第33話 ※ここから少し三人称
動き出した世界のあまりの加速度に、キリシャの目は矢を見失ってしまう。
しかし、既に脳が矢の軌道を予測し、そこに手を出すよう指令を出しておいたので、掴み損ねることはない。
そして、すぐに、という言葉も思い浮かばないような一瞬で、キリシャの手に金属の冷たい感触が飛び込んできた。
狙いは正確に身体の芯。身体に刺されば致命傷は避けられないどころか即死だろう。だが、魔力を全力で込めたキリシャの腕は、矢を離さない。
「くっ!」
しかし、魔力を全て腕に込めたせいで踏ん張りが効かず、矢の威力の分だけ、後方に吹き飛ばされることになった。
見る見る間に離れて行く戦場。
高所であるが故の寒風が、キリシャの背筋を凍らせる。
「キリシャーー!!」
「キリシャさん!!」
――やられた!
キリシャには、グロリエスがほくそ笑むのが微かに見えた。
「よくやりましたユリエス。それにしてもよく飛びましたネェ。あれは当分戻ってこれないでしょう。もしかすると、この絶壁から落ちたかもしれません」
キリシャの居なくなった戦場で、クヒヒッと嚙みしめるように、グロリエスは笑った。
「くそっ!! よくもキリシャを!!」
ルルが吠える。
緑に染まった頂上が、ビリビリと震えた。
「先に仕掛けてきたのはアンタたちだからね! 容赦しないわよ!!」
アイーシャも眉を吊り上げ、得意の火炎魔法を無詠唱で放った。
穏やかだった草原に、赤が灯る。
「氷弾魔法で打ち消してあげなさい」
「はい」
シャロルが杖を掲げたその瞬間から、無数の氷が生まれ、高速で放たれた。
ぶつかる炎と氷。
そこにルルの羽撃が加わった。
「自分の魔法ごとくらうといいよ!!」
「おぉ、恐ろしい邪竜だネェ。ランギネス」
「がってん!」
ルルの羽撃で形勢が一方的になった魔法のぶつかり合いに、ランギネスの拳が放った闘気が加わる。
形勢はまた拮抗するように思えたが、アイーシャの側が有利に動いた。
「……私も戦います!! 風よ、我が意思に従いて吹き荒れよ!!【ブラストウインド】」
リーフの風魔法がダメ押しとなったのだ。
「おおっと、これはこれは。エン、私を守りなさい」
「御意」
グロリエスの側に控えていた片方、赤い髪の男が押し込まれた魔力の塊を真っ二つに切り裂いた。
魔力の残滓である、僅かに残った氷が地に刺さり、火が草を燃やした。
「リーフ!! ダメよ!! 来ちゃダメ!!」
「そうだよ!! 今のですごく助かったから、もうリーフは十分戦ってくれたよ!! だから!!」
「それでも私は……あぅ」
戦場へとさらに一歩踏み出した時、足がカクンと落ちた。
リーフは自分の魔力の状況を理解し、悔しそうな顔をして、後ろ髪を引かれながらも戦場を離れた。
リーフは飛行中、ずっと空気抵抗を風魔法で打ち消していた。さっきまで寝ていたのは、それで疲れ切っていたからだ。
つまり、今のリーフには、魔力がほとんど残っていない。このままでは加勢するどころか、邪魔にしかならないとわかってしまい、彼女は戦場を離れたのだ。
「大丈夫ですユリエス。緑の女は今殺さなくともいい。どうせこの秘境から逃げられるだけの魔力もないのですから」
グロリエスはリーフに狙いを定めていたユリエスを止め、狙いを変えさせた。
「あなたの弓は番えるまでに時間がかかるのですから、もっと有効的に使わなくては。……例えばあの竜の羽を撃ち抜くなんてネェ」
「なるほど……わかりました」
「そんなこと言われて当たるわけが――」
バシュゥン!!
「え?」
特大の音。矢の無い弓。ニヤついた男。
ルルが首を曲げて見た先には、
「あの男はどうやっているのかわかりませんが、聞いた話では他人の魔力まで操れるようですネェ、気持ちの悪い。それを警戒して彼らには力を抑えてもらっていましたが、それも、ネェ」
「ああぁ……」
消えたルルの翼を見て、アイーシャは手で口を覆いながら、呻き声のような物を上げた。
「さて、戦況は一気に崩れ、こちらが圧倒的有利に。降参、しますか? クヒヒッ」
アイーシャはぎりぎりと歯を鳴らし、ルルは解放された敵の力に驚きながらも、次の手立てを考えた。
――もうキリシャの仲間は助けた。ボクたちに戦う意味はなくなった。あとは、どうやって生き残るかだね……。
ルルは戦場を見渡す。
新しい矢を番えようとしているユリエス。
拳を縦横と振り、自らを鼓舞しているランギネス。
アイーシャに対抗心を燃やしている様子のシャロル。
それに、未だ攻撃には加わっていないが、なかなかの使い手であろうエンとスク。グロリエスが指示を出し、彼らが攻撃に回れば、人数的にもかなり不利になる。
無事に逃げられる可能性は、ごくごく僅かだろう。
――……もう、あれを使うしかないかな。
ルルの射抜くような瞳が、グロリエスを的にした。
「……降参する気はないようですネェ。まぁ降参したところですることは変わりないんですが。
さて、彼が万が一戻ってきては面倒ですからさっさと仕留めてしまいましょうか」
グロリエスはもう仕事は終わったと言わんばかりの冷たい、事務的な笑みを浮かべ、彼の部下たちに命令した。
「やれ」
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