第24話

 ルルは家に入るなり、「どういうこと!?」と、留守にしていた間の話を求めてきた。話を求めていたのは私の方だったのに、だ。

 もちろん、抗議する。


「待て待て、まずは私の質問から――」

「ボクのが先だよ!! だってこれ、常闇の世界が浄化されてるよ!?」


 だが、私の抗議はルルの勢いによって流されかける。


「浄化……?」

「そうだよ! もはや未知の魔法だよ!」

「今、未知の魔法って言ったわよね?」


 さらに追い討ちで未知の魔法というワードにアイーシャが反応する。そして、私に説明を求めてくる。

 簡単に仲間を取られてしまった……。


 リーフを見ると、苦笑いをして、首を横に振った。お手上げですよ、と。


「……仕方ない」


 私は仕方なく、ルルへの説明を優先することにした。

 確かに、仕方なくだった。


「まずはグラーシアがやって来た時の話から――」


 だが口を開いてみると、案外と言葉は出て、説明は詳細になった。


 私が知らない部分は二人に補足してもらったのだが、それでもほとんど一人で、エレンを治療したこと、リーフを仲間にしたこと、クロエ・ワズナがやって来たこと、アイーシャを仲間に加えたことなどを、順序良く説明した。


 それは、リーフやアイーシャが補足をしてくれたおかげもあり、なかなかに細やかで、伝わりやすい説明だったように思う。


 そしてこんなに熱意のこもった説明が私の口から出たことを、自分でも少し、驚いている。


 ……私は本来、説明があまり好きでないはずだった。

 自分の頭にあることを言葉にし、相手に理解させるという二度手間を踏まなければならないからだ。

 だからいつも、私の説明は荒い。


 それでも今日、これほど絶え間なく話し続け、説明したのは、やはり、ルルが帰って来てくれて嬉しかったのだろう。と、なんとなくそう思った。実際、気分も良い。


 ルルが帰って来てくれて、また軽口を叩き合える。思えば私が奴に――クロエ・ワズナに強く当たるのも、不満が溜まっていたからなのかもしれないな。

 あいつが帰ってくるまで、あと二日。帰って来たら、少しだけ優しくしてやろうか。


 まぁ、今は、今は――

 ルルは私にじっと見つめられ、首を傾げた。


「帰って来てくれて、ありがとう。ルル」


 するとルルの瞳の奥が、キラリと淡く光った。その星の瞬きにも似た光に、私は目を奪われる。

 つい口に出た恥ずかしい言動にも、そのせいで気付かなかった。言われるまで。


「キリシャ? 今なんて?」

「キリシャ君?」

「キリシャ? らしくないわよ?」


「……………」

 ガタン。


「ちょっと待ってよ! どこ行くの!?」

 ガシ! 

