第25話
ルルの背中はグラーシアと比べても、あまり大差ないように思えた。正確には少し小柄なようにも感じるが、ルルが言うように、大人と子供ほどの差はないのだ。それに、ウロコのおかげで乗りやすいのも変わりなかった。
並び順は、アイーシャ、私、リーフの順だ。二人とも、私をサンドイッチするようにくっ付いている。リーフは例のごとくだが、アイーシャは身体が小さく、掴む力も弱かったためだ。その分を私がカバーできるように、くっ付いている。
「準備できた? 行くよ?」
ルルが首を曲げて聞く。
私も二人を伺い、状態を確認する。
「大丈夫だ」
「うん。じゃあ、ゆっくり飛ぶね」
「いや、全開で大丈夫だ。私には風の影響を打ち消す魔法があるからな」
「わかったよ」
後ろの二人もそれでいいようだ。
「じゃあいくよ!」
ルルは力強く羽ばたき、地を離れた。
同時に私は、【変換】【構築】を行い、擬似魔法「【ウインド】」を唱える。ただ風を起こすだけである低級魔法のウインドなら、ルルに魔力をやった今の私でも一日くらいなら維持できる。
飛行速度はすぐに最高速度に達し、地形は目まぐるしく変わっていった。それにアイーシャが歓声を上げて喜んだ。リーフの方はやはり恐ろしいのか、震える心臓を私の背に押し付けてくる。私はそんなリーフを落ち着かせようと、風がないから下を見なければ怖くないと言い、頭を撫でてやった。するとなぜか鼓動は速くなったのだが、変わりに大人しくなったのでよしとした。
太陽も沈み、紫色の空に薄い月が姿を現し始めた頃、ルルは着陸した。野宿に手頃な洞窟を発見したのだ。
なぜディライン渓谷に直接行かないのかというと、それには渓谷の性質が関わってくる。
ディライン渓谷はいわゆる秘境の一つだ。
私の住む絶壁山が翼の魔物の巣窟なら、ディライン渓谷は毒の魔物の巣窟で、住み心地は最悪。
さらにその毒というのが神経毒でも出血毒でもなく、魔力毒というのもまた厄介なところだ。
魔力毒というのは、浴びると魔力が抜けていき、毒の主に吸収されてしまう、という性質を持つ。
この毒は蛇龍ヨルムンガンドが持つものであり、通常の魔物が持つものではない。
つまり、ディライン渓谷はヨルムンガンド、またはその子孫の巣窟なのだ。
夜、結界を張って野宿でもすれば……彼らの家畜と化すだろう。魔力の壁である結界など、彼らにとっては餌でしかないのだから。
……というわけで、渓谷の手前で夜を明かす必要があった。
ちなみに、家で一夜明かしてから出発するという判断はなかった。途中地点で一夜明かし、早朝から秘境に臨むことが最善なのだ。
ヨルムンガンドは夜行性で、逢う魔が時から活発に行動を始める。長年魔力を吸収し続けた個体ならまだしも、まだ若い幼体には理性が無く、私やルル、アイーシャのように栄養満点の果実がやってきたならば、糖分に群がる
それを避けるには、彼らを攻撃するしか避ける道がない。だが私には、たとえ理性の無い幼体だとしても、竜を攻撃するなどという恐ろしいことはできない。やはり最善は夜までに用を済ませることなのだ。
このような、私の生々しい説得が功を奏し、一泊することになった洞窟は、洞窟というよりも大きな穴で、人型のルルを含む四人でちょうどというサイズだった。
「キリシャ。ここ、ちょっとジメジメしてない?」
ルルが穴を覗き込み、そう言った。確かに、歩けば水音がする程度には、湿っている。
「アイーシャ、いいか?」
私はアイーシャに環境を整えてくれるよう頼んだ。
「任せて」
アイーシャは洞窟に向けて手を伸ばす。魔法で水気を飛ばそうというのだ。仲間なら、こんな短い会話でも、十分にそれが伝わる。
「いくわよ……。はっ!」
アイーシャは相変わらず、無詠唱で魔法を放った。パッと明るくなり、渦巻く炎が穴の中を炙っていく。だがそれは10秒も経たずに消えた。穴の中の酸素が燃え尽きたのだ。
「リーフ。穴の中に空気を送ってくれないか?」
「はい! 任せてください!」
「頼んだ」
どうやらリーフは空の旅からようやく解放されて、機嫌がいいようだ。弾んだ声を上げた。
そしてその声が耳から消えないうちに、風魔法である「【ウインド】」を唱える。
周りに熱風がばら撒かれないよう、まずは弱風。次第に強く。しばらくして、リーフが魔法を止めた時には、さらさらの土が広がる穴に変わっていた。
「よし。最後は私だな」
まずは「【シャイン】」を唱え、視界を確保。
その次は寝床だ。このまま横になれば、泥まみれになってしまう。
「【変換】【構築】」
だからそうならないよう、土を『固定』する必要がある。
「【擬似魔法】グランドグラスプ」
すると私の魔力が辺りの土に染み込んでゆく。これで土を掴み、『固定』できた。
「なにしたの?」
見た目には変化の出ない私の魔法に、ルルが首を傾げる。アイーシャはわかったようだが、リーフも首を傾げている。
「見ていろ」
私は少し勝気な笑みを浮かべ、ごろんと土の上に寝転がってみせる。
「ええっ?」
「汚れますよ!?」
野宿に慣れたアイーシャは驚かなかったようだが、他の二人はいい反応だった。
「大丈夫だ」
「ほんとだ……」
「全然汚れてないです……」
「ベッドみたいにしたんでしょ?」
「あぁ、そうだ」
やはり、魔法に詳しいアイーシャなら知っていたようだ。というより、使っていたのかもしれない。
「アタシもよく使ったわ、それ」
アイーシャはそう言って勢いよく、ふかふかの土に飛び込んだ。
あぁ、やはりな。
「うん! ふかふかだわ!」
「そうか。気に入ってくれたようでよかった」
いくら、ここに泊まるのが最善だったとは言え、無理やり連れて来たのには変わりないからな。少しでもいい環境に変えてやりたかった。
「ほんとですね! でも、枕が欲しいな……なんて」
そう言ってリーフはチラチラと私の腕を見てきた。
「大丈夫だ」
私は即座に土の一部を盛り上げ、枕を象ってみせた。
「……ありがとうございます」
なぜかリーフは残念そうだった。
「……ん? あぁ」
「キリシャ! ボクはキリシャの腕枕がいいな!」
なぜかくるりとリーフが振り向いた。
「ダメだ。腕の血が止まる」
「ええ〜!」
リーフがまた残念そうにした。
「ねぇねぇ! お腹は?アタシ、みんなでくっついて寝たいわ!」
腹か……。
「まぁ、いいか」
それに、くっついて寝たいというアイーシャの願いも無下にはできない。
「わ、私もいいですか?」
「あぁ」
「じゃあボクも!」
「お前はダメだ、ルル」
「ええっ!?」
「寝相が悪いからだ」
私は知っている。ルルが何度かベッドから落ちていたことを。そんな調子でゴロゴロされてはかなわない。
「ちぇ。わかったよ」
ルルは私が先ほど作った枕に頭を乗せた。
まったく、さしてスペースも取れないこの洞穴で、どうして私を枕にしたいのか。
「もう寝るぞ。明日は早い」
「「はーい!」」
「はーい……」
何がいいのかわからなかった私だったが、就寝時に感じる仲間の温もりは、とても心地の良いものだった。……ルルには内緒だ。
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