第23話

 時刻は昼頃。

 絶壁に建つ赤い屋根の家の中には、心地よいハーブティーの香りが漂っていた。


 キリシャはいつもよりご機嫌(クロエ・ワズナが王国に報告、依頼の受託などをしに行っているため)で、リーフも、いつもより口角が上がっている。ようやくこの生活にも慣れてきたアイーシャは、「むふ〜」と、だらしのない顔で寛いでいた。


 ――だが、各々がお茶を含み、長い息を吐いた時だった。


「!?」


 椅子が暴れる。

 こえにならない声を上げ、キリシャが席を立った。


 瞬間、ゴォ! と家が揺らぐ。


 何事かと皆が目を見開き、窓の向こうを見た。


 そこには、白銀の竜がいた。

 それも二体。


 皆は、何も言わずに外へ出て、その美しき竜が降臨する姿を眺めた。

 いや、何も言わなかったのではない。名状し難きあまりの美しさに、息を呑んでいたのだ。


 ――そして確かに、彼らの注目を浴びる番いの竜は美しかった。


 そのうろこが放つ光沢は、『白銀』でありながら、金属のように、青みを帯びた冷たいものではない。例えるなら、まるで真珠のようであり、陽の光のようであり、白く輝くよう炎のような、温かみのある輝きだった。

 さらにその力強い翼は、羽ばたく度に、陽の光の影響を受け、金にも銀にも輝いた。金と銀が雅やかなハーモニーを奏でるその姿はもう、回り回って『美しい』としか形容できない。


 ある伝説によれば、飛行する彼らの姿を偶然発見した一国の王が、その美しさを再現するために国の財政を潰した、という話で、その美しさが表現されているほどだ。


 そんな美しき竜に見惚れていた彼らは、雌竜――放たれる慈愛のオーラから、恐らく雌だと察せられる――の背中から、一人の少女が降りてくるまで、その存在に気付くことができなかった。


 そしてその少女を、キリシャはよく知っていた。


「ルル……?」

「久しぶりだね! キリシャ!」


 灰色の髪に、青色の瞳をした――ルルという少女は、久しぶりに会う友人を見て、笑顔を咲かせる。


「じゃあ、今日はありがとね。疲れてたから、助かったよ」


 ルルはキリシャに微笑みかけた後、振り向き、自らを乗せてくれていた竜に礼を言った。


「えぇ」

 竜の姿でありながら、雌竜のその微笑みは女神を思わせる。

「ルルの頼みだからな」

 落ち着いた態度で、話す雄竜――その雄姿が醸し出す貫禄が「俺は漢だ」と言っている――はまるで世界を統べる帝王のよう。


 その後雄竜は、キリシャにゆっくりと歩み寄った。

 彼の影が、キリシャを捉えたところで、彼は止まった。キリシャは動けないでいる。


「貴殿がルルの友人、キリシャか」


「……はい」


 少し間を取ってから、キリシャは敬語を選択した。まるで帝王のようなその竜は、いつものふてぶてしい態度を取れる相手ではないと判断したのだ。


「……そうか。仲良くしてやってくれ」


 雄竜は、キリシャの全身を、首を僅かにずらすことで確認し、どうやら認めたようだった。


「……はい」


 憧れの存在。彼が初めて出会った竜。制式名称も定められていないほどの幻の存在に相対したキリシャは、その程度の言葉しか出せなかった。これでもなんとか絞り出した結果なのだ。


 なぜなら、

「俺に会えて、泣くほど嬉しいか」

「はい……!」

 彼は感動のあまり、言葉を失っていたからだ。


「ちょっとキリシャっ。大袈裟だよ」


 と、変わらない友人の姿を見たルルは苦笑いを零す。


「ルルから聞いてはいたが、これほどとはな……」

「そうね……」


 竜の夫婦も苦笑いだ。


「……まぁ、積もる話もあるだろう。俺たちはこの辺りでお暇するとしよう」

「そうしましょうか」


「……あ!」


 ――ぜひ、お茶でも! そう言おうとしたキリシャだったが、巻き起こった暴風に阻まれる。

 そして二体の竜は、あっという間に帰ってしまった。


「ごめんね、キリシャ。お母さんたち、人前で人の姿とるの、大嫌いなんだよね」


 いつの間にかキリシャの横に付いていたルルがそう補足する。


「お母さんたち……?」

「うんそう。お母さんたち」

「ルルはあの伝説の竜の血を受け継いでいたのか!?」


 キリシャにとって、驚愕の事実、発覚である。だが、ルルが去った後にやって来た、リーフやアイーシャには、なんのことか全くわからない。いや、何か凄いことだということは伝わり、驚いてはいる。


「なぜ教えてくれなかったんだ!?」

「いや、そんなこと言われても……。困るよ、ボク」

「そんなことだと? 過去に戻ってやり直せ!」

「そんなこと出来るわけないよ! 出来るならキリシャがまずお手本見せてよ!」


 再開した友人たちは、お互いに軽口を叩き合う。

 口調は穏やかではないが、リーフはそれに友情を見出さずにはいられなかった。

 それでも、見てばかりでは居られない。話が進みそうにないからだ。


「あの、キリシャ君……? お茶淹れますか?」


 リーフが恐る恐るといった感じに、二人の

 世界を始めつつあったキリシャとルルの間に入っていった。

 だが、そこで新たな驚愕の事実(虚実)が始まった。


「えぇ!? キリシャの奥さん!? ああ!? 赤ちゃんまで!!」


  竜の常識だと、アイーシャほどの身長でも、十分赤ちゃんとして判断される。それに、竜の世界に婚姻の儀式はなく、共に住むことが婚姻であるとされている。

 それで勘違いしたのだ。


「いや、そんな奥さんだなんて……。そう見えますか?」


 ただ、竜の常識を当てはめてしまった結果、勘違いしただけなのだが、リーフはそう言って頬を掌で覆い、なにやらモジモジしている。


「リーフ。否定しないか」

「そうよ。アタシのお母さんはあなたじゃないわよ。というか、アタシのどこが赤ちゃんなのよ」


 キリシャとアイーシャはからりした態度で否定する。


「……すみません。お茶淹れてきますね」


 すると口をすぼめ、ツンとした態度を取ったリーフに、二人は首を傾げた。


「まぁいいか。それよりルル。色々と話を聞かせてもらおうか」

「それよりって……。うん、まぁいいよ」


 ルルは、ドラゴンオタクのキリシャ、研究者気質なアイーシャに左右を挟まれ、困惑気味ながらも、家の中はと入って行った。


「えぇ!! 片付いてるんだけど!?」


 そして、驚愕の事実、パート2である。





 クロエ・ワズナが戻るまで、あと二日。

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