第26話
朝目覚めた私たちは、それぞれで眠気を覚まし、早々に出発の準備を整えた。まだ日も昇りきっていないのに、誰も文句を言わなかったのはとてもありがたい。……よほどあの説明が恐ろしかったのだろう。
移動は、昨日と同じ並び順で行った。そして、ルルが昨日の内にかなり飛ばしていたおかげで、南中前にディライン渓谷へと辿り着いた。
「ここがディライン渓谷ね」
「なんだか薄暗くて、ジメジメしている場所ですね」
リーフの言う通り、ところどころに大木があるため、土の保水力が上がり、林床に陽の光も届きにくい。
地上からこの秘境を観察したならば、ただの薄暗い森にしか見えないが、先ほどのように上空から眺めれば、深い谷や流れる水が伺え、そこがただの森ではないことがわかる。
「ヨルムンガンドはそういう場所を好む竜だ」
私はそう言って、薄暗い森に足を踏み入れる。
「キリシャ君、とっても暗いんですけど、『シャイン』は使わないんですか?」
「いいのか?使っても」
言いながら、指をうぞうぞと
「……絶対に止めてください」
伝わったようだ。いや、リーフに使ってくれと言われても、私に使う気は無かったのだが。この指の動きのごとく、幼体が集団で
「キリシャ。ここ湿ってて歩きにくいから乾燥させてもいい?」
リーフの次は、アイーシャが魔力を掌に集めながらそう言った。どうやら、私とリーフのやり取りを見ていなかったようだ。
「やってみるといい。私は助けないが?」
「あ、やっぱいいわ」
どうやら二人とも、豊かな想像力を持っているようだ。私が指を順繰りに動かしただけで顔を青くする。
「まぁ、冗談はさておき、ここでは命に関わる緊急時以外、絶対に魔法は使うな」
私は真剣な表情に切り替え、そう警告しておく。私とて、彼らに捕まりたくはないのだ。ここで餌としての生を始めたくはないからな。
「それでルル。怪我で苦しんでいる竜とやらはどこにいるんだ?」
「そうだね。上からじゃ見えなかったけど、水が流れる場所で療養しているみたいだよ」
伝聞形か……。できるだけ時間は短縮したかったんだがな。仕方ない。上から見えた細い川を辿っていくか。
「ならまず、水が流れる場所に向かうか」
「そうですね」
「わかったわ」
「そうだね」
それから、ジュクジュクと音を立てて歩くことしばらく。数匹の幼体が這い寄ってきた。恐らく、魔力を完全に制御しきれていないリーフやルルの発するごく微量な魔力の香りを嗅ぎとってやって来たのだろう。
「魔法は使うなよ」
私は紐のように細い緑色を見張りながら、顔を引き攣らせている三人にそう言った。ここでパニックになられてはたまらない。
「だ、大丈夫です……」
「う、うん」
「へ、平気だよ!」
三人ともビビってはいるが、恐慌状態に陥るほどではなかった。これ以上の数が襲ってくると心配だが、一先ずは安心だ。
これなら余裕を持って回避ができる。
「よし……。走るぞ!」
「ええっ!? 待ってくださいよ!!」
「急すぎよ!!」
「キリシャーー!!」
三人はそう言いながらも、少し遅れて走ってくる。
「彼ら幼体は動きが鈍いからな! 取り囲まれていない限り、走ればまける!」
「先に言っておいてくださいよ!!」
「そうよ!!」
「そうだよ!!」
「攻撃せず逃げる手段と言えばコレだろう!」
しばらく走り、アイーシャが「アタシもう無理よ!!」と声を上げたところで止まることにした。すでに彼らからは十分すぎる距離が取れている。
「大丈夫か? アイーシャ」
アイーシャは肩を激しく上下させている。息も荒い。
「な、なんで、そんなに、走って、息切れしないのよ……」
「普通だろう?」
「普通、ではないですよ……」
そう言うリーフも、少し息が荒くなっているようだ。ルルは……。
「ねぇ!こっちから水の音が聞こえるよ!」
大丈夫そうだ。まぁ当たり前か。それどころかさらに先へ進もうとしている。
「ルル。そっちには少し休んでから行こう。いざという時に回避行動を取れないのは厳しいからな」
走れなければ即、餌だ。
かと言って止まっていても、彼らが集まってきて危ない。休憩はできるだけ最小限にしたい。
リーフたちもそれがわかっているようで、息が整うと、自分からもういいと言ってくれた。
「歩くのも疲れたら言え。一人ずつなら私とルルで背負えるからな」
「あー。キリシャ君、私、足を挫いたかもしれません」
「大変じゃないか。大丈夫か? 治療魔法を掛けようか?」
指を蠢かせながら近づく。
「あ、治りました。大丈夫みたいです」
「ならいい」
いくら普段世話になっているリーフとはいえ、楽をしたいがために仮病を使うのは見過ごせない。そのまま引き退ってくれたので、私たちはずるをすることなく歩き始めた。
そしてさらに歩く事しばらく。
ちょろちょろと音を立てて流れる、線のような川を見つけた。ここからは、上流にいくか、下流にいくか、決めなければならない。
「どうする? 登るか降るかだ」
「えっと、私は登る方がいいと思います」
「えー。アタシは降りる方がいいわよ」
「ボクは登る方だね」
私は登る派だ。渓谷の外に近い下流より、上流の方が療養には向いているはずだ。
「なら多数決で『登る』だな。3対1だ」
「「はーい」」
「えー」
気のない声を上げたアイーシャだが、言うほど嫌ではないようで、少しだけ文句を言った後、黙々と歩きだした。
「気を付けろ、こういう岩はよくすべるからな」
川の付近には苔むした岩があり、歩きやすいと思って飛びつくと滑る、トラップのようになっている。その説明さえしておけば、川と岩で木々が阻まれており、陽の光が射し込んでくるため、足元には困らないだろう。
そうして登ることしばらく。
急に苔も草も木も枯れている場所に突き当たった。
円形だろうか。だいたい半径、7メートルほどが灰色に変わっていた。
そしてその中心には、恐らく地、そのものの魔力を吸っているのであろう、蛇龍の姿が見えた。
「もしかして、アレですか?」
「なんか、想像とちがうわよ」
「ボクもびっくりしたよ」
ただ、その姿はリーフたちが想像していたのとは似ても似つかない姿をしていたようだ。
「竜の怪我とは、魔力の欠損のことだ。たとえ上空から落ちたとしても、翼に穴なんて開いたりはしない。ただ身体が小さくなるものだ」
「へぇー! そうなんですね!」
「初めて知ったわ、そんなこと」
「へ、へぇ……」
一人、なにやら思うことがあるようだ。私はそいつ(初対面でバレバレの嘘をついたヤツ)を睨む。
「まぁ、今はあの龍だ」
円の中心にいる龍は、長さ1メートルほどの、太い綱のような身体をしていた。毒々しい緑色をしたウロコが陽の光をてらてらと反射している。
そしてその龍は、じっと私を見つめていた。
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