第28話

 それは、自分がグロリエス局長にいつもの報告をしていた時だった。


 コンコンコン。

 局長室の扉がノックされる。


「エン、スク。誰かな?」


 局長が話を止めるよう、手を挙げた後、扉の左右に侍る従者に命じた。


「「御意」」


 すると、赤色の髪をした、エンさんが扉に耳をつけ、「誰だ」と言った。隣では、青い髪のスクさんが刺客だった場合に備えている。


「ユリエスです」

 返ってきたのは、低く、存在感のある青年の声。自分は聞いたことのない声だった。

「弓の勇者ですか。どうぞ」


 勇者! 自分が憧れている存在だ!

 こんなところで会えるなんて!


「えふん!」


 鼻息を荒くしてしまった自分に、局長は目で、「部屋の隅に寄れ」と言う。偉そうに足を組んでいるのもそうだが、すごく傲慢な態度だ。


 キリシャさんに局長が嘘をついているんだと言われてから、この人のことは尊敬できなくなった。が、反発はするなと言われている。ここで反発すると、キリシャさんの邪魔になってしまうようだ。


 なので、自分は言う通りに部屋の隅に移動した。それと同時に、二人の従者も扉の前を開ける。


「失礼します」


 ガチャ。

 弓の勇者は、一旦屈んで部屋へと入ってきた。


 自分はその姿に、思わず息を飲んでしまった。

 おそらく、彼が勇者だと聞かされていなかったとしても、自分は、少なくとも高名な戦士だとは判断しただろう。


 今は弓を置いているのだが、噂に聞く独特な服(迷彩柄というらしい)と、服の上からでもわかる、隆々とした肉体が、歴戦の勇者であることを示していて、ただならないオーラが出ている。


 これが、ヒーロー……。


 そうやって、自分が憧れの目を向けている間に、二人の会話は始まった。


「すまないネェ。こんな窮屈な部屋で」

「いえ、滅相もございません」

「そう、ならいいんですけどネェ。それで、冒険者が撃ち漏らしたという、蛇龍はどうなりましたか?」

「はい。確実に討伐を完了してきました」

「そうですか! それはよかったですネェ!」

「ありがとうございます」


 勇者は恭しく頭を下げた。一つ一つの動作にメリハリがあって、とても綺麗な礼だ。


 一般に、ある程度の地位や実力を身に付けた者たちは、この局長のように、驕り高ぶることが多々あるのだが、この勇者はそういった部類に入らず、礼儀も正しかった。自分も、見習いたい。


 勇者はゆっくりと頭を上げた。


「ただ、少し局長のお耳に入れておきたいことが」

「ほう。なんですか?」

「蛇龍に逃げられたという冒険者の報告では、蛇龍はかなり弱っていたようなのですが、俺が見た蛇龍は、伝説に違わぬ巨体をしていました」

「それは、あの冒険者が嘘の報告をしていたということですかネェ……?」


 局長が豪奢な机の上で、両手を組む。

 だけれど、勇者は首を振った。


「俺も最初はそう思いましたが、蛇龍を討つ前に問い質してみたところ、キリシャという男に魔力を貰って回復したんだと言っていました」


「!?」

 キリシャさんが邪龍を助けた!?

 自分は思わず目を見開いてしまった。

 そんな……。

 蛇龍は邪龍の中でも、度々人的被害を出す、凶悪な性格をしている種。

 それを助けるなんて……あり得ない。


「なるほど。聞きましたよネェ、ワズナさん?」


 局長は「ニタリ」という笑みを浮かべて、自分に話を振ってきた。


「そんな、何かの間違いじゃないでしょうか……?」

「いや、俺は確かにキリシャという男の名を聞いた。これは絶対だ」

「そんな――」


 キリシャさんは、竜に関する依頼をこなして、正義だと認めさせるんだと言っていた。それなのに、全く逆のことをするなんて……。


「――あり得ません……」

「あり得ない? あなたはあの男の肩を持つわけですか? ほぅ……。思えば、あなたはこの頃、まともな報告をしていませんでしたネェ。ええと、先週は竜の子供と遊んでいた、でしたっけ? それで今週は竜の背中に乗った、でしたネェ」


 その時、弓の勇者が「フッ」と小さく笑った。


「誰がそんな報告を信じますか? ネェ」

「いや、誰もそんなこと信じません。絶対です」

「でしょう? つまりこの女は、私たちに虚偽の報告をしていたのですよ。その理由も今日判りました。あの男に取り込まれていたんですね。――エン、スク」

「「御意」」


 ――瞬間、二人の従者が自分に手を伸ばしてくる。


 どうにか避けようと、身を翻し――


「きゃあ!!」


 二人の従者は、一瞬で自分の腕を掴み、組み伏せてきた。

 動きが見えなかった。


「そんな! 待ってください! 虚偽の報告なんてしていません! それに、あの人は『正義』です! 信じてください!」

「うるさい女ですネェ。エン、スク。黙らせなさい」

「「御意」」


 一瞬、局長はあの人が『正義』だというと、物凄く嬉しそうな顔をした。

 企みが成功した、いやらしい顔。見ていると怒りがこみ上げてくるような顔。


「この!! ……嘘つき!!」


 局長を睨みつける。この局長はキリシャさんがいい人で、周りに認められたら困る人だ。だから皆んなを騙している。今回も、皆んな、この嘘つきに騙されているんだ。


 グロリエスは自分に気持ちの悪い笑みを向けてきただけで、何も言わなかった。


「ぐぅ!」


 そして、従者に殴られて、意識は途絶えた。

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