第22話

 窓辺から朝日が差し込む時刻、リーフに遅れて、アイーシャとクロエ・ワズナが続々と起床してきた。

 あぁ、私はずっと起きていた。昨日のお礼にと貰ってきた(落ちていたのを拾ったとも言う)サラマンダーのウロコで魔法陣を作っていたのだ。


 サラマンダーのウロコは竜のウロコよりも硬度が低く、加工しやすいが、やはり熱に強……。

 いや、今はいい。


 今問題なのは、奴の発言だ。


 それは、起床が済んだ後、リーフが作ってくれた朝食の席でのことだ。


 せっかく、朝日がキラキラとした朝食の席を彩り、まさにほのぼのとした時間だったのだが。

 アイーシャが、「ほかの人と一緒に寝たのもしょうだけど、一緒に食事をふるのもひしゃしふりだわ〜」と、頬を一杯にして、とても喜んでいたのだが。


 奴がそれをぶち壊した。


「そういえばアイーシャさんって、『魔女』なんですよね?」


 昨日はベットを繋げてまで三人仲良く寝ていたくせに、思い出したようにそう言ったのだ。


 魔女。

 それは周知のように、物語の悪役。アイーシャはそんな悪役の代名詞で呼ばれ、目に見えて落ち込んだ。


「なんだお前。アイーシャが悪者だとでも言いたいのか?」


 私も、マッドサイエンティストなどと、常識のない変人呼ばわりされて傷付いたことがあるため、アイーシャの気持ちはよくわかる。

 それに、アイーシャは明らかに悪者ではなかった。私も最初はアイーシャのことを心の中で『魔女』と呼んでいたのだが、悪者ではないと判断してからは、そう呼んでいない。

 アイーシャは、ただ魔力が強くて寿命が長いだけの、『人間』なのだ。


「サラマンダーの事は悪かったけど、他は何も悪いことしてないのに。ただ追いかけられて、逃げただけなのに……」

「そうだ。なにも悪いことはしていないな。ただ、規格外の力を身に付けてしまっただけだ。なのに人間共は……」

「アイーシャちゃん、可哀想……」


 リーフがアイーシャの側に寄り添い、私はクロエ・ワズナを睨む。


「も、申し訳ありません!」


 ふん。どうせ、アイーシャが悪かどうか知りたかった、だとかそんな理由で聞いたんだろう。奴の判断基準はまずそこからなのだから。

 そんな奴には、少しお仕置きだ。


「アイーシャを傷付けたお前は今、『悪』だな」


 クロエ・ワズナは、自身が『正義』だと思うことを、たとえ騙されていたとしても、愚直ぐちょくに貫く。

 逆に、『悪』だと言われたときには、どんな反応をするのか、試してみたかった。ようは実験だ。実験。


「あ、悪……!?」

「あ」


 効果は、やはり覿面。

 奴は手に持つスプーンを取り落とした。

 金属音が部屋に響く。すぐにリーフが席を立ち、白黒のメイド服をふわりと靡かせ、「んしょ」っと、それを拾い、新しいのに取り替えてくれた。


「リーフにも迷惑を掛けた。悪い奴だ」

「悪い奴……!」


 奴は黒い目を、これ以上ないくらいに見開く。いつもは凛としているくせに、少し精神が乱れると、ピシッとした軍服が似合わなくなり、間抜けに見えようになる。


「あ、いえ。私は迷惑だなんて思ってませんよ?」


 すぐに、そうやってリーフが優しくフォローしてくれたのだが、奴は自身を悪だと思い込んでしまった以上、愚直にもそれを貫いていた。

 目を見開き、

「自分は悪……。悪……」

 とぶつくさ言っている。


 なるほど。こんな風になるのか。少し鬱陶しい。

 さて、次はアイーシャのフォローだ。


「アイーシャ。お前は悪くない。見ろ、悪いのはこいつだ。自分でも認めているだろう?」


 アイーシャは顔を上げ、奴を見た。


「ほんとだ。でも、自分で自分を洗脳してるみたいね……」

「気にするな。そういう贖罪しょくざいの激しい奴なんだ」

「へ、へぇ」



 それからぶつくさと鬱陶しかった奴は、アイーシャが朝食を食べ終えた頃、

「ねぇ、もう許すから。そんなに落ち込まないでよ」

 と言われ、ようやく立ち直った。



 まぁ、そんなことがあっても、総合的にアイーシャはその日、魔法の研究を進めることなく、充実した日を過ごしたようだ。


 まず、起床から始まり、朝食のアレ(クロエ・ワズナの発言以降を除く)や、リーフの淹れたハーブティーに感嘆し、クロエ・ワズナが王国から買い込んできた菓子に悶絶し、うとうとしていたら布団を掛けて貰えたことに感涙し、他人の放った光魔法に照らされることに感動し……と、忙しくも、平和な一日だったのだ。


 そんなアイーシャの姿を見ていた私は、魔導の研究は、アイーシャがしたいと言い出したときにでいいか、と、そう思ったのだった。

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