌っていた筈だった。周りを見渡すと見慣れたうねりを伴った空間にステージだけが切り取られたかのように立っていた。ここは恐らく夢見の回廊だ。夢妖精であるプラチナ・ルーミィは、この景色を知っている。


「あら、ルーミィ? 目が覚めたの?」


 ふいに後ろから声をかけられた。振り返ろうとするが、身体が動かない。それを知ってかプラチナの周りを舐めるように見つめながらゆっくり歩いて行く、キャリアウーマン風の女性。


―― あ、リリナさん……ここは? 夢? リリナさん、身体がなぜだか動かないの……どうしよう?


 知っている顔を見て、マネージャーであるリリナへ訴えかけるプラチナ・ルーミィ。


「そう、動かなくて当然よ。だって今貴女の身体は人の子・・・が使っているもの……」


―― え?


 そう言った瞬間、リリナがパチンを指を鳴らす。ステージ横、舞台袖を隠していたカーテンが落ち、そこに知っている顔の妖精と、見知らぬ女の子が巨大な試験管のような装置の中で浮かんでいた。女の子は目を閉じ、涎を垂らしながらまるで歌を歌っているかのように口を動かしている。


―― ア、アリスちゃん、どうして?


「プッラチナ先輩ーー! 素敵なステージだったよー! 観客の心と心が一体になったその瞬間が、一番私の術にかかりやすくなるんだよねー」


 アリスと呼ばれたお姫様の衣装を着た女の子がスキップをしながらプラチナへと近づく。


―― わ、わたしの術? アリスちゃん? い、意味がわからないんだけど?


「あ、わからなくていいんだよ? だって先輩、このやり取りも忘れちゃうから! あの子、みずはらまりねちゃんって言うんだけどね。すっごく見た目地味でしょー? クラスでも苛められてるみたいでさ、それでもアイドルになりたいーって言うから、プラチナちゃんに代わって歌ってもらってるんだよー? あの子とプラチナちゃんの力を接続リンクさせて、歌ってもらっているだけだから気にしないでー」


 笑顔でプラチナの顔を見つめるアリス。その様子にプラチナが何かに気づく……


―― ま、まさか……夢の国ドリームプレミアで起きている事って……。


 プラチナが必死に身体を動かそうとするが、全く動かない。プラチナの額から汗が滴り落ちる。


「あ、気づいちゃったー! もうー、こないだなんか、夢から覚めた後も先輩、少し覚えていたからびっくりしたよー」


―― 夢? これは私の夢の中?


「そろそろ時間よ、アリス……」

「はーい! リリス・・・!」


―― !! 


 プラチナの目の前に立ったリリナ・・・が両手を広げる。いや、さっきまでスーツ姿であったプラチナ・ルーミィのマネージャー、リリナの姿はそこになかった。束ねていた紫髪をそのまま下ろし、ゴスロリの服を着る二本の角が生えた女悪魔が目の前に立っている。誰も居ない空間に手を広げ女悪魔が叫んだ。


「さぁ、時間よ、モット、モットヨ! 妖気力フェアリーエナジーを私にちょうだい! そして、皆、私の下僕・・になりなさい!」


 紅く細い口を広げ、女悪魔はニヤリと嗤う――


―― 誰か、誰か助けて……。


 プラチナ・ルーミィの瞳から涙が溢れ、そのまま視界は暗転した ―――― 

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