第2話 妖精との契約

「あれは、人間ではないのか?」

「もしかしてあれが選ばれし子?」

「ではエレナ様がお告げで仰せられた救世主メシアか?」

「でも、あんな見た目普通の男の子が本当に?」


 という訳で、雄也は今、リンクとそのメイド、レイアに街を案内してもらっている。

 格好はこの国の格好だが、見た目は人間な訳で、人々……いや、そんな妖精達・・・の反応も頷ける。


 雄也はこの現象を長い夢だと思う事にしている。視るもの、聴くもの全てが信じられないものばかりで、頭がついていくのがやっと。大小のシャボン玉が、光が乱反射したかのような淡い光を放ち、宙に浮かんでいる。丸い形の石壁の家、シャボンを放つために上下運動を繰り返す花。街には運河が流れ、水の流れる音が聞こえてくる。水の流れる音を聞きながら、雄也はさっきの出来事を思い返す……。




 エレナ王妃から聞いた話は突拍子もない話だった。


 ここは妖精界フェアリーアースの中の、水の国アクアディーネ・首都――水の都アクアエレナであるという事。


 人間の言葉にすれば『異世界』という話にすると分かりやすい。妖精界にはいくつかの国があり、それぞれ違う精霊の加護を受けている。例えばここ水の都アクアエレナ水精霊ウンディーネ炎の国フレイミディア火精霊マーズ風の都ウイングバレー風精霊シルフィーユといった具合らしい。


 そしてここからが重要で、水の都に何かあれば、人間界で水害や干ばつが起き、炎の国の力が弱まるとその年の冬は寒くなる……。といった具合に人間界に影響が出るという。この世界には妖魔や魔族も存在しており、邪悪な存在から妖精界を守らなければならない。多少の被害であれば妖精界内でなんとかなるらしいのだが、なんとかならない場合に人間界に影響があるらしい。迷惑な話である。


 つまり妖精は人間界の秩序と安寧を保つ存在であり、妖精界と人間界は密接に繋がっている……という事になる。


「数ヶ月前の事でした。水の都アクアエレナが闇に包まれました。真っ暗ではないのですが、空が暗いのです。妖精界フェアリーアースには人間界と違い、太陽がありません。ですから光妖精ライトフェアリーが朝と夜を管理しています。闇に包まれた事で他国との交信が途絶え、我々の国は隔離されました」


 どうやら妖精界フェアリーアースは大変な事になっているらしい。王妃は続ける。


「そして、その頃から、水の都アクアエレナの北にある水晶の塔エレナのとうの光が消えたのです。今水晶エレナの塔の周りには結界が張られ、負の妖気力フェアリーエナジーが満ちています。水妖精アクアフェアリーは本来闘いに向いていない。それでも今まで均衡を保てたのは聖なる水の光と守りがあったからこそ。水晶の塔が何者かに堕ちた今、我々には術がなくなってしまった。そこに現れたのが貴方という訳ですね」


「あのー、この国が大変……という事態は分かったのですが、それと俺……いや、自分と何の関係があるのでしょうか……?」

「大いに関係がありますよ、貴方は今首からかけているその鈴……エレナの水鈴すいれいによってここに召喚された存在なのですから」


 ―― よく見ると、いつの間にかあのポケットに入れていた鈴が紐で首からかかっている。


「無くすと大変なので、私が首からかけて置きました」


 と言うのはメイドのレイアだ。


「そうそう。正確には召喚される前に、私が森に迎えに行ったんだけどね、えへっ」


 リンクが照れながら笑顔を見せる。


「お嬢様! 許可なく人間界に一人で行かないで下さい! 規則違反ですよ!」


 リンクへ向かってそう発言するメイドのレイア。


「ごめんなさーい。でも私の使役主マスターになる人がどんな人かどうしても直接見に行きたくて。あの森までなら夢と現実の境界が曖昧だから私の力でも行けるしねー。でもでもっ! 雄也さんが思った通りの人でよかったよー。筋肉隆々のごっつい人だったら、きっと私反対してたものーー! あ、でもそんな人だったらそもそも適合者にならないよね。心配して損しちゃったー。あ、それからー」

「ゴホン、続けていいかしら、リンク?」

「あ、ごめんなさい、お母様……」


 ―― うん、この光景前にも見た気がするぞ。リンクは喋り出したら止まらない癖があるらしい。しかしこのリンクが喋る度に見た事ない単語がいっぱい出てくるんだが……。マスターって言ったよね、今? 色々説明してもらうのが大変そうだ。あと召喚って、ゲームとかであるけど、召喚されたって……普通逆じゃない?


「そうですね、色々疑問はあるでしょう。でも召喚されたのは紛れもなく貴方ですよ。あなたは、いえ、貴方方あなたがたは選ばれた存在なのですよ?」


 ―― いや、そんな急に言われても困る……。ん?


