第50話 プラチナコンサート 開演前

 白いドーム型の大きな建物。建物の前は広場になっており、噴水がある広場の前には、人間界のお祭りを彷彿とさせる露店が立ち並ぶ。まるで、お祭会場のような賑わい、この街の住民が一箇所に集まったかのようだ。


 ゆくゆく見ると、露店の文字は人間界の言葉ではないようだが、かき氷やたい焼きにクレープ、焼鳥っぽい絵も見える。夢見の回廊や人間の夢を通じて得た知識を下に創られた街であると、改めて認識させられる。そして、ドームの入口には行列が出来ている。この行列は恐らくドームで行われるコンサートイベントへの参加者だろう。


 そんな中、マイクのような物を片手にTV中継をしているようなクルーを見かける。少し違うのは、人間界のビデオカメラ……ではなく、レポーターらしき可愛い猫耳の女の子へ向け、大きな鏡のような物を耳の長いエルフの男が持ち、さらには、夢妖精ドリームフェアリーらしき女妖精が鏡の裏から続いている紐を持ち、何やら魔法陣を展開している……という点だ。


 視線を再び上にやると、ドームの上部にある巨大モニターへ同時に映像が映し出されていた。


『こんにちはー! やって参りましたー! お昼の童夢ドリームタイム! 本日はドリーマーアリーナから中継です! 現場のミュウミュウーー!?』


「はーい! 現場の猫妖精、ミュウミュウでーーす! 今日は本日行われます、我らがアイドル、プラチナ・ルーミィーちゃんのプラチナコンサート、開演前の会場に来ていまーす! 見て下さい、この賑わい。お祭り会場みたいですね。せっかくなので、会場に来ている妖精さんへ話を聞いてみましょう。あ、そこの可愛い妖精さん! え、そうそう、貴方! こんにちはー。あ、美味しそうなものを食べてますね。何食べてるんですか?」


 ミュウミュウと呼ばれたレポーターらしき猫妖精が、会場前の露店で何かを食べていた妖精へ声をかける。


「え、えっと、これは夢苺ゆめいちごのクレープですー! 甘くて美味しいですー! シャキーンです!」


「わぁ、素敵なシャキーンいただきましたー! 今日はプラチナちゃんの待ちに待ったコンサートですが、何かひと言お願いします!」


 ミュウミュウがマイクをすっと妖精へ向ける。


「はわわわ。これ、もしかして、中継ですかー? 恥ずかしいです……」

「待ってよ! 中継なら代わりに僕が喋るよー!」


 そこへ突然、横から花をあしらったフリフリのフレアスカートを履いたこれまた可愛らしい妖精が顔を出す。


「え、えと!?」

 

 突然の花妖精登場に驚くミュウミュウ。カメラというか中継用の鏡へズームする花妖精。


「はいはーい! 僕は花妖精フラワーフェアリーパンジーだよー! 一回こういう中継出てみたかったんだ! さっきの妖精、すっごく可愛いでしょう! 水妖精アクアフェアリーのリンクって言うんだ。リンクの笑顔はプラチナちゃんに負けない位輝いているでしょ? そして、僕達の愛は誰にも邪魔はさせないぞ!」


 指を鏡の前へ出し、ポーズを決めるパンジー。ミュウミュウは唖然としている。


「あのー、プラチナちゃんへのひと言を……」


投影鏡プロジェクションミラーにゃー! 生で初めてみたにゃー! キラキラにゃーおんぷおんぷにゃーー」


 そこへさらにどあっぷの猫妖精が……。あまりのドアップに、モニタを見ていた会場にいる来場客達にもどよめきが起きる。


「ちょっと、ブリンクー! せっかく僕が決めポーズしてたんだから、横から入っちゃだめだよー!」

「そうなのかにゃー! それよりパンジー! あっちのキメイラ・・・・の鳥皮と鳥ももの焼鳥が旨かったにゃー! 一緒に食べるにゃー」

「お、それいいねー! 一緒に行こう!」

「一緒に行くにゃー!」


 こうして二名の妖精は、嵐のように去っていったのである。


「はい、ちょっと映像が乱れてしまいましたね。賑わいを見せております会場前からお届けしました。本日プラチナ・ルーミィちゃんのライブ、クライマックスの十分間は童夢ドリームTVで中継も繋ぎます。本日会場へ来れない方も、是非童夢TVをご覧下さい! では、会場から猫妖精ミュウミュウがお届けしましたー!」




★★★


「で、昨日お渡しした小遣いを全部使ったという訳ですね……」


 メイド服姿のレイアさんが腕組みをしている。その向かいに無理矢理正座させられているのはリンク、パンジー、ブリンクの三名だ。妖精界でも怒られる時は正座なんだね。


「だってー、みんな美味しそうだったんだも……」


 リンクが下を向いたまま上目遣いで訴えるが……


「お嬢様! 今日は遊びで来た訳ではないんですよ? 昨日留守番させてしまった事を申し訳ないと思い、小遣いをお渡ししましたが、まさかこの数時間で使ってしまうとは思いもしませんでした……」


 はぁ、と溜息をついたのはレイアだ。よく見るとリンクは、口の周りにクリーム、パンジーは食べかけのリンゴ飴を手に持っており、ブリンクは服に何かのタレのような染みがついている。


