第4話 初戦闘とくまごろうと

 翌日、ユウヤとリンク、メイドのレイアは水の都アクアエレナを出発した。


 水晶エレナの塔は普通に歩くと一日から二日かかるらしい。

 ゲーム序盤の冒険にあるように、歩いて行くのだろうか? と雄也が考えていると……。


「あ、安心して下さい。歩いては行きませんよー、ちょっと待ってて下さいねー」


 そういうとリンクは何か呪文のようなものを詠唱し始めた。


「おいでーくまごろうーー!」


 ――え? 今何て言って……?


「にゃああああああーーくまーー」


 ――うん。そうですよね、皆さんおっしゃる通り、色々突っ込みどころが満載だと思う。何からお伝えすればいいでしょうか……。


 ――まず出て来たのは熊でした。はい、しかし顔は熊なんだけど、ちょっと大きな猫くらいの大きさで、顔こそブラウンなんだけど、なぜか身体はブラウンとホワイトの縞々なんだよねぇー。ふかふかで気持ち良さそうな毛並みです。あと、にゃーって言ったね、にゃーくまーって何だよって思ったね。


「あ、あのー、リンク? これは?」

これ・・じゃないくまーくまごろうくまーよろしくくまーー」


 代わりに熊が応える。


「この子は私が飼ってるむささび熊のくまごろうです。魔法使いの使い魔のような存在と思って下さい。可愛がってあげて下さいね」


 満面の笑みでリンクが紹介する。


「ごろごろごろにゃああああああ」


 ―― にゃあーなのかくまーなのか混乱するからどっちかにしていただきたいものだ。


「んで、このくまごろう……歩いて行かないのとどう関係が?」


 どう考えても人が乗れるサイズではない。子供一人も乗れないサイズだ。


「そこは安心するくまー。ちょっと待つくまーー」


 そういうとくまごろうが大きく伸びを始めた。


「ごろごろごろーーにゃああああああくまーー!」


 次の瞬間くまごろうの身体が大きくなり、そして、その毛並みと肉厚はそのままに、平べったく布団のサイズほどに広がったのだった。


「さぁ、雄也さん、乗って行きますよー」


 ――もうある程度の事には驚かないようにしよう。

 そう心に決めた雄也だった。


「しっかり捕まってるくまよーーにゃああああああーー」


 くまごろうは三名さんにんを乗せたまま四本の手足で思い切り地面を蹴り、むささびのように、いや、まるで魔法の絨毯のように、風に乗って宙を舞ったのだった。


 ゴゴゴゴゴ――


「風の抵抗凄いんですけどーー!?」


 ……


 ……


 水晶エレナの塔には一時間程度で到着した。くまごろうのお陰で魔物と戦闘する事もなく雄也たちは目的地へ到着する事が出来たのだが……。


「はぁ、はぁ……、これ……慣れるまで……時間かかりそうだね……」

「えーーそうですか? 風が気持ちよかったでしょ? ……あれ、雄也さん顔色がよくないですよ! 具合悪いんですか! 大丈夫ですか?」

「雄也様は鍛錬が足りませんね」


 ジェットコースターなら普通五分程度で終わるものだ。くまごろう自体は上に乗っている三名を落とす事もなく、安定していたのだが、とにかく速い。一時間ジェットコースターに乗る経験なんて普通ないので、雄也が戦闘をする前に顔色が悪くなっていたのだった。


「い、いや……すこし……休めば……大丈夫だから……」

「くまごろうは帰るくまーーまた帰りに呼ぶくまーー」

「はーい、ありがとうくまごろうさん、またよろしくお願いしますね」

「にゃああああああくまーー」


 ドロンと煙が出たと思ったら、くまごろうは姿を消したのだった。



 さて、目の前には問題の結界がある。


「悪しき者に水の洗礼を与えん! 水爆砲アクア!」


 魔法詠唱と共にリンクが魔力のこもった水球を放つ。

 しかし、結界はビクともせず、水球は壁にぶつかり弾かれ、水風船のように魔力を無くした水が周囲へ飛散してしまう。


「どんな強力な魔法もこの通りなんです。さぁ、雄也さん、出番です」

「……分かった。やって見るよ」


 息を殺して雄也が練習の通りにやってみる。


攻撃透過アタックトレース接続リンク! 打ち砕け、強化水撃パワーショット!」


 放たれた水球は見た目リンクの魔法で放った水球と変わらないのだが……。


 一瞬ピキピキと結界へ亀裂が入ったかと思うと、刹那、いかずちが大地に亀裂を創り出したかのような大きな轟音と衝撃が、眼前の空気を震わせる。気づくと結界には、人が一人通る事が出来る程度の大穴が空いたのだった。


