第35話

 

 極太の光と化した矢が、キリシャたちに襲いかかる。


 その矢には魔力が乗っていた。

 ユリエスが矢を放つその瞬間にのみ魔力を込めたということもあり、戦場に復帰したばかりのキリシャはそれに気づけなかったのだ。


 キリシャは瞬時に時間を圧縮し、どう対処するか思考を巡らせる。

 ――避けるか。

 だが、キリシャが避ければルルとアイーシャが助からない。

 ――なら、また掴んで今度はいなそうか。


 光を発するほどの威力となった魔矢に触れれば、いくらキリシャでも無事では済まない。


 ――それでも、一瞬、方向を変えるだけなら生き残れる可能性がある。


 高速の自問自答の末に、一歩踏み出したキリシャ。体内の魔力を、矢をいなすためのそれにする。


 しかし、その類の決断をしたのはキリシャだけではなかった。


「!?」


 矢と同じく光の弾丸として一歩踏み出したキリシャの僅か後方から飛び出した光る何か。

 彼が息を飲んだその刹那に、光の矢とぶつかる。


 轟音、衝撃。


「ぐっ!?」

「きゃあ!」


 吹き飛ばされそうな爆風とともに、目がくらむ程の光が発せられた。

 キリシャとアイーシャは魔力と歯を食いしばったが、耐え切れずに地を転がった。


 ――なんだ、何が起きたんだ!?