「貴方方……って事は優斗や和馬達もここに居るんですか?」


 二人の事が心配だった雄也はその質問を投げかける。しかし、王妃は首を横にふった。


「いえ、少なくともこの国には居ません。この国・・・には。ただし、妖精界フェアリーアースのどこかには居るかもしれません。この世界を渡り歩けばきっと出会えるでしょう」


 それを聞いて少し雄也はほっとした。


「でも召喚された身で申し訳ないんですけど、自分、普通の人間なんで、何も出来ないですよ……」


 雄也は少なくとも自分の力を過信したりはしないのだ。


「そこについては認めましょう。様々な人間を視て・・来ましたが、貴方は普通・・の人間です」


 ―― ガーン……。そうはっきり言われると落ち込むんですけど。


「いえ、普通であり、平凡であるから良いのです。特に貴方は純粋であり、周囲が貴方の事を気になる魅力がある。貴方方の世界ではいじられ・・・・キャラというのですね」


 ―― うん、あまり褒められた気がしないよね。

 心の中で苦笑する雄也。


「そこは置いといて。貴方の純粋さは夢みる力ドリーマーパワーに直結します。妖精界に置いては、人間の強さ=夢みる力ドリーマーパワーと言っても過言ではありません。だから貴方という存在は重要なのです。そして、貴方の隣に居る私の娘、リンクが、貴方の契約者パートナーであり、使役される存在になるのです」

「ぱ、ぱーとなー?」思わず王妃の言葉を繰り返す雄也。


「よ、よろしくお願いしますね、雄也さんっ!」


 ペコリと頭を下げるリンク。


 ―― なんだか凄い展開になって来たぞ……。


「妖精の力は魔力まりょく妖気力フェアリーエナジーで構成されています。妖精以外の種族も、この妖精界フェアリーアースにおいて基本構成は同じです。ただ違うのは、妖精や他種族が正の妖気力フェアリーエナジーなら、妖魔や魔族は負の妖気力フェアリーエナジーを纏っています。さっき貴方は自分とは関係ないとおっしゃいました。そう、本来なら妖精界の問題であり、人間界には迷惑をかけられない。ただし、特例がある」

「特例?」


「ええ ――

 <妖精界が危機に瀕した時、選ばれし適合者の人間にのみ、妖精界において力を借りる事が出来る。>

 というものです。適合者は妖精と契約する事で、その妖精を使役する事が出来、使役された妖精は本来の〝十倍の力〟を扱えるようになる。そして、契約した人間もまた妖精の力を透過トレースする事で、契約した妖精に準ずる力を行使する事が出来るのです」

「じゅ、じゅうばい!?」


 思わず雄也は驚嘆の声を発する。王妃は続ける。


「そう、だからこそ、本来人間と契約する事は特例なのです。それに、こうして適合する人間が現れるのも十数年に一度とも数百年に一度とも言われています。複数の人間が同時に選ばれるのも稀な事なのですよ」

「つまり、優斗や和馬も選ばれたって事ですか?」


視て・・いないので分かりませんが、恐らくそういう事になりますね。私達は何かあった時に備え、常に適合者を探していました。水の都アクアエレナにとってはそれが貴方だった。優斗君や和馬君も、もしかしたら他国の妖精に〝視られて〟いたのかもしれません」

「そ、そうなんですね……で、その数十年……数百年に一度の確率で選ばれたのが……自分という事になるんですね」


 曖昧な返事をする雄也。


「そんな、緊張しなくていいですよーー。この状況を楽しみましょう!」

「いえ、お嬢様、楽しんでもらっては困ります。雄也様にはこの国を救っていただかねばなりません」

「大丈夫よ、レイア。私がなんとかするからー。雄也さんと契約したんだからなんとかなるって」


 ―― ん? 契約した覚えないんですけど……?


 契約という言葉に心の中で反応する雄也。


「貴方はリンクと既に契約していますよ? エレナの水鈴はそもそも、水の都が何かあった時に適合者に渡ると言われる人間界に送られた品ですから。水の都に貴方がこうして辿り着いた時点でリンクとの契約が成立しています」


 ―― な、なんだって! いつの間に……そもそも夢か現実か分からないって事ならそろそろ覚めて欲しいよね。展開に頭がついていってない。


「あ、それから一つ言っておきますが、闇に包まれた事で、人間界へ戻る事は不可能になっていますよ? この国を救わないと貴方は人間界に戻れません」


 ―― 洒落になってないぞ?


「え、それ本当ですか?」

「洒落とは冗談の事ですか? 冗談ではありませんよ。人間と交信をする力=〝夢渡の力ドリームポーター〟も今となっては使えません。リンクが先頃あなたの町アラタミヤの森へ行ったのも、その鈴の力と水霊の森本来の神聖な空間の力、そしてリンクの〝夢渡の力ドリームポーター〟という条件が揃っての事。貴方がこの国を救う事は、運命なのですよ」



 ――雄也さーん?


「雄也さーーん?」


「うわぁっ!?」


 ふと横を見ると二つの丸んまるな蒼色の瞳ブルーアイズがじーーーっとこっちを見ていた。


「あ、リンクごめん、さっきの事思い出してた 」

「ふふ、考え事してる雄也さんも可愛いですねっ!」


「可愛い? そんなの言われた事ないんだけど」

「可愛いは正義ですよ、雄也さん!」


「それは男に言う台詞じゃないなぁ」

「え? そうなんですかーー! 図書館で前見た本には、人間界ではそういうって書いてあったんだけどなー」


「ふふ、そうなんだね」


 思わず笑みがこぼれる。くりっとした瞳に見つめられると純粋・・な心の雄也でも悪い気はしないのだ。リンクの笑顔を見ていると、この世界の危機なんて忘れてしまいそうだ。ふと上を見上げると、空は雨雲に覆われたかのように闇に包まれている。


 ―― 本当に俺が世界を救う事になるんだろうか。


 半信半疑のまま、雄也は水の都アクアエレナを案内されるのだった。

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