「やったぁ、雄也さん!」

「やりましたね、成功です!」 


 リンクとレイアが同時に駆け寄る。


「これでいいんだよね?」


 あまりに簡単に穴が空いたので驚く雄也。


「ええ、ですが、ここからが本番です。私とリンクお嬢様はここで待機しておきます。雄也様は一人でまず塔の中に入り、敵と遭遇した時にリンクお嬢様を使役して下さい」

「このあいだ教えた通りによろしくお願いします、雄也さん! あ、そうそう、使役する前でも、私とはその水鈴に話しかけてもらえると離れていても会話出来ますよー。それから……」


 魔法詠唱と共に雄也の水鉄砲へリンクが魔力を籠める。


「これで強化水撃ほどではないけど、魔力を籠めた事で、きっとある程度の敵を倒せる水を放てますよー。ただ限界はあるので撃ちすぎには注意です。危なくなったら遠慮なく私を呼んで下さいね」


 そういうと、香水のビンに入ったような液体を五つ渡される。


「これは治癒源水ヒールウォーターと言って、回復薬です。怪我した時に使って下さい」

「通常回復魔法は私の役目ですが、今回は雄也様とお嬢様が向かう事になります故、回復薬は大事に取り扱って下さいませ」とレイア。


 ――回復魔法ってやっぱりあるんだね

 と雄也は考える。


「ありがとう、大事に使うよ」

「気をつけて下さい。雄也さん」


 うるうるとした蒼色の瞳ブルーアイズが雄也を見つめる。


「行って来ます」


 今生の別れではあるまいし、使役出来るのなら大丈夫だと思うよ。


 そう思いつつ、雄也は結界の中へ足を進める――





 水晶エレナの塔は本来水の都アクアエレナを照らす光だった。聖なる光は水の国の陸地を照らし、悪しき力を弱める力を持っていた。本来消える事がない光、そんな水晶エレナの塔が負の妖気力フェアリーエナジーに堕ちるとは想像もしなかったという。今妖精界フェアリーアースには何かが起きている。


 塔の中は意外にも荒らされた形跡はなく、高い水晶の柱が立ち並び、美しいままだった。違う点があるとすれば、水の都アクアエレナのディーネリア宮殿にあった柱と比べると輝きがないようにも見えた。


 ―― このまま敵とか出ないんじゃね?

 雄也がそう思っていると……。


『雄也さーーん、お元気ですか? 私は元気でーーす。もしもーし、リンクですよーー。怪我してませんかーー? 大丈夫ですかーー?』


 水鈴から声が聞こえる。

 ――この子はとても心配症だ。


「いや、リンク、さっき別れたばかりでしょ。大丈夫だよ」

『よかったですー。いつでも使役お待ちしてまーーす。あ、それから――』


 そんな止まらないリンクの会話こえを聞きながら、しばらく塔の中を進んでいると、雄也の耳に何かの音が入って来る。


「あ、リンクちょっと待って! 何か聞こえる」

『―― ケーキというものを今度食べてみたいなって、って、あ、はい、気をつけて下さい!』


 ……おもちゃだよチャンチャンチャン おもちゃだよチャンチャンチャン


 ……チャチャチャおもちゃだよチャンチャンチャン


 ―― え? おもちゃのチャチャチャ? 若干歌詞違うような気もするけど……いや、そんな事はどうでもいい。


 音楽はだんだん大きくなり、塔前方の二階へあがる階段から聞こえてくる。


 ―― 階段を何かが降りて来てる? 敵?