 何とか体制を立て直して、キリシャは起き上がった。

 そして、辺りを覆う土煙が去った時、目を見開いた。


 ……衝撃の源。そこには、ルルの大きな背があった。


「ルル?」


 ルルからは、光の粒がひとつひとつ、またひとつと宙に登っている。その様子はまるで、地上の星が、あるべき場所に帰っているかのようだった。


「どうしたの?ルル?」


 アイーシャもそれに気付いたようだ。

 二人は、まだ目の前に敵がいることも忘れて、ルルに駆け寄った。


「二人とも……無事で、よかった……」


 ルルの姿が、だんだんと薄くなっていく。キリシャとアイーシャは、何が起こったのか、もうすでに理解を終えていた。


「嘘だろう? ルル?」

「そんな……嫌……」


 その先で、ユリエスがまた弓を番える気配がした。

 だが、仲間が消えつつある二人は、それに気づかない。それどころではなかった。


「逃げて……生きて……」


 ルルが力なく呟く。そして、ゆっくりと目を閉じた。


「ルル? ルル!?」

「いやぁーー!!」


 カッと辺りを閃光が包む。


「待て! 行くな! 行くなルル!!」


 キリシャは何も見えないまま、がむしゃらに腕を振った。


 その時……


「むぎゅ!?」


 何かを掴んだ。少し硬い。目が眩んだキリシャは、それを触覚で確かめる。


「……えっと、キリシャ、くすぐったい」

「…………ルル?」


 やがて視力が戻ってくると、それは完全に姿を現した。すごく小さい……鈍色の……掌サイズの竜だ。


「や、やぁ」

「ルル!!」


 そして、その掌竜は紛れもなくルルだった。


「アイーシャ!! ルルが生きてるぞ!!」

「ほんとだ!!」


 キリシャとアイーシャは、ルルを掌で柔らかく包み込む。


「えっと……ほとんど魔力削られちゃったけど、この分だけは残ったみたい」


 ルルは翼の爪で頬をかく。


「よかった、よかった……。まったく、なんてバカなことをするやつだ!!」

「あぁ! 怒鳴った!! キリシャだってボクと同じことしようとしたんじゃないの!?」

「うぐっ」


 キリシャは納得のいかないような顔をしつつも言葉を飲み込む。


「おい、ここは戦場だぞ?」


 その時、視力が戻ったユリエスが、準備を終えた弓矢を向けていることに、3人は気づく。


「くっ!?」


『そこまでだ。止めなさい』


 突如降り注ぐ、声。戦場の注目は、一瞬にして空に移った。


 そこには、白銀の竜がいた。


「なっ!? あれは、伝説の!? なぜこんなところにィィ!!――ユリウス!!」


 グロリエスが叫んだ。


『愚かな』


 ユリウスが標的を変えようとした瞬間、


『大人しくしていなさい』


 彼は重力の嵐に襲われたように、地に貼り付けとなった。


「ぐぅぅぅ」

「な、何という力ですか……」


 グロリエスが膝を付く。それとほぼ同時、白銀の竜の後方から、見覚えのある赤竜が慌てて飛んできた。


「ルーガン様!! 速すぎです!!」


「グラーシア!? お父様!?」


 小さな声をあげたのは、掌のルル。


「な!? どういうことだ!?」

「……えっと、キリシャ、あれ、ボクの教育係と、お父様」


 ルルはグラーシアと、白銀の竜に交互に首を向けてそう言った。


「説明は私がしましょう」


 グラーシアと白銀の竜が地に降り立ち、人間の姿へと変化する。


「な! ルーガン陛下じゃないですかァ!」

「あなたも、しばらく黙っていてください。動くと容赦はしませんよ」

「ぐぅ……」


 グラーシアの口調は最初にキリシャと会ったときのそれではなく、どうやら目上の人(竜?)がいるため、敬語を使用しているようだ。


「まず、あなたたちが攻撃したこの小さくなられてしまったお方は、この国の姫です」

「は?」

「そして、このお方こそ、本日の公務を女王様に押し付けられ、文字通り飛んできた、ルーガン国王陛下、その人です」

「シャロルには悪い事をしたと思っている。――ではなく、グロリエス局長。お前には前々から不穏な動きがあると感じ、尾行をつけていたのだが……今日グラーシアから報告を受けた時は気が気ではなかったぞ?」


 人の姿となった白銀の竜は、銀の髪、銀の髭を蓄えた男性だった。キリシャたちはよくわかっていないが、どうやらこの国を治める王のようだ。

 そしてそのうちに、遠くに隠れていたリーフとクロエも戻ってきた。


「戦いが終わった気配がしたので戻ってきましたが……これはすごいことになっていますね」

「あわわわ、王様が……」


 クロエはもちろんのこと、リーフも国王の見た目を覚えていたようだ。


「話を続けようか、グロリエス。お前は突然変異の一種だと報告していたここにいる『勇者』たちも、違法な改造して生み出したんだな? 強力な竜たちから奪った魔力を注ぎ込むことで。最近の邪竜認定数が不自然に多いこと、余の可愛い可愛いルルが認定されたことから調査を始めたのだが、芋づる式に明らかになっていったな」


 グロリエスは俯きながら、何かを小さく呟いた。

 瞬間、ルーガンが掌を向けて、グロリエスの両脇に控えていたエンとスクを地に貼り付けにした。


「妙なことはするな。もう詰んでいるだろう?」

「そうです。おそらく陛下に敵う存在は隣の大陸の鳳凰様くらいかと」

「余計なことは言わんでいいぞ」

「ははっ」

「さて、まぁルルと余たちの詳しい話は後日するとして――さて、貴様ら、余の可愛い可愛いルルを虐めてくれた罪、どう償ってもらおうか」

「……陛下、彼らをしょっぴくのは別の罪です。ルル様に関することは内密にした方がよろしいかと」

「ちっ」


 キリシャたちは、わかりやすく舌打ちをする国王を初めて見た。


「まぁいい。そこの男、ルルからよく話を聞いている。キリシャと言ったか。こいつらを縛るのを手伝ってくれ」

「……あ、あぁ」


 キリシャはルーガンが時折彼らをしばいているのを見ながら、魔力封印の術式を組み込んだ縄を即席で生成し、それで拘束した。


 ……戦いは、妙な形で幕を閉じたのだった。



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