第31話

 朝日が昇り始める頃だった。

 空は分厚い雲に覆われているが、鋭角に射し込む光を山々が反射していて、視界は容易に確保できた。


 だから私には、絶壁山に向かうワイバーンの列が確認できた。


 それはいつものことと言えばいつものこと。だが今日は少し違うようだった。魔力を目に集中させ、視力を強化してみたところ、ワイバーンに乗るあの男の姿が見えたのだ。


 どういうことだ。なぜ、その上こんな時間に奴がここに……?


 それだけでも多大な警戒に値するのだが、さらにその前後には武装した男女が六人続いている。


 ルルにもその姿は見えているだろう。そう思って見てみると、案の定目が合った。


 その目は、どうする? 逃げる? と訴えてきている。

 私はそれに、首を振って応えた。


 ……逃げることは、私も考えた。


 だが、ワイバーンに乗る男の一人が、黒い布に包まれた人間大の何かを抱えている。私にはそれがクロエに――何かの案件で私を弾劾するに到った奴らが、それを黙っていたクロエを捕らえたと思えてならないのだ。


 たとえそれでも逃げるという判断がちらつけば、その度にクロエと過ごした日々が脳裏に過ってくる。


 出会った当初こそイライラとしていたものの、しばらくすれば、心地よく軽口を叩いたりイタズラをしたりする私がいた。


 クロエは、もう仲間だ。見捨てることなんて、絶対にできない。


「リーフ、アイーシャ、起きろ」


 私は二人の身体をルルから落ちないように揺らした。


「んんっ……。到着したんですか?」

「ふぁ〜あ……」


 二人は目を擦りながら浅い睡眠から抜け出した。


 私は緊張感の欠片もない寝ぼけた二人にも伝わるよう、ゆっくりと、かつ真剣に攻めてこられたこととクロエが捕まっていることを話した。


「えっ!? クロエってワズナさんですよね!? そんな……! キリシャ君! 助けないと!」

「そうよ! 最初は嫌な人だと思ったけど、今はアタシあの人のこと好きよ!」


 どうやら二人もクロエのことはちゃんと仲間だと思っているようだ。

 私は二人の顔を交互に見てから、深くハッキリと首肯した。


「もちろん、助けに行くつもりだ」


 そう言うと二人はホッとした後、緊張感のある面持ちになった。今から戦闘が始まる予感を察知したのだ。


「もう着くよ」


 そして、ルルは短く、着陸の合図をした。


 ワイバーンとルルでは、比べものにならないほど速度に差がある。ルルはその差を活かし、奴らよりも先に降り立ってくれた。


 少し粗めの着地。

 ルルの爪痕が草原に刻まれる。

 私たちは三人固まってその衝撃に耐えた。


 奴らはまだ、通常の視力では点の連続にしか見えない。

 普段なら、結界を強化するなり、先制で撃ち落とすなりしたのだが……くっ、人質のつもりかっ。


 せめてもの抵抗で、ワイバーンから降りさせるための結界だけ、残した。


 私の家の周辺に、その結界が張られていることを知っている奴らは、空にワイバーンを待機させて降りてきた。


「………」


 降りてきた奴らのことは、人よりよく知っている。杖を持った唯一の女が36番、大弓を担いだ男が56番、黒い布に包まれたもの(恐らくクロエ)を担いでいる男が103番。

 今では『勇者』と呼ばれる存在だ。


 いきなり攻撃をしてこないあたり、何か対話する気があるのだろうか。


「お久しぶりですネェ、キリシャさん?」


 まず、口を開いたのはあの男。相変わらず、口調といい、余裕しゃくしゃくな態度といい、全てが挑発的だ。


「何をしに来た」

「決まっているじゃあありませんカァ――」


 奴は下卑た笑みを浮かべ、両手を大きく広げる。


「あなたを断罪しに来たんですヨォ!」


 くっ、やはりか……!


「おおっと、まだやり合うつもりはないですヨォ……。ランギネス」

「はっ」


 ランギロスと呼ばれた元103番は、担いでいたものの黒い布を剥ぎ取った。


「クロエ!!」

「ワズナさん!!」


 露わになったのは、やはりかクロエだった。身動きも、声を発することも出来ないよう、簀巻きにされている。くそっ、下郎奴もがっ。


「んん〜? 思っていた反応とは違いますが、まぁいいでしょう。それにィ――」


 奴が気持ち悪く湾曲した目をルルに向けた。


「どうやら邪竜ルルとお仲間なようですしィ? クヒヒッ。これはもう言い逃れできませんよネェ! この女も納得できるでしょうネェ、今から自分が殺されることを!!」

「んんっ〜〜!!」


「やめろ――!」


 クロエに振り下ろされるランギネスの拳。

 魔力逆行は――ダメだ! 間に合わない!

 次に走り出すという選択肢を選んだが、頭のどこかで間に合わないことを知っている。


 振り下ろされる拳と、私の足が、もの凄く、まるで、空に浮かぶ雲のように、緩慢に、かつ遠くで、動いていた。


 その風景の中、確かに動く一筋の何かが――



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