 雄也が声を潜めて見ると、まさにおもちゃの楽団・・・・・・・が階段を降りて来ているところだった。


「リンク、大丈夫、おもちゃみたい。おもちゃが演奏しながら歌ってる」

『え、喋るおもちゃですか? どうしておもちゃの楽団なのでしょう?』


 長い黒の帽子と赤い制服をまとったおもちゃの楽団が演奏しながら階段を降りて来ている。さっきくまごろうを見たばかりだったので妖精界はなんでもありなんだろうと状況を受け入れながら二階の階段へ向かう雄也。


『え、あ、雄也さんちょっと待って……レイアが何か言ってる……』


 雄也は隊列を成して歩くおもちゃの楽団を順番に見つめる。トランペットに旗、太鼓、ええっと、歌ってるのはどれだろう……笛……あれかな……あ、あれは弓矢か……。


『雄也さんダメ、レイアがそれは敵の罠だって!』


 刹那、楽団の後ろ・・に控えていた〝おもちゃの兵隊〟から弓矢が一斉に放たれる!


「うわぁ!」


 思わず横へ逃げる雄也! すんでのところで矢を回避する。

 避けた先にあった水晶の柱へ、おもちゃの兵隊から放たれる矢が刺さっていた!


 ――マジか、おもちゃじゃないのかよ、弓矢本物じゃん!


 雄也に向けて放たれる無数の矢。


 ――痛っ!?


 脚に矢が一本刺さる。矢そのものは小さいのでダメージは小さいが、結構痛い。

 気づけば三十体近いおもちゃの兵隊が雄也を取り囲んでいた。

 うち十体ほどの弓矢部隊が後ろに下がり、レイピアのような剣や槍を持った残りの兵隊がゆっくり雄也へ近づいて来る。


『雄也さん、雄也さーーん』


 リンクの声が聞こえる。

 危なくなったら彼女を呼べばいいと、彼は軽く考えていた。これは戦闘なのだ。最初のダンジョンなんてきっとスライムやゴブリンのような比較的低レベルでも倒せる魔物しか出てこないだろうと思っていた。

 いや、確かに見た目はおもちゃの兵隊な訳で、そんなに強くなさそうな魔物だ。しかし、持っている武器は明らかに本物だった。


『雄也様聞こえますか! 落ち着いて下さい。レイアです! リンクお嬢様の意思伝達に一時的に入らせていただいております。おもちゃの兵隊を扱う魔物はおもちゃを魔力で動かしているだけでおもちゃそのものはそんなに強くありません。おもちゃとの接続リンクが切れるだけでただのおもちゃになります。雄也様の水鉄砲でも倒せますから……ってリンク様も、落ち着いて下さい!』


 リンクの『雄也さんー、雄也さんー』という泣きそうな声を後ろにレイアがアドバイスをくれる……その時雄也の眼前にいた兵隊がレイピアを持って飛びかかって来た。駄目元で彼はおもちゃの兵隊へ銃口を向ける。


 咄嗟の事だった。おもちゃの兵隊がレイピアを突き刺そうかという瞬間、雄也の水鉄砲ウォータージェットが兵隊へ向けて放たれた。銃口から勢いよく出た水球は、瞬間レイピアを突き刺そうとした兵隊と、後ろに居た兵隊数匹、さらに後ろに居た数体の楽団まで吹き飛ばしたのだ! そう、おもちゃはおもちゃ。目の前にドラゴンが居る訳ではない。落ち着けば戦えない相手ではないのだ。


 一瞬仲間が飛ばされた様子を見て兵隊が後ずさりする。楽団の演奏も止まった。雄也も落ち着きを取り戻す。


「なるようになれだ!」


 取り囲んだ兵隊へ向けて水鉄砲ウォータージェットを放つ。岩を砕くほどではないにしても、リンクの魔力がこもった一発一発がおもちゃの兵隊を壊す事は容易だった。雄也は数分でおもちゃの兵隊を撃退する事に成功した。


『雄也さーーん、雄也さーーん、よかったですーー!』


 うーん、安堵したリンクの泣き声が聞こえるけど、この子も戦闘大丈夫なんだろうか? 俺も人の事は言えないけどさ。

 雄也の初戦闘は、こうして勝利で終わったのだった。


 雄也は水晶エレナの塔の階段を上っていく ――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る