「キリシャ君!?」

「どうしたのよ!?」

「うるさい! 放せ!」


 ルルの力は竜種というだけあって、全力を出さなければ振り解けない。あえなく私の逃亡は未遂に終わった。


「もう言わないから、座ってよ」

「……あぁ」

「じゃあ次はボクのターンだね」


 私を対面に座らせたルルはそう言った。

 なんだ。ターンとは。


「その前に応えてなかったから――ただいま! キリシャ!」

「……!」


 これは、反則だ……。

 話を始めるのかと思ったら、いきなりニパッと笑い掛けてきたのだ。油断していたところにズドーンだ。


 それは、コイツを邪竜認定した人間を根絶やしにしたくなるほどの、純粋で真っ直ぐな笑み。


 私は思わず息を飲んだ。



「キリシャ君? ……キリシャ君?」

「ん、あ、あぁ。お帰り。それで話の方は?」


 横からリーフに肩を叩かれ、正気に戻った。そして、何事もなかったかのように続きを促す。

 ルルは少し不思議に思ったようだが、気にしないことにして続けた。


「んーと。ボクの両親がさっきの竜だっていう話だよね?」

「あぁ」

「アタシも詳しく教えて欲しいわ」

「詳しくって言っても、それだけなんだけどな……」


 ルルは後頭部をかいた。


「ならこちらから質問させてもらおうか」

「そうね」

「質問? まぁ、ボクが答えられるのならいいけど……」


 いつの間にか、コトリとお茶が人数分用意された。どうやら、自分は話に混ざれないと思ったリーフが、いつの間にか淹れてくれたようだ。

 礼を言ってルルへの質問を開始する。


「まず一つ目だ。ルル、お前のウロコは灰色だったはずだが、それでもあの竜たちと同種だと言えるのか?」

「あぁ、それはね。ボクがまだ子供だからだよ。何かすっごい成長して、大人になったらあの色になるんだって」

「なるほど」


 竜の真皮しんぴだ。


「次、アタシね! ルルたちはどこに住んでるの?」


 それは私も気になった。幻と言われる竜が、なぜそれほど見つからないのか、知りたい。

 だが、ルルは首を振った。


「それはダメだよ。答えられない」

「どういうことだ?」

「アタシたちは誰にも喋らないわよ?」

「それでもダメ。お父さんとお母さんに止められてるからね」


 ルルは頑なに答えようとはしなかった。

 なので私たちも深くは追求しなかった。

 だがそのかわり、ウロコやブレス、タマゴ、飛行速度、体の手入れ、食べ物、など、様々なことを手当たり次第に質問した。


 主な食べ物は、棲家の検討がついてしまうと答えてくれなかったが、大体の質問には答えてくれた。


 それでも、私たちの欲は満たせない。矢継ぎ早に質問が飛ぶ。



「ねぇ。もういいよね? 疲れたよ……」


 家の中も薄暗くなり始めた頃、ルルは机に突っ伏してそう言った。


「いやまだだ。まだ知りたいことがある」

「えぇ……。ボクのターンはいつくるのさ……。まだ大事なこと言ってないよ、ボク」

「「大事なこと?」」


 私とアイーシャの声が重なった。


「やっと聞く気になってくれたよ……。ディライン渓谷に怪我で苦しんでる竜がいるから助けに行こうって話だよ」

「なんだと!? どうしてそれを早く言わなかった!?」

「言わせてくれなかったじゃんか……」

「………」

「確かに」


 アイーシャの言う通り、確かに。


「まぁ、今日はボク、疲れてるから飛べないんだけどね」

「いや待て」


 私は上着のポケットからサラマンダーのウロコで作った魔法陣を取り出した。


「何するの?」

「体力を回復させてやる」

「え?」


 キョトンとするルルの背中に、魔法陣を二つ、押し当てる。


「んっ、そこ、凝ってる!」


 私はよじったルルを無視して、「【変換】【構築】」を進める。


「【擬似魔法】リザレクション」


 まず、リザレクションで傷んだ筋繊維を修復。深緑の光がルルを包み込んだ。


「あっ、楽になったよ」


 さらに「【変換】【構築】」を加えて、さらに魔法陣を掛ける。


「【擬似魔法】エナジーギフト」

「うわっ! キリシャのが入ってくるよ!」


 ルルに押し当てた私の指から、青白い魔力の光が、ルルの身体に入り込んでゆく。


「あぁ……なんかこれ、気持ちいいよ……。クセになりそう……」


 しばらく私の魔力をたっぷりと注ぎ込み、ルルの中が満タンになったところで惚けていたルルの背中を叩く。


「ほら。済んだぞ」

「あ、ありがと」

「どうだ? 元気になったか?」

「うん。凄いよ! まだ翼も出してないのに飛べそうなくらいだよ!」

「そんなことまでできちゃうんだ。凄いわね……」

「もうキリシャ君はなんでもありですね……」


 三人はそれぞれ違った目で私を見てきた。

 歓喜、崇拝――いや待てそんなことはどうでもいい。


「さてルル。元気になったんだ。今からディライン渓谷へ行こう」

「「「へ?」」」


 こうして私たちはディライン渓谷へ向かうことになった。

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