「まぁまぁ、レイア、リンク達も反省しているみたいだし……」

「雄也様、お嬢様を甘やかしてはいけません。普段お金の管理を私がしているのも、カジノへ連れていかなかったのも、お嬢様の浪費癖が原因なのですから……」


 どうやら、レイアは昔から苦労しているようだ。そこにパンジーとブリンクのマイペースさが加わって、今回の事に発展したようだ。


 ウインクの言っていた通り、コンサート会場スタッフ用に『ゴルの宿屋』へお弁当の大量注文が入っていた。それを利用し雄也達は、ゴルゴンと共に女将特製ドワーフ弁当を届け、そこからプラチナと会おうという作戦に打って出た訳だが……。お祭り会場へ着くや否や、リンク達が勝手に動き出したのである。ちなみに今、コンサート会場裏手にある、スタッフの通用口付近で雄也達は待機中。


「おーい、お前等ー、待たせたなー!」


 そこに宿屋の主人、ゴルゴンが戻って来た。ルナティ、優斗も一緒だ。ちなみに優斗はお弁当の運び係に扮していた。ルナティは交渉役だった訳だが……。


「だめよ、だめ、っ全然だめ。十六夜の名前出しても取り合ってくれないのよ。何なのもう、あの警備は……」


 ルナティがお手上げと言わんばかりに手をあげる。ルナティの誘惑作戦もダメだったって事か……。


「プラチナ・ルーミィが誰かに狙われているかもしれないとも話したんだがな、残念ながら警備の野郎が弁当だけ回収しちまって、中にさえ入れなかった」


 ゴルゴンも交渉を試みたが申し訳ないという顔をする。


「でも、あの警備おかしーやん。ルナティの誘惑に耐えるって凄いやん」


 優斗の感想がちょっとずれている気もするが……。


「そうね、ああいう男には基本魅了チャームをかけながら近づくんだけど……あ、もちろん優斗にはそんな姑息な真似はしていないわよ? あれはたぶん何かプロテクトのようなものがかかっているわね」


 ルナティが何かを考えている。優斗の感想は強ち間違っていなかったという事になる。それにしても、ルナティさんって、対象の心を読んだり、魅了チャームかけたりもしているんだね……絶対敵に回しちゃいけない相手だなと、雄也はゴクリと唾を飲み込んだ。


「そうですか……他に手はないという事でしょうか……」


 レイアが考え込む。


「おーい、お前等ーー中には入れたかー?」


 そこへ和馬が戻って来た。ファイリーとウインクも一緒だ。三名はコンサート会場周辺を探りながら、チケット入手するなど、他に侵入方法がないか探ってもらっていた。残念ながらスタッフ通用口からは侵入出来なかった旨を伝える。


「えぇ!? ルナティでも入れなかったの!? それヤバイわね。ん? あ、こっちもダメよ。『チケットあるよー』って言ってる強面のおっさんに声かけてみたけど、チケット一枚金貨三十枚とか言い出すのよ? 信じらんない!」


 ウインクがそう報告してくれた。という事は……人間界の値段にして三十万……ブラックなダフ屋ってどこにでも居るものなんですね……。


「何ならあたいが強硬手段でコンサートへ侵入してもいいんだけど、それはしたくないんだろ?」


 そう告げたのはファイリーだ。


「えぇ、敵の正体が見えない以上、派手な動きは目立ちすぎます。今日のところは様子見でしょうか……」


 レイアが残念そうな表情を作る。


「よし、わかったぜ。お前等の代わりに俺が中の様子を見てくる!」


 思いもしない発言をした相手に全員の視線が一斉に集まる。発言者はまさかの、ゴルの宿屋主人、ゴルゴンだった。


「え? ゴルゴンさん、今何て?」雄也が思わず反応する。


「いやな、実はな、俺も昔からプラチナちゃんのファンなんだよ……という訳で……」


 ゴルゴンは、そういうとベストのポケットからチケットを取り出したのだ。

 

「あーーーー! チケット!」


 雄也を始め、皆が同様の反応をする。


「すまねぇー、コンサートを止めたいのは分かる。だがな、ファンはみんな、今日のコンサートを楽しみにしてるんだ! 異変が起きないかどうかは俺が見届けるから、今日のコンサートは止めないで欲しい」


「わわわ、わたしも一緒に参戦します!」


 そこにパタパタと駆け足でやって来たのは……いや、恐らくゴルの宿屋に居た『ミディアム・シャム』とかいう猫妖精……のはずなんだが、プラチナ命と書かれたハチマキに、プラチナちゃんの顔がプリントされたTシャツ、うちわにタオルのようなコンサートグッズ……腕には光る腕輪のようなものを身につけた、ある意味完全装備・・・・な夢妖精さんがそこに居た。


「あ、あの? ミディアム・シャムさん?」


 優斗が恐る恐る尋ねると、コクリと頷くシャムさん。


「このシャムも根っからのプラチナちゃんファンなんだよ。まぁ、こいつも夢妖精だし、会場で何かあったら護衛にはなるだろ?」


 ハハハとゴルゴンさんが笑っている。それにしても、シャムさんはガチですね。これは今、敵が攻撃を仕掛けようとも、たとえ天地がひっくり返ったとしても、コンサートに参戦する勢いだろう。


「わかったわ。まぁ、TV中継も今日はあるみたいだし、何か異変があったら分かるでしょう。私達は『ゴルの宿屋』でその中継でも見ておきましょう」


 ルナティがそう提案し、みんなが賛成した。


「へへへ、悪ぃーな! よし、シャム、皆を代表して行くぞ!」

「は、はははい! プラチナちゃんは私が皆さんの分も応援しますから、大丈夫です!」


 うーん、何か違う気もするけど、まぁいいか……。


「あ、あのー、すいませーん……僕達……いつまでこうしていたらいいのでしょうか……?」

「足痺れて来たにゃー」

「私もう限界です……ショボーンです……」


 そこには正座したまま忘れられていた、リンク、パンジー、ブリンクの姿があった―――― 

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