第32話

 それが通った跡は、空気が歪んだように光が屈折していた。


 それは目では確認出来なかった何か。


「ぬうっ!?」


 衝撃波を撒き散らしながら、敵の拳を吹き飛ばす。


 瞬きすら許されない刹那の出来事。

 その出どころに目を向けると、目を瞠らずにはいられなかった。


「ほんとは戦いたくなかったけど……もう仕方ないみたいだね」


 そこには翼を振り抜いた後のルルがいた。

 ルルが敵を吹き飛ばすという事象を起こしたことには驚かない。ルルも竜なのだから。

 そうではなく、ルルの瞳が吊りあがり、ギラギラと光っていることに驚いた。


 ルルは怒っている。クロエを狙われて。今日まで会ったことすらないのにもかかわらず。


 思わず見つめてしまっていると、その光った目が私に向いた。


「キリシャ何してるの! 早くその人を!」


 !


「わかった!」


 ルルに正気に戻され地を蹴る。

 奴らは苦虫を噛み潰したような顔でルルを見ている。ルルの力が予想外だったのだろうか。いずれにしろ今がチャンスだ!


「くっ! アレは予想外でしたが……シャロル、再び貫いてしまいなさい!」


 目の端でシャロルと呼ばれた女が杖を構えるのが見えた。魔法か。なら解除してやる。


 そう考えて白衣の中の陣に手を掛けたその瞬間、無数にも見える氷の弾丸が放たれた。


 無詠唱!

 だが間に合う!


「【変換】!」


 爆発のような爆音。魔法が無事に掻き消えた効果音だが、これほどの音になるほど礫の数が多かったという提示にもなった。

 背筋が冷えるではないか。


 敵は爆音に耳を塞いでいた。音の出所だ。通常の状態ならば、鼓膜が張り裂けるほどだろう。

 だが私は魔力で鼓膜を硬化し、保護することでそれを防ぐ。


「クロエ! 私のせいですまない!」


 そして敵が怯んでいる間にクロエを抱き抱え、奴らから距離をとる。


「んん〜!!」


 クロエは目をぎゅっと瞑り、呻いている。

 どうした……耳から血が出ている!

 やはり鼓膜が!


「今治すぞ!【擬似魔法】エクスリザレクション!!」


 私は緑の光でクロエの両耳を覆うとともに、猿轡を外した。


「あ、ありがとうございます……」

「いやいい。全て私のせいだからな。すまない……。とにかく、今はリーフと下がっていろ!」

「は、はい!」


 クロエの拘束を全て解き、後ろに下がらせる。


 敵に向き直る。

 これで人質は取り戻した。ルルもいる。形勢逆転ではないか……?


「ダメでしたわ。あと少しだったのに」

「ですネェ。話には聞いていましたが、あんな付属効果があったとは。厄介ですネェ」


 弓を抱えた男は未だ未知数だが、素手の男はルルが圧倒している。魔法使いの女は私がいればどうにかなる。

 赤と青の青年は気持ちの悪いあの男の護衛で動かない。


 ……倒すべきは弓使いと魔法使いだ。

 遠距離の主砲さえ倒してしまえば、ルルに乗って逃げられる。この家研究成果はなくなるが、それでもいい。仲間たちと楽しくやれるなら、どこでもいいはずだ。


 よし。


 まずはあの弓使いの実力を知らねば。


 ちらりとルルたちを伺えば、頷いた。伝わっているようだ。


「仕方ありませんネェ。ユリエス。矢はいくつ持って来ていますか?」

「魔法が使えないと聞いていましたので、持ってこられるだけ。……10です」

「……まぁ貴方の弩ではそんなものでしょう」


 奴が動くか?


「ユリエス。その10本であの白衣の男を仕留めなさい」

「はっ」


 ユリエスと呼ばれた奇異な服を着た男は、背から弓と矢――槍か!?――を取り出し、番えた。


「させないよ!」


 ルルが羽撃はばたく。


「ランギネス!!」

「ふぅんぬぅ!!」


 瞬間、ランギネスが足を振り抜く。


 音が――バウウゥゥン!!

 ルルの放ったものとぶつかる。


 相殺、された……。竜の羽撃きが……。


 ルルもアイーシャもリーフもクロエも、私たち全員が一瞬茫然とする。


 なにやら反動があるらしく、ランギネスは膝を着いたが……。


 バシュ!!


「しまっ――」


 その間には矢が放たれていた。


「「キリシャ!!」」「「キリシャさん!!」」


 しかたない――まずは全ての魔力を脳に集める。


 すると、世界から隔離されたような感覚と共に、もうすでに私の胸元まで来ていた円錐が止まる。


 いや、実際には動いている。

 いま1センチほど動いた。


 脳の情報処理機能を極限まで高めることが、この世界への入場券だ。


 だが、実際に別世界に逃げ果せたわけではない。ただ脳に魔力を集めただけ。


 この槍のような円錐の先は、私に刺さる。

 このままだと。

 だが、この世界にいれば、そうならないための策を練って行う時間はある。


 ……そうだな。

 いまから腕にこの矢を掴む命令を高速で出し、その後、掴めるだけの魔力を送り出す……。いける。避けるのはもう無理だ。これしかない。


 いくぞ……。魔力を、腕に!


 世界は、動き出